真実と新事実 その4
「これが……、これが世界の真実か。破綻というのは、もっと漠然としたものかと思っていたが、もっと物理的な危機が訪れている……?」
「世界って、もっと広いのかと思ってたわ。アンタ達の驚愕ぶりを見てると、相当意外な形だったみたいだけど……。まぁ、アタシから見ても十分おかしな形してるわよね」
ユミルが呆れ半分、諦め半分といった表情で嘲笑う。
アヴェリンもルチアも、眉を顰めて同意していた。
そして、世界の終焉だ。
どういう現象が起きていて、何が起きて終焉を迎えるのか。それは分からぬ事だったが、もっと分かりやすいものを想像してはいたものだ。
世界の終焉という漠然とした現象に対して、天に雷鳴が轟き、大地が震え罅割れる様な……この世の終わりを実感させる、天変地異が起きるものだと思っていた。
だが、違う。こうして俯瞰して見ると、実に分かり易い。
それは例えば虫食いの様に、端から徐々に失われていく、物理的損失だった。
あるいは、やすりで削られて行くかのような消失。
世界が削られ、それを隠す為に箱庭が狭まり、実際の損失を認識する前に隠してしまう。
はるか上空にいなければ、決して判明しない事実だろう。
箱庭が見せる偽の風景が、更に発見を困難にさせている。
ひた隠しにするには、ある意味で相当な用意周到さだった。
――もしかすると。
最初は地球と同じ様に、球体の惑星であったかもしれない。
それが崩れた事で、その一部を箱庭の中に匿った事が始まりであったのではないか。
だが、世界の一部を切り取るだけで、完全な保全は出来なかった。
無理な形での維持は、結局その場しのぎにしかならず、今の形で維持に維持を重ねた結果、今の状態があるのだろう。
この歪な世界を見て、ミレイユはそこまで想像を膨らませたが、どうやらそれは事実らしいと、ドーワの言葉で知った。
「なんとまぁ、随分小さい世界になったもんだ。昔はまだ色々あったと思うがね。維持をするにも限界があって、それで見るも無残な光景になったようだね」
「じゃあ元々は、もっと広い世界だったのか? 箱庭と分からない程の……?」
「いつ、どの段階で、そうなったかは知らないね。だが、大神が後継を作ろうとした時には、もっと大きな球形だったさ。世界に端はなく、どこへでも、どこまでも飛んで行けると思ったもんだ」
「あぁ、そうなんだな」
ではやはり、かつては地球と同じ惑星であったのかもしれない。
だが今の形を見れば、どれほど無理をして対処して来たのか分かる。
滅ぶに任せず、抗って来た姿こそが今の世界の形でもあるのだろう。
そこに住む世界の命を救っていた、それも嘘ではないだろうが、それは同時に、自らの縄に首を掛けゆっくりと絞っていくのと似た行為にも思える。
求めるのは縄を切る手段だったろうに、絞る速度を緩める事しか出来ていなかった。
だから、今の歪な世界がある。
「神々は、民の願力を得て、大神の代わりに世界を維持しようとしていた。私はそう聞いている。完全な嘘でも、間違いでもないんだろうが、手段については相当なゴリ押しだ。滅ぶに任せるのではなく、抗った結果であろうと、これではあまりに……」
「他にも大陸はあった筈だがね……。消えるのが抑えられなかったなら、消えた命も多いだろう。そして、その為に願力も足りなくなる」
「それで争いを作り、悲嘆を生み、縋る気持ちを利用して、無理にでも願力を回収する事にしたか……」
力が足りず、あるいは及ばず、世界を縮小させているのだから、願力を生み出す人民を終焉と共に失わせるのは断固阻止したい筈だ。
それは終焉という世界の癌を、加速させてしまう結果に繋がる。
だから、蜂の巣から蜂蜜を採る様に、巣も蜂も減らす事なく、蜜だけ啜る事を望んでいたに違いない。
だが世界の終焉は遠ざけられず、維持も出来ず、縮小を重ねる状況に陥っている。
ミレイユは遣る瀬無い溜め息を吐くと共に、大陸へ目を向けた。
「最も割りを食っているのは、この世界に住む民たちだ。八神も馬鹿な真似をした。我が身かわいいのは理解するが、ここまで世界を食い潰して、どうやって生きていくつもりだ」
