幕間 その3

 ルヴァイルが一抹の不安と決意を胸に秘めている間に、何やら互いで意思の疎通があった様だ。

 ラウアイクスとグヴォーリは頷き合うと、再び何かを質問しようと口を開きかける。

 しかし、それより前に、ブルーリアが緊迫した空気を読まずに口を挟んだ。


「何これ、どうなってんの? 何か疑われてるのかい、そこの二柱?」

「お前は知らなくて良いんだけどなぁ……」グヴォーリが面倒くさそうにしながら目を向ける。「どうせ疑心暗鬼になった上、いつまでも結論出せないだけだろ」

「いやぁ、まぁ、そうだけどさぁ……。なんか可愛そうだろ、そういうの。証拠でもあんのかい」

「無いよ。だから、こんな事してるのさ」

「何だい。それなのに、こんな大袈裟な事してんのかい。詳しいこと知らないけど、仕事してたんじゃないの?」

「そうさ。だからだよ」


 ブルーリアがあれこれと聞いてくる事そのものが、グヴォーリには煩わしいようだった。

 顔を顰めて舌打ちし、明らかな拒絶を示しているのに、ブルーリアもすぐには引き下がらない。

 だが彼も、別段ルヴァイル達を庇おうとしている訳ではなかった。


 単に知りたいだけ――言うなれば、好奇心の赴くままに過ぎないのだが、ルヴァイルの何を問題視しているのかを理解していない。


 それが根本にあり、そして他の神々にしても似たようなものだ。

 だから、グヴォーリ達を邪魔する形になっているにも関わらず、誰も止めようとしていなかった。


「仕事をしてたのがオカシイのか? 精力的で結構な事じゃないか」

「それが可笑しいって話をしてるんだよ、だから」


 グヴォーリは面倒くさそうに手を振って、値踏みするかの様な視線をルヴァイルとインギェムへ向けた。


「そもそも、そういうタイプじゃないだろ? 反発もしないが精力的でもない。最低限の仕事はこなすものの、それだけだ。昨今の積極的姿勢には、違和感がある」

「そう言われましても……」


 ルヴァイルは殊更困って見える様、頬に手を当てて小首を傾げる。


「皆さんの危機感が薄いだけではありませんか? 世界は刻一刻と削られている、という事実をお忘れなく」

「言われなくても分かってる。その部分については共通認識だろう。……イマイチ、怪しい奴がいるのも事実だけどさ」


 グヴォーリはそう言って、ブルーリアとタサギルティスへと視線を向けたが、すぐに元へ戻す。


「むしろ、だからこその違和感だ。現状を正確に理解しているのは、多くないと思ってた。もっと言うなら、私とラウアイクスだけだったろう。……そこに突然、お前が加わった」

「それがそんなに不思議ですか?」


 ルヴァイルは自分が何を言われているか分からない、とアピールする様に首を横へ振った。

 グヴォーリが目を細めたのが見えて、我ながら少しわざとらし過ぎたか、と自責する。

 だが、グヴォーリは何も言わず、隣のインギェムへと視線を移した。


「お前にしてもそうだ。五日前は何をしてた?」

「願力を集めてたな。ちょいと下界を突付いて、神の偉大さを教え込んでやっていた」

「ふぅん、確かにそうだったねぇ……? ブルーリア、お前は?」

「はぁん?」


 突然水を向けられて、ブルーリアは動きを止めた。

 視線を斜め上に向けて腕を組み、しきりに首を傾げたものの、明確な答えを出してこない。


「五日前だろ? 覚えてないねぇ……。多分、俺もそのくらいには何かしてた気がするんだけどね……。悪い、サッパリ覚えてないわ」

「いいや、予想してたとおりの答えだ。問題ないよ」


 そう言ってグヴォーリは笑うと、ラウアイクスへと視線を向ける。

 そうすると、視線と共に会話を引き継いだかのように、ラウアイクスは冷ややかな視線をインギェムへ向けた。


「以前までは、君もブルーリア側だったと思う。適当に仕事はこなすのは同じ、だが五日前の事を訊かれて、即座に答えられるというのは? ……あぁ、おかしい話だ。予め答えを用意していたとしか思えない。では、何の為に用意してたのか、という話になる訳だが?」

