再会と別れ その4

 アキラが食堂へ飛び込むように入ると、その一団は早速目に付いた。

 何しろミレイユ達ほど強い魔力の持ち主は、ただそれだけで目立つ。

 かつては良く分からなかった測定力も、最近はそれなりに見られる様になって来た。


 少しは彼女たちに追い付いたつもりでいたが、それでも自分と比較すれば霞んでしまう程のものだ。単純に魔力総量が多ければそれだけで強い、というものでもないのは知っているが、彼女たちはそれを十全以上に使いこなす生粋の魔術士だ。


 持て余し、刻印に使われるだけの冒険者とは、根本から違う。

 それを再認識し直して、唸る様に感心しながら、華やかな一団へと近付いていった。


 そうして、目立つのは何も魔力だけの問題じゃないな、と改めて思う。

 身に着けている装備それ自体も魔力を存分に含んだ魔術秘具ばかりで、それ以外にも彼女たちの容姿が関係している。


 男達の中には鼻の下を伸ばして見ている者もいるし、むさ苦しさが目立つ酒場食堂にあって、今だけは特別な花園が生まれていた。


 アキラが近付いて行くのに気付いたユミルが、面白そうな玩具を発見した様に笑みを浮かべる。

 何事かを熱心に語り掛けていたスメラータは、アキラに気付くと、苦虫を噛み潰したような顔付きで顔を逸した。

 寸前までしていた白熱っぷりは、まるで冷水を浴びせられた様に沈静化している。


 不思議に思いながらテーブルのすぐ傍まで近付いていくと、ミレイユとも視線が合った。

 万感の思いが胸の奥底から湧き上がって来たが、それを表に出さない様に口元を引き締める。

 そうして足を止めて、深々と頭を下げた。


「……ミレイユ様、お久しぶりです……!」

「あぁ、お前もそれなり以上に努力して来た様だな。……うん。まぁ、座れ」


 失礼します、と空いている一席、スメラータの隣に腰掛けた。ミレイユ達は対面に並び、現状のチームとして、二つに分かれた形だった。


 席に座ったものの、何か会話が生まれるでもなく、不穏な気配が感じられる。

 スメラータがまた何か頼み事でもしていたのだろうか、と思いながら、アキラはアヴェリンから順に、他の二人にも頭を下げていく。


「師匠も、皆さんも、お久しぶりでした。何も便りが無くて心配してましたけど……、こうしてやって来たという事は、問題も解決したんですか?」

「あぁ、息災の様だな」


 アヴェリンが軽く頷く様な仕草で返答し、それから直ぐにスメラータへ顔を向ける。


「問題については、そういう訳ではないんだが……。話は終わりって事でいいんだな?」

「それは……」


 スメラータは言葉を濁し、顔を背ける。相変わらず苦虫を噛み潰した様な表情は変わる事なく、悔しげな表情を隠そうともしない。

 そこにイルヴィが、呆れた様に言葉を吐いた。


「もう諦めなよ。嘘がバレた時点で、続ける意味なんかあるもんか。何も異を唱えなかったあたしも同罪かもしれないが、きっと最初から嘘だって分かってたろうしね」

「……何の話です?」


 最初から不穏な雰囲気はしていたものの、それが嘘とか同罪という単語が出てくれば、流石に確認しない訳にはいかなくなる。

 ユミルはニヤニヤと嫌らしい笑みをスメラータに向け、イルヴィが言った内容を無言の肯定としているし、そしてアキラには全く話が見えない。


 誰も何も言わない僅かな間があって、更にアキラが訝しんだところで、イルヴィの方から説明をしてくれた。


「……別れを惜しんだスメラータが、アキラは居ないって説明してた所さ。少し厄介な依頼を受けていて、ひと月ほど帰らないって説明をね。あちらさんも、居ないなら巡り合わせと思ってアキラを置いて行くつもり、って言ったから……まぁ、魔が差したんだろうね」

「えっ……?」


 アキラの思いは予め話して、そして理解してくれていた、と思っていた。

 それを知ってミレイユから引き離す様な真似は、裏切りに等しい行為だ。

 だが、とアキラは思う。


 魔が差した、とイルヴィが言った時に、スメラータが悔やむ様な表情をしたのを、アキラは見逃さなかった。

 きっと、それは嘘ではないのだろう。

 そして、咄嗟にそう言ってしまう程、別れを惜しんでくれた、という事でもある。


 それを思えば、アキラは責める事など出来なかった。

 何も言えずにスメラータを凝視する形になってしまい、それを見咎める様にミレイユが口を開く。


「お前もな、チームとして組んでいたからには、大まかな事情くらいは話しておけ。別れを惜しむ時間だって必要だろう。それに、この環境に愛着が湧いた、というなら残っても良いしな」

「そうなの……!?」


 スメラータが両目を大きく広げながら顔を上げたが、逸早くアキラは首を横に振る。


「いえ、決してそんな事は……! あぁいや、愛着は当然ありますし、惜しむ気持ちだって十分ありますけど、最初の志は捨ててませんから! 僕はいつかお役に立てる日が来ると思って、それで腕を磨いて来たんです……!」

