遺跡へ向かって その7

「え、それって……」


 アキラが顔を曇らせたのを見て、ミレイユは苦笑しながら、ぞんざいに片手を振る。


「勘違いするな、戦力外通告をしたくて言ったんじゃないぞ。武器を振るうのを止めろ、と言いたい訳でもないんだ。ただ、お前はその気質からも、攻撃より守りの方が向いている気がした。分かり易く言うと、阿由葉より由衛の攻撃スタイルだな」

「そ、そういう事ですか……」

「元より剣術を習い、アヴェリンからも攻勢のスタイルで仕込まれて来たから、今更すぐに変えろと言われても困るだろうが……。武器にされた付与の事もあるし、もっと防御に寄せて考えても良さそうに思う」

「な、なるほど……」


 アキラは今更ながらに自分の両手を見つめて、深刻そうに眉根を寄せる。

 彼からしても納得できる部分はあるのかもしれないが、同時に今更それを言われても、という気持ちも湧いてくるだろう。


 だが、かつて期待して渡した訳ではなかったのに、今となってはその武器が、アキラと非常に相性が良い物となっている。

 それを思えば、アキラに求める役割も変わって来る。


「武器……うん、そうだな。……刀の事も考えれば……尚更、防御に身を置く方が向いている気がするんだが。どう思う、アヴェリン?」

「確かに、仰るとおりかと。元より攻め手として、私とまでは行かずとも、せめてユミルに比肩する様でなければ使えません。そこまで到達出来ないとなれば、守りとして運用するのが最適かと」


 ミレイユに恭しく礼をして、それからアキラへ挑むような目付きで睨み付けた。


「お前を攻撃役として使う分には不安しかないが、守護役としてならまだ期待できるものがある。お前の武器は、その頑丈さあってこそだしな」

「……えぇと、褒められてるんですよね?」


 アヴェリンは重々しく頷いて、それからアキラの胸元辺りを指差す。


「お前に下賜された刀は、二つの付与がされている、という話をしたのを覚えているか」

「はい、勿論です。一つは不壊、もう一つはいずれ、という話でした」

「そのいずれが、いま訪れたと考えろ。今更もう、たかが付与一つで浮かれたりしないだろうからな」

「驕られる立場になんてないと、よく理解してますから。それに、これから立ち向かう相手がどうであれ、油断も慢心も出来ないって誰より分かってますし」


 アヴェリンは二度大きく頷いてから続ける。


「そこは今更、確認する必要がなかったな。……とにかく、二つ目の付与についてだ。その効果は『魔力収奪』。斬り付けた相手から魔力を奪う」

「それはつまり……」


 アキラは眉間に皺を寄せる。

 それの意味するところを、自分なりに考えて発言しようと、必死に考えを巡らせているようだ。


「致命傷を与えずとも、魔力を枯渇させてやる事で、戦闘不能に持っていけるという事ですか?」

「そうだ。そもそも、傷を与える必要すらない。産毛一本損なえずとも、武器が当たれば奪ってしまえる。相手の総量次第では、武器を振るうのを止めなければ、勝てる可能性は残される」


 魔物にしろ、魔術士にしろ……魔力を全て吐き出した時、例外なく昏倒してしまう。

 それはどれだけ鍛えても覆せない、原理の部分だ。


 内向術士はそもそも魔力を外に出すという感覚がない為、実感し辛いだろうが、仮にその半分も消費すれば倦怠感が圧しかかって来る。


 体力以上に身体能力の低下も見込めるから、更に追い詰められる可能性は高まるだろう。

 刃が通らなくとも、魔力を奪えるという利点を考えれば、傷付ける以上に意味ある行為だ。

 とはいえ、そう何もかも簡単にはいかない。


 何度も斬られてくれる酔狂な者などいないし、接近されるのを嫌がる魔術士は、その対応も良く心得ているものだ。

 何としても近付けまいとする相手へ、上手く接近する技術も必要になる。


 アキラは個人空間から刀を取り出し、感動の面持ちで見つめているが、そこへアヴェリンがその懸念を口にしていく。

 そして話を理解するにつけ、アキラの表情も固くなっていった。


「最初に一度斬り付けられ、それで即座に気付かない者もいるかもしれない。だが、二度目はないだろう。魔力を奪われると知れば、必ず接近させまいと汎ゆる手を使う。場合によっては、枯渇させられるより前に逃げ出す。お前の刀は、手傷を負わせる以上に価値ある一刀となるかもしれないが、近付くのはより困難になる」

「攻め下手の僕には難しそうです……」

「だが、お前は諦めたりしない、そうだろう? 必要があれば――ミレイ様を守る為とあらば、避けようと躱そうが、敵に食らいついて行く筈だ」


 アヴェリンが自然の理を口にする様に言えば、アキラは力強く頷いて言った。


「勿論です。自分の一太刀が通じなくとも、諦める事だけは絶対にしません。食らいつくのにも、宿した刻印が大いに役立ってくれる筈です!」

「そうだ、その刻印だ。先ほど言った魔力の収奪とは、奪うだけでなく吸収できる事を意味する。お前が己の死を厭わず、果敢に斬り掛かる限りにおいて、刻印の使用制限を無視して戦えるだろう」

