神々との戦い その1
戦闘が不得手であっても、それはインギェムにとって、神の栄誉を損なう事にはならないらしい。
確かに戦闘に寄与出来ない事は恥ではないし、権能という強力な能力を持っていれば、そこは無視できる事なのかもしれない。
それらを上手く使って、立ち回る事を得意とすればこそ、彼女も卑屈になったりしないのかもしれなかった。
後方支援でこそ輝くタイプで、使い方次第では、自らへの危害を最小限に抑えられる。
その手管を知ってる八神に通じるかどうか、それがまさに不安なところだ。
しかし、有利な場所へ強引に連れ出せる事が出来るなら、それは大変魅力的だ。
本当に大丈夫か、という疑念が胸の奥に沸く。
多くを知り、そして対策を持ち、万全以上の用意をして罠に落とすのが神々のやり口だ。
インギェムの権能にも、同じように対応してくるのではないか、という気もする。
――だが、とミレイユは思い直す。
神々とて、先々まで何もかも見えている訳ではない。
互いの安全を確保する為、『遺物』の使用に関して下手な願いで首を絞める結果となったのが、その良い証拠だ。
彼らは有能ではあるかもしれないが、完璧とは程遠い。
失敗作の烙印を押された者達でもある。付け入る隙はきっとある筈だ。
そう自分に言い聞かせてから、ミレイユは改めてインギェムへ視線を合わせた。
彼女の戦闘能力に期待できないのは理解できるが、それでも対処すべき神が建物内に三柱いる事を思うと、どうしても一柱は自由にさせてしまう。
ミレイユたちは二つのチームにしか別ける事が出来ないのだから、その残った一柱をインギェムに頼る必要があった。
「私達はチームを分ける予定でいた。残りの一柱に、私達のチームでは対応できない。そっちでどうにか出来ないか?」
「……うぅん、そうだな……。戦闘で貢献できない以上、そっちで挽回しなきゃな。……協力する約束もしてる事だし」
「残った一柱は、どうあっても逃さず繋ぎ止めておきたい。任せられないか」
「ま、それこそ己の得意分野だ。抵抗次第だが、それなりの時間、逃さず留めておけるだろうよ」
インギェムは心強く請け負って見せたものの、直後に動きを止めたかと思うと、表情を歪めてアヴェリンやユミル達へと順に顔を巡らす。
「それより、問題はお前らだ。……ミレイユ抜きでやれんのか? 返り討ちに合おうもんなら、今後の展望は持てないし。話はそこで終わりだろ?」
「やってくれるさ、アヴェリン達を信じよう。だが……、お前の権能で留めておけるというなら、他の神も同じように拘束しておけないか?」
大して期待もせずに聞いてみたが、やはりインギェムは首を横に振った。
それはそうだろうな、とミレイユは内心一人で納得する。
出来るものなら初めからそう言うだろうし、有利に事を進められるなら、隠す理由がない。
「同時に向けられる力は限定的だ。己の権能に捕まったからと、それで逃げ出さない訳ないだろ? 一つだけでも大変なのに、二つに増やそうものなら幾らもせず突破されるね。とても現実的じゃない」
「仕方ないな。そう上手い話はないか……」
ではやはり、戦闘は現行メンバーで挑むしかない。
しかし、それが分かっても、今更落胆はなかった。
最初から腹が決まっていた話だ。
それが改めて決定しただけだから、皆の顔にも動揺は見られない。
それで、とミレイユはインギェムへ顔を近付けながら言った。
「ラウアイクス、シオルアン、グヴォーリが居ると言ったな。どういう奴らか、詳しく教えろ。それで誰を充てるか決める」
「あぁ、まずラウアイクス。こいつは最後にしとけ。己らの元締めみたいな奴だ。頭も切れるし、厄介な奴だ」
「水源と流動の、か……。奴が死んだら、周りの水流も消えて無くなるか?」
「即時じゃないが、間違いないだろうな。単純に強い奴だから全員で当たれって意味もあるが、もしも手早く弑した場合に、だ。他の決着が長引けば、それより前に島ごと落下しかねない」
それは確かに厄介な話だった。
この大瀑布を始めとした、幾つもの不自然な状況は、神々がその力を使って作ったからに違いない。
彼らの死亡は崩壊の兆しを生み、そして幾らも待たず加速度的に早まる事になるだろう。
その時間的猶予は分からないが、この天上世界の土台となっているラウアイクスを、最初に倒してしまうのは悪手、と言いたい気持ちは分かる。
