真実と真事実 その5

 ホワソウ先導の元、滝口の近く、水飛沫が盛大に降り掛かるような距離まで接近して飛んでいく。

 鳥の多くは水に弱く、濡れてしまえば飛べないというが、それを気にする素振りも見せない。

 だが、普段からこの様な場所に生息しているなら、濡れて跳べない生態なら生きていけまい。


 だが気にするところはそこではなく、水までの距離を見るべきだった。

 水流の勢いは凄まじく、もしも翼の一部でも触れたら、弾かれて落下してしまうかもしれない。


 ここまで接近するからこそ欺瞞効果もあるのだろうが、無駄な緊張を強いられて、ミレイユは落ち着かない気持ちにさせられる。

 また膨大な量の水が落下する音は、ドラゴンの羽ばたき音を隠してくれると同時に、その会話も困難にさせられた。


 思わず耳を塞ぎたくなる様な大音量だが、百体を越えるドラゴンの羽ばたき音は、それなりに目立つ。

 これも必要な事と割り切って、今は仲間たちへの指示や懸念確認など、諦める他なかった。


 ホワソウが――というより、ルヴァイルが指定した道だけあって、死角として有用な場所なのは理解できた。

 しかし、滝口から上に姿を現す瞬間こそ怖い気がする。


 何しろドラゴンの色形は非常に目立つ。

 カモフラージュとは全く無縁な色合いをしていて、それを百のドラゴンが合わさる事で、それぞれ違う色の斑模様を作っているのだ。


 少し注意を向ければ、即座に気付かれると思った方が良い。

 飛び出すタイミングはホワソウが心得ているだろうから、そこは信じるしかないとして、問題は陽動の方だった。


 見切り発車で決めてしまったミレイユも悪いが、現状、十分な役割分担も出来ていない。

 会話し辛いからと先延ばしにしてしまっていたが、そうも言ってられない状況に差し迫って来た。


 お互いのすべき事、目標についても考えを共有しておく必要がある。

 ミレイユは聞こえるかどうか不明な大声を張り上げて、ドーワへと呼びかけた。


「おい、ドーワ! もう少し詳細を詰めて話せないか! 四竜が意見を一致させないと、作戦の続行は不可能だろう!」

「そこは別に、人間ほど不便じゃないから問題ないと思うがね」


 隣の轟音で声はすぐに掻き消されていた筈なのに、ドーワは訳もなく聞き分けて、横顔だけを向けて来た。

 次にその口から放たれた言葉も、大きな声量で言った訳でもないに関わらず、まるで染み渡るように伝わって来る。


「ドラゴンが使う意思伝達ってやつは、言葉だけに頼らない。だから、作戦内容の伝達や擦り合わせなんかも問題ないね」

「それは心強い事だが! 敵は八神の内、六柱だけとは限らない! 小神が駆け付けてくる可能性がある!」

「その為に百竜を選りすぐって来た。そいつらの対処なら、十分こなせる。絶対に勝てると保障するものじゃないが、成す術なく敗北という事だけにはならんだろうさ。大神に対して忠誠心を高く持っているとも思えないし、脅かせば近付いて来ないかもしれないねぇ」


 小神もまた、被害者と言って良い存在だ。

 カリューシーの様に、対等な取引と納得して死を受け入れている者ばかりとは思えない。

 ミレイユがそうであった様に、騙し討ちが如く拉致されて、有耶無耶の内に順応し、昇神したケースの方が多い筈だった。


 彼らが八神の命令に逆らえないだろう事を考えれば、戦闘自体は避けられないだろう。

 だが、八神同様、積極的に弑する相手ではなかった。

 それは同時に小神の命を保障するという意味でもなかったが、明確な敵とならないのであれば、対処も柔らかくなる。


「今は小神も残り五柱まで減っている! それが素直に命令を聞くのか、隠れてやり過ごすつもりかでも話は違ってくるが……! それら全て任せて良いのか!?」

「あんたらだって、それに割ける戦力なんてないんだろう? こっちで受け持つしかないだろうさ」

「ありがたいが……。しかし八神も、その内どのくらいドラゴンの対処に回るつもりかも分からない! 分けるというなら、せめて陽動には少し多めに割いた方が良いか!?」

「そうさねぇ……。連れて来た百竜は、七割を陽動、残りの一割を索敵に、残り二割は即応待機。小神の動きも分からず、大神の居場所も正確に分からないんじゃ、何が起こるか分かったもんじゃない」


