遺跡へ向かって その8

 ルチアが言ったとおり、穴倉の奥へ進み、右へ曲がれば外へと続く道があった。

 雪トロールならば屈まないと進めない高さの穴倉も、ミレイユ達ならば余裕を持って走っていける。


 洞窟の外では今も魔物が集結している最中かもしれず、時間も魔力も無駄にしたくないとあっては、攻撃の準備が整う前に突破してしまいたい。


 洞窟内に魔物の気配はないので、全ての敵が洞窟から出て来るミレイユ達に備えているのかもしれなかった。

 現在見える範囲、そして洞窟内に幾つもある横穴から魔物の姿は確認できないが、ルチアからは外にしか居ない、と強く太鼓判を押された。


 魔物が集結していて、その数を今も増やしているのは事実かもしれないが、とはいえ蹴散らす事は容易い。

 そもそもとして、彼らの縄張りと――恐らく、その寝床を荒らしたのはミレイユ達だ。


 一方的に非があるのは自分たちで、彼らには襲うだけの理由がある。

 だが、素直に襲われてやるのも、それの対処で更に時間を取られるのも嫌だった。


 暫く進めば、洞窟の出口へはすぐに辿り着いた。

 横道があっても、ルチアが警戒してくれているので足を止める必要もなく、たいして時間は掛からない。


 暗闇に慣れた後だと、日光の照り返しで輝く雪は目に痛い。

 敵の位置は漠然と理解しているし、実力的に見て奇襲も怖くないとはいえ、わざわざ目が潰れた状態で行くのは嫌だった。


「今の内に外を見て、目を慣らしておけ。特にアキラ、お前は他の者より気配を読むのが下手だしな」

「う……っ、了解です。……必ず御身をお守りします!」

「別に今から、そこまで気張らなくて良いぞ。私も守られるだけの、か弱い存在じゃないし……何よアヴェリンという関門を抜けてからが、お前の出番だ」

「あぁ、はい……そうですよね。師匠を倒すのも、回避するのも簡単じゃないですし……」

「大体ね……。アタシ達だって、黙って見ているだけじゃないからね」


 ユミルがおどけて言うと、ルチアも肩を小さく竦めて頷いた。

 実際、アキラの出番というのは多くないし、それほど求められてもいない。

 防御については見所があるし、武器との相性もあって期待できる部分はある。


 敵が複数でやって来ようと、このチームの牙城を崩すというのは容易でない。

 アキラは役どころを与えられて奮起しているが、そもそもの機会は多くないだろう、というのがミレイユの見解だった。

 だが、それを馬鹿正直に言って戦意を奪う気はない。


「……とにかく、雪トロールについては避けて行く方針だ。しかし、取り囲んで襲って来るつもりなら、そうも言ってられない状況もあるだろう。だが、前提として逃げる事に専念しろ」

「了解です」


 アキラが意気込んで頷き、他の面々からも同じく頷きが返って来たのを確認して、洞窟の出口へ身を寄せて行く。

 先頭で警戒するアヴェリンが、洞窟の出口から顔だけ出し、問題なしと判断してハンドサインを送って来た。


 そのまま、するりと身を滑らす様に外へ出て、ミレイユもまたその後に続く。

 それでようやく外の全貌が分かったのだが、一本道が真っ直ぐと奥へ続き、その両端には目算五メートル程の崖がそそり立っている。


 道幅は十メートル程と、二車線道路と同じくらい広さがある。

 ルチアの言う、集合している魔物については確認できないが、この分だと崖の上で身を隠しているのかもしれなかった。


「ルチア、敵は崖上に居ると見て良いのか?」

「……その様です。身を隠していますね。どういうつもりであるかは分かりませんが」

「待ち伏せしてるんじゃないの?」


 首を傾げ、疑問を声に上げたのはユミルだった。

 ルチアは困った様をさせて、腕に持った杖を抱き、目を瞑って集中する。


「そこが判断の難しいところでして……。待ち伏せするなら、ある程度固まっているんだと思うんですよ。私たちが一定のポイントへ進んだところで飛び降り道を塞ぎ、そして後方にも同じ様に降りて来る。そういうつもりであるなら、前方と後方とで、まとまった集団を作ると思うんですよね」

