真実と新事実 その2

「かつて大神が計画したもの、それを小神が止めた上で反旗を翻し……。しかし、それを当の小神が完成させるなんてね。これ以上の皮肉はない」

「いいじゃない、それ。実に結構なコトよ」


 ユミルが喜悦を隠し切れない声音で言う。

 彼女が何を言いたいか分かって、ミレイユは黙らせようと睨みつける。

 だが、それを敢えて無視した上で、喜悦以上の悦びを表情に乗せつつ、ミレイユを見つめ返して来た。


「正当なる後継者ってワケね。他の神々どもではなく、他ならぬアンタが」

「……黙ってろ。今はドーワと話してる」


 低い声音で言うと、ユミルは素直に頷き、笑みを浮かべたまま口を閉じた。

 正面に向き直ったが、未だにどういう表情でミレイユの背中を見つめているか、容易に想像できる。

 今となっては、いつものニヤけた笑みを浮かべているに違いない。

 ドーワはミレイユに向き直り、話の続きを再開する。


「けれども、疑問に思うのは、神を創る際に外から魂を持って来ていた事だ。ある種の融合……新たな反応、それを作り出す為だったと思ってたが……、必要な事だったのかねぇ?」

「融合と……反応? 新たな……、別の……。権能か?」

「わたしらを無から創れるくらいだ。自分の似姿を創るくらい、難しくなかったろう。しかし、魂という、ある種の不純物を求めて小神を創っていた。そうしたからには、目的があっての事だと分かるけど、それが理由で失敗したというなら……何ともやるせない話さ」


 小神を殺せる存在としてドラゴンを創ったのだから、単に強大な力を持つ何かを創る事は難しくなかったろう。

 だが、外の世界から魂を持ってくる、というプロセスを挟んだからには、そこにこそ意味を求めたのではないか。

 融合と反応を引き出す、という部分と、神はそれぞれ違う権能を持つ、という部分が答えの様な気がした。


 大神は己のコピーを創ること自体は、例え難しくとも可能だったのではないだろうか。

 だが、欲したのは自分と違う存在で――それは例えば、人間の親と子の関係に似たものだったのかもしれない。


 子が全て親より優れた存在へ成長するとは限らないが、違う存在として求めたからこそ、外から魂を引っ張って来たのではないか。

 そうして違う神――違う権能を持つ、より有能な神を求めた。

 つい、その様に考えてしまう。


「真意が何処にあったか、それはわたしにゃ分からん事だが、いずれにしろ……新たな神を欲していたのは事実だ。そしてそれを神人という名で定めた。当然、『遺物』を十全に扱う為にも、その力量は大神と同等か、あるいは超えている存在でなければならない」

「八神たちは、『遺物』を好きに使える『鍵』としての役割を、私に求めていたようだが……」

「同じ事さ。あいつらじゃ、『遺物』を扱えはしても、大神と同じ様に使うことは出来ない。だから、自分たちに忠実な大神を作ろうとした。……そういう事だろう?」


 皮肉げに笑うと、ドーワは表情と気配を一変させ、佇まいを正すように首を持ち上げた。

 両腕を肩幅まで広げて拳を地面に付ける様は、まるで人間社会でも見られる礼式かのようだ。


「そして、今ここに、かつて大神が求めた、次世代の大神が現れた。そこへ、わたしたちの姿を正し、共に戦えと言って来たんだ」


 厳かに言うと、他のドラゴンもドーワがやっているのと同様の姿を取った。

 それぞれ両腕を肩幅まで広げ、拳を作って地面に立てる。


 持ち上げた頭を、ゆっくりと下ろし、その顎先を地面に付けた。

 人のする様式と若干違うが、それはまさしくドラゴンが見せる敬礼の類に違いなかった。


「――神人よ、お前が谷に足を踏み入れた時より、既に我らの心は決まっていた。どのような願いでも聞くつもりでいた。大瀑布の向こうにて、居を構える偽神を、弑してやるというなら是非もない事。我らが翼、好きに使っておくれ」

「最古の四竜だと言うのに、妙に敵愾心がないと思って不思議に思っていたが……、そういう事か。八神は謀らずも、大神が求めた後継たる神人を創り出す事に成功し、だからお前達は私の命令に従おうとするんだな……」

「そのとおり。奴らはそんなつもりなかったと思うがね……。だけど、世界の終焉を前にして、求めるものが重なっちまった訳だ。色々策を弄したみたいだが、結局、こうなる事は決まってたようなもんさ。……随分、かかっちまったがね」