 それは確かに、堅実な部隊運用と言えるのかもしれなかった。

 神々の配置が分かっていないなら、まずその確認は必要だろうし、どこから襲って来るかも不明な状態だ。


 それをまず明らかにするのは重要だろう。

 そして小神がどう動くかも不明なら、その対処にも、大神と苦戦するならそのフォローにと、自由に動かせる戦力を残しておくのは重要に思える。


「手堅い運用だな。そして柔軟性があって対応幅もある! 中々やるものだ!」

「お褒めに預かり光栄だね」


 ドーワは口の端を上げて、ニヤリと笑って話を続けた。


「一度に対処する数が減ったのは業腹だが、偽神は小神と変わらぬ存在だ。集めてきた願力から生まれる力量差、というものはあるものの、その多くは世界の維持に使っていた筈だ。強化度合いにも限りがあって、その差は倍程も大きくなるものじゃない筈だ」

「そういうものか……。その具体的な数字まで、私には分からないが……」

「まぁ、そこはこっちも同じだ。当てずっぽうではある。けど、自身の強化に回す分は、絶対に確保しているだろうからね。小神と同等程度に留まっていられる理由がない」

「そうだな、確かに! 下剋上を恐れる奴らが、そこを怠るとは思えない!」


 いつかユミルも言っていた事だった。

 神々は信仰を集める存在で、ここまで集まったなら良し、とは思わないのだと。


 今となってはそれも納得だ。

 集めた内の幾つかは、確実に世界の維持へ回さねばならないのだから、ここまで十分、とは絶対に考えない。


 そして彼らの成り立ちからして、下剋上を意識しない訳にはいかないから、力の差に開きを持ちたいと考えるだろう。

 もしかすると、その為の願力すら維持に回していれば、世界はもっとマシな状況だったかもしれないが、それを今更言っても始まらない。


「八神からルヴァイルとインギェムを差し引いて、残り六柱か……。そして、小神には近付かせないよう、牽制する奴らを置いとく必要もあると……。誰もが好戦的に、参画したいヤツばかりじゃないだろうし、そっちに割く竜は少なめで大丈夫だろうかね」

「戦闘狂の神でもない限り、積極的に参加はしたくないだろう! 八神がこの状況まで想定していたとは思えないから、参戦を強制する精神調整は無かったと思いたいが……。こればかりは蓋を開けてみるまで分からない!」