「分かった。じゃあ、そいつの隔離は任せる。そうすると、他はシオルアンとグヴォーリか……。権能は何だったか……」
「グヴォーリが分析と精査、磨滅と再生がシオルアンね。どちらも戦闘向きじゃないって感じだけど……それよりも、ちょっと聞いておきたいコトがあるのよ」
会話を遮る様にして口を挟んだユミルが、目を鋭く細めながらインギェムに問う。
「ゲルミルの一族の滅亡に関わった奴は誰? それは当然、アタシが相手するべき敵なのよね」
「まぁ、そうだな……そうなるか。関わった、という話なら己ら全員って話になるんだろうが、より直接的なとなれば……、グヴォーリとラウアイクスって事になるんじゃねぇかな。計画の中核にいるのは、いつだってあの二柱だ」
「ふぅん……」
ユミルは更に目を細め、満足気に笑む。
その瞳には、隠し切れない敵意と凄惨さが浮かんでいた。
それに気付いてない訳がないだろうに、インギェムは構わず続ける。
「ラウアイクスが集めた情報をグヴォーリが分析し、そして、それを元に細部を詰めて立案するのが、ブルーリアとラウアイクスだ。意見の違いや食い違いがあっても、上手く纏めて柔軟に組み合わせるんだな。実行するのはその時々で違う神だが……。己らは同列でいるように見えて、実際は序列がある。その最上位にいるのが、ラウアイクスとグヴォーリだ。……どっちかというと、ラウアイクスのが上かな」
「なるほど、あれこれと考えるのが得意な奴か……。確かに敵に回すと厄介な相手だった。お前達の離反がなければ、きっと私もこれまでのミレイユ同様、ループを始めていたろうな」
何しろ、手の内を読んだ、突破したと思った先にも罠を張る様な奴だ。
互いに盤面を挟んで睨み合って、勝てる相手でないと既に理解している。
ラウアイクスの強さは、指し手の強さだ。
遥かな高みから見下ろし、そこから繰り出される一手に抵抗する事は難しい。
実際、虚しく破れた続けても来たのだろうが、同じ土場に立てば話は別だ。
剣の届く距離で戦うのであれば、十分に勝機はある。
そもそも攻め込まれる事を考えていない筈だし、準備もなかったろう。
それを思えば有利と考える事も出来るのだが、これまで煮え湯を飲まされ続けて来た事もある。
たかが攻め入る立場に立てたからといって、油断など出来ない。
実は備えをしてあった、と言われても不思議ではなかった。
同じ盤面に立たせただけでは、有利とも不利とも言えず、これまでの戦って来た強敵と、同じようにも行かないと考えるべきだった。
だからインギェムの忠告には素直に従って、ラウアイクスには全員で掛かるつもりだ。
「……いいだろう。グヴォーリはユミル達が相手をしろ。私はシオルアンをやる。何か気をつける事はあるか?」
「そんなこと言われてもね……」
インギェムは考え込む仕草を見せたが、すぐに顔を上げて首を振った。
「戦ってる所なんて見てないもんなぁ。ずっと昔に見たような気もするけど、ありゃ戦いっていうより複数で囲っての制裁だったしな……。悪いけど、有益な助言は無理だ」
「まぁ、そもそも武器を持って戦う事がないからこそ、神というものなんだろうしな。……分かった、それならそれで良い」
ミレイユがインギェムの傍から身体を離した後、彼女はパッと顔を上げて、得意げな笑みを浮かべて言う。
「そうそう、シオルアンはサディストだ。苦しむ姿や苦痛で歪む表情を好む。調子付かせたくなかったら、そこは注意しとくと良いかもな」
「そんな情報聞かされて、どうしろって言うんだ……。見るのが大好きと言うなら、今日の所は鏡を用意してやる」
ミレイユは吐き捨てる様に言ったが、インギェムはその返事が大層お気に召して笑い声を上げた。
あまり大声で笑えば気付かれるので、口元を抑えての大笑だった。
ひとしきり馬鹿笑いを続けた後、目尻を拭って涙を落とすと、首を傾け腕を回す。
それから、ミレイユとユミルの二人へ交互に目を向けた。
「それじゃ、準備は良いのか? これから送るぞ。……あぁ、いや、まずは奴らからだが。二柱を送って隔離したら、即座にお前らも送る。残されたラウアイクスは、そこに繋ぎ止めて置くから、早めに最奥の間へ行ってくれ」
「そこがどこかも分からんのに、どこが奥か分かると思うか?」
