再会と別れ その2
「……互いの認識が間違ってなかった、っていうのは良しとしてもさ。三年、五年でその背を追いかけるっていうのでもなく、下手すりゃ数ヶ月で後を着いて行こうと言うんだろう? 悪い事ぁ言わない、考え直しな」
「そうだよ! いいじゃない、この三人の連携も板に付いて来たしさ、一級冒険者だって遠くないよ! このまま五年も続けたらさ、もしかしたら大陸中に名前が響き渡る事だって……!」
「スメラータは知ってるでしょ。僕は……あの人に恩を返したいんだ。その為に今、武器を振るって自分を鍛えてる。冒険者としての名声には、大して興味がないんだ」
スメラータも分かってはいたのだろう。
空元気の様に張っていた声と、殊更笑みを浮かべていた顔も、その一言で枯れる様に萎んだ。
そしてイルヴィが、唸りながら息を吐く。
「恩を返したいか……。分かるよ、大事なことだ。我が部族の女は、受けた恩を三倍にして返すのが礼儀って、いつも言ってるしね。だが、あれは違うだろう……」
「あれ?」
「到底、その後ろに着いて行けるレベルじゃないって話さ。恩を返すつもりで、仇で返す事になりゃしないかい。あくせく後ろを追いかけて、それで何が出来る? あんたの力なんて、誰も求めちゃいないだろ」
イルヴィは気不味い顔をさせて、視線を合わせず言って来た。
これは悪口でも、悪意ある評価でもなく、ごく順当な感想と言う他ない。全くの善意で忠告してくれていて、本来なら言い難い事を、こうして口にしてくれているのだ。
感謝こそすれ、それで機嫌悪くなったりしないし、何よりアキラが十分それを理解している。
だが、それを理解していても尚、だから止める、というつもりもなかった。
「僕が三人の中で、積極的に盾役を買って出てたのは、その為だ。スメラータのチャンスを作る為じゃないし、僕より上手くやるイルヴィより率先して攻撃を受けていたのは、自分を鍛えたかったからだ」
「戦士としての役割は、初めから期待しちゃいないってか。盾役として使ってくれって……? 死ぬつもりかい、あんた」
「そうだよ、アキラ! あの人たちに着いて行って、何するつもりか知らないけどさ、やってる事のレベルが違うよ。盾役なんて、真っ先に死ぬ係じゃない。そりゃアキラの『年輪』には何度も助けられたし、頼もしく感じたけどさ……!」
二人の気遣いは嬉しい。
せっかく繋いだ縁だ、そう簡単に切りたいとも思わない。
だが、ミレイユに受けた恩を思えば、それこそ安易に切り捨てる事は出来なかった。
役に立ちたいと申し出て、ならば役に立ってみろ、と許可して貰った立場でもある。
そしてそれこそが、アキラの本望であり悲願だ。オミカゲ様が作った孔へ、その姿を追って飛び込んだ瞬間から、アキラの覚悟は決まっている。
「最初から決めていた事なんだ。手解きしてやらねば役に立たない、でも手解きしてやる暇はない、そう言われて今がある。ギルドでして来た何もかも、それは少しでも使い勝手の良い盾になる為のものだった」
「あんたは、それで満足なんだね?」
「そうだね。生き様と言うほど格好良いものじゃないけど、それが今、何より大事な目的だ」
「そうかい、それじゃあ止められないね……」
イルヴィは悲しげに笑って、それ以上何も言わなかった。
言いたい事や、諭したい事はあったのだと思う。それらしき素振りも見せた。
だが、グッと答えて唇を引き絞り、無理矢理笑みの形を作ったのだ。
それを有り難いと思うと同時に、申し訳なくも思う。
イルヴィもイルヴィで、アキラに対して強い思いを抱いていた。言葉を飾る事を好まず、また虚言を何より嫌う彼女だから、その想いも嘘じゃないと分かる。
だが、アキラの思いを知ると同時に、身を引く潔さも持っていた。
アキラは死ぬ気でいる、……その前提で恩を返す。
それだけの強い思いは、簡単に無碍にさせるものではない、と思う為なのかもしれなかった。
イルヴィが一定の納得を示したように、スメラータもまた渋々ながらも同意しようとしている。
だが、イルヴィほど素直という訳でもなく、その表情にはありありと不満が表出していた。
「ギルドに来た後の全部って言うけどさ……、この三人は良いチームだったじゃん。確かに言葉を教える事も、逆に制御を教えて貰う事も、最初から納得ずくの約束だったよ。でもさ、私達の関係も、必要だからで作られたものだったの……?」
「あ、いや……」
スメラータの不満の正体に、そこでようやく思い至って、アキラはようやく自分が何を口走ったのか理解した。
確かに、ギルドに所属してからの何もかも、なんて言い方では、協力して依頼をこなしていた事さえ、打算ありきの事になってしまう。
「違う。勿論、違うよ。三人の友情は……絆は、僕が最初に掲げた目標とは関係ない。むしろ逆だ。目標とは関係ない部分で、育めた大事なものだった」
「だったなんて言わないで。別に無くなった訳じゃないから」
「あぁ、ごめん……。そういうつもりで言ったんじゃなくて……いや、ごめん」
スメラータは泣いている訳ではなかったが、今にも泣き出してしまいそうに見えた。
