真実と新事実 その1
流石にミレイユも、即座の返答には面食らってしまい、思わず言葉に窮した。
「……まだ、何も言ってないんだが」
「言わなくとも分かるもんさ。神の手先でないと分かる神人が、ドラゴンを復活させた上で頼み事をしたいって言うんだろ? まさか世界を焼き尽くせ、なんて頼むとは思えない。だったらもう、内容は決まったようなもんじゃないか」
「随分と考えが飛躍している様にも思えるが……。でも、事実だしな」
話が早くて助かるのは事実だ。しかし、察しが良すぎるのも考えものだ。
ドラゴンは知恵を奪われたというが、これだけ思考が冴え渡るなら、神々も姿だけ歪めて安心しなかったのも頷ける。
他のドラゴンが獣同様の知恵まで落としても尚、人間並の知恵を残していたというなら、元々の知能の高さも推測できようというものだった。
そして実際、ドーワが言った事は正鵠を得ていて、ミレイユの提案は渡りに船でもある。
ドーワは一体、どの段階からこうなる事態を想定していたのだろう。
姿と知恵を取り戻した瞬間からか、それとも以前からそうなる可能性を思い描いていたりしたのだろうか。
どちらにしろ、ある種の賭けを持ってミレイユの様な誰かを待ち構えていたのだろうし、だからドーワは『客』という言葉を使ったのかもしれない。
どれだけ先を見通していたかは不明だが、現段階で互いに認識の齟齬はあるかもしれない。
なので今一度、声に出して確認する必要はあった。
「改めて、確認の意味もかねて頼みたい。私達を神々の住処に連れて行ってくれ」
「いいともさ。元より他に取れる選択肢もない。この世界には後がないし、そこに成功例が現れたのも、何かの導きだろう」
聞き捨てならない台詞が聞こえて、ミレイユは動きを止める。目を鋭く細め、睨み付けるような視線でドーワを見据えた。
ミレイユは敵意を向けるつもりなどなかったが、低い声音は自然と、そう思わせてしまう威圧を含んでしまう。
「世界に後が無い……、それはドラゴンだから知ってる事実なのか? それとも世界を飛んだ結果、知り得た事実なのか?」
「そう、怖い顔するもんじゃないよ、嬢ちゃん。世界に後が無いなんて、最初から知っていた事さ。今更、騒ぎ立てる程の事じゃない」
「最初……? 最初というのは?」
「最初は最初だ。うんと昔から、わたしらが生まれた時から、後が無かった事だからね」
「サッパリ分からん……」
ここに来て、降って湧いた新事実に、ミレイユは暗澹たる思いがした。
世界に終焉が迫っているのは聞かされている。
それは大神が維持するべき世界を、小神が取って代わろうとしたから起きた事であり、そして大神の代わりを務められなかったから、終焉を招いたのだと聞いていた。
それをドラゴンが最初から理解していた、というなら問題はない。
どうせ代わりなど出来ないと、小神が無理したところで破綻する、と理解していたのならば、疑問でも何でもないのだ。
だが、ドーワが言う事には、それとは違うニュアンスが感じられた。
それが恐ろしく思う。
何か大きな不都合が隠されている様な気がして、ミレイユは追求するのを止めたくなった。
しかし、決戦を前にして不安材料を抱えている事もまた怖い。
ミレイユは顔が歪むのを抑えられず、そのまま意を決して口を開いた。
「その……生まれた時から決まっていた、とはどういう意味だ? 今の大神を名乗る奴らが、その地位を簒奪してから、という意味じゃないのか?」
「勿論、そうさ。……そして、何事にも終わりがある。そうだろう?」
突然の話題転換に不愉快なものを感じながら、ミレイユはとりあえず頷く。
何を言いたいのか判然としなかったが、それを遮ってまで質問をぶつけたい程ではなかった。
「生命に終わりがあるなら、石や土とて同じ事さ。いつか終わりが来る。自分たちが住まう大地にも、海にも……そして神にもね」
「大地はともかく、神は不老不滅の存在だろう? 命が終わる事に異論はないが、……ならば、神も生命の一つと数えて良いのか?」
