遺跡へ向かって その6
アキラに気負いが無いのは良い事だ、とミレイユは腕を組んで見守りながら、感慨に耽っていた。
少し前の彼なら、初見の敵にはまず及び腰だったろう。
傷を負うこと、痛みを感じることは誰だって嫌だ。
本来、生物が忌避することだから、それらの回避に重きを置くのは当然ではある。
だが、戦いに身を置く者は、そこを克服してから始まりだ。
それはアヴェリンの様な内向術士でも、ルチアの様な外向術士だろうと変わらない。
特に繊細な魔力制御を必要とする外向術士は、痛みでそれを乱すなどあってはならないと戒めるものだからだ。
アキラに気負いがないのは、その領域に立てるようになったからだろう、というのがミレイユの推察だった。
内向術士が堅固な練度を身に着ければ、それだけ痛みにも怪我にも強くなる。
自然治癒力も増すから継戦能力が強まり、泥臭い戦いだろうと、最終的に勝ちを拾える機会も増えてくるものだった。
「ヴォォォオオオ!!」
再び、雪トロールが両腕を上げて吠えて来た。
戦闘するのに十分な広さとはいえ、洞窟内では音が大きく反響する。
想像以上の音量に、ミレイユが顔を顰めていると、雪トロールの背後から更に一体追加でやって来た。
「あぁ、威嚇につられてか、あるいはそれ自体が目的か……。仲間がやって来るのを待っていたのか?」
「上部の穴も気になるところです」
アヴェリンが視線を向けるのにつられ、ミレイユもまた天井部にぽっかりと開いた穴を見つめた。
ドーム状になっている天井は、反響させた音を外へ逃がす役目があるのかもしれない。
声が外へ漏れ出る仕組みならば、より多くの仲間へ報せる効果があるだろう。
「長期戦は危険だな。元より長く待ってやるつもりもないが、手間取るようならこちらで処理する。お前も、そのつもりでいろ」
「お任せを。アキラの現在の実力を知る良い機会とはいえ、時間を浪費してまでする事ではありません」
正しくミレイユの内心を見抜いて、アヴェリンは大いに頷いた。
ルチアとユミルの二人は、アキラについては全く関心を寄せておらず、周囲に気配を配っている。
ユミルは壁に手を触れたり、どこか抜け道でもないかと探している様子だが、一見した限りでは雪トロールが出てきた穴以外、それらしいものは見当たらない。
ミレイユが意識を余所へ向けている間に、アキラは攻撃を開始していた。
一足飛びに接近し、首を落とそうとしている。
焦りすぎ、迂闊すぎ、という様に見えたが、アキラは敵の攻撃を掻い潜り、一体目の首を見事落とした。
しかし武器を振り下ろし、無防備となった所へ、もう一体が腕を振り下ろす。
強力な膂力と、爪先の毒はそれなりに厄介で、タイミング的に躱しようがない。
だが、アキラは腕を降ろしたまま、肩を突き出す様に接敵し、そのまま攻撃を受ける事にした様だ。
どうせ躱せないなら、という判断かもしれないが、その為に肩を差し出すのは、果たして得策だろうか。
「――ヴォッ!?」
しかし、腕を弾かれ、逆に体勢を崩したのは雪トロールの方だった。
硬質な音を立て、その攻撃を防いだのは、アキラの刻印だと一瞬後に気が付いた。
攻撃を受ける直前のタイミングで使用したらしく、位置の問題で、その瞬間を確認できなかった。
『年輪』は僅か一枚削れただけで、何の造作もなく、再び刀身を首へとめり込ませる。
一太刀で斬り落とせず、中程で一度動きが止まったが、身体を捻る様に回転させて無理矢理断ち切った。
切断面から血飛沫が上がり、身体に掛かるのを嫌がって距離を取る。
雪トロールの身体は、重力に身を任せるかのように倒れ、細かな痙攣だけ残した。
二つの首を落としたが、アキラは即座に刃を納めたりしない。
油断なく死体を見つめ、急に起き上がって来ても対処できるように身構える。
だが何事もなく、痙攣さえも収まると、それでようやく武器をしまった。
ミレイユは感心したような気持ちで息を吐く。
的確に弱点を見抜き、最短距離、最短手数で倒した。
無謀で考えなしに見えた捨て身の攻撃も、自身の刻印を信じればこそか。
