真実と真事実 その6
「あれってどういう意味……? ドーワは何を察していたのかしらね」
「さて、何だろうな……。今ここで考えても、仕方ない事ではあるが……」
ユミルの呟きを傍で聞きながら、多くの竜を従えて、飛び去る姿を見送る。
ドーワの口から聞かされた大神とは、次代へ役目を託す為、後継を創ろうとしたらしい。
そして、それが全ての始まりだった。
真なる神さえ永劫ではない、という事実は諸行無常を感じさせるが、それもまた一つの真理だというなら納得もする。
そして、その神が己の末期を悟っていたという事実が、八神の反旗を許した原因でもあった、という気がする。
力を十全に発揮できていたら、倍の数で襲い掛かられようと、撃退できていたのかもしれない。
力の差はあれど、小神も神である事には違いない。
大神は四柱いる筈だが、そもそも倍の数に対して、抗えられるものではなかったのだろう。
そして、末期故に力を発揮できていなかった可能性もあった。
もしもそうなら、ドーワの懸念はそこにあったように思う。
それこそが、口に出すのも憚られる、という事に繋がるのなら……大神が沈黙しているのは、封印されているばかりが理由でないのかもしれない。
「ちょっと……?」
思いの外、長く黙考してしまった所為で、ユミルから怪訝な視線を向けられてしまった。
アヴェリンからも心配そうな視線を向けられてしまい、片手を振って苦笑する。
「いや、結局ドーワの言うとおりだ。下手に意識を割く程の事じゃない。それを確認できるのも、これから次第だしな。――今は待つ」
「畏まりました。ではその間、少し詳しく段取りについてお伺いしても?」
「行き当たりばったりになるのは仕方ないとしても、ある程度、考えておく必要はあると思うわ。八神に対して、どう対処するか。一柱相手に一人で当たるのは無理だから、当然袋叩きにするのが効果的だと思うんだけど……」
ユミルの指摘は順当だ。
敗北を許されず、確実な勝利を重ねるには、総員で掛かる以外、方法がない。
だが同時に、それでは別の問題も発生する。
ミレイユが口を開くより前に、ルチアが指を向けながら、それを指摘した。
「勿論、一柱ずつ確実に削るべきだと思いますけど、肝心な部分を忘れてますよ。……不利な状況だと悟ったら、逃げ出す神が現れますよね? それはどうするんです」
「あぁ、そうよね……。生き汚いから反旗を翻し、そして世界を削ってでも、生き恥晒してる様な奴らよ。形勢が不利と悟った瞬間、逃げ出しても不思議じゃないのよね」
ユミルが大いに顔を顰めて悪態をついた時、アキラからおずおずと声が上がった。
「あの……、逃しちゃ拙いんですか? 目的は大神の――大神様の救出なんですよね? 最悪、その封印が解ければ良いんじゃないですか?」
「最悪、ね。……そう、まさに最悪のケースよ、それは」
あまりに強い反論に、アキラは目を剥いて驚く。
大神の救出という、その一点に於いて目的は達成できる。
他に目もくれず、封印を担うという不動と持続のオスポリックを倒せれば、それで解決の様に思えた。
だが、違うのだ。
ユミルはアキラだけでなく、周囲へ言い聞かせる様に言葉を並べる。
「それが人間社会に於ける将軍や、あるいは王という立場において考えみなさいな。そいつらを、みすみす逃がす事で生まれる懸念や禍根が、どれほど大きな問題を生むか想像できる?」
「えぇと……、どうなんでしょう? 神を逃がすと、別に軍隊を組織して反抗して来たりするんですか……? 亡命政府を組織したりとか、なんかそういう抵抗するとか想像できないんですけど……」
「別に政府を樹立とかはしないわよ。……つまりね、神はその両方と近い事をやろうと思えば出来る上に、権能を用いて好き放題やるワケよ。信仰ってのは厄介なもんで、信者を抱き込んで徹底抗戦とか出来ちゃうの。信仰や信徒は色んな所にいるもんだから、雨後の筍の如く、どこからでも襲って来る事になるわよ」