 ドーワの言うには色々な意味が含まれている気がしたが、深く追求する気はしなかった。

 彼らドラゴンが待ち構えつつ、友好的である理由は、今の話で理解した。


 難航すると思われた交渉が、思わぬ形でアッサリと解決したのは僥倖だろう。

 他の四竜も恭順を示す様に頭を下げているから、既に彼らの中で纏まり納得した話である事も分かる。

 だが、だからこそ、いま確認しておかなければならない、と思った。


 ドーワから聞いた内容からも、彼らはミレイユが仲間殺しをしたと理解している。

 それを口にしない事を、不実や不徳と取ったりしないだろうか。

 あるいは、表立って批難せずとも、不満をひた隠しにしていたりするかもしれない。


 本当に彼女らが信頼を預けるつもりというなら、ミレイユが不都合を隠し続ける事は、その信頼へ背く事になってしまう。

 協力し、翼を預けるとまで言ってくれたのなら、ミレイユとしても信頼には誠実さを持って応えなければならなかった。


「一つ、訊きたいんだが……」

「まだ、何かあるのかい?」

「さっきも口にした、ドラゴンの事だ。地上で暴れた最古の竜、その一つを倒したのは私だ。……恨みも、あるんじゃないかと」

「あぁ……」


 幾ばくか緊張を伴ってした質問だったが、ドーワは全く気にした素振りもなく、憐れむ視線を向けて言った。


「いや、面倒かけたね。始末をそっちでさせちまって、申し訳なかったくらいさ。我慢しろって言ってたのにさ……四千年続いた我慢も、これ以上はもう無理だ、となっちまったらしい」

「……まぁ、分からない話じゃないけどな……。雌伏の時、と言い聞かせるには、長すぎる時間だ」


 そうだね、とドーワはミレイユにも分かる様な笑みを浮かべる。


「タイミングも良すぎたね。……悪すぎた、と言えるかもしれないが。神人の完成は期待してたが、ここまで早く実現するとも思ってなかった。終焉の訪れと同時期か、あるいは寸前で間に合わない時期と思っていたんだよ。それならそれで仕方ない。この牙届かぬ場所にいられては、どうする事もできないと、諦めの境地にいたものさ」

「大神を取り戻そうとか、そういう気持ちはなかったのか?」

「あの頃のわたしも、ちょいと馬鹿になってたからね。じゃあどうするってところまで、思考が追い付かなかったのさ。何が起きようと我関せず、でいる限り、あいつらもわざわざ尻尾を踏みに来たりしないし」


 それはユミルの――ゲルミルの一族にしても同じ事だった。

 下手に手を出して噛まれるくらいなら、放置しておくのが最良、と思っていた節がある。

 ただし、それは利用価値が見当たらない限りにおいてだ。


 一族の青年スルーズを言葉巧みに騙し、利用する為にそそのかした。

 実際に彼の望みを叶えるつもりはあったかもしれないが、都合の良い駒として二百年もの間、好きに使っていた。


 神々は目的の為なら手段は選ばないし、達成の為なら幾重にも罠を張り、奸計を巡らす。

 その奸計にドラゴンも利用される事はあったが、ドヴェリンについては勝手な暴走で、それを上手く利用した形だったろう。


 ドーワを始めとした最古の竜に、手を伸ばして噛まれるくらいなら、神々は精々若い個体の――獣並みの知能しかないドラゴンの方を使う。

 ミレイユが思考に耽ってしまって、場に沈黙が降りる。

 考え込む仕草を見せるミレイユに、四竜も伺うように待っているだけだったが、そこへユミルの声が割って入った。


「いずれにしても、ウチの子は今のさばってる八神より、神として降臨するに相応しい存在ってコトで良いのよね?」

「そうだねぇ……、大神が認めるかという問題はあるものの……。世界の維持という役割を担えない神が、上に立てる道理がないからねぇ。……大神が求めていたものが何か、それを考えちまうとさ……。人寄り添う存在として、神人を創ろうとしていたんじゃないか、そう思っちまうのさ。傲慢でなく、虐げるでもなく、人の気持ちが分かる神をさ。そうじゃなきゃ、感情なんて邪魔なだけだろう」

「随分と大神を買っているんだな……。それは大神が言ってた事なのか? 勝手に期待してるんじゃなく?」

「そうさね……、大神はわたしらに何も語っちゃくれなかった。だから、勝手な想像さ。人の心が分からぬ大神だから、分かる心を外から持ってきたんじゃないか。……まぁ、あんたの言う通り。これは勝手な期待で言ってるがね」