「あぁ、そういう話だった」


 イルヴィが同意する様に首肯すると、ミレイユはイルヴィとスメラータを交互に見やる。

 それからアキラへと視線を戻し、詰問するように尋ねて来た。


「事情は説明していたのか?」

「えぇ、元よりそういうつもりだったのは、スメラータも知っていた筈ですから。でも昨日、改めて説明しました。いつかはこのチームともお別れだと。その時が来たら、僕はミレイユ様に着いて行くのだと」

「うん……」


 短く返事をして、ミレイユは再びしゅんと肩を落としたスメラータに目を向けた。


「そういう事なら、今更くどくど説明する必要はないな。別にお前を説得してやる謂れは無いから、許可など求めてないが……」


 そう言って、ちらりとアキラの顔――というより、口元を見る。


「随分と熱心に言葉を教えてくれた様だな。たった数ヶ月で問題なく会話できるようになった、というのは本人の努力以外に、お前のサポートがあったからだろう」

「だから……?」

「より強い力を求めてたんだろう? 冒険者らしく、より高い名誉と実力を欲していた。少し見てやっても良いが」

「そんなの……!」


 スメラータは激昂しようと肩を怒らせたが、それより前にイルヴィから掴まれ動きを止める。

 どの様な気持ちでいるのか、アキラには分からない。

 だが、震える身体で睨み付ける格好で動かないスメラータが、最後の感情のせめぎ合いをしている事だけは分かった。


 そして、しばらくの拮抗を見せた後、糸が切れた様に身体を背もたれに預ける。

 イルヴィも彼女を掴んでいた手を離して、動かないスメラータの代わりに頭を下げた。


「いや、すまないね。どうも施しみたいに感じちまったみたいだ。あんたにその気がないのは、十分分かってる筈なんだが……」

「いや、そうだな。私も言葉遣いが、丁寧な方ではないからな。何か要らぬ所を刺激してしまったとしたら、申し訳なかったが」

「――ミレイ様が謝る事などございません」


 アヴェリンが強い口調で断定した。


「あれが勝手に早とちりしたとか、勝手に挑発の様に受け取っただけでしょう。アキラも――」


 そう言って、アヴェリンは強い視線で、非難する様にアキラを射抜く。


「お前もチーム内のいざこざを、こんな土壇場になって持ち込むな。長く居れば情も移る。事情を知っている筈だと、それを軽視していたなら、お前の責任だ」

「まぁまぁ……。何もかもアキラが悪い、で結論付けるのはお止めなさいな」


 アキラが身を竦ませていると、横合いから相変わらずの笑みのまま、ユミルが口を挟む。

 正直なところ、彼女が助け舟を出してくれるとは思っていなかったので、感謝よりも不審なものを感じる。


 これが他の誰かなら、と思っても、そもそもルチアには全く感じ入るものがないらしく、つまらなそうに窓の外を見ていた。


「結局のところさ、チーム解散したくないっていう気持ちが強いって話でしょ? じゃあ、解散させなきゃいいんじゃない?」

「アキラを置いて行く、と言いたいのか?」

「それも一つの手かもねぇ……?」

「ちょ、ちょっとユミルさん!」


 アキラが慌てて手を伸ばし、そしてスメラータは希望を取り戻して顔を上げる。

 両者の表情は正反対だったが、向ける視線の強さは同じだった。

 そんな二人を見て、ユミルはカラカラと笑う。


「そう早とちりするものじゃないわ。生かして帰す保障なんてないけど、帰ったら元の鞘に戻せばいいじゃないの。ここで今生の別れのつもりで解散させなきゃ、それで納得しそうなものじゃない?」

「でも! 生きて帰れない前提なんでしょ!?」


 堪り兼ねたスメラータが、声を張り上げて言った。

 周りの客も、剣呑な雰囲気を感じ取って距離を取っていたが、それで一層注目を浴びる。


「それが一番大事なんじゃん! 解散したっていいよ、別に! それで生きて帰って来るのなら! でも、無事に帰って来れる保障なんて全然ないし、その可能性はずっと低いんでしょ!? だから嫌だって言ってるのに!」

「それはそうだな」


 ミレイユが感情を感じさせない返事をしながら、スメラータを見返した。


「そもそも最初から何度も言っている話で、そして、その話は既に決着が付いている。アキラが返したいと言う恩義は、己の命を掛けるに値する、と思っているようだ。私はそうと思えないが……」


 ここで一度、アキラに視線を向けたが、そこにはやはり何の感情も見い出せなかった。

 何も思っていないというより、敢えて押し殺した感情があると窺わせる。

 ミレイユもまた、アキラが命を投げ捨てる様な行為を、素直に看過できなかった人だ。


 しかし、受け取ると決めてくれた。

 ミレイユの顔を見ても、その表情からはアキラの気持ちを受け取ると言ってくれている様に見える。

 最初は反対だったが、それでもアキラの熱意を受け取る事を決めてくれた。

 それは一種の諦観と共に、受け入れた事だったかもしれない。


 だが、受けた恩義を返す機会を与えてくれた。それが何より、アキラにとっては大事な事だった。

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