「だがつまり、そうじゃないと……」

「えぇ、崖に沿って点在しています。ある程度、間隔もあいてますね。それぞれが、バラバラになって飛び降りて来るだけとも考えられず……」


 その点については、ミレイユは疑問を覚える。

 こうまで段取り出来る、知能ある相手だ。


 待ち伏せが有効と理解している相手が、その後の運用を間違えるとは思えない。

 陸に棲むトロールもまた見掛けによらず馬鹿ではなく、油断させて騙し討ちする知能は持ち合わせている。


 それを踏まえて考えると、果たして不意打ちする程度を精々と見るか、それとも挟み撃ちを戦術的に展開できないだけと見るべきか迷う。

 深く思考を巡らせようとした瞬間、ユミルの呆れた声で引き戻された。


「ちょっと難しく考えすぎじゃない? 別にどういうつもりだろうと、踏み潰して進めば良いじゃないの。現状、時間こそを重視したいんでしょ?」

「そうだな。慎重、安全を優先するほど、大した相手じゃなかったか……。罠があろうと、人間ほど巧みじゃないのは確かだ。対処も容易い」

「冒険者なら絶対取らない方法ですね、それ……」


 アキラが引き攣った笑みで、控えめな批判をして来た。

 確かに冒険者は、もっとリスクを勘案した作戦を練る。

 待ち伏せがあると事前に分かったなら、相手がどうあれ足元を掬われないよう、万全を来たすものだ。


 完封勝利できたものを、どうせ大丈夫だろう、という慢心で崩す事を嫌う。

 なにより、手傷を負わずに済ませるのは大原則だ。

 街の近場で雑魚退治というならともかく、誰の助けも期待できない山奥での移動となれば、リスクはどこまでも低減しようとする。


「潜って来た修羅場の数が違う、と言えばそれまでだが……。お前も慣れろ。私達を、普通と同じように考えるな」

「いや……、そうですね。冒険者の普通を、持ち込むのが間違いでした」


 アキラが妙に達観した顔をして頷く。

 一本道を通らず崖上を移動するのも一つの手か、と見上げてみたが、すり鉢状になっていて上手く登るには苦労しそうだった。


 更に天辺付近は鼠返しの様に大きく突き出て、登攀を防ぐような作りになっている。クライミング技術が相当に高くなければ不可能に思えた。


 地形を破壊して、無理にでも登るのは可能そうだが――。

 崖があって見辛いものの、その更に奥がどうなっているのか分からない。


 些細な衝撃で氷塊が落ちて来た事は記憶に新しい。

 雪崩が起きる事も警戒せねばならず、付近の積雪状況も分からないのに、不用意に衝撃を与えたくなかった。


 ならば無理を通して、直進した方が良い。

 そうして、警戒しつつ道を走り進めていると、頭上からけたたましい声が上がった。


「ヴォォォォオオ!!」


 その一声が上がるや否や、身を隠していた雪トロールが一斉に立ち上がる。

 そうして岩だか、氷だか分からないものを投げ付けてきた。

 手の平サイズの岩だが、雪トロール準拠の手の平なので、大きさも相応にある。


 人の頭ふた回り以上大きな岩が、次々と投げ込まれてきて、ルチアが素早く対応して結界を展開、上部を保護して防いでくれた。

 自分達の周囲を囲むタイプではなく、壁を作って傘のように使っている。

 移動を阻害せずに防御する為、機転を利かせた魔術行使だ。


「あらあら……。勝てないと悟って、遠距離攻撃に絞って投擲しようっていうのは、まぁ賢い選択だと思うわ」

「なるほど、だから点在か。私達を殺したいというより、追い返したいから、あぁいう作戦か」

「それなら乗ってあげましょうよ。皆殺しにしてやる時間だって惜しいんだし?」


 ユミルの物騒な言い分を聞き取ったからではないだろうが、投擲攻撃の勢いが更に増した。

 時に角度の問題で傘から逃れて届く岩もあるが、その尽くをアヴェリンが撃ち落としている。

 その背中に、ミレイユはゴーサインを投げかけた。


「いいぞ、突っ切れ」


 それを合図にアヴェリンが駆け出し、その後をミレイユ達が追う。

 アヴェリンは傘からはみ出る形になるが、全く問題はない。


 自分に降りかかる攻撃くらいなら、難なく打ち落とせる。

 それに幾ら勢いのついた投擲とはいえ、魔力を練り込んだ一撃でもないので怖くない。


 間違ってもミレイユの方へ弾けない、と注意しているからやり辛そうだが、投擲攻撃それ自体はものともしていなかった。

 数多の投擲を物ともせず、ミレイユ達は風のように一本道を疾駆する。


 攻撃も長く続くものではなく、雪トロールたちを置き去りにして奥へ奥へと進んだ。

 切り立つ崖も途切れると、その先は広場の様な空間が広がっていた。

 大きな岩が所々乱立しているせいで、壁のようになっているものの、閉塞された空間という訳ではない。


 そしてそこには、青白い肌をした巨人が複数人いた。

 なめしてもいない毛皮を適当に並べた簡素な寝床、魔獣か魔物かも判別つかない骨の山、岩壁には飾られた骨細工などが見える。

 長い手足に落ち窪んだ小さな目は、彼らが霜の巨人である事を意味していた。


 突然現れたミレイユ達という闖入者に、その内の一人が目を白黒させていた。

 しかし、何かが縄張りを犯した、という認識だけは出来たらしい。

 咆哮を一つ上げ、威嚇する様に腕をがむしゃらに動かした。


「バガァァァァ!」


 一人が声を上げれば、他の三人も気付いて声を上げる。

 その場で足踏みを始めて暴れようとするのを見て、ユミルが苛立った声を出した。


「あー……。あの雪トロールどもに、してやられたってコトでいいの?」

「……どうやら、そういう事らしい。縄張りから追い出すついでに、差し向けられた……のかもしれないな」

「どうされます?」


 アヴェリンが横顔を向けて来て、ミレイユは溜め息を一つ零し、首を横へ振った。


「流石に巨人とやり合うとなれば、静かに終わらせる事はできない。何より馬鹿らしい。無視だ」

「……させてくれるかしらね?」


 目を向けた先では、今にも殴り掛かろうと身構える巨人の姿が見える。

 若い個体のドラゴンなら捕食できるような奴らだから、その相手をするとなれば相応に骨が折れる。

 倒したい理由もなく、時間の無駄でしかなかった。


「一体蹴散らしてやれば、奴らも目を覚ますだろう。――このまま行く。アヴェリン、邪魔する者は排除しろ」

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