「いいわねぇ、人心に寄り添う神様。そういう意味じゃ、この子には実績多いもの。期待が持てるってもんよねぇ」


 物騒な会話を繰り広げられそうな気配を感じ、横から口を挟んで来たユミルを、咄嗟に手を挙げて遮る。


「やめろ、ユミル。混ぜっ返すな。大神が封印から解き放たれた後、破滅を退けて、それからゆっくり後継を創ればいい。また失敗作を量産されても困るが……そこのところを言うと、私は、失敗作お手製の神人だ。下手をすると、私を処分対象にしかねないぞ」

「んー……、武器が憎いと柄まで憎い、とか言うものねぇ。それも考えられるかも……」

「大体、私は現世への手出しを止めさせたいだけだ。その為に、八神は容赦しない。お前も恨みがあるだろう、晴らせば良い。その後の事は、この世界の神が決める事だ。――私じゃない」


 ミレイユはきっぱりと否定して、首を横に振った。

 世界を担うなどという大役を、押し付けられては堪らなかった。

 この場の口先だけの約束や取り決めなどで、ミレイユの進退が決まる程、これは簡単な話ではない。


 かといって、余計な種火も残したくなかった。

 思わぬところで、デイアートで神として降臨する後押しを貰ってしまたが、世界の維持などという面倒くさい事を、進んでやりたいとは思わない。


 愛着も好意もあるが、それとこれとは全く別の話だ。

 ユミルはとりあえず、見た目だけなら素直に引いてみせたが、ドーワからは不穏な表情で見つめられた。


「さて、そうだと良いが。わたしは……いや、その時が来るまでは分からないしね」

「どういう意味だ? 八神が作ったとしても、望んだものがあるなら頓着しないか?」

「そうかもしれないが、そういう事でもなくてね……」


 ドーワは一度言葉を切り、言葉を探すように視線を動かす。


「大神はこれ以上、世界を維持できないと、滅びは免れないと思ったから、後継を望んだんだよ」

「何事にも永遠はないと、そういう話だったな」

「だから、封印から解放されたとしてだ……それをするだけの時間が残されていると思うかい? 維持するだけでなく、今では破綻寸前の世界を復活する事まで求められる。やる気はともかく、可能かどうかという話にもなるんじゃないか。……そう考えてしまうのさ」

「そもそも、それが難しいから後継を求めた、とも言える訳だしな……。そうか、寿命か……」


 ミレイユは苦い顔をして頭を振った。

 同質のものとは思えないが、ミレイユもまた、今その寿命に苦しめられている。

 警告の様に至る所を打つ痛みは、魔術制御はおろか、単純な動きすら挫けたくなるほど厳しいものだ。


 もしも、似たような事が大神にも起きるなら、他人任せにしていられない状況もあるかもしれない。


「だがそれを、こんな所で危惧しても仕方ないだろう。あるかどうかを考えるより、救出する方法を考えるべきだ」

「そうかしらねぇ……?」


 ユミルが視線どころか顔すら向けないまま、独り言の様に呟く。


「問題から目を逸らしているだけに見えるけど。その時になって、どう決断するか……。今から考え備える事は、決して無駄とは思えないけど。荒唐無稽な空想をするんじゃないんだから」

「うるさいぞ、ユミル。問題をややこしくするな。八神を倒す、大神を救う。そして現世も救う。話はこれだけだ」

「シンプルに考えるなら、確かにね。でも、そんな単純にいくかしら」

「そうありたいと思う限りは、そうなる様に努めればいいんだよ。悲観的にものを見るのは、今の私達に似つかわしくない」


 ミレイユが断言して言うと、ユミルはここでようやく顔を向け、チラリと笑った。


「それもまた然りね。でも、頭の隅に置いておくべきよ。アンタにしか出来ない、アンタなら出来る、アンタになら託せる事があるんだから。……えぇ、そう。円満な解決とやらが本当に出来るなら、それに越したコトはないわよね。現世に留まるなり何なり、好きになさいな。でも――」

「分かったから、それ以上言うな。私にしか出来ない事と言うなら、その時は覚悟を決める。だが、必要ない事にまで今から気を使いたくないんだよ。そこまで余裕のある相手じゃないんだから……」

「今日のアンタは正論しか言わないわね」

「まるで普段は正論を言わない、みたいな言い方はやめろ」


 ミレイユは頭痛がして来たように感じる頭に手を当て、大きく息を吐いてからドーワへ顔を戻した。


「無駄話が長くなって済まない。可能なら、出来るだけ早く移動したい。いつから動ける?」

「すぐにでも」


 これもまた、先程と同じく清々しい即断の返事で返って来た。

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