再会と別れ その3
アキラは二人の視線に苦笑で返す。
この世界の冒険者を良く知る彼女達には、アキラの対応は譲り過ぎと映るらしい。
本当なら飯などではなく、もっと何かを要求するものらしいが、金銭に興味がないアキラからすると、それだけで十分なのだ。
既に、そういう態度だからこそアキラなんだ、と理解されているから今更何を言うでもないが、しかし二人は軽い抗議として表情に出していた。
ともあれ、アキラが指を差し向け酒場の方を示すと、二人もそちらへ歩を進める。
特別美味いものが出る場所ではないが、依頼達成をしたなら、とりあえず一杯あげるのが慣例だ。
アキラはチームリーダーなので、ギルドの窓口に報告義務があり、討伐部位の提示もする必要がある。
個人空間の中に仕舞われている事を、予め確認しながら向かっていると、またも横合いから声を掛けられた。
「おう、アキラ! その顔見てると、尻拭いも終わったらしいな」
「うん、何とかね。誰にも大した怪我も、脱落もなくて良かったよ」
「ははっ、良く言うよ。ま、何にしても、これで少しは昇級も早まったんじゃないか?」
どうだろう、と思いながら、アキラは愛想笑いを返す。
一級への昇格試験には、ギルドへの貢献度も含まれるので、今回の依頼達成は確かにそういう意味ではプラスに働いたろう。
だが、アキラにとって昇級は、目指すべき目標という訳でもない。
名誉を求める多くの冒険者は、自分の限界を感じない限り、常に上を目指すものだ。ならば、やはりアキラも同じだと思うのは当然だろうが、アキラが見ている先は少し特異だ。
冒険者でいる今の立場も、謂わば仮初めに過ぎない。
だがそれを、素直に口にするものではないので、曖昧に頷いて立ち去る。
そしてそのまま、窓口に並ぶ冒険者の最後尾に立った。
力ある冒険者は、ふてぶてしい位が丁度良い。
ミレイユも言っていた事だし、それは分かっている。だが、アキラの持つ小市民性が、待機列があれば並ぶものだと言っているのだ。
最後尾にいた冒険者は、アキラがその後ろに並んでギョッとしている。
ある意味で有名人なアキラだが、素直に並ぶ事までは知らなかったらしい。気不味い雰囲気を出しているものの、何か言うつもりは無いようだ。
アキラは何も気付いていない振りをしてやり過ごそうとしていたが、またも横合いから声が掛かる。
その声の主はドメニで、何かと頼み事を引き受けたりしていた事もあり、今ではすっかり気安い仲になっていた。
「おう、アキラ! お前また女に囲まれて討伐して来たのかよ」
「言い方ね、言い方。物には言い方ってもんがあるでしょ」
「そうだよ、馬鹿お前。結果が全ての世界だぜ?」
ドメニの揶揄に、また別の冒険者がアキラの肩を持とうと割って入る。
「強けりゃ全てが許される、とまでは言わねぇけどよ。お前もそういう事は、アキラの半分でも依頼達成してから言えよな」
「いや、こいつは討伐ペースが早すぎて、真似してたら死ぬだろ。これはこれで異常だろうがよ」
「……ま、それを言われちまうと、何も言えねぇ。それよりドメニ、お前、ちゃんと礼は言ったのか? いつだったか、ブッキングした依頼片付けて貰ったろ?」
「当たり前ぇだろ。そういう礼儀を忘れる奴ぁ、クズだ」
自信満々に言うドメニは、確かに礼を忘れていなかったが、随分とおざなりで言葉少なだった事も覚えている。
悪意がある訳ではなく、それが彼の性格なのだと分かってからは気にしてないし、配慮する言い方が出来ない事も、冒険者の中には多いものだ。
そこにドメニの腰巾着となってる小男、イデモイが横合いから顔を突き付けて言ってくる。
「今度は何だって? やべぇ奴を相手にしたとか聞いたぜ」
「あぁ……うん、マンティコアだね。手負いで気性も荒かったけど、傷は治ってなかったから割りと楽だったかな」
「手負いほど危険だって、そんなん常識だろ」
イデモイはギルドの鼻つまみ者だ。
しかしドメニに拾われたお陰で、何とか生活できている。
ドメニが大きい顔をするので、自分まで偉くなったつもりか、同じく大きな顔をするが、誰もイデモイの実力など認めてない。
ドメニも𠮟りつける事が多々あるのだが、いつまで経っても調子に乗る所は治らなかった。
だからこそ、鼻つまみ者とされるのだろう。
今日もまた、ドメニが一度𠮟りつけてから、アキラの方へと向き直る。
「だぁってろ、イデモイ! ……ったく。なぁ、アキラ……おめぇ、チームを預かってるって自覚足りないんじゃねぇのか? 一人が納得しても、普通は他の意見を押し殺して受けるもんじゃねぇだろが」
単にイチャモンを付けられるだけと思っていただけに、その指摘については、思わず息が詰まった。
