神々との戦い その3

「あぁ、妙に同じ剣ばかりと思ったら、それ……召喚したものですか。召喚剣は脆いと相場が決まっているものですが、……なるほど。それでは壊した所でつまらない」

「そうか。じゃあ、精々楽しんでくれ」


 ミレイユは剣を召喚すると同時、左手で魔術を行使し封入する。

 自身の魔力でコーティングして、今にも爆発せんとする魔術を無理やり剣の中に封じ込めた。


 そうしつつも、ミレイユは先程何度か斬り付けた感触から、頭の中で幾つか推測を組み立てていた。

 切っ先が一瞬沈み込む瞬間があり、それが摩滅の結界内に入り込んだ事を意味するなら――。

 あれに厚みがなく、あくまでシャボン玉の様に広がっているだけなら――。


 推測に根拠はないが、一撃加える毎に得られる情報はある。

 確度の薄い情報であろうと、積み重ねれば厚くなるだろう。

 そこから導き出せるものがあるなら、無駄に思える一撃にも意味がある。


 ――結果として、一撃与えてやれれば勝ちなのだ。


「フッ……!」


 ミレイユが再び床を蹴り、一メートルの距離まで接近しようとしたところで、嫌な気配がして横っ飛びに避けた。

 その際、剣の腹に何かが当たり、体勢が大きく崩れる。


「――ミレイユ様!?」

「私を見るより、相手を見てろ!」


 駆け出そうとするアキラを視線で縫い止め、ミレイユもまたシオルアンの挙動に注目する。

 見せた動きは指先を持ち上げる程度のものだったが――、つまりそれで攻撃して来た、といったところだろう。


 ミレイユには攻撃した感触から、シャボン玉に入っている様な姿を想像していたが、実は全く違う形の物を動かして、それで受け止めていたなのかもしれない。


「あるいは可変式……、もっと小さく単純な形か? 眼に映らないというのは厄介だが……」


 シオルアンは含み笑いを浮かべるだけで、ミレイユの言葉には何も応えない。

 だが、視線の動きから不吉なものを感じ、更に横っ飛びに避けて、着地した瞬間、更に大きく後ろへ飛ぶ。


 その直後、ミレイユが蹴ったばかりの床が擦り切れた跡を残した。

 それはまるで、掌で表面を削り取ったかの様に見える。


 ――まさか。


 それで閃くものがあったものの、見えないままでは確証も持てない。

 だがすぐに、簡単な魔術で見抜く方法がある事に思い当たった。

 ミレイユは空いていた左手で、即座に制御を始めて、完了と共に魔術を放つ。


 光弾が飛び出し、シオルアンを掠めて離れた場所に着弾した。

 魔術は接触と同時に消えていくだけで、火花一つ起こさない。


 だがこれは、最初からシオルアンに当てる事を目的としたものではなかった。

 そもそも、目的からして攻撃ではない。

 シオルアンは最初こそ眼で光を追っていたものの、自身を傷つけるものではないと分かれば、すぐに興味を失くした。


「何がしたい……?」


 今度はミレイユが、その問いに応えない。

 ただ、その双眸を見つめ、斬り掛かる瞬間を狙うだけだった。


 シオルアンが不快げに鼻を鳴らすと、指先を痙攣させるように動かす。

 ミレイユはシオルアンの背後、未だ隙や癖を見抜こうと、悪戦苦闘していたアキラに向かって声を張り上げた。


「アキラ! お前、気配は読めるな!?」

「は、はい! それぐらいは!」


 返事を聞くと共に、目を見て頷く。

 アヴェリンならそれ一つで全てを察してくれるが、共闘するのも初めてのアキラに、同じ事を求めるのは酷だと気付いた。

 アキラの困惑する表情を見て、それにようやく思い立ったのだが、とにかく見ていれば何をしたいか分かるだろう。


 直後、シオルアンが操った不可視の力場が、横へ躱したミレイユの右腕を掠る。

 痛みを呻き声に変えながら躱し続けていると、シオルアンにも怒りと焦りが浮かび上がってきた。

 不可視の攻撃が、こうも見切られるのが悔しくもあり、烏滸がましいと思っているのだ。


 戦闘センスがない、と言っていたインギェムは正しかった。

 かつて何者かと対峙した経験があったにしろ、その攻撃で幾人も仕留めて来たのだろう。

 自分の力に、自信もあったに違いない。