「まぁまぁ、とにかく奥まで行ってくれりゃいい。なに、すぐに分かる」
最後の確認を済ましそうとしている所に、横からルチアが口を挟む。
「戦いの決着が付いたら、そちらから送って貰う事は出来ないんですか? そうすれば、合流も早まりますよ」
「見えてないのに、どうやって決着付けたか分かるんだ」
「……分からないので?」
ルチアの目には落胆の色がありありと浮かんでいたが、やはりインギェムは気にした風もない。
「穴は閉じちまうんだ、分からんね。大体、こっちはラウアイクスを食い止めようってんだぞ。作ったばかりの孔を維持しながら、片手間で抑えておける相手じゃない。見えてる場所にいようと、やっぱり無理だ」
「……ですか」
「同じ理由で、私も無理だな」
ルチアは落胆から蔑み視線に変えてインギェムを見ていたが、そこにミレイユから声をかける。
召喚契約をそれぞれと結んでいるから、喚び出す事は可能だが、喚び出すタイミングが問題だ。
仮に大きな魔力反応を感知できても、それを理由に止めを刺したと判断できない。
むしろ、その一撃で敵を瀕死にしていた瞬間かも知れず、早合点して喚び出せば、決定的な瞬間を邪魔するだけになってしまう。
それを思うと、やはり合流は、それぞれ勝手に行う必要があった。
「互いの位置は魔力反応でそれとなく分かるだろうから、片方が終わり次第、もう片方の救援に行く。そういう事にしておくか」
「――いや、ちょっと待て」
了解をの声を返そうといていたアヴェリン達を遮り、インギェムが小さく手を挙げる。
「己がどれだけ食い止められるか分からないし、終わったら、すぐこっちに来てくれねぇかな。それに、己は他にも仕事があるんだ」
「ラウアイクスを食い止める事以上に、大事な仕事とやらがあるのか?」
「お前らも見なかったか? ドラゴンの対処とは別に、この神処から飛び立った奴がいたろ?」
確かにいた。
逃げたか、あるいは自分の神殿にでも引き篭もりに行ったのかと思ったものだ。
あれが本当に逃げたのだとすれば、見つけ出すのは非常に困難だろう。
ミレイユが頷き返すと、インギェムは眉根に皺を寄せて言葉を吐き出す。
「あいつはオスボリックって言うんだが、そいつが大神の封印を担ってる。引き籠もられると、権能も相まって手出しできなくなっちまう。それより前に、何とか手を打たにゃならん」
「それは、確かに……重要だな」
「オスポリックにしても、倒す必要がないからこそ、対処の仕様もあると思う。あいつは今も大神を封じている場所に行った筈だし、ルヴァイルが先行してるだろうから、二柱掛かりなら、まぁ……なんとかなるだろうと思う。……思いたいな」
「分かった、いいだろう。どちらかのチームが手早く弑殺できたとしても、合流せずに最奥の間だ。インギェムにはオスボリックを追ってもらう」
「了解よ」
ユミルが短く答えれば、それぞれからも首肯が返ってくる。
インギェムも一度頷くと、腕を一度大きく動かしてから両手を前に突き出した。
「いいか、まず二柱を送る。そこへ次いで、すかさずお前らだ。なるべく近寄って一塊になっとけ。そっちの方がやり易い」
「全く……仕方ないわね」
ミレイユはアキラとのペアだから、それ程近寄らなくても問題ないが、ユミル達は互いを抱き合える様な距離まで近付く。
「すぐ頭上へ送るからな。一撃、上手く決めてやれ。そんで、ケリがついたら、すぐに来いよ。己も最奥の間近くにいるから、それを目印にしろ」
「近く……? 部屋の前って事か? ……何故?」
「近い方が、繋ぎ止めとくのにやり易いからだよ」
至極単純な返答が返って来て、ミレイユは思わず苦笑した。
神の力なら何でもありという気がするが、やはりそういうところは魔術と近しいものがあるらしい。
ミレイユが場違いな感想を抱いている間にも、インギェムは腕を複雑に動かしては何らかの力を発揮していた。
魔術とは違うので魔力の感知はないが、それでも何らかの力の奔流だけは感じられる。
そうして一度、区切りを付ける様に腕の動きを止めた後、次にはミレイユ達へ、片手ずつそれぞれのチームへ掌を向けた。
「――よっしゃ、行って来い!」
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