神々との戦い その4

 濃霧のお陰で敵の攻撃は視え易くなり、そしてシオルアンからは姿を隠せている状態になった。

 実際、アキラは指示通り接近して武器をちらつかせては、霧の動きで察知して攻撃を躱している。

 攻撃を交わせても、肝心の攻撃手段で乏しいアキラには、嫌がらせ程度が精々だろう。


 ミレイユが主軸に動かなければならない場面だ。

 だが、敵の残した爪痕は大きい。


 忌々しく思いながら接触した患部を見てみれば、ドス黒く変色してしまっている。

 内出血を更に酷くした見た目をしていて、まるで果実が腐った様にも見えた。


 幸い、治癒術を使えば傷は消えてくれたものの、凝りのように残った痛みまでは消えてくれない。

 そればかりではなく、胸元からも締め付けるような痛みまでが湧いてくる。

 マナの生成が起きる時に伴う痛みだ。


 今はまだ、じわじわとした痛みに過ぎないが、酷くなると立っている事すら辛くなる。

 勝負は早急に着けてしまわねばならなかった。


「まったく……!」


 ミレイユは息を細く吐いて、右手に剣を召喚する。

 魔術を封入した剣は、それなりに有効だったが決定打にはならない。

 痛みを感じる素振りは見せていたが、それとて再生が始まった時点で無くなっていた様に思う。


 ――どうすれば仕留められる?