「小神がドラゴンについて何処まで知ってるか疑問だ。が、偽神は別だ。あたしらを積極的に狙ってくる事を考えりゃ、同時に相手取る数も三柱が限界かね」

「三柱も良いのか! ……とはいえ、それもまた、状況次第だがな! 陽動に引っ掛かる者、掛からず引き籠もる者、……その辺は様々だろう!」

「下手すると、全員引き籠もって、対処を私兵と小神に任せるかもねぇ? ……ま、そん時ぁ建物でも燃やして炙り出してみるか」


 それで、とりあえずの方針は決まった。

 綿密に組めばその通り動く訳でもなく、ある程度、場当たり的になってしまうのは避けられない。


 それを柔軟性と言うのかもしれないが、実際の場で柔軟に対処する事は難しい。

 何しろミレイユ達は、神々が大瀑布の上にいると分かっても、どこに住んでいて、どこを攻め立てるのが一番有効かも知らないのだ。


 好戦的な偽神は誘き出せる可能性が高いが、好戦的ゆえ実力も折り紙付きで油断ならない。

 ミレイユが優先すべきは、大神の封印を担う誰かを探し出し、そして解除して貰う事だ。

 脅したところで言う事を聞く筈がないので、実力行使になるだろう。


 その神が何処にいるか、対処するにどう動くべきかは、ルヴァイル達と接触できれば解決する。

 後は陽動で釣れた神が何処から現れるか、それを掻い潜ってどこへ向かうべきかを考えなければならなかった。


 そこまで考えていると、ドーワが急上昇を始める。

 先導するホワソウに従って、向きを変える事にしたようだ。

 滝口を昇ると、そのままごく低空を飛行し、点在する島々を遮蔽物として利用するように移動する。


 未だ目立った騒ぎなどが起こっていないので、ホワソウの先導は実に上手く行っているらしい。

 ホワソウはとある木々の生い茂る島へと降り立つと、一際大きな岩の上へ降り立ち、遠くに見える建物を向いて激しく鳴いた。


「フィーッ、フィフィー!」

「目的地は、あそこだと言いいたいようだな」


 見てみれば、そこには雄大と感じられる建物がある。

 神が住まうに相応しく思え、あそこに神々のいずれかが居ても不思議ではないが、問題は誰がいるかという点だ。


 まさか自分を遣わせた主がいる、と指しているなら襲撃する意味がないし、無駄骨になる。

 まさかないとは思いたいが、出会い頭に斬り付けて殺してしまう可能性もあった。


 それを考えると迂闊に攻め込めないと思うが、ルヴァイルとの接触手段も、連絡手段もない以上、ある程度は勘働きで動くしかない。


 現在、ドーワ以外のドラゴンは狭く乱立する木々の間に、身体を小さくさせて隠れているが、ミレイユから見ても偽装効果は高くない。

 ないよりマシとも言えるが、発見は時間の問題だろう。


 既にこの時点で、何の動きも見えないのが奇跡と言える。

 この状況を無駄にしない為には、このホワソウの主張を信じて動くしかなかった。


「それじゃあ、陽動は任せるって事で良いのか?」

「受け持とう。まずは適当に建物を見つけて、手当り次第に攻撃するのが良いだろうかね。それこそ、火の付いたような騒ぎになるだろうさ」


 そう言って、喉の奥でくっくっく、と笑った。

 ドラゴンらしからぬ、実に人間らしい笑みがその顔に張り付いている。


「それ次第で、次の動きを決めようじゃないか。移動用に使うドラゴンは、百竜の中から用意する。あの建物を攻め落とせば終わるような話じゃないだろうし、わたしはわたしで戦力として動いた方が良いだろうしね」

「そうだな、助かる。……私達は一応、ホワソウの事を信じて、あの建物を攻略目標とする。何がいるにしろ、ルヴァイルだけじゃない事を祈ろう。あの建物自体を攻撃するより、他を重点的に狙ってくれ」

「あんたが攻め込むつもりだっていう、その建物には攻撃しなくて良いのかい?」


 ミレイユは腕を組んで考え込む。

 何を思ってホワソウが目標地点と教えているのか分からない以上、あまりに過激な事はしたくなかった。

 ルヴァイルから遣わされた鳥である以上、攻撃目標を指しているのだと思いたいが、意思疎通が出来ない鳥では不安が残る。


 過失でルヴァイルを弑してしまっていたら、作戦自体は成功しても、ミレイユの望みは敵わない。それを思えば、今は少し慎重になっても良い筈だ。


「あぁ、あくまでアレ以外、どこか別の場所を攻撃してくれ。それでお前達の動きと、神側の対応を見てから、私達が侵入……不意打ちする」

「なるほど、構わないよ。精々、派手に暴れて注意を引くとしよう。……あぁ、そうだ」


 今更、思い付いたかのように顔を上げ、それから試すような視線でドーワは見てきた。


「偽神は弑する。小神も、必須じゃないが弑する。――それで良いんだね? 同胞たちの怒りは相当なものだ。なるべく生かせ、と言われても、獲物を前にお預けは無理だよ。弑せる機会あらば、必ず喉笛噛み千切るだろう」

「勿論、構わない。お前たちの報復も正当なものだ。それを止めるつもりなんて無い。ただ、さっき言った様に、ルヴァイルとインギェムは駄目だ。私の目的を達成するには、二柱の協力なくして不可能だからだ。見つけても、そいつらだけは見逃せ」

「……ま、そこは妥協しても良いか。大神の復活次第の話だしね……。大神、ねぇ……」


 またも意味深そうな言い方と眼差しに、ミレイユは胸の奥で不安を感じた。

 ドーワからは、創造主たる存在の安否や、無事を祈っていないように思える。

 まるで、復活しない方が良いと思っているようにすら感じた。


「どうした、大神に何かあるのか」

「何かある、とは違うね。何かあったんじゃないか、と思うのさ」

「それは……?」

「ただの憶測だよ。例え冗談でも口に出すべきでない類のね。だから言わないでおくとするよ。――それより今は、まず陽動の成功を考えるべきだろうさ。これの成功の可否で、今後が大きく変わる……そうじゃないか?」

「あぁ……」


 それは事実だが、同時に強引な話題転換だと思った。

 だが実際、突拍子もない事にまで意識を割いている余裕はない。

 それが何であれ、今は一柱でも多くの神を落とす事に集中しなければならなかった。


 ミレイユが合図を出すと、ドーワは大儀そうに頷き、周囲へ首を巡らす。

 吠える事も、声を出すこともなく、ただ微弱な魔力の流れだけがクモの巣状に広がっていく。

 それだけで、何が必要か、なにをするべきか、彼らは十全に理解できたようだ。


 その瞳の中には強い決意のみがあり、迷いや逡巡というものが見当たらない。

 ドーワは一度ミレイユに目配せした後、翼で大きく地面を叩くと、颶風を巻き起こし空へと飛び立って行った。

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