アキラは顔を青くさせて首を振った。
「めちゃくちゃ拙いじゃないですか……!」
「アタシたちを殺せないと分かってるなら、森を攻撃させたっていいしね。嫌がらせにやり方を変えてきたら、それこそやり方は無数にあるのよ。やられたまんまで引き下がらない、我の強い神が、黙って敗北を認めるもんですか。だから馬鹿をさせない為にはね、今日ここで、必ず全員仕留める必要があるの」
ユミルの言い分は苛烈で、神々を悪し様に捉えた結果だとも言えるが、全くの根拠なしとも言えなかった。
ミレイユを取り戻す為に、現世に対し、あれだけの所業を行った連中だ。
それを理由に反撃されようと、逆怨みという自覚すらなく、悪意の全てを濁らせぶつけるような真似をして来る、という確信めいた予感があった。
それを思えば、汎ゆる禍根はここで断っておきたい。
元より和解の道など何処にもないが、攻撃を開始する事で、その道は決定的に破断される。
後はもう、互いにどちらが滅ぶか、という生存戦争となるだろう。
中途半端な対処が最も危険で、命乞い程度で許せば後々絶対に後悔する。
それが分かるから、ユミルもここまで強く、アキラの意見を否定したのだ。
「でも、逃がしたくないからと、神を複数同時に相手をするのも愚策だわ。引き離した上で、各個撃破が理想……って思うんだけど、アンタはどう思う?」
「うん……。理想的かつ現実的だろうな、それが」
ユミルの意見には強く賛同するが、引き離す事は可能か、という問題があった。
どこまでも傲慢不遜であれば、一柱だけで相手する事もあるだろう。
だが、こちらの戦力を理解している神々が、不利になるかもしれない戦いを選ぶとも思えなかった。
よほど腕前に自信があるか、戦闘狂でなければ、まず選ばない選択だろう。
そして選ぶというなら、必勝を携えてやってくる。
罠を用いるか、あるいは策を講じて、負けない勝負を挑んでくるのではないか。
「ドラゴンが受け持てると言ったのは三柱までだった。小神を加味した上での数字だし、持ち堪える事に専念した場合、という条件付きの話でもあるが」
「残りの三柱……相手にもよる、という話になるでしょうが……。ここにいる五人で弑するには、チームを分けないと無理ですよね」
ルチアが全員の顔を見渡して、それから困ったように眉根を下げた。
顎先を摘むように持って、悩まし気な息を吐く。
「ミレイさん一人で誰か一柱相手して貰うとしたら、アキラを含めた四人で二柱ですか? この四人を二つに割るとして、どこに入れても不満が出るじゃないですか。」
「というか、どう分けても二人で倒せる相手なんかいないでしょ……」
「う……っ、申し訳ありません……」
アキラの実力不足は、最初から分かっていた事だ。
だから盾としての役割を求めた。
攻撃はしてもダメージを与えられない事を鑑みても、初めから戦力として期待できない。
ただ敵の前に立ち続ける事のみを求めた場合、アキラの価値は別物に変わる。
制御を完了させるまでの壁として役に立てば良い、と割り切った場合、使い所もあると思うのだが……。仮にルチアと組ませた場合を考えても、やはり不安は大きい。
ルチアも黙って立っていないと制御できない、というボンクラ魔術士ではないが、神々は強い魔力抵抗も持っている筈で、魔術それ一つで突破するには難しい相手だ。
魔術は支援、撹乱、補助として用いるのが最適解で、魔術それ一つで倒そうと思えば相当な工夫がいる。
単純な高威力な魔術をぶつければ勝てる程、神は甘い相手ではないだろう。
アキラとルチアの組み合わせは、あまり望ましくない。
では、アヴェリンと組ませるのはどうだ、と考えてみる。
二人は互いに癖も知っていて、連携も組みやすい相手だろうが、前衛ばかりでも、やはり倒すのは難しい。
そうなると、ユミルと組ませるのが一番マシな選択に思えるが、ユミルはそもそもサポートタイプだ。