確かに、自分の勝手でチームを危険な目に遭わせたという自覚はある。
彼女らはアキラの意思を尊重してくれたが、止めて来た時点で、アキラも冷静にもっとチームとして動く事を、もっと考えて良かった筈だった。
「そうだね……、確かに我を通し過ぎた。イルヴィ達にも苦言を貰ったよ。チームの外からもそう見えるって事は、やっぱり相当ヤバかった?」
「当たりめぇだろうが! 身の程ってやつを知っとけ! 無理して受ける依頼で、傷付くのはお前だけなら誰も文句言わねぇよ!」
「チームの事を考えられないヤツに、チームにいる価値なんてねぇんだよ」
その発言は、イデモイにとっても返って来る言葉だと思うが、間違った事は言ってないので頷いた。
ドメニは厭味ったらしい顔から、苦虫を嚙み潰したような顔をイデモイに向け、それから押し黙ってしまう。
マンティコアは確かに危険な魔物だ。
アキラにとって良い経験になると思い、強硬して受けるなら仲間を率先して危険に巻き込むな、という意見は良く分かるのだ。
獅子の体に蠍の尾、そして蝙蝠の羽が生えた魔物だが、この蠍尾には強力な毒がある。
それが視覚外から襲い掛かってくるし、獅子の強靭な肉体と俊敏性は、対峙するだけでも恐怖だ。
羽はあるものの飛ぶことはなく、俊敏な動きを補佐するのに使われる。
跳躍して飛び掛かってきたと構え、それに合わせて武器を振るえば、羽を開いて空気を受け止め、タイミングをずらすといった具合だ。
時に樹上で待ち伏せする事もあり、そういう場合は滑空するのに使われたりもする。
そういう魔物だから、もっとバランスの良いチームで対抗するとか、より高い実力を身に着けてから挑むべきだった。
だが同時に、アキラには刻印がある。視覚外の攻撃はむしろ『年輪』が得意とするところだ。
特定方向だけ強力な壁を築く防壁術と違い、身体をすっぽりと覆うからこそ、それを気にせず突っ込めるのだ。
盾役として前に出て、囮になるのにも適していて、敵の前面で対峙できれば、それだけ他を楽にさせてやれる。
そしてアキラのチームには、強力な前衛二人がいて、見事に隙を突いて攻撃した。
今回の戦闘で傷こそ受けなかったが、多くは味方の手際と運があったからに過ぎない。
今更ながらにドメニの言葉を実感した。
アキラも武器を振るって攻撃したものの、武器品質の都合でダメージはそれほど与えられなかった。
いつかアヴェリンが言っていた、不壊であるのは便利だが、強敵には通用しなくなる、という現象が出て来ている。
二級冒険者が相手にする魔物相手に、武器の切れ味を嘆いた事などなかったが、とうとうその日がやって来た、という事だ。
だからアキラは壁役、囮役に徹したとも言える。
自分の刀では表皮を切り裂く事は出来ても、筋肉を貫き、奥深くまで抉る事までは出来なかった。
眼球など、柔らかい部位を攻撃する事で貢献する事も出来たが、アキラより大きな巨体相手に、それを狙うのは難しい。
結局は威嚇道具として、あるいは攻撃を逸し防ぐ盾代わりとして活用するしかなかった。
こういう部分では、不壊である事が有利に働く。元よりアヴェリンの攻撃を躱し、逸らす事を強いられて来たアキラだから、それを駆使して逃げ続けるのは難しくなかった。
そして、躱し切れない攻撃があったとしても、『年輪』が上手く防御してくれる。
アキラとしては、勝利への大部分を他二人に任せたようなものだ。
そうであるなら、やはり自分一人で勝利は無理だったし、多くを委ねておいて彼女らの言い分を聞かない、という態度にも道理が合わない。
アキラは改めて自分の不明を恥じた。
「ごめん、ドメニ……。確かに僕が浅はかだった。僕はもっとチームについて、深く考えなきゃならなかった……」
「あ、お、おぅ……。分かりゃいいんだ! 全くおめぇってヤツぁ、そんなだから危なっかしいってんだ! 駄目なリーダーを持つと、チームが可哀そうってなもんだ!」
「ホントだぜ! ドメニさんみたいな、頼りになる男がチームのリーダーにゃ相応しいんだ!」
アキラが非を認めると、ここぞとばかりに責め立てては、高笑いを上げる。
周囲からも注目を浴びて、どうにも居心地は悪かったが、実際に自分の非を正確に指摘してくれたのだ。それよりむしろ、感謝の方が勝る。
「不甲斐ないところを指摘してくれて、ゴメ……いや、うん。ありがとう」
「お、おぅ……? 何で感謝なんて言われねぇといけねぇんだ?」
「さぁ……、こいついつも、どっかズレてますからね」
高笑いも一転、二人は互いに顔を見合わせ、それからアキラへ胡乱なものを見るような視線を向けて来た。