 ミレイユは霧の奥にいる、今は姿が隠れたシオルアンを睨み付けながら考える。


 過去、神と対峙した経験は二度ある。

 堕ちた小神と呼ばれ討伐させられた神と、直近ではカリューシーがそれだ。


 どちらも斬り付ければ勝てる相手で、ダメージの蓄積は有効だった。そして、カリューシーは胸元を貫かれて絶命していた。

 心臓の破壊は、神に対しても有効という証明だろう。


 八神とて小神と変わらぬ存在ならば、その弱点もまた同じくしている筈だ。

 再生という権能を持つ相手と、一緒くたに考えられる事ではないだろうが、可能性は十分にあったし、それ以外に狙える事もない。


 まず首を切断、破壊する事で思考能力を奪う事は出来ないだろうか。

 再生しようとするより前に心臓を貫き、身体を燃やしてやれば、再生を始める前に倒せるかもしれない。


 それに、とミレイユは思考を更に深める。

 権能の使用というのは、自動的でなく、明らかに主動性があるものだ。


 使おうと思って使うのは、魔術と変わらない部分だ。

 だが再生という権能が、首を切断しただけでは終わらない可能性を秘めている。

 だから、それだけで仕留めたつもりで満足せず、肉体の徹底破壊をする必要があった。


「とはいえ、その為に剣をどう届かせるか、という問題はあるな……」


 『見えざる手』の一方は、必ず防御に回している。

 これを引き剥がせなければ剣は届かないし、防御を捨ててでも攻撃しよう、という気にさせなければ、勝機は掴めないだろう。

 ――何か無いか……。


 ミレイユは自身が修得している膨大な魔術の中から、使えそうな手を探す。

 今はアキラが嫌がらせを繰り返し、敵の攻撃を受け持ってくれているが、それも長くは続かない。

 摩滅による接触は、立ち上がる意志を砕く程の壮絶な痛みだ。


 一度の接触も許されない、という状況は、アキラの気力体力を容易く奪うだろう。

 悠長に考え込んでいる暇はなく、そして攻撃の矛先が、唐突に変わる事も考慮に入れなければならなかった。

 結局のところ、アキラに有効な攻撃手段がない、と分かった時点で対処は後回しにされる。


 いま執拗に攻撃しているのは、アキラの持つ武器が、ミレイユ同様隠し種があるかもしれない懸念を捨てきれないからだろう。

 だから、より弱い相手から潰そうとしている。


 考える時間は長く取れない。

 だが、有効と思える魔術は、そうそう思い付かなかった。

 先程封入に使った『爆炎球』とて、決して弱い魔術ではない。

 閉じられた狭い空間での爆発だった事を思えば、それだけで木っ端微塵になっていてもおかしくなかった。


 だが、一瞬の爆発が有効打にならなかったというのなら、違うアプローチが必要だ。

 ――モノは試し。


 ミレイユは召喚剣に『炎の牙』と呼ばれる中級魔術を封入する。

 これは派手な爆発こそ起きないが、生み出された炎が長時間残って消えない。

 魔力抵抗で無効化するか、何らかの魔術で消滅させなければ、再生と燃焼が延々続く魔術だ。

 再生速度がそれより上回って、痛みすら感じないというなら意味もないが……。


 もし通用するなら、それをより有効に活用する為、もう一つ別の手を用意してやる必要がある。

 ミレイユは左手で『流水弾』を制御しつつ、シオルアンへと飛び掛かった。


「――ハァッ!」


 そうして、シオルアンの背面へ大上段から斬り付ける。

 霧さえ二つに斬り裂く鋭い一撃は、彼女には全く効果がなかった。

 斬り裂けない事、傷付かない事は百も承知で、注意を向けさせたいが故の一撃だった。


 案の定、より警戒度の高いミレイユが接近した事で、シオルアンの目標はこちらに変わる。

 見えざる手が霧を掻き分けやって来て、タイミングを測って後ろへ逃げた。

 更に平手打ちする様に『手』が左右に動いたが、それも器用に躱して側面へ回る。


 痛みがミレイユの動きを鈍くしているとはいえ、見え易く、躱し易い攻撃まで喰らうほど耄碌していない。

 攻撃が一度、二度と、角度や手の形を変えて襲って来るが、その悉くを躱す。

 濃い霧の中でも、シオルアンが憎々しく睨んで来るのが、その気配から分かった。


 そうしながらも、ミレイユは左手で制御していた『流水弾』を行使する。

 まるで巨大な水鉄砲の様に射出された流水は、シオルアンの身を護る『手』によって防がれた。


 本来なら圧倒的水量と激流で、踏ん張る事も出来ず押し流されてしまうのだが、全く意に介した様子はない。

 むしろ、怒りを燃やしている様に感じる。

 冷や水を投げ掛けられた気持ちにでも、なったのかもしれない。


「全く、よく動けますね。痛みで悶絶しているでしょうに」

「……お陰様でな。痛いと泣いて蹲ってちゃ、お前を斬り殺せない。――誰に喧嘩を売ったか教えてやる」

「あらあら、勇ましい。素体で育つと、誰もが傲慢になるのでしょうか。泣いて許しを請えば、許してくれるかもしれませんよ? 今なら簡単に泣けるでしょう?」