「……さて。これはわたしが言ったんじゃないからね。始まりの神々が言った言葉だ。何事にも終りがあるのだと。そして、神もまた、同じように終わりを免れないのだと」
ミレイユはとりあえず、曖昧に頷いた。
その理屈自体は良く分かる話だ。
正真正銘――と言って良いか分からないが――真なる大神も、生ある存在ならば死もまた存在する、という部分に異論はなかった。
本来、生と死は表裏一体で、どちらか一方を切り離す事は出来ないものだ。
遥かに長命だから人間の尺度では永遠に見えるが、例えば惑星の命とて永遠ではいられない。
「だが、それがどう繋がるんだ? 己の死期が近い事を悟っていた、と言いたいのか? ……だから、世界が終わろうとしていた?」
「神の消滅が世界の消滅、それは同義じゃないが、似たようなものさ。維持できないなら、遠からず破滅する。神の存在が、世界の存続を確定させる。だから、自分の代わりを立てて、その大任を果たして貰おうとしていた……筈なんだがね」
「願力を求めて、ということか?」
「そうさねぇ……。願力が必要なしという事じゃない……が、そういう意味でもない」
ドーワが言う事は曖昧で、ミレイユには良く理解できなかった。
互いに理解している、知っている知識に齟齬があって、ドーワが伝わって当然という内容を、ミレイユは全く理解できていなかった。
今の大神――八神は、世界維持する為に願力を求めていた。
本当の大神が行っていた事の肩代わりをする為、それを実現しようとしていたが、結局のところ大神がして来た事に及ぶものではなかった。
その差が徐々に無理として出始め、それが積み重なった結果、今では破綻を目前にする事となった。
代わりを立てるつもりがあったというなら、それは今の八神とは違うのだろうか。
彼らも大神に求められた存在ではあった筈だ。
それでも力不足だから、想定した力を発揮しなかったから今があるのかもしれず、それならば誤算の上に成り立つ話なのだろうか。
「意味が分からない……が、
「さて、どうだろうねぇ……? わたしは怪しいと思ってるけどね」
大儀そうに頭を持ち上げ、それから左右のドラゴンへ視線を向けたが、どのドラゴンからも返答はない。
ただ、彼らにはそれだけで通じる部分があったようだ。
ドーワもそれ以上何も言わず、鼻息を長く吐いてから元に戻った。
ミレイユは訝しげに眉根を潜めて、低い声音のまま尋ねる。
「結局、寿命の問題には違いないからか? 仮に破滅を免れても、その死が迫っている現状、結局世界は長く続かない、と……」
「そういう意味じゃないんだが……まぁ、そう思ってくれて良いかもね。これは謂わば、世継ぎ騒動に端を発した問題さ。大神は、動物のように子を成せないから、別の手段で作るしかなかった」
「作れない……? まさか、だって小神は――」
「そう、小神は子を成せる。そうあれと、大神が創られた。だが、大神そのものは違う。それを問題と考えたから、新たな世継ぎには子を成せるようにしたんだろう。そうして創られたのが――」
「簒奪を成功させた八神、という事か……。いや、待てよ」
彼らが世継ぎたらんと創られたのであれば、簒奪する必要などなかった。
彼らは小神として作られたものの、贄とされる事を知ったが故に、反旗を翻すに至った、と聞いている。
初めから後継者だと知らせていれば、そんな事にはならなかったのではないか。
八柱いる神の中から、相応しい者を選ぶという話だとしても、だから大神に歯向かおう、という発想になるだろうか。
席の数が決まっているのなら、むしろ小神同士で争い、そこから勝者を見出しはしないか。
今は不仲が目立つ彼らだが、もしかすると最初は互いを信頼し合う仲間だったりしたのだろうか。
互いの命を賭けて決闘し、勝者が神の位を継ぐと言われて、誰も犠牲にしない道を選んだ、という話があったのかもしれない。
敗北者を贄にする、と聞かされたのだとしたら、その可能性もあるように思えた。
誰も犠牲にしない為、だから反旗を翻した……そういう事なら、心境もだいぶ変わってくる。
「結果だけ見ると、大神は封じられ、小神は誰一人、正当な後継者として立たなかった。そういう風に見えるんだが、それほど小神同士は仲が良かったのか?」
