真実と新事実 その8

 予想していた通りだから特別驚くに値しないが、ミレイユ達がドラゴンに乗って接近すると、インギェムはすぐに気付いて顔を向けて来た。

 視線が明らかに合わさっているので、勘違いでは有り得ない。


 いま乗っているドラゴンも、ドーラより一回り以上小さいとはいえ、全員が乗ってもその背にはまだ十分余裕がある。

 それだけの巨体が近付いて来るのだから、何かを探している相手に対して、幻術は何の意味も無かったようだ。


 空中でホバリングするドラゴンの首を叩き、ミレイユの方へ顔を向けさせると、これからも足として使わせて貰う為、簡潔に命じておく。


「口笛を吹いたらすぐに来てくれ。それまで近くに潜伏していろ」

「分かった……!」


 ドーワに言う事を聞くように命じられていただけに、ミレイユの言う事にも素直に応じてくれる。

 ドラゴンが了承して頭を下げるのを見届けると、ミレイユが率先して飛び降りる。

 高さ的にも三階程しかなかったので、わざわざ魔術を用いたりしない。


 ミレイユが降り立つと、他の面々も同時に降りて来て、足音を重ねてインギェムの近くまで近付いていく。

 彼女の後ろには立派な門構えの扉が大きく開いていて、ちらりと窺った限りでは兵士達の姿は見えなかった。


 しかし、非常に騒然とした気配は感じる。

 それを考えると、今すぐにでも何者かが飛び出して来ても、不思議ではなかった。


「おう、ミレイユ。来たか……というか、何なんだよアレ。来るの早すぎるだろ。こっちだって、もっと時間が掛かると思ってたんだから……。準備ってものがな……」

「遅いより良いだろう。大体、互いに連携取れる訳でもないのに、足並みなんて揃えられるか」


 そんな事より、と更に文句を垂れそうなインギェムを遮って、話を続ける。


「ここから突っ込めば良いのか? 敵は中に残っているのか?」

「あぁ、まぁ……そうか、知らなかったか。元から全ての神がここに集まってた。それで、今こん中には、三柱が残ってて、ドラゴン討伐の報を待ってるってところだ」

「その三柱について、具体的には?」

「ラウアイクス、シオルアン、グヴォイルだ。奴らは今も、最奥の蹄卓の間で様子を窺ってる。他の奴らが鎮圧できるか、もし出来ないならどう対応すべきか、その辺を話し合ってる筈だ」

「お前は……、いや、ルヴァイルはどうした? 一緒じゃないのか?」


 ミレイユが指摘すると、インギェムは困った顔をして眉の辺りを掻いた。


「己はサッサと逃げ出して来た。案の定、疑いが掛けられていたんでね。この騒ぎに便乗して、ってやつをしに来たわけだ」

「なるほど、それがつまり、裏切りの手引って事か?」

「抜け目ないお前の事だ。ドラゴンに乗って来るなら、共闘するより囮に使うと思ってたよ。で、自分達は近くに潜伏してるんじゃないかと思ったが……。まぁ、予感的中って感じだろ?」


 元より一柱は暗殺できたら御の字、という話もしていた。

 そこからミレイユがどう動くつもりだったのか、ある程度察せられて当然だったろう。


「それは良いが、秘密裏に接近する事は可能なのか? 今この瞬間も、奴らに見られているって事はないのか?」

「見てるのは別の奴……うーん、何て言えばいいんだ? 実際に神が遠見してるんじゃないんだよ。それを任せている神使がいて、そいつから報告が返って来る。つまり観測役って奴らなんだが……。ほら、神が四六時中、水盆を眺めているってのも馬鹿らしい話だろ?」

「あぁ、つまり魔術秘具を使うなりして、その任務を受けている奴がいるのか。それはむしろ意外だったが……となれば、この瞬間も見られている事には変わりないんじゃないのか」


 どういう仕組で動いているのであれ、観測手が一人では到底手が足りない筈だ。

 神の権能を持って行っている訳ではなく、を眺めて行える事なら、数を複数用意して多角的に物を見ようとするだろう。


 そして一人で見ている訳でないのなら、汎ゆる場所に目を飛ばす。

 監視カメラの様に定点観測して見ているとも思えないので、怪しい場所は全て見張るだろう。

 インギェムが疑われていたというなら、彼女も監視対象になっていても不思議ではない。


「今はドラゴンの襲撃に掛かりっきりさ。その状況をこそ、いま求めていて、被害報告なんかを待っている感じだから。とはいえ、抜け目ないのはラウアイクスも同じだな。己らに知らせない形で、何らかの監視はしてるかもな」

「だったら悠長にしている暇はない。私達の存在が明らかになる前に、一撃加えてやる必要がある」

「勿論だ。その為に己が来た」


 自信有りげな笑みを浮かべるインギェムだが、ミレイユはむしろ危機感を覚えた。

 普段の言動も相まって、本当に信用して大丈夫なのか心配になる。


 彼女からすれば自信のある行動でも、敵に筒抜けだったり、全く見当違いな事をやりかねない。

 不審そうな表情が顔に出ていたらしく、それを見たインギェムは、愉快そうに唇を曲げて胸を叩いた。


「大丈夫だ、任せとけって。というより、こいつは知られていようと関係ないんだ。観測役はまだ最奥の間には辿り着いていない筈だからな。その前に掻っ攫う」

「……どういう意味だ? 伝令が行き着かないよう、妨害するのか? それだって限界はあるだろう。目撃されれば、お前の裏切りは確定的になる。それは良いのか?」

「そういう意味じゃないし、権能を使えばバレるのなんて織り込み済みだ。元より後が無いって分かってやってるんだ、こっちも。裏切りが疑念から確定に変わったからって、今更構いやしないよ」


