第十一章

再会と別れ その1

 その日、アキラはいつもの様にスメラータとイルヴィを伴い、魔物討伐の依頼を見事果たして、帰路についている所だった。


 ランクとしては二級冒険者のアキラだが、実力的に一級冒険者と肩を並べて遜色ないと言われている。

 そして、時にはその一級冒険者が失敗した依頼を持ち込まれる事もある。

 今回の依頼が、正にそのパターンの依頼だった。


 失敗したからと咎められる事は無いが、落胆や失望はある。

 依頼主からしても、成功時のみ報奨金を払うものだから、何度失敗されようと懐が痛むものではない。だが、得てして討伐を依頼する場合は、その素材を求めているものだ。


 期限を定めているものもあり、一度の失敗はともかく、達成出来なかったとなれば、ギルドの沽券に関わる。

 そうした時、斡旋依頼という形で、ギルドの方から声が掛かる事もあった。


 この冒険者なら、このチームならやってくれるだろう、という信頼をギルドから向けられる形なので、頼まれる側としても悪い気はしない。

 更にその場合、報奨金に加えてギルドからの特別加算もあるので、大変美味しい依頼となる。


 信頼と共に斡旋される依頼だから、これを断る冒険者は少ない。

 特に、名誉を求める冒険者となれば尚の事だ。だがそれも、やはり時と場合による。


 今回、アキラはこれを受諾したが、他二人からの難色は強かった。

 結果として果たせたから良かったものの、成功する可能性は低かったのが原因だ。


 討伐が出来たのは、実際のところ運でしかなかった。

 無謀だと散々止められていたのに、それでも強行したのは申し訳なく思う。

 だが、アキラには魔物の生態や習性、攻撃方法を知っているだけでなく、実際に戦えなくてはならない。


 実践の場があり、己を鍛える場があるなら、果敢に挑まなくてはならないのだ。

 だが、アキラの主張を理解していても、二人からの抗議は止まらない。

 その主張が気に入らないというのではなく、むしろ彼女らは尊重してくれている立場で、だから原因は別にあった。


 未だ身体中に真新しい傷を残しながら、渋い顔をしてスメラータが言う。


「だからさ、別に強敵に挑むのを止めたいんじゃないんだよ。今回のマンティコアだってさ、繁殖期にあって凶暴になってる訳じゃない? 敢えて一番危険な時期の魔物を相手にするのは、命が幾つあっても足りないよ。楽な相手ならともかくさ」

「でも、凶暴だからと逃げていたら、いざという時困るんじゃないかな。攻撃方法に差異が生まれるとは思わないけど、やっぱりやりようは変わってくるんだと思うし」

「だからさ、そのいざって時は戦わないのが、普通の冒険者なの。困難に立ち向かうのと、スリルを求める事は全く別物でしょ? 敢えてリスクを飲み込むのと、リスクを無視して向かうのも別! アキラはリスクを過小評価し過ぎる!」

「でも、マンティコアと戦う経験なんて、この先そうあるとは思えない。一級冒険者への昇級は、僕にはまだ一年は先を見ておかないといけないし、この依頼が回ってきたのはチャンスだったんだ」


 スメラータの意見は至極真っ当で、冒険者なら当然身に着けておくべき常識だった。

 良く聞く言葉に、勇気と無謀を履き違えるな、というものがあるが、アキラが見せた行動は正にそれだった。


 言われるまでもなく、無謀だったという自覚はある。

 マンティコアという、一級冒険者しか相手に出来ない魔物と戦う機会は稀だった。


 それを逃がしたくない、という欲求を押し通した形だ。

 書面から魔物の生態は理解できても、実際の戦闘においてどう対応するのが自分の戦闘スタイルと合っているのか、そこまで分析できる人はいない。


 アキラが求めているのは正にそれで、名誉欲でも、金銭欲でもなかった。

 戦闘実績と経験を積む事にあり、その機会が目の前にあったなら、受ける以外にあり得なかったのだ。

 二人の言い合いを後ろから見ていたイルヴィが、首を横に振りながら口を挟む。


「……なぁ、アキラ。あんた何を焦ってるんだい? これに関しちゃ、絶対的にスメラータの方が正しいよ。あんたの実力は、既に誰もが認めてるじゃないか。単にギルドの制度がそれを許さないってだけで、あと一年も待てば、無事に昇級試験が受けられるさ。今は他にもまだ、討伐依頼は沢山ある。雑魚は除外しても、そっちを優先したって良かったろう」

