真実と新事実 その7

 ミレイユが赤々と燃える島を見ている間に、周囲が騒然と騒がしくなった。

 神が住まう島だからこそ、そこで侍らされている人間もまた、厳選している筈だという予測はあった。

 そして、それは事実だったようだ。


 兵士らしき者の姿は見えるのに、明らかにその姿が少ない。

 攻め込まれる事を考えていないからこそ、用意している数が少ない、という側面があるのだろう。


 そうであれば、ミレイユの方もやり易くなる。

 木陰へ隠れるようにして立っていた身体を、幹から離して振り返る。


 ――今が好機だ。

 行動する前に何か一声掛けるべきかと迷っていると、アヴェリンがアキラへ詰め寄る姿を見て、言葉が引っ込んだ。

 アヴェリンは胸倉を掴む程の剣幕で顔を寄せ、声を張り上げる事なく脅し付ける。


「――いいか、アキラ。何としても、何があろうと、ミレイ様の御身をお守りしろ。お前が今まで生きて来たのも、その力を得たのも、今この瞬間の為だったと理解しろ!」

「はい、勿論です! この身に代えても、ミレイユ様をお守りします!」

「馬鹿者、お前は盾だ! その身を持って壁になるなど、今更、口に出す事か!」

「はいッ、申し訳ありません!」


 アキラは背筋を伸ばし、アヴェリンに引き締まった顔で頷く。

 ただその表情は、以前に見られた情けなく眉を下げたものではなく、決意の中に精悍さが見られる頼もしいものだ。

 いつまでも情けない姿を晒している、頼りないアキラではないらしい。


「ミレイ様に害なす攻撃は、全てその身で受けると思え! お前はここへ死にに来た、今日がお前の命日だと思って前に出ろ! 死人しびとは明日の事など考えない! 今も自分も、全てを投げ捨て盾となれ!」

「はいッ! 指一本動かなくなるまで、決して自分の役目を投げ出したりしません!」


 アキラは決然とした表情と気迫で宣言したが、それだけでアヴェリンは満足しなかったらしい。

 怒りにも似た、苛烈な表情で顔を近づけ、指をアキラの胸元に差し向けながら凄む。


「もしもミレイ様の身に何かあり、お前だけが無事であってみろ。その時は、私が、お前に、事の道理というものを教え込んでやるからな……!」

「僕がここにいるのは、全てミレイユ様のお役に立ちたい為です! 我が身可愛さで避ける事も、逃げる事も絶対にしません!」


 アヴェリンの脅しに全く屈さず、堂々と宣言したアキラに、それでようやく満足したようだった。

 褒める言葉も激励もなく、睨み付ける表情も変えないままだったが、それでも納得するように二度頷き踵を返す。


 随分と不器用なやり方だが、アヴェリンなりに発破を掛けようというつもりらしい。

 アキラは未だ硬い表情であるものの、少しは緊張を解してやろうと、ミレイユはその肩を数度叩いて苦笑した。


「そこまで物騒に考える必要はないぞ。勝負は時の運とも言うしな……。己の失態を、お前の責任にするつもりもない。もっと肩の力を抜け。今からそんな様子じゃ、実力だって発揮できないだろう」

