幕間 その2

 まず一つ、とラウアイクスが最初に口火を切った。


「これは君たち二人を糾弾するものではない、という事を知って貰いたい」

「そうかねぇ? ……だったら、席の位置を戻して構わないかい。こんな場所に置かれたんじゃ、ゆっくり話も出来やしない」


 インギェムが言い返して、早速立ち上がろうとしたのを、グヴォーリが止める。


「そういう訳にもいかないって、分かってるだろ? ラウアイクスはあぁ言ってるけど、私は違う。しっかりと疑ってる。それを知っときな」

「止めましょうよ、喧嘩腰は。最初からそんな様子では、互いに益もないでしょう」


 そう言って口を挟み、やんわりと場を取り直したのはシオルアンだった。

 摩滅と再生を司る黒髪の女神で、内向的ではあるものの、この中で最も協調性のある神だ。


 真面目で現実的にものを見られる、神の中では稀有な性格をしていて、こういう会議の場では大抵、そういう損な役回りを率先して引き受ける。

 だが、これで良い神だと断じられるなら、ルヴァイルも率先して味方に付けていた。


 彼女には破滅願望の様なものを持っており、磨り減り傷つく様を見るのが大好き、というサディスティックな一面も持っている。

 世界の破滅を忌避していても、それに直面した人間の顔を見たいと思っていて、味方に出来ないと、いち早く断じた一柱だ。


「進行役はラウアイクスなんですから、余計な一言を言う前に、まずは話を聞きましょう」

「……フン、まぁいいさ。そういう事なら、さっさと始めとくれ」


 やはり不機嫌そうに鼻を鳴らし、グヴォーリはルヴァイルから顔を背けた。

 いよいよか、と腹に力を込めながらラウアイクスを見つめるが、その彼がルヴァイル達ではなく、更に後ろへと目を向けた。


 小さな声が背後から聞こえてきて、それでまだ到着していなかった、最後のひと柱が到着したのだと分かった。

 元より居並ぶ面々を見つめて、足りていないのは誰なのか分かっている。

 調和と衝突のブルーリア、その男神がルヴァイルの脇を抜けて、グヴォーリの隣に座った。


「いや、遅れてすまないね。でも、時間通りだったろう? 皆、随分早かったんだな」

「既に五分、過ぎてるよ。時間通りだったのは、あっちの方さ」


 グヴォーリが顎をしゃくると、ブルーリアは不思議そうに首を傾げ、それに合わせて、ぞんざいに切られた桃色の髪が揺れた。

 彼は調和の権能を持つ割に、それを自らに課す事はしない。どこかズボラで優柔不断であり、しかし他人を煽って衝突させようとする。


 神同士を煽る事はご法度故に、今まで戦い合わせる事などしてないが、信徒同士となれば話は別だ。頼まれた場合も、そうでない場合も、宗教戦争が起きる時の多くは彼が動いている故に起こる事だ。