「そうそう! アキラの実力からしたら、物足りないかもしれないけどさ。未知の敵と戦う機会をもっと持ちたい、って言ってた気持ちは知ってるよ。でも、まだ他にも沢山いるわけだしさ……!」


 二人の意見は正しい。

 そして、アキラの気持ちに寄り添って、より現実的な案も出してくれている。

 それは素直に嬉しく思うし、感謝する気持ちも当然強いのだが、それでは駄目なのだ。


 より強い敵と戦う必要がある。

 自分より格下を相手にするのではなく、勝てるかどうか分からない相手に挑むから意味がある。

 そして、その強敵相手に、初見で即座に対応できるだけの戦勘を身に着けなくてはならない。


 ――何故なら。

 何故なら、そうでなくてはミレイユに着いて行けない。

 腕を磨け、刻印の使い方を学べと言ってくれたのは、単なるお世辞ではなかった。


 ミレイユはアキラに期待を向けてくれた。

 恩を返したいという気持ちを汲み取り、それを果たせる場を用意してくれるつもりでいる。


 そして、ミレイユの向かう先にいる敵は、いつだって危険な相手に違いない。

 ミレイユが望み、そして何よりアキラが望むのは、ミレイユの役に立つ事だ。

 強敵相手にして、亀の如く防御を固めて立っている事に意味などないのだ。


 だが同時に、スメラータ達が言う事もまた分かる。

 アキラが格下と見る相手と戦うのも大事で、そして学べる部分もある。


 単に弱いと見るだけでなく、毒を持つならその特性や、避けるべき攻撃など、知っておく必要のある事は多くあるだろう。そちらの経験も、疎かにして良いものではない。


 だが、強敵と相手に出来ない方が、きっともっと問題な筈だ。

 ミレイユは、いつ帰って来るか分からない。いつ、共に来いと声が掛かるか分からない。


 だからアキラは、いつお呼びが掛かっても良い様に、より困難な相手を率先して相手にし、その知見と力量を高めたいと思っていた。


 ――そういえば、とアキラはふと思い立つ。

 その事を、二人に改めて伝えていなかった事を思い出した。

 言葉遣いが拙い時に言ったのは確かだったが、正確に伝わっていなかったのだと、今更ながらに気付く。


 その時に何と言っていたか覚えていないが、伝えた事は確かなので、それで理解してくれていると、頭から信じ込んでいた。


「そもそもさ、今回の依頼だって、ギルドのメンツが先に立って出た依頼でしょ? この時期のマンティコアなんて、誰も相手にしたがらないしさ。金に目が眩んで受けたは良いものの、失敗したならギルドとしては、一応体裁として斡旋依頼を出したっていう形にしないと拙いんだし」

「ギルドは信用を第一に考えるしね。前ギルド長の不手際もあった……。それを挽回したいからこそ、あちこちに声を掛けた末のアキラだろ? 人が良い事を利用されてんだからさ……、だから断れって言ってやったのに」

「あぁ、何? あんた……だから断れって言ってたの?」

「そりゃそうだろ。誰がこんなハズレ依頼を受けさせるもんかね。アキラの力を頼みに、なんて口先ばかりさ。失敗しても良いから、受けてくれる奴を探してただけだろ、あれは」