「……別に、おかしかないだろ。偶然、そういう事もあったって……」

「そうだろうか……? こちらでも、その時きみの神使が、下界で大袈裟に騒ぎ立てていたのは知っているよ。珍しい事ではあるが、不審に思う程ではない」


 そう言ったものの、一度言葉を切ってから向ける視線は、何よりも雄弁に、不審であると告げていた。


「だが、この場合だ。……取って付けた様な理由付けで行われた、願力集めってのが気になってしまう」

「別におかしかないだろ……。誰だって集めているものじゃないか。昔からそれは変わらない」

「勿論、そうとも。だが、それを解決する為の神人計画だろう」


 ラウアイクスの指摘に、インギェムが固まり返事をしなくなった。

 咄嗟の言い訳が出なかった様でもあり、意味が分からず思考を回している様でもある。

 そしてこの場合、答えないのが正解だった。


 インギェムはルヴァイルを通じて色々な話を聞いたし、それがどういう計画かを知っているが、この場にいる多くの者はそれを知らない。


 大雑把な内容は当然知っているが、その為に向けて何をしているか、何をする必要があるのかを、詳しく説明できるほど熟知している者は限られる。


 そしてインギェムは詳しい説明を知らず――もっと言えば、知ろうとしなかったタイプだった。

 いつだって、何かを企画・計画するのはグヴォーリだ。


 それに対して余計な茶々を入れ出すのがブルーリアやタサギルティスで、簡単には引き下がらない全員が納得する形で纏めるのがラウアイクスの役目だった。


 求められたものを拒否する事は無いが、積極的に参加する事は少ない。

 得てして何をして欲しいのか明確に理解していない所為もあり、求められるまま行う事の方が多い。

 率先して何かする、という事が珍しいのは確かだが、行っている


 ルヴァイルは我知らず、口の中で噛みしめる力が強くなった。

 願力集めという言い訳なら、何の問題も無いと思っていた。違和感を持ったとしても、そういう事もあるか、と思う程度だと。


 この会議に参加する事は幾度もあったが、インギェムを完全な味方に付けて、となると皆無に近い。だからこそ順当に思える言い訳を用意させていたのだが、それ故に違和感を持たれたのだとしたら、己の失策が招いた結果だ。


 ルヴァイルは多少強引になるとしても構わず、二柱の会話に割って入った。

 追求を遮る事は、更なる違和感や嫌疑を深める事になるだろうが、このまま会話させていても、何れ言い包められる可能性は高い。

 リスクを考えた時、その中でマシな方を選ぶしかなかった。


「その様な、抽象的な発言では意味が分かりませんよ。もっと分かり易い質問にして下さいね」

「いや、明確だった様に思う。特に、知っているけど知らない振りをせねばならない、という反応を引き出せたのは上々だ」

「あら、早とちりするのは止めて欲しいものです」


 我ながら成功しているか疑問だったが、余裕ある態度に見えるよう心掛けつつ、胸に手を当てて微笑う。


「疑いのまなこで見れば、何もかも怪しく思えてしまうものです。知らない振り、などと大袈裟な。単に何を言われたか理解できない、という反応に過ぎませんでしょう」

「確かに……、そうかもしれないね。少々、疑う気持ちが強くなってしまったのは否めない。だが、慎重になりたくなる気持ちも分かってくれるだろう?」

「……はて、どうですかしら?」


 今の台詞は、正面からルヴァイルを疑っていると宣戦布告した様なものだ。

 グヴォーリが、ルヴァイルから目を離さず分析しているのも、それが理由であるのは理解していた。

 しかし、それは薄皮を剥いでいくかのように、根拠を一つずつ詳らかにしていくのだと思っていたし、あるいは自ら用意された落とし穴に嵌るよう、誘導されていくのだと思っていた。


 余りに直接的、余りに恣意的過ぎる行動に、ルヴァイルの方こそ困惑してしまう。

 性急すぎる、という気もしたし、らしくないとも思ってしまった。彼らの余裕を削ぐ様な事態というのは、正直想像しづらい。


 それとも、ルヴァイルの裏切りの可能性や、ミレイユの反逆を、その余裕を捨て去るほど大きなものだと思っているのだろうか。

 現状、その喉元に刃を突き刺そうと画策し、それが上手く行きそうなところを思えば、杞憂とも言えない。


 だが、違和感というなら、それこそが違和感という気がした。

 だからここは、素直に思った事を吐露してみる。


「あまり重く考えても仕方がないのでは? 計画自体は、順調に推移している筈じゃありません?」

「その様に見えるな。君の提言からしても、事は上手く運んだ。後は彼女らに、敗北感を植え付けられたなら完璧だったが……」

「カリューシーへの苛烈な態度からも、得策ではないと察知された筈。捨て惜しくない駒を用意して、警告や指摘程度で済ますべきです。それで全て上手くいきます」

「――結局さぁ」


 ルヴァイルが断言した時の事だった。

 グヴォーリが会話の中に混ざって、鋭く視線を向けて来る。


 そこには剣呑なものが色濃く出ていて、厳しい追及が来るものと予感させた。

 ルヴァイルは、決して悟られぬよう注意しながら、迎え撃つ覚悟を胸に宿した。

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