「仲が良いという意味では、色々な意味でそうなるだろうね。……奴らは全員、失敗作だから。大神の後を継ぐに相応しくないと、そう烙印を押された。そして、その処分係として用意されていたのが、わたしらドラゴンさ」
そういう事か、とミレイユは思わず、顔を顰めて息を吐く。
今は何事も口を出さないとしていたユミル達からも、溜め息ばかりは止めようがなかったようだ。
口々から漏れる思い息を背後に聞きながら、ぼやく様に胸中でごちた。
――それは反旗を決意しても仕方がない。
正当な世継ぎが作られていたら、きっと他を蹴落とし大神となった者もいただろう。
だが、誰一人として合格せず、贄行きというなら話は変わる。
ルヴァイルは命があればそれが惜しい、と言った。
それは生命ある者ならば当然の感情だ。
力の大小、権能の有無に関わらず、自己の死を許容できる者は少ない。――非常に少ない、と言って良い。
彼らは唯々諾々と殺されるか、反旗を翻すかの選択を迫られたのだ。
それが神に対する大逆として知っていても、受容するより抗う事を選んだ。
「ドラゴンと神が不仲というのも、それを知れば当然か……。処分係と贄という関係が最初にあって、仲良くなれる筈もない。そして、だからこそ……その姿を歪めた、という訳か」
「その辺は事情が複雑だね。わたしらだって、同じ贄には違いなかった。順番の問題さ。小神が終わって役目が終われば、次は竜の番だった。同じく気持ちを分かち合えると思ったんだろうが、わたしらは神に付き従う事を選んだから、自分達に牙を向ける存在を捨て置けなかった」
「死を受け入れていたのか」
「そういう生物として作られたからこそさ。生に執着がない」
だが、ドラゴンたるドーワは酷く人間臭く、神々もまた同様に人間くさい部分がある。
狩る側として創られたというのは良いとして、だから生にも執着しない、というのは不思議に思った。
最初からそう創れるのなら、小神もまたその様に作れば良かったのだ。
だが結局、真なる神などといっても、完璧でも全知全能でもない、という事なのかもしれない。
完璧ならば失敗などしない筈で、そうであるなら、そもそも封じされる事などなかっただろうから。
「しかし、それならどうして姿を歪める、などという中途半端な事を? 天敵……と言うと語弊があるかもしれないが、それと近い存在なら、抹消してしまう方が安心だ」
「そこは失敗作だから、という部分が大きいのだと思う。ドラゴンは処分係として、小神より強い存在として創られた。存在として明確に上であるから、『遺物』に対する影響力も限られてくる」
「抹消しなかったのではなく、出来なかったのか……。だから、せめて自分達にその牙が届かないよう、手を打った」
ドーワはまた、大儀そうに首を持ち上げ頷いた。
それから、ひたりとミレイユの目を見つめて来る。
それは重い視線だった。
まるで物理的な圧力を持っているようにも感じられたのだが、しかしそれは敵意ではない。
期待、希望、念願、そうした好意的な感情を感じ取れた。
「お前は、そうして創られた小神の中で、唯一の成功例。大神を継ぐに相応しい者」
「成功例……? 待て、私はその簒奪者たちに創られたんだぞ? それも手を出すと危険だから、という理由で時の螺旋へ放り出された。奴らからすれば、失敗作としての烙印を押したようなものだろう。それなのに……?」
「そりゃあ、あいつらからすれば、失敗作に見えても仕方ない。既に神々を凌駕する程の力量を持ち、天敵である筈のドヴェルンすら下した。あんたに希望を見ただろうが、その牙が自分達に向かうとなれば、話は別だろうからね」
ドーワは喉の奥でグッグッと笑い、眦を細くして見つめて来た。
愉快で堪らない、という表情に見え、やはりそこには人間味を強く感じさせる。
ミレイユは何と返したものか迷い、眉間を指で押さえて溜息を吐いた。
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