アキラはここで変わり者という評価を散々に受けているので、今更二人が向けるような視線も珍しくない。
だから、二人には悠々と礼をしたのだが、やはり困惑と胡乱が合わさった目を向けられ苦笑した。
一時、それで会話が中断されると、場の空気を換えようとしてか、一緒にいた別の冒険者が殊更元気そうな声を上げる。
「それにしても良いよなぁ、アキラは。女は引く手
「いや、あれはそういうやつじゃないと思うよ」
彼の気遣いというものが、何となく理解できているので、アキラもそれに乗っかり、努めて明るい声で返した。
「単に、最近何かと話題にされる事が多かったから、それで物珍しさに話してみたいと思っただけじゃないかな」
「そんな事あるもんか! あれ見て、お前に気がねぇなんて思う奴はいないね!」
「そうだ、おめぇ、調子乗んなよ!」
会話の内容に黙っていられなくなって、ドメニが顔を凄ませながら近づけて来る。
「イルヴィを俺から取やがった癖によ、他の女にも現を抜かすたぁ、どういう事だ!?」
「いや、別にドメニのじゃないでしょ……」
「お前の女だった瞬間、一秒だってないだろ」
アキラと冒険者二人から冷めた視線をぶつけられ、ドメニは鼻息荒く否定する。
「あぁ、うるせぇうるせぇ! いずれ俺のモンになるんだから、今から俺のモンでもいいんだよ!」
「いや、おかしいでしょ、その理屈」
「大体、お前イルヴィに勝てるのか? 勝てないヤツは、そもそもお呼びじゃないって聞いた事あるぞ」
「そりゃお前!」
くわっと目を見開きながら顔を上げ、力強く腕を振り上げようとして、途中で止まる。
それから力なく腕を落とし、背中を丸めた。
「その内……、やれんだよ……」
「心意気は買うけどな……」
「ドメニさん、あんたなら、いずれやれます! その内、そこのアキラだってボコボコに出来ますよ!」
それはないだろ、と冒険者がアキラに顔を向けて来て、それから苦い顔をさせつつ顔を背けた。
「いやぁ、どうなんだ……それ。今だって、よく裏の訓練場で悲鳴上げさせてさ……それでスメラータも、馬鹿みたいに強くなったろ? アキラはそのスメラータより強いんだぜ? あの訓練法は実際、俺は真似したいとは思わないけど、習った奴はやっぱり伸びてたりするしな……」
冒険者が遠い目をしながら言って、それからアキラへ顔を戻す。
「あれを魔術士ギルドの連中に、教えたりもしたんだろ?」
「あぁ、うん……。頼まれたから触りだけ。でも彼らにとっては、それで十分だったみたいだけど……」
「はぁん……。いま来てるのも、その連中か? またお前が引っ掛けて来た女どもかと思ったが、魔術士っぽいの多かったもんな」
言われて、アキラは首を傾げる。
そもそも教導めいた事をしたのは、随分と前だ。
その時だって、別にギルドの女性に色目を使ったりしていない。
引っ掛けたという言い方にも、一言物申してやろと思ったが、それより先にドメニが割って入った。
「何だお前、またか! イルヴィだけじゃ満足できねぇってのか!?」
「いやいや、落ち着いて……! まず、そういう間柄じゃないし!」
「なんでだ、アイツに何の不満があるってんだ!」
「ちょちょ……、なんで怒るの。逆に、そういう関係だったら困るのドメニじゃないか」
そう言われて、ドメニは動きを止める。
一瞬、思案顔になると、掴み掛かろうとした動きを止め、それから大仰に頷いた。
「それもそうだな。お前は、あの変な魔術士連中の尻に敷かれてりゃいい!」
「え、何、どういう事……? 何で敷かれる前提なの? いや、そもそも、そんな人たち心当たりないし……」
アキラが首を振って否定すると、冒険者が訳知り顔で酒場方面へ指を差す。
「いやいや、だって前に一緒にいただろ。あれ、アキラんトコの奴だろ?」
「僕のトコロ? スメラータとイルヴィ以外に、そんな人とかいないけど」
「いや、それじゃなくてさ。ギルドの初日、一緒に来てた偉い態度のデカいべっぴんだよ」
「――は!? 来てるの!?」
「あぁ、食堂にいる。さっき来たばかりだったな。小一時間待って、来なければ帰るとか何とか……」
「それ先に言ってよ! 何でこんな馬鹿話してたんだ!!」
最早、順番待ちなどと、小綺麗な事を言っている場合ではなかった。
他の冒険者を押しのけ窓口に押し入ると、気圧された職員などお構いなしに、依頼達成の証拠と受領をして貰う。
何度も急かして終わらせると、周囲への気遣いもなしに走り去っていく。
未だ見た事のない、アキラの異常な行動に、後にはポカンと口を開けた冒険者が残された。
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