過去形で言ってしまった部分は、本当にそんなつもりで言った訳ではなかったが、下手なごまかしや言い訳は、彼女も望んでいないだろう。
「でも、置いて行くんだね。友情も絆も、このチームも」そう言って、スメラータは目を伏せる。「……何でだろうなぁ、いつかこんな日が来ると分かってた筈なんだけど、もっとずっと先の事の様に思ってた」
「詳しい日時まで決められた事じゃないから、本当に先の話になるかもしれない。ただ、ミレイユ様次第の話だから、何とも言えないのが申し訳ないけど」
その一言で、スメラータの口から盛大な溜め息が漏れる。明らかにしゅんと肩を落とし、背筋も曲がって足取りも危なっかしい。
またも要らぬ失言をしてしまったと悟り、アキラも苦い顔で眉根を顰めた。
流石にそれは見咎めたイルヴィから、嗜めるような苦言が飛んでくる。
「割とそういう……考えよりも先に口が出るっていうの、直した方が良いと思うね。いずれ別れる先を知ってたとしても、改めて言われたら傷つくものじゃないか。あいつにとっちゃ、その育んだ絆ってやつも、相当大きかったんだしね」
「はい、全くそのとおり……申し訳ない」
「あたしに言ってどうすんのさ。まぁ、都市に戻ったら、そん時ゃ美味いモンでも食わしてやりゃ良い。少しは機嫌も良くなるだろうさ」
いつかミレイユが日本のファミレスで語ってくれた様に、アキラにも通と呼べる店は出来た。
豊かな調味料を知って肥えた舌を満足させるものではないが、その中でもアキラが美味いと認めた店なので、味は確かに良いのだが、それに比例して高価だった。
スメラータも美味いと喜んでいたが、通になれるほど頻繁に行くには躊躇する値段だ。
アキラは刻印や装備の新調などに金を使わないので、大抵の冒険者より貯蓄がある。
その店に連れて行けば、少しは機嫌も直してくれるかもしれない。
とはいえ、きっとまだ先だと棚上げしていた問題を、突然眼の前に持って来られたのだ。
驚きも不満も大きい筈で、そう簡単に払拭してはくれないだろうが、詫び賃と思えば安いものだ。
それからは、会話があっても弾む事はなく、気不味い空気のままオズロワーナへと帰還した。
往復で五日の旅という破格の短さでの到着だったが、やはり疲れは相応にある。
当初に比べれば旅慣れたと思うが、野営で十分な休息は難しい。
今日の所はゆっくり出来そうだ、と思ってギルドに入ると、横合いから陽気な声で呼び止められた。
「おぅ、アキラ。すまなかったな、ウチの尻拭いさせちまって」
「ん……? あぁ、いや、大丈夫。こういうのは助け合いだしね」
「相変わらず人が好いな。いや、助けられた俺が言うのも何だけどよ」
そう言って、感謝を多分に含んだ笑みと共に手を挙げて来たのは、今回のマンティコア討伐依頼を受けた冒険者チームのリーダーだった。
元より依頼を受ける権利を持つ一級冒険者だけに、高い実力も実直さもある。
ただやはり、繁殖期の魔物は、相手がどうあれ凶暴なのだ。そこは他の動物と変わりない。
それを知って尚挑み、そして手に負えないと逃げ出す羽目になった。
魔物のランク付けにしても、あくまで平均値を取って定義しているだけであって、個体によって強弱は出る。
だから、受領権利を持つ冒険者でも、こういう失敗は珍しくなかった。
ただ、それが一級冒険者のミスとなると、相手にする魔物のレベルも相応で、しかも攻撃を受けた魔物はより凶暴になる傾向がある。
匂いを覚えて追い掛けて来て、人里近くまで移動した事で被害が拡大する事もあった。
だから、失敗後の討伐は早急に行われる必要があるのだが、今回は相手が問題になった。
凶暴な手負いのマンティコアを相手にする、という事は、そういう意味でもハズレ依頼と評されても仕方ない。
イルヴィの進言は、至極真っ当だったと言える。
だからこそ、誰もこの依頼を引き受けなかったし、それが巡り巡って、最終的にアキラに回ってくる原因ともなった。
何れにしても、この冒険者にとっては尻を拭って貰った形だし、ギルドにしても面子が保たれた。無事に帰って来て、肩の荷が降りた心持ちだろう。
「ま、今日の所は飯を奢らせてくれ。今度何かあれば、遠慮なく言ってくれよ。出来る事なら助けになるぜ」
「うん、ありがとう。飯の方はありがたく。酒場の方で、ツケにさせて貰うかな」
こういう時は、遠慮した方が無礼になる。
あまりに謙虚だと、感謝すら受け取ってくれないと不満を露わにすると学んだので、アキラも物怖じせずに言うようになった。
「おう、俺の名前で出しといてくれ。じゃあ、すまねぇけど、仲間の様子見にいかねぇと……」
「あぁ、わざわざ待っていてくれたんだ。大丈夫、行ってあげて」
「あぁ! これで色好い返事を聞かせてやれる、助かったぜホント」
そう言って笑い、もう一度手を振って背を向けた。
彼の仲間は厄介な毒にやられ、今もベッドの上から起き上がれないのだと言う。
アキラもその背に手を振り返し、スメラータ達に向き直る。
口を挟まず待っていた二人からは、仕方ない奴だ、と諦めにも似た生温い笑顔を向けられていた。
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