アキラは拍子抜けした様な顔で戻って来たが、同時に何処か自慢げでもある。
ミレイユの前に戻って来て、一礼して来たアキラに、ミレイユは疑問に思った事を訊いてみた。
「アレの特性を見抜いていたのか? 治癒力が高く、長期戦は不利になると」
「いえ、そういう特性があったとは露知らず……。手っ取り早く、首を落とせば倒せるだろう、と思っただけなんですけど」
「それも勿論、正解だが……。敵の特性を知らないなら、知る為に様子見をするものは、別に臆病じゃないからな。お前なら、まずそこから始めると思ったし、しないというなら知っていたのかと思ったんだが……」
アキラは気不味そうに顔を逸して、それからゆっくりと首を振った。
「いえ、そういう訳じゃないんです。ただ、時間の事を仰ってましたし、何かされるより前に、首を落とせば済む話だろうと思いまして……。人型の魔物で、首を落とされても動いた例は聞いた事ないので」
「敵を知らずとも、踏み潰せるだけの実力差があるなら、それも正解だ。彼我の実力差を読み取れたなら、臆する理由がない。――刻印の方も、使い方が上手くなった様だしな」
ミレイユにそのつもりはなかったが、手放しで褒めるような形になってしまった。
アキラは赤面しながら恐縮し、ペコペコと頭を下げる。
だが、それを黙って見ていられない人物がいた。
アヴェリンは、アキラが後頭部を晒した時点で平手を落とし、威嚇するように睨み付ける。
「何を浮かれておるか。初見の敵だろうと、捻じ伏せる力があるなら、様子見が必要ないのは当然だ。だが、あんな危なっかしい対処方法があるか。爪に毒がある可能性は考慮したか? 『年輪』を破れずとも、粘液が飛び出しこびり付いて、視界が塞がれる可能性は? 肩を突き出すというなら、その要らぬリスクをわざわざ負ったという事だ。攻撃ばかりで他を疎かにし過ぎる。もっと良く考えて――」
「まぁ、その辺は今じゃなくて良いじゃないか。後で時間のある時にでも言ってやれ」
ミレイユが苦笑して割って入り、手を振ってアヴェリンの説教を終わらせた。
アキラは感謝の念を存分に含んだ視線で一礼し、それからアヴェリンにも謝罪の意味で頭を下げる。
ミレイユが話を止めたのは、ここで説教に時間を使いたくない、というのも確かだが、まだ訊きたい事があったからだ。
「武器の方はどうだ。途中で刃が止まっていただろう? 切れ味に不足が出てきたんじゃないのか」
「それは……、はい。失礼を承知で申しますと、強い魔物に対して刃が立たない事もありました」
「元より切れ味について、強靭にしていなかったのだから当然だ。お前がそこまで強い敵と戦う事を、そもそも想定していない」
アキラが武器を取った当時を思えば、一級冒険者が相手にするような魔物と、戦う機会などないと考えていた。
良くても中級止まりが精々で、魔力を鍛えたとしてもそれ以上を相手にする機会はない、と思っていた。
それは当時のアキラを知っている者ならば、誰もが当然の解釈と頷くだろう。
今現在、渡り合えているのは彼の努力が実を結んだからだが、より大きな理由として、刻印の存在が挙げられる。
実際の戦闘で防御を捨てて殴り掛かる、攻撃一点特化という戦法は普通取らない。
可能かどうかは別にして、後の続かない攻撃方法は己の首を締める。
だが、アキラは『年輪』を使う事で、本来やらない攻撃一点に集中して魔力を運用したからこそ、魔物を倒す事が出来たのだ。
それでもやはり、一太刀で何もかも倒せるとはいかない。
先程の雪トロールにしても、一体目は良かったが二体目では勢いの問題もあり、刃が止まった。
直前に攻撃を受けた事で体勢に乱れが出て、無理して攻撃した結果だろう。
攻撃を受け切れた事で、更に大胆にやれると思って、背中を見せるほど身を捩っていただが、それも本来するべきではない行為なのだ。
「アヴェリンはお前を戦士として見なくなったそうだ。私も今回、改めて見て実感した。確かに、……お前は戦士に向いてないのかもしれないな」
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