「ミレイ様、あまりアキラを甘やかされては困ります」


 ミレイユとしては、あくまで緊張を解してやるぐらいのつもりで言ったのだが、アヴェリンからは困った顔で苦言を呈された。

 師弟間のやりとりに、水を差したように思われたのかもしれない。


「アレは追い詰められれば、追い詰められる程、実力を発揮するタイプです。理不尽な要求を突き付けてやるぐらいで丁度よろしいのです」

「なるほど……、よく見ているな」


 優しくするだけが結果を生む訳ではない、という事だろう。

 厳しさだけでもやっていけるものではないが、締め付ける事で生まれるやる気、というものもある。


 思い返してみれば、確かにアキラは安穏としているよりも、追い込まれてから本領を発揮するタイプだった。

 なるほど、確かにこれは、ミレイユの失言だったかもしれない。


 詫びるべきか、と思いつつ、ここで謝罪を口にしたところで、アキラのやる気が燃え上がるとも思えなかった。

 仕方ないか、という諦めの境地でいたところ、建物の入口から飛び出していく影が見える。


 月明かりだけで十分な姿を確認する事は難しいが、兵士でない事はすぐに分かった。

 何しろ、その人影は空を飛んでいる。


 つまり、騒ぎの内容を理解して、神自ら出向く事にしたのだろう。

 ドラゴンが相手となれば、彼らの神使を派遣しても焼け石に水だ。

 神使の命を慮った、というよりは単純に戦力外と考えて、自ら出向くしかない、と考えたのかもしれない。


「とはいえ、ドラゴンは神としても相手にしたくない部類だと思うが……、被害の拡大を恐れたのか?」

「まぁ、放置できないって思うのは当然として……。自ら出向くってコトは、つまり……こちらの動きが読まれてなかった証明と言えるかもね」

「『遺物』の使用、そしてドラゴンの復活を察知していたなら、早い段階で対策や対抗を講じていた筈、ですか。……ですね、十分あり得ると思います」


 ユミルが分析し、ルチアが納得を示して、ミレイユも頷く。


「これこそ、ルヴァイルが意識を逸らすなり、撹乱させた結果かもしれない。獅子身中の虫という程、ルヴァイルやインギェムも敵意を向けられていないなら、可能だという気もするしな」

「そこまで甘く考えてやる必要もない気がするけどね……」


 ユミルが顔を顰めながら、建物の方へと視線を移す。

 神嫌いの彼女らしい発言だが、功績があるなら、そこは素直に認めなくてはならない。

 とはいえ、ミレイユが言った事も憶測に過ぎないので、ユミルの発言も厳しすぎる訳ではなかった。


 そうして、ミレイユも神殿の方へ目を向けていると、そこから更に飛び立って行く二つの人影がある。

 一つはドラゴンの襲撃場所へ、もう一つは、それと全く別方向へ飛んで行った。


 その光景が少し意外に思えて眉を上げる。

 あの神殿らしき場所では、複数の神が同時に住んでいたりするのだろうか。


 一つ目の影は加勢に行ったと見て良いとして、二つ目はどういう意図だろうか。懸念したとおり、あれは逃げたか、自分の城にでも引き籠もるつもりでいるのか、そのどちらかだろう。

 早々に一人取り逃がす事になるのだが、あれを追うべきかどうか迷った。


「あれが逃亡というなら、踏ん切りが早すぎる、と思うんだが……どうしたものかな。ドラゴンが小神の処理役と知っているなら、理解できない話でもないが」

「戦闘が苦手な神じゃ、そもそも加勢に行く意味もないしね。逃げ出すよりは、事が終結するまで、安全な場所で身を固めてるつもりなのかも……」

「私もそう思います。ドラゴンの復活と襲撃は予想外でしたでしょうけど、どの神も弑されていない状況で、逃げの手を打つには思い切りが良すぎませんか」


 ユミルの指摘とルチアの意見、そのどちらも正鵠を得ている様に思えた。

 ルヴァイル達がそうであった様に、神だからといって戦える存在ばかりではない。

 ドラゴンの相手など出来ないから、初手から逃亡を選ぶのは、むしろ堅実な手と言えるだろう。


「それならそれで、逃げた先を知っておきたいところだが……もう無理だな。ルヴァイルが知っている事に期待しておこう」

「それが良かろうと思います。手を広げられる程こちらにも余裕はありませんし、ドラゴンを使って追跡するとなれば、発見されるリスクも上がります。不意打ち出来る機会を、みすみす逃がす事になりかねません」


 アヴェリンにも諭され、複数に目標を定める危険を考え直す。

 どっち付かずが最も愚かだ。一つこれと決めたら、それに向けて邁進すべきだった。

 ミレイユはアヴェリンに感謝を示して目礼し、それから神殿へ顔を戻す。


「当初の目的通り、目前の建物に侵入して襲撃を仕掛ける」

「了解よ。じゃあ、それは良いとして……」


 ユミルは気負いなく頷いてから、ミレイユと同じく視線を合わせて睨み付けた。


「あれってどういう建物なのかしら。神殿らしき場所、っていうのは理解できるんだけど、それにしては神が居すぎじゃない? いま飛び出したのが全てなのか、それともまだ他にいるものなのか、判断に困るわよ」