「そうさね。だから起死回生のつもりで、大神の神人計画を再始動するしかなかったのだろうさ。当然、始めた時期はもっと早かったろうし、それまで多くの小神が贄にされて来たんだろう。しかし、間に合った……と思いきや、その意志から外れる神人が生まれたと来たもんだ」
ドーワは愉快そうに笑い、鎌首をもたげてミレイユへ顔を向けてくる。
「大神の代役を全うさせる、自分達に忠実な神人の誕生を夢見てたんだろうが、アテが外れたねぇ。散々、好きにやって来たツケを、今日ようやく支払う事になるのさ」
「そうだな。私個人としても、数多のミレイユとしても、奴らには多くの貸しがある。その貸しを返して貰う」
ドーワは一瞬、不可思議そうに目を見開いたが、多くを追求して来なかった。
数多のミレイユと言われても、彼女にとっては全く意味不明だったろう。
だからこそ、深く聞くまいと追求するのを止めたのかもしれない。
だが、聞いておかねばならない事はあるようだ。
ドーワは振り返らぬまま、大瀑布へと顔を傾けながら尋ねて来る。
「大瀑布の上にある、半円状の水ばかりの世界……あそこに神々がいる事は分かってる。島が点々と見えるから、そこの何処かに住んでるか、あるいは分散して住んでるんだろう。けど、このまま近付く訳にゃいかないだろう? これ以上無用心に近付くと、すぐに見つかっちまうと思うがね」
「そうだな」
ミレイユもまた、大瀑布の向こう側――神々が住まうと思われる島々へと、目を向けながら頷く。
水がどこから湧き出ているか不明だが、それこそ水源と流動を権能にしている、ラウアイクスがやっているなら難しい事はないだろう。
ルヴァイルが言っていたのも嘘ではなかった。
水流が所々、激しく渦巻き、正常な流れを作っていない。
仮に船を用いて移動しようとしても無理だろうし、空を飛べる神々でなければ、島から島への移動は不可能の様に思われた。
ドラゴンという戦力と移動手段は、この戦いには絶対必要な札だったと、ミレイユは改めて実感する。
肩に乗って大人しくしていたホワソウへ顔を向けつつ、その嘴の付け根を撫でるように指先を動かすと、小さく鳴いて翼を広げた。
ドラゴンと鳥では、出せる速度が全く違う。
ホワソウが風を捕まえた瞬間、その身体が後ろへ流されて行ってしまった。
「ドーワ、スピードを落としてくれ。ここから先導させるから、あいつに付いて行ってくれ」
「相分かった」
ドーワは一度翼を大きく広げ空気を打つと、背後を振り返って今度は二度打つ。
それで後続のドラゴンも速度を合わせて飛ぶようになり、一時は置いて行かれたホワソウを再捕捉した。
後はホワソウが先頭となって飛び、ドーワがその二番手としてドラゴンを引き連れて飛ぶ。
鳥は小さく見辛いが、白い羽毛が月明かりに反射し、良い目印となっているので、見失う事だけはなさそうだ。
とはいえ、ドラゴンの飛行速度に慣れてしまうと、鳥の速さは酷く緩慢に感じる。
姿を見られたくない、という思いと、急襲を成功させたい、という思いが混ざって、酷く焦れったい。
大瀑布の近くを飛行する、というだけで、今にも発見されてしまうかもしれないのだ。
そのリスクを回避する手段として、目眩ましに仕掛けたオズロワーナ戦だが、それもどこまで欺瞞効果があるものか。
神々の奸計・詭計に悩まされてきた身としては、既に発見されていてもおかしくない、と焦りばかりが生まれて来る。
その気持ちを敏感に感じ取ったのか、それとも分かり易い気配を発し過ぎていたのか、ドーワが苦笑と共に振り返ってきた。
「気に揉んでも仕方ないよ。それに、遅い速度の方が、返って見つかり難い事もあるからねぇ。特にわたしらは大所帯だ。片手の爪で収まる数ならともかく、百を超えるとなると隠しようがない。あの鳥が、それを知ってるかどうかはともかくとしてね」
「あぁ、そうか……すまない。奴らには何度も煮え湯を飲まされて来た。今回は大丈夫と思うより、今回も読まれている思えてしまって……」
「まぁ、そうだね。楽観になるのは考えものだ。疑うくらいで丁度良い、と思うけど、ねぇ……」
不意にドーワが言葉を濁して言うのを止め、首を大瀑布と島々へ交互に動かす。
何拍かの間を置いて、ドーワは顔を横に向けて尋ねて来た。