アキラを上手く使ってくれる期待感こそあるが、火力不足は否めない。
この二人で神を落とせるか、と考えると、ルチア同様難しい、という結論になる。
誰と組んでも問題で、そもそもアキラと組まない方のチームでも、やはり戦力不足は否めなかった。
アヴェリン達は事実として強い。ミレイユと共に小神、最古の竜を打倒して来た実力者だ。
その彼女らが簡単に負けるとは思っていないが、ペアで挑むとなれば、どうあっても厳しいと判断するしかない。
それがミレイユの下した結論だった。
そうであるなら、ここはもう一つしか選択肢が残らない。
「アキラは私と共に行く。お前達は三人で動け」
「アキラと……? しかし、それは……!」
アヴェリンが否定しようと声を上げたが、それより前にミレイユが手を挙げて黙らせた。
「現実として、どの様な組み合わせだろうと、二人で一柱の相手は無理だ。仮に勝てても誰かを失う。それならば、最初からこの組み合わせの方が勝率も高く、希望が持てる」
「そうかもしれませんが、しかし……!」
「二手にしか分かれられないとなれば、一柱を完全にフリーにしてしまう。そこに怖さがあるのは確かだ。逃げるかもしれないし、それより前に……どこぞへ加勢するかもしれないが。……来るとしたら私のところ、という気はするな」
「ならば、尚の事……!」
いつもはミレイユの下す命令には忠実なアヴェリンだが、今回ばかりは黙っていられないらしい。
これが自分自身ならば、それが如何に不利な状況でも文句など言わなかった。
だが、それが戦力的に不安しかないアキラだからこそ、ここまで頑強に否定してくる。
「総合的な戦力を考慮した結果だ。これならば安心、と楽観できるものじゃないが、現有戦力で最も高い戦果を上げるなら、この形しかないと思う」
「それは……、そうかもしれませんが……!」
アヴェリンの表情は苦渋に満ちている。
間違いなく激戦と予想される戦闘があって、その傍に自分が居ない事に耐えられないのだ。
ミレイユにもアヴェリンの心情をよく理解できるが、ここは飲み込んで貰うしかない。
「仮に神々を倒せても、相打ちでは意味がない。お前たち三人なら、きっと上手くやれるだろう。精々、手早く倒して私を助けに来てくれ」
「は……勿論、即座に討ち倒し、助けに参りますが……」
「アヴェリン、ここはもう諦めなさいな」
ユミルに説得されるまでもなく、彼女自身もミレイユの言い分に理解できていたろう。
だが、それでも納得するのには、多大な覚悟が必要なようだった。
それを汲み取ったからではないだろうが、ユミルが更に補足的説得を続ける。
「戦力を均等に分配なんて、所詮無理な話よ。ペアで挑んだところで、良くて同士討ちしか狙えない。でもアタシ達三人でなら、重傷者だらけになろうと倒せる希望が持てる。犠牲も出すかもしれないけど……、それだって計算の内よね?」
「です、ね……。初めから無傷で勝利なんて、あり得ない想定です。仮に負けても手傷は与えてやれる。あとで戦うミレイさんは、それだけ有利になるでしょう」
ルチアも賛同する様に口添えし、それでようやくアヴェリンも折れた。
苦渋に満ちた表情は変わらないが、渋々ながら納得しようという気配は見える。
その時だった。
遠くで轟音と爆炎が、轟々と巻き起こるのが見えた。
月明かりしかない闇の中、赤々とした炎は実に目立つ。
距離がある所為で具体的な事は分からないが、上空を旋回しては炎を吐き出す、勇猛なドラゴンの姿は複数確認できた。
ミレイユ達のいる島とは正反対、陽動としては完璧な位置取りに思え、暗闇に潜んで移動するミレイユ達には良い後押しとなるだろう。
無事に潜入出来る可能性が、これで更に高まった。
「……始まったか。議論している暇はなくなった。すぐに動くぞ」
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