「てっきり、この三人じゃアタイが足を引っ張るって理由とか、そういう事だと思ってた」


 不満そうな声から一転、スメラータは破顔してイルヴィの肩を叩く。

 アキラとしても、二人の会話は興味深いもので、ついつい話を聞き入ってしまったが、認識の齟齬は埋めなるのを忘れてはならない。

 その話を中断させて、アキラは割って入った。


「ごめん、ちょっと良いかな。多分、上手く話が伝わっていなかったと思うけど、単に強敵と戦いたいから挑んだんじゃないんだ」

「そうなの? 強い敵と戦う必要があるとか……そんな事をさ、前に聞いた気がするんだけど」

「それは……うん、間違いじゃないんだけど」


 その返答で、やはり正確に伝わっていなかったのだと分かった。

 思わず言い淀んだアキラに、イルヴィが不思議そうに首を傾ける。


「強い敵と渡り合えるだけの、強い力量を身に着けたいんだろ? そして、もっと多くの強い敵と戦いたいと思ってる、そうだろ?」

「それは……うん、そうだよ。単に戦うだけじゃなくて、勝てる戦いが出来るように、というのが重要なんだけど」

「そりゃあ、そうだろうさ。だから、魔物図鑑とか読み込んで、自分なりに対策を用意していたんじゃないのか?」


 今更なにを、とイルヴィが訝しげに首をひねる。

 その頭から、盛大に疑問符が浮かぶのを幻視した。

 何と言ったらいいか、と前置きしてから、アキラは言葉を選びながら話し始める。


「イルヴィは知らなくて当然だと思うけど、元から冒険者になるのが目的じゃなくて、外を旅する為の予備段階として、冒険者ギルドを活用してたんだよ。だから、いざという時、足手纏いにならない様に、力をつけたいって訳で……」

「あー……、つまり何かい? 今回の討伐目標にしたって、倒すの事なんて二の次だったと。踏み台でしかないって?」

「そう言うと、大分言葉が悪いけど……でも、そうだ。気分を悪くさせたならゴメン」


 アキラが律儀に頭を下げたが、イルヴィはカラカラと気持ちの良い笑顔で笑った。


「謝る事なんてあるもんか。マンティコアを踏み台にするなんて、むしろ痛快じゃないか。……だが、そうか。あれ程の魔物すら踏み台にしかならないっていうなら、あのアヴェリンを名乗る戦士の後を、付いて行く気でいるんだね」

「師匠に、というより、その主人であるミレイユ様の後を、なんだけど……」

「どっちだって良いさ。それならまぁ、焦る気持ちも分からないでもないがね。普通なら、勝てるかどうか分からない魔物に、挑むもんじゃないからさ。とはいえ……」


 歩みを止める事なく、イルヴィは周囲への警戒を怠らないまま腕を組んだ。


「あの戦士の眼に叶うなんて、あり得るのかい? 三年先を見据えているなら、まぁ理解出来ない話でもないけどさ。その焦りぶりだと、先々を見据えてのものとは思えないじゃないか」

「いつ、と明確に日にちを決められた訳じゃないけど、遠い日ではないと思ってる。今だって少し離れているだけで、伴に連れて行ってくれるとは言って貰えたから……」

「馬鹿にするつもりはないがね……」


 イルヴィはそう一言前置きしてから、言葉を続けた。


「あんたの実力は良く分かってるつもりだよ。最近、手合わせするようになって、その実力の向上も眼に見張るものがあると思ってる。互いに武器を混じえて分かり合えてるんだ、馬鹿にする奴は許さない」

「――分かってる。でも、師匠の足元にも及ばない、って言いたいんでしょ?」

「ギルドに入って、飛躍的に向上したから勘違いさせたかと思ったが……そうでもないんだな」


 感心した様に言うイルヴィだが、アキラこそ身の程は弁えている。

 学園に入る前、入ってから後、そしてギルド所属から、それぞれ環境の変化と共に実力の向上を実感した。


 しかし、今になっても師匠の背中は未だ遠い。

 自分が強くなる程、その背中が離れていくようですらある。


 それが分かっていて増上慢になれる程、アキラも馬鹿ではなかった。

 そして、そんな勘違いをする様では、動向の許可を取り下げられても可笑しくない。


 両者の間には、天と地ほどの開きがある。

 少し強くなった程度で、その差が縮まったなどと初めから考えていなかった。

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