「ここは二手に別れた方が良くないかい。本命の襲撃班と、別動の陽動班に分けるのさ。仮に動きを読まれているにせよ、これに対応しない訳にはいかない。引っ掛かってくれれば御の字だ」
「いいな、それで行こう。だったら、陽動班は数を多くした方が良いか。精々、派手に目立って貰いたいんだが」
陽動としては既にエルフを用いた策があるが、二重に使えれば更に有効だ。
戦力の分散は得策ではないが、そもそも最古の竜とは小神を始末する為に用意された存在だ。
今の八神は願力を得て力を増している筈で、易々とやられるほど簡単ではないと思うが、脅威となるのは間違いない。
ドラゴン復活がまだ判明していないとすれば、その存在自体が大きな動揺を招くだろう。
ホワソウの先導の元で接近するミレイユ達は、完全に隠れて接近も可能かもしれない。
そこへ背後から愉快そうな声音が聞こえて、振り返って見てみると、ユミルがこちらに目を向けて、アキラの肩に手を置いた。
悪戯好きな顔付きでニヤニヤと笑い、ミレイユに話し掛けつつも、アキラにも顔を向けている。
「いいじゃない。ただでさえ誤魔化せていた目を、ここで更に眩ませてやるコトが出来るかもよ。ちょっとした、サプライズパーティってところよね。――ほら、アンタも好きでしょ、サプライズ」
「いえ、全く。僕は嫌な思い出しかありませんし……!」
上機嫌に笑顔を振りまくユミルだったが、対するアキラの表情は真逆で芳しくない。
ミレイユも当時を思い出してみれば、散々な思いをしていたな、という感想しか浮かばなかった。
帰宅と同時に爆発じみた閃光と音で脅かされ、更にアヴェリンの手首から血が噴出して驚かされる、という失態を見せているのだ。
幻術など知らなかったアキラからすると、まさに仰天する光景だったのは当然だ。
その姿を見て、楽しませて貰ったのも事実だが、アキラとしては業腹だろう。
思わず笑ってしまって、アキラはしゅんと肩を落とした。
「ひどいですよ、ミレイユ様まで……」
「いや……、まぁ。お前も随分遠くまで来たものだと思ったんだ。トロール相手に尻尾を巻いて逃げ出した奴が、今では竜の背に乗って、神々に喧嘩売ろうというんだからな」
「そう言われると、確かに……。とても、とても遠くまで来ました」
アキラが言うその遠くは物理的にも、心情的にも、そして実力的にも掛かってると思えた。
もしかすると最期の時になるかもしれず、だから想いを馳せずにはいられない。
神妙な空気が流れ始めたところで、ユミルが再びアキラを指差して笑う。
「驚かされて、カエルみたいに引っくり返っていたのが嘘の様よねぇ」
「ブフォッ……!」
それまで耐えていたルチアがついに吹き出し、顔を真赤にさせてプルプルと震えていた。
視界の端で、何やら耐えていたのは見えていたが、ユミルの言葉で当時の事を思い出してしまったらしい。
「そういえば、アンタにはもう一度仕掛けるって約束、まだしてなかったわね。覚悟しときなさい」
「いや、それユミルさんが勝手に言ってるだけで、別に約束でも何でもないじゃないですか。他人に迷惑かけるの、止めてくださいよ……!」
「かけられても、迷惑と思わないならセーフよね」
「思いますからね、僕は絶対思います!」
ユミルはカラカラと笑って、アキラの抗議には取り合わない。
懇願する様に伸ばした手をぞんざいに叩き、そうしてミレイユと目が合う。
楽しげに笑っていた目が、その瞬間だけ細められる。
こういう仕草を見せる時の彼女は、腹に一物隠している証拠だ。
何かするつもりで、そしてそれを隠しておきたいと思っているのだ。
この場で情報が漏洩するとも思えないが、言うつもりがないというなら、ミレイユはそれを尊重してやりたい。
ユミルが何かを隠すのは信頼故だ。その信頼を、今ユミルは垣間見せてきた。
ならばミレイユは、それを信じて任せるだけだった。
その時、水平だったドラゴンが大きく傾く。
どうやら大瀑布近くまで接近すると見て、ミレイユもその傾きに身を任せながら、振り落とされないよう、竜の背中に生えた突起に掴まった。
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