 だから、表情を怒りに歪めている。


「フン……ッ!」


 シオルアンは憎々しくミレイユを睨み付けた後、攻撃目標をアキラに変えた。

 取るに足らないと判じた相手、後回しにするつもりだった相手を、ここで仕留めるつもりになったというなら、見せしめの意図も含んでいるだろう。


 あるいは、ミレイユが庇うような動きを期待しての事かもしれない。

 だが、もう問題はない。

 既に仕込みは済ませてある。


「よく見ろ! 見れば躱せる!」

「えっ、えぇ……!?」


 ミレイユの忠告も、アキラ自身よく分かっていない。

 不可視のものを、よく見ろと言われても確かに困惑しかないのだが、しかし言った通りの意味なのだ。


 先程、シオルアンを大きく避けて着弾した光弾は、種を蒔く役割を持っていた。

 あの魔術は着弾した場所を中心に、霧を作り出す。

 込めた魔力の量次第で霧の濃度にも変化が生じ、少ない魔力でも複数人で当たれば濃霧を生成できる術だった。


 いつだったか、神明学園での演習中、漣が生徒達と共にミレイユに使った術でもある。

 あの時はミレイユの視界を封じ、その間に土壁で四方を囲んだ上で魔術を放って来た。


 視界を完全に封じてしまう濃霧だが、これは敵味方双方に作用する。

 慣れればどうとでも対処できるチンケな戦術だが、戦闘経験のない者には大きなハンデとして働くだろう。


 そして、ミレイユの召喚剣を弾いた時の様に、魔力で生成されたものにも接触するというのなら、この霧に対しても接触せずにはいられない筈だ。


 シオルアンがアキラに目標を変えた時には、室内という事も相まって、あっという間に広がった。


 アキラからしても一寸先は闇、といった状況だろうが、シオルアンの周囲は明確に違いが生まれていた。

 彼女が持つ不可視の物体は、霧を払おうと大きく左右に振られている。

 それが霧に触れる度、ぽっかりと穴が空いたように空白地帯が出来るせいで、その動きから形までハッキリと分かる。


 シオルアンが使う不可視の力は、巨大な手の様に見えた。

 手首から先の掌、それが右手と左手、一対がある。

 片手はシオルアンを包むように護り、もう片方の手が攻撃を担当しているようだ。


 なるほど、ミレイユにあっさり背を向けたのも頷ける。

 攻撃と防御がはっきり分かれていて、防御は滅多な事で外さない、という訳だ。

 あれならば安全地帯から攻撃できているつもりだろう。

 だが、魔術を使用して攻撃しない辺り、内からも外からも全て遮断してしまう性質なのかもしれない。


 ミレイユがその様に考えを巡らせている間にも、敵の攻撃が可視化出来るようになったアキラは、その巨大な掌を器用に躱していた。

 掌は確かに巨大で素早くもあるが、動きさえ分かれば躱せないという程でもない。


 可視化された攻撃の回避は容易、そして気配も読めるというなら、逃げ回っている間にミレイユと接触、という無様も晒す事はないだろう。


 ミレイユはそちらに注意を向けられている間に接近し、指の間となる隙間に剣を差し込んだ。

 手その物が巨大である為、ギリギリまで差し込んでも顔面付近までしか到達しなかったが、それでも問題はない。


「は……っ!」


 顔面付近まで攻撃が届いた事で、シオルアンは明らかに怯んだ様子を見せたものの、途中で止まった刃を見て、安堵の息を吐いて笑う。

 結果として刺さりはしなかったが、顔面直撃も有り得る話だった。

 しかし、シオルアンは露とも感じていないような余裕を見せている。


 ミレイユは今にも摩滅しそうな刃を、更に奥へと押しやろうと――そう見えるように――しながら、挑発的な笑みを浮かべた。


「神の見えざる手、とでも言いたいのか? 皮肉が効いてるな」

「そうでしょう? いつだって、神の手が世界を作ってきたのです。従うのなら優しく撫でて上げましょう。ですが、敵対するというのなら叩き潰すのみ」


 それもまた文字通りの意味で、叩くつもりでいるようだ。

 ミレイユは鼻で笑って、頭上から急襲して来た手を躱す。

 背後へ跳躍するついでに、剣を更に押し込めないかと蹴りつけてみたが、あまり効果は見られなかった。