 自然偶発的に起こるもの、というよりは、それを行わせているから戦争は起きる。

 だがタイミング的に今は都合が悪い、という場合に限り調和の権能を使うという扱いだ。


 彼が十全に力を発揮すれば、きっとこの世はもっとマシになっている。

 願力を集める為、という一種、即物的な理由があるにしろ、上手い運用をしていればと思わずにいられない。

 だが、ラウアイクスにしろグヴォーリにしろ、やってくれと頼む事がないから現状がある。


「各々、思う所はあるかもしれないが、ようやく全員揃ったんだ。余り長く居られない者もいる。手早く話を纏めてしまおうじゃないか」

「賛成だ。いつだって、こんな馬鹿みたいな話し合いは、短く済ますに限る」


 鼻息荒く言うだけ言って、腕組したのは、射術と自在のタサギルティスだ。

 紺色の髪をした筋骨隆々な男神で、行動的かつ自由奔放な性格をしている。


 黙って座るのを嫌がる訳ではないものの、小難しい話は嫌う。必要な事だと諭されているから我慢しているが、いつだって会議の参加は煙たがっている印象だった。


 不動と持続のオスポリックも、口には出さないが同じように思っている様子だ。

 赤紫色の髪を顎先辺りで切っており、余り口を開かない女神でもある。同様に感情を顕にする事も珍しく、タサギルティスとは正反対の性格をしていた。


 彼女の持つ権能が今も大神を封じ込めているので、排除は決定事項みたいなものだ。

 口で諭そうと、暴力で脅そうと、封印の解除は大神の恨みを一身に受ける事と同義だから、そう安々と応じたりしない。


 ラウアイクスが長く居られない、と言ったのもこのオスボリックで、彼女が神処にいる事で、その権能を十全に扱う事が出来る。

 離れた時間が長いだけで解除されるような事は無いものの、彼女やインギェムの繋ぎ止める権能など、近くの方が効率も効力も高く発揮される。


 燃費についても同様で、やはり遠くに位置して維持するよりは、近くの方が軽く済む。

 万が一でも封印が解かれる事のないよう、なるべく近くにいるべき、という配慮からだと聞いていた。


 ルヴァイルが神々に対して、様々な思いを巡らせていると、ラウアイクスから視線を向けられる。

 座っている位置からしても、彼もまた疑いを持っているのは明白だった。

 先程の台詞は、あくまで警戒を解く為のブラフみたいなものでしかない。


 それをルヴァイルは良く知っている。

 質問の内容や嫌疑は毎回同じではないが、裏切りや離反の可能性を持つならこの二人、という当たりを付ける事は多い。


 繰り返す時の中で、ルヴァイルが記憶を保持している事がその根拠らしく、その友であるインギェムも、またそれに関わる可能性は高いと判断するようだ。


「では、手短に行こうか。君には、きっとこの話も聞き慣れているだろうしね」

「全くの誤解ですよ、それは」


 ルヴァイルが澄ました顔で答えると、ラウアイクスは見せ掛けだけの首肯をして見せる。

 対してグヴォーリは、ルヴァイルの反応を見て疑いの眼差しを強めた。


 彼女には分析癖があり、そして他人の失敗や欠点を見抜く事に長けている。

 こういう場面では非常にやり難い。

 特に批判的な物言いが彼女には多く、それらを受け止め受け流すのが、この会議を上手く乗り越えるコツだった。


「だが、とにかく君の献策により、事なきを得たのは事実だ。今回の調整素体は、やはり失敗と見るべきだね」

「廃棄、という方向で宜しいんですよね?」

「元よりそのつもりの計画だった。これが素直に思い直すか、あるいは強制できれば良かったんだが……どちらも無理だとの結論に変わりはない。その上、我々に対し強い敵意を持っている。ならば、『次』で良かろうと思う」


 ルヴァイルが素直に頷くと、シオルアンは小首を傾げた。


「折角の『鍵』なのでしょう? 捨てるのは惜しい、そういう話だったのでは? 下手に手出しは危険という話も理解できますけど、本当に、他に使い道はないのでしょうか?」

「無理する程の価値はあった。それだけの力を持つよう調整したからね。でも、それでこちらが痛い目を見るのも馬鹿らしい話だ。設定された寿命は残り一年、瞬きの間だ。死ぬか消えるか、どちらでも構わないが……下手な欲は必要ない」


 シオルアンは納得したような、そうでないような複雑な表情で頷き、視線を手元に戻した。

 そこにタサギルティスが腕組したまま、憤慨する様に言ってくる。


 彼の考えは単純明快で、いつの周回でもその行動に変化がない。

 扱いやすくもあるが、戦闘向きな彼は、おいそれと手出しするのも怖い相手だ。


「本当にそこまで臆病になる必要があるのか? 強いといっても、素体の身で神に追いつく、という程度だろう? だったら複数で囲んでしまえば良い。小神相手には、いつもそうしているじゃねえか」

「小神については、我々には十全に力が振るえぬ様、調整された素体を経ているからに過ぎない。時に強靭な意思で跳ね返す者もいるから、複数で当たる事にしているが、今回の素体はそれを克服している。小神となった暁には、神魂を無駄には出来ないから是が非でも死んで貰いたいが、――これは素体だ。本人も昇神する意志が無く、扱いどころが難しい。勝手に死んで貰うに限る」


 そうだろう、とラウアイクスから問われて、ルヴァイルは平静を装ったまま頷いた。


「特に仲間が欠損していない状況のミレイユは、手出しすべきではありません。彼女らは互いの有利不利を補い合い、実力以上の戦果を作り出す。わざわざ安全圏から出て行く必要はないかと」

「――だが、君は出て行く訳だろう?」


 これは来ると分かっていた質問だ。

 そして、根拠の薄いカマかけである事も知っている。だからルヴァイルは、きょとんと目を丸くして質問の意図が分からない振りをした。


「どういう意味でしょう? 出掛ける予定はありませんが」

「無論、そうだろうとも。だが……、神処に居ない日だってあったのではないかね」

「はて……、そうでしたか? 記憶が曖昧です」

「――曖昧?」グヴォーリが口を挟んで来て、剣呑な視線を向ける。「たった五日前の事だよ、無いってハッキリ答えられないもんかね?」


 このパターンは初めての事だ。大抵の場合、彼女はラウアイクスの進行を邪魔しない。

 言うべき事を黙っていられない性格ではあるが、それでも今日この場で、声を遮る事などなかった筈だ。


 既にここはルヴァイルの知る如何なる世界とも違う、新たな道なのだ。

 その小さな変化が、既に現れていると見るべきだろう。

 僅かの動揺が生まれ、そして、それを目敏く指摘してくる。


「言葉に詰まるって事は、何か疚しい事でもあるのかね。あんたは神域の中でさえ、殆ど移動する事もないだろう? 何日前の記憶が曖昧であろうと、外に出てないと答えるのは簡単だろうさ」

「実は、貴女が居なかった事は既に確認済みだ」


 ――ハッタリだ。

 神々はそれぞれが監視できないよう、神処の中を見通す事が出来ないようになっている。直接足を運ばなくてはならず、そしてそんな事をする筈がないと理解もしている。

 これまでのパターンからも、それは間違いない。


 インギェムが窺う様な視線を向けてくるが、そこでその反応は更なる疑念を呼び起こしてしまう。叱責したい気持ちを抑え、ルヴァイルは朗らかに笑って首を横に振った。


「あり得ません。妾は神処に居たのは紛れもない事実で、誰かが訪れた事もないのは理解しています。その様な、悪い冗談は止して下さい」

「……ふむ……なるほど、確かにそうだった。少々意地悪が過ぎたな、許せよ」

「えぇ、今後……留意して下さるなら」


 ルヴァイルがにこやかに表情を崩さぬままでいると、ラウアイクスはグヴォーリへと視線を向ける。当の彼女は難しい顔をして数秒沈黙していたが、結局は首を左右に振った。

 乗り切った、と息を吐きたい衝動に駆られるが、まさか本当にする訳にはいかない。


 二柱の様子を、無感動を装って見つめる。

 知らぬ展開、知らぬ詰問は動揺を招く。それをいつまで制していられるものか分からない。

 ――果たして、どこまでボロを出さずにいられるものか……。


 ミレイユの時は、ただ実直でいれば良く、真摯に向き合えば応えてくれるという期待が強かった。反して、こちらでは上手く追及を躱し、そのうえ騙し切ってやらねばならない。

 ルヴァイルには、グヴォーリとラウアイクス相手に、最後まで騙し切れる自信が持てなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る