「確かにな……。基本的に一枚岩にならない、という話だったし、仲の悪い間柄も多い、という話だったろう? 最初から、一箇所には集まっていないものだと思っていたが」


 ミレイユは腕を組んで黙考する。

 そうでないのだとすれば、最初からルヴァイルも、その様に伝えていた筈だ。

 まさか一箇所に集まって暮らしているとは思えないし、ならば、この状態が突発的なものだとしたら――。

 思い当たる事が一つあった。


「ルヴァイルは近く、一同に集まって会議みたいなものを開く、と言っていたな」

「それがアレだって……? あり得ない話じゃないわね。それなら、あぁも一つの建物から神が出て来る説明も付くもの。……ほら、上空から見た時、島が点々とあったじゃない? あの数が、意味もなく用意されたものじゃないと思うのよね」

「つまり、それら一つ一つを神が所有していて、そこに神殿なり何なりを築いて暮らしている。そう考えたいのか?」

「考えたいっていうか、それが自然だって言いたいだけ。ルヴァイルの話を聞く限り、互いが互いを牽制したり、邪魔してたりするらしいじゃない。そんな奴らが一箇所に纏まって、生活できるもんですか。離れていた方が、互いに安心でしょ」


 そう言われると、確かにそういう気がしてくる。

 神という存在が、シェアハウスをして暮らしている、というのも奇妙な話だ。

 複数の島があるのなら、やはり複数に分散して暮らすものだろう。


 信徒が訪れるような場所でないとはいえ、神には見栄も誇りもあるものだ。

 思考が横へ逸れている事に気付き、ミレイユは意識してもとに戻す。


「とにかく、あの場所ではミレイユ対策の会議が開かれていた。だから、あぁして飛び出して来た、という考えで行くとして、じゃあ残り五柱の神が残っている事になるな」

「そこからルヴァイルとインギェムを除けば、残り三柱ですよね。……待っていれば、更に外へ出て来たりするものですかね。全員に出てこられても、それはそれで困るんですけど」


 ルチアは顎に手を添えたまま、思案顔で神殿を見つめる。

 その全てがドラゴン対策に向かわれたら、それこそ奇襲は難しくなりそうだ。

 空にいる相手に対して、完全な隠匿をして接近は難しいし、攻撃手段も限られてくる。


 そうして、決めあぐねて頭を悩ませていると、また一つ、別の影が神殿から出てきた。

 乏しい明かりで分かり難いが、その人影には見覚えがある。


「……あれは、……インギェムじゃないか? すぐに飛び立つ気配もない。……うん? 誰かを探している?」

「周囲にドラゴンが隠れていないか確認しているだけなのか、それとも……。ってところで話が変わって来るけど」

「ドラゴンが復活する事だけなら、あの二人は知っていた事だ。それをやったのが誰なのかもな。詳しい段取りを説明している暇こそなかったが、ドラゴンがいるなら私達も来ていると理解してるだろう」

「……じゃあ、探してるのは私達、なんでしょうか? 出て行って平気なんですか?」


 ルチアが疑わしい視線で見つめる先には、今も顔を左右や上空へ向けているインギェムがいる。

 ミレイユは彼女を疑う気持ちが薄いものの、何を意図しているのか分からないから、迂闊に近寄るのが怖い。

 それに、他の神々と鉢合わせる可能性だってある。


 インギェムは深く考える性格ではないので、尚更それに拍車を掛けていた。

 ミレイユが迷っている間にも、アヴェリンがインギェムを見据えながら言ってくる。


「私達をここから遠ざけたいのか、それとも侵入を助けたいのかで話は変わって来ます。……いずれにしても、ここで待つばかりでは勝機も逃がす事になるかと」

「……そうだな。思い切りが必要か。あまり効果的ではないだろうが、念の為だ。ユミル、幻術で私達とドラゴンの姿を隠せ」

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