 それは紛れもなく、インギェムの本音であったろう。

 その覚悟が既に決まっているなら、ミレイユとしても異論はない。


 だがやはり、そういう意味じゃない、という部分が気になった。

 インギェムは、こちらが何もかも察していると思って言葉を口にするが、当然そんな筈はないのだ。

 知らない事、見た事ないものにまで考えが及ばないのは当然だった。


「……分かった。それで、掻っ攫うの意味は? 私達が何かすれば良いのか?」

「いや、己の権能で、ちょいと繋げちまおうって話だよ。これから潜入しようとも、三柱は部屋から移動しないだろうし、そこで不意打ちも何もないだろ? 入り口は一つしかないし、己らが注意を逸したって限度がある。結局、一撃で仕留められないなら、奴らを同時に相手する事になるんだろうしさ」

「勿論だ。個別に撃破するのが、こっちにとっても都合が良い。じゃあつまり、これからお前が選んだどこかへ……例えば狭い部屋とかに、それぞれを繋げようとか、そういう話か?」


 インギェムは我が意を得たり、と満足そうに頷いた。


「孔が生まれたのと同じ原理さ。この神処には、使ってない部屋はごまんとある。戦闘するなら広めが良いだろうから、簡単には合流できない離れた部屋に、それぞれ送る。奴らを送った後に、お前らをその頭上の死角にでも送ってやるよ。完全な不意打ちが出来るかは……まぁ、運次第だが」

「悪くないように思いますね」


 そう言って、真っ先に首肯したのはルチアだった。やはり顎先を摘むようにして、何度か頷いて見せる。


「もう既に、結構な時間掛かってるじゃないですか。初期の混乱は収まっている筈です。気持ちの余裕も出てきたところに、強制転移されたなら不意を突くのは期待できます。その後の一撃に関しては……、神々のセンス次第ですか」

「そのセンスってのは、何とも言えないね。ただ、そこに自信ある奴は真っ先に外出て行ったから……まぁ、大丈夫なんじゃないか」


 インギェムは首をひねって自信なさげに言うが、そこが駄目なら、神々の分断という目的が初手から頓挫する。

 成功率が低いというなら、その方法に固執する必要はない。

 別の方策を練った方がマシだった。


「おい、大丈夫なんだろうな。余計な警戒心だけ煽るだけで終わったら、それこそ目も充てられないぞ」

「まぁ、平気だろ。よく考えてみろよ。己らは事実として人間より遥かに強大な存在だが、日頃から剣を握ったり、槍を突き出している訳じゃないんだぞ?」


 そう言われてみると、日頃から武技を鍛え、戦いに備えて努力しているとは思えない。

 願力を集めた内の幾つかを、力に変換しているというのは確かだろうから、間違いなく強大な存在ではる。

 しかし、戦術眼や戦勘が養われているとは思えなかった。


「神は天上から力を振るう事もあるが、武器を持って手合わせする機会なんてない。……まぁ、それをやってる変わり者が、さっきドラゴンへ挑みに行った奴らだが……、普通はそうじゃないんだ。だから、いま最奥の間に居る奴らには、まず成功すると思うね」

「なるほど、納得できる話だった。じゃあ、それで行こう」


 問題ないか、と目配せすれば、全員から決意の漲る首肯が返って来る。

 ミレイユもそれに頷きを返すと、インギェムへ向き直った。


「一応聞くが、お前達は戦えないのか? 時間稼ぎだけでも良いが」

「馬鹿、お前。見りゃ分かるだろう? 戦いなんてもの、やろうとした瞬間に負けちまうよ。己もルヴァイルも、そういうのには、とんと向いてないんだ」

「あぁ、まぁ、そうだな……」


 魔力の扱い自体は上手い方だろう。

 だが、戦闘とは制御の良し悪しだけで決まるものではない。

 ミレイユの見る所によれば、後方で支援としては使えそうでも、敵の前に立って戦える様には見えなかった。


 人間に例えると、中級冒険者クラスの戦闘センスはありそうだが、その程度の実力で立ち向かえ、と言う方が怖い。

 振るう力はそれとは比較にならないほど膨大だろうし、同ランクの冒険者なら何人束になっても勝てないだろうが、神と戦うには明らかに多くが不足している。


「最奥の部屋に残った、という神々も、お前と同じレベルと思って良いのか?」

「いや、そりゃ流石に舐めすぎだろ。己と同じ様に見てると、痛い目みるぞ」

「何とも、情けない台詞を堂々と言うものだな……」


 ミレイユのぼやきにも、インギェムは皮肉げな笑みを見せるばかりで、気にした素振りも見せなかった。

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