「同じセリフを返してやる。泣いて許しを請うんだな。――もっとも、私は許してやらん」


 その台詞が、シオルアンの逆鱗に触れたらしい。

 濃密な殺気が膨れ上がり、それが部屋中に充満した。

 並の人間なら、それだけで腰を抜かす程の密度だろうが、ここではアキラにさえ動揺は見られない。


 ミレイユが身構えた瞬間、死角となる直上から平手が降って来た。

 面こそ広いが躱せない程ではない。視界から切れる様に横へ逃げようとしたところ、眼前に別の『手』が現れた。


「――なにッ!?」


 咄嗟のことで躱しきれず、直撃だけは避けようと横回転しつつ急転換したが、全ては躱し切れず、脇腹を擦るように抉っていく。


「ああァァァ……ッ!!」

「ミレイユ様!?」


 痛みのあまり、脇腹を庇いながら膝をつく。手に持っていた召喚剣も、思わず手放してしまった。

 脂汗が額に浮かび、痛みを耐えようと歯ぎしりした奥歯が、口内で砕ける音がした。


 動けない所に更なる追撃が飛んできたが、躱せるような余裕は既になかった。

 只でさえ重く感じる制御が、痛みも合わさり魔術の行使を困難にさせる。


 ――これは躱せない。

 ミレイユが、眼前に迫る不可視の手に覚悟を決めた、その時だった。


「ご無礼を!」


 横合いからアキラがミレイユを突き飛ばし、代わりに『手』の一撃を受け止めている。

 突き出した格好のまま、肩から脇腹にかけて接触しているというのに、ガラスが砕ける様な音しか聞こえてこない。



 アキラに痛みを感じている様子はないく、『年輪』という複数の層に分かれた防御能力があるからこそ、対抗できているようだった。

 一枚一枚は即座に摩滅し消えているのだろうが、全ての層を破壊し切るまでアキラはダメージを負わない。


 だから全ての層を破壊されるより前に、『年輪』を重ね掛けする事で、突破される時間を稼いでいるようだ。


「――アキラ!」


 『年輪』の最大値は、今となっては十層ある、とアキラは言っていた。

 だが一秒と掛からず次々と破壊されている様を見ていると、そう長くは保たないだろう。


 痛みで乱れる制御に鞭打ちながら、ミレイユは念動力を行使する。

 複雑で高度な魔術は無理でも、簡単なものなら今の状態でも行使できた。

 アキラの身体を掴まえて逃がそうとした時、霧の向こうでアキラが屈むのを、辛うじて視界に捉える。


 ミレイユの落とした召喚剣を敵に渡すまいと、足元にあったそれを拾ったのだ。

 ミレイユの意志一つで消せる剣だから、敵に奪われたところで意味はないが――と、そこまで考え、即座にプランの変更を思い付く。


 今、シオルアンの身を護る『手』は無い筈だ。

 無防備な状態なら、あるいは――。


「使え……ッ!」


 言葉短く指示を出し、『手』を避ける軌道で、アキラを念動力でシオルアンへと突撃させる。

 意味を深く理解せずとも、何をさせたいか、自分に何が出来るか、そのフォローで理解したようだ。


 直接ぶつけるように投げ飛ばすと、アキラは召喚剣を腰溜めにして突貫する。

 そうして霧の向こうで、何かに突き刺さる音を耳が拾うと同時、すかさず右手を握りしめる。


「――起爆!」


 今度は、これまでの様な派手な爆発は起きなかった。

 くぐもった音だけは聞こえたが、それだけだ。


「……ん?」


 シオルアンから困惑する様な声が聞こえるのと同時、アキラを剣から引き抜くように、念動力で掴んだままだった身体を引っ張り出す。


 シオルアンにしても、起死回生のつもりで向けられた攻撃だと思った事だろう。

 実際、タイミングを間違えなければ、首を斬り落とせていたかもしれない。

 視認性が悪い中、打ち合わせもしていないところで、アキラが首を斬り落とす可能性は低かったが、もし可能ならそれで終わっていた。


 だが、ミレイユに落胆はない。

 咄嗟の事なら、体の中心――腹部か胸部を狙うだろうと思っていたし、そして事実そうなった。

 先程の爆発を思えば、似たような攻撃があるとおもっただろう。


 大したダメージも無く、不発とでも思ったのかもしれない。

 だが、既に魔術は発動している。

 今度は鼻で笑う声が聞こえた時、その直後に、嘲りは悲鳴へと変わった。


「あ、あぁ……? アァァァアアア!?」


 ミレイユが封入していた魔術『炎の牙』は、シオルアンの腹部、その内蔵を焦がし焼いていた。

 再生はされるだろうが、腹のうちに突き刺さったまでは抜けない。


 炎の牙は時間の経過によっても消えるものだが、込めた魔力によっても延焼時間に変動がある。

 だから、この戦闘中はまず消える事は無いだろう。

 そして、そうなるよりも前に、ミレイユは決着を付けるつもりだった。

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