 だが、問題はない。

 シオルアンの意識は役立たずの召喚剣ではなく、既にミレイユを目で追っている。

 今にも摩滅すると思っている剣は、ミレイユの魔力によって呼応して発動する。


「――起爆!」


 ミレイユが拳を掲げて握るポーズと、爆発が起きたのは同時だった。

 あの『手』が身を護る為に作られた防壁として作用していた筈だが、それこそが逃げ場のない空間を作り出した。

 爆炎と爆風が、あの狭い空間で暴れまわり、シオルアンを焼き尽くした筈だ。


 大きく跳躍して逃げたので、濃霧が邪魔して詳細は分からないが、くぐもった音を出した爆発は、ミレイユの想定を裏付けるものであると思えた。


 ミレイユはホッと息を吐いてから。腕を一振りして濃霧を掻き消す。

 すると、それと同時に側面からの衝撃が身体を震わせ、吹き飛ばされた。


「ぐっ……、ガハッ!」


 身体をくの字に曲げて、ミレイユは真横へと叩き飛ばされていく。

 あまりの痛みで意識を失いそうになるが、アキラの叫び声が意識を引き戻してくれた。

 近付いて来ようとするアキラを、視線一つで黙らせて、顔を歪めながらシオルアンを睨む。


 そこには、身体中に火傷痕を作りつつ、それでも五体満足の姿があった。

 焼け爛れた肌は見ていて痛々しい程だが、しかしそれもすぐに塞がる。

 出血が止まると、みるみる内に筋肉を修復し、表皮を作り直して元に戻ってしまう。

 その再生速度は、傷付けた映像の逆再生を見ているかのようだった。


「そうか……、再生の権能……っ。それほどか……!」


 焼けて消し炭になってしまった服さえも、元に戻って清潔そうなトーガを身に纏っている。

 一撃で仕留めるか、意識を刈り取って使わせないかしない限り、あれ程の爆発の渦中に居ようと関係ないものらしい。


 シオルアンが見せた余裕は、それ故か。

 一見完璧に見える不可視の壁に、不可視の掌……。

 そして傷を受けても、瞬時に再生してしまう治癒能力。

 ――なるほど、無用心に背後を見せられる筈だ。


 攻撃を受けようとも、死にはしない。

 その自信が、戦闘において不利と知りつつ、余裕を見せた理由だろう。


 ミレイユは痛みを押して背筋を伸ばし、臨戦態勢を取ろうとした。

 直撃した脇腹を庇いながら、顔を歪めて何とか体勢を戻したが、あまりの痛みに目が眩みそうになる。


 今まで感じた事のない痛みに、ミレイユは悪態を吐きたい気持ちをグッと抑えながら、シオルアンを睨み付けた。

 そして、当の彼女は愉快げに笑みを見せ、勝ち誇るように両手を広げる。


「痛いでしょう? 肉体の急激な摩耗って、特別な痛みがあるものなんですよ。……特に素体ってものは、強いが故に、痛みにも強いと勘違いしがちです。本来はね、痛みって泣き叫ぶ程のものなのですよ」

「ハッ……! そうかい……」


 ミレイユは脂汗を浮かせた顔で笑い飛ばしたが、実際は苦渋で歪みそうだった。

 シオルアンの表情は愉悦に満ちた上に満足げで、ミレイユの見せている表情が満足させるものだと証明しているかのようだ。


「痛みに屈する事は、恥ずべき事ではありません。――摂理です。痛みで顔を歪ませ、涙で顔面を濡らすのも、つまり摂理と言う事になりますね」


 歯を食いしばって顎を上げた時、不意に気配を感じて横へ飛ぶ。

 しかし、シオルアンが言う様に、摩滅の権能で与えられた痛みは想像を絶した。


 足元が崩れ、躱そうとした一撃を、躱しきれずに肩を叩かれる。

 それは強い衝撃では無かったが、ミレイユには骨の先まで響く強烈な痛みとなって襲った。


「ァァアアアッ……!!」

「ミレイユ様ッ!」


 駆け寄ろうとするアキラに掌を向け、来るなと指示する。

 その突き出す動作で魔術を行使し、即座に霧を生み出した。

 先程のように、機会を窺いながらの展開ではないので、濃霧はあっと言う間に部屋中に満たされる。


「お前も隙を窺い、ぐっ……、うぅ! いっ、一撃加えろ……っ! 見えざる手を、奴から引き剥がせ!」

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