「もしかして……、ミレイユ様が前に言っていたのって……」


 アキラが身体を震わせながら見つめて来て、ミレイユは無言で肩を竦めた。

 この付与は手傷を与えたかどうかではなく、付与された物に触れたかどうかで発動するので、切っ先が掠るだけでも問題ない。


 敵へ斬り掛かるのではなく、フェンシングの様に当てる事だけ考えても、倒すことが出来てしまう。

 知能の低い魔物相手ならば尚有効で、逃げ回りつつ回避のついでに、小さく斬り付けていれば、いずれ勝ちを拾う事も可能だ。


 それも一つの戦術だとは思うが、最初から頼れば癖になる、というアヴェリンの助言の元、二つ目の付与内容は伏せる事になった。

 当時のアキラは魔力を持っていなかったから、吸収効果は全くの無意味だったろうが、奪う方一つだけでも意味は大きかったろう。


 トロールの様な魔力の少ない相手ならば、一度触れるだけで、その半分程度は持っていける。

 総量の半分も急激に失えば、貧血と似た症状が起こり、立ち眩みを起こすかもしれない。

 無防備な姿を晒した敵は、その隙に攻撃出来ていただろう。


 だが、それで武技が磨かれる事はない。

 苦戦している時こそ、尚のこと頼ろうとするだろう。

 危機的状況を自力で覆す、という対応戦術も磨かれないし、その胆力も身に付かない。


 もしも当時、それを教えていたら、今のアキラが形成されていたか、と言われれば疑問な所だ。

 彼の反骨精神は、いつもギリギリの戦い、ギリギリの勝利の末に作られたものだ。

 それを思えば、アヴェリンの審美眼は大したものだった。


「ダメージを与えられるかは別として、敵に斬撃が入ったなら、お前は刻印の効果を消失させる事なく、継続させる事ができるだろう。盾役としては、むしろ理想だ。刀で攻撃を受けても、やはり収奪は出来るからな。刻印の効果が残っているなら、捨て身で一撃与える事にも意味があるだろう」

「なるほど……。維持がより簡単になる、と……」

「敵の攻撃をその身で受ける前提なら、一撃加える事も難しくないしな。だが、遠方から魔術を雨の様に降らして来る相手なら、この戦法は全く成り立たない。更に泥臭く、上手くやる必要があるだろう」


 そう言って、アヴェリンは付与効果と刻印を組み合わせた戦術を伝授し、口を閉じた。

 アキラは感じ入った様に刀を両手で捧げ、ミレイユに改めて頭を下げる。


「今まで、この刀に恥じない剣士でいようと努力を続けて来ました。改めて、貴重な武器を下賜して頂き感謝いたします」

「そう畏まるな。アヴェリンに提案された時、二つ目は死蔵されたまま伝わる事はない、と思っていた。アヴェリンに認められる日はきっと来ない、と……。感謝するなら自分にしろ。自分の努力に、でも良いが」

「いえ、それならやっぱりミレイユに感謝します。僕が努力出来たのは、ミレイユ様がいてこそです。そのお役に立ちたいという目標があったから、努力できました。最初の自分とその狭い範囲だけ守れれば良い、という目標のままなら、絶対無理でした」


 その言い分には一理あるように思えたので、とりあえず頷いておく。

 いずれにしても、戦士としての本分を伸ばすより、守衛として活かすべき、というアヴェリンの判断があったから、解禁された付与効果だ。


「最後の護りはアヴェリンじゃなく、お前か。……それはそれで面白い」

「こ、光栄です……! 必ず最後に立ちはだかる壁として、お役に立ちます!」


 アキラが感極まって一礼した時、近くからユミルのくつくつとした笑い声が聞こえてくる。

 既に周囲の壁を調べるのは終わっていたらしく、ことの成り行きを見守っている様だった。

 早く終われとでも思っていそうな、斜に構えたポーズでアキラを見ている。


「それが本当に、単なる壁にしかならないってのが笑えるけどね。けど、頑丈なだけマシかしら。攻撃役は足りてるしね」

「それを言われると……えぇ、でも……はい。でも、ミレイユ様のお役に立てるのが、何より嬉しいです」

「そうみたいね。本人たちが満足してるなら、それでいいわ。アンタはゾンビみたいに、とにかく防御なんて考えず斬り掛かる事を考えなさい。折れず曲がらず、屈せずに、ね。そうすりゃ、他が何とかするわ」

「はい! 必ず、そうしてみせます……!」


 ユミルは鼻を鳴らして顔を背け、向けた先にはミレイユがいた。

 そこへ皮肉げな笑みを浮かべて、雪トロールが出てきた穴倉を示す。


「良い機会だからと色々話しちゃったのは良いとしてもさ、そろそろ行かないと、結構時間使っちゃったわよ。他に抜け道らしきものも、壁の向こうに空洞らしきものもなかった。行くなら早い方が良さそうよ」

「そうだな、遅れを取り戻さなければならないな……」

「それだけじゃないですよ」


 ルチアが口を挟み、穴倉の更に奥、それから横へと視線をずらす。両手に持った杖を胸の前で抱くように掲げ、目を閉じながら言った。


「威嚇の咆哮は、遠くの仲間を呼ぶ意味もあったみたいですね。追加の一体だけでなく、より多くの敵が近付いて来ています。この奥がどうなっているか分かりませんが、集まり方が奇妙です。もしかしたら、すぐ近くに外へ続く穴があるのかも……」

「何故、そう思う?」

「集合の仕方が四方から一直線でありつつ、ある地点から接近して来ないからです。細い道を曲がりくねって移動している感じでもありません。そして、位置がこちらより高い。それが左右へ列を為す様に点在しています」

「高所からの待ち伏せ……かしらね?」


 ユミルが首を傾げつつ言うと、ルチアは瞳を閉じたまま首肯する。


「そうだと思います。使ってる魔術が低級なので、これより詳しい事は分かりませんが、敵は利口でしたたかです。これらが集合しきる前に移動してしまう方が良いですよ。もしかしたら、数が揃うのを待って、それから攻めに転じるつもりかもしれませんし……」

「なるほど……、良く分かった。遅れを取り戻す以上に、ここから手早く移動してしまおう」

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