気高き決意 その7

「今更、お前達だけでやり抜けとは言わない。そもそも、やりたいと言っていた者達を、止めるよう指示していたのも私だしな」

「でも、それは神々が阻止するから、という理由でもあった筈じゃない? 仮に成功したところで、神の手先が即座に攻め返すだけ。それは前例からも理解できるでしょうに」


 ユミルが口を挟んで、ヴァレネオも大いに頷く。

 ミレイユの助力があって成功しようと、栄光は長く続かない。それを身を持って知っているからこその、重みある肯定だった。


「ですが、ミレイユ様が神々へ挑まれるというからには、その前提が無くなるという意味でもあるのですね? 事が成れば、我らの信義はようやく叶う」

「攻め落とすのは簡単じゃないでしょうけど……。でも、そういうコトよね。これ以上のお膳立てなんか無いでしょうに。そこから更に助力を求められても、ねぇ……?」

「う、うむ……」


 ユミルから非難を存分に含んだ視線を向けられ、テオも自分が想像以上に、失礼な振る舞いをしていたと気付いたようだ。額に汗を浮かせ、今更ながらに何と謝罪しようか困っている。

 ミレイユはそれに手を振って笑った。


「ロクな事情の説明もなく、あんな事を言われたら、梯子を外されたと思われても仕方ない。それに、私は常に監視されているのと変わらない身だ。だから、共に戦場に立つのは難しい、という事情もあるしな……」

「それじゃあ、森の中にばかりいたのも、それが理由なのか?」

「……そうだな。私を自由にさせると何をしでかすか分からないから、引き籠もっている方がありがたかった、そういう思惑もあったろう。小神カリューシー相手に苛烈な態度を取った事で、私がどう出るつもりか確信を得たようだし、奴らとしては、私が無為に時間を過ごす事は歓迎したくもあるらしい」

「でも今度は、森を出て行こうとしてるのか? 大丈夫なのか、それ」


 テオが首を傾げて腕を組み、疑念の視線を向けてくるが、ミレイユはつまらそうに手を振って答える。


「あぁ、むしろ今度は、留まる事で森に被害が及ぶ。直接的な被害より、まず先に、メッセンジャーみたいな者がやって来るのかもしれないが。そして無視する様なら、嘘じゃなかったと思い知らせる手段に出るとか、そういう流れになりそうだ」

「そう……なのか? だから、そうなる前に――森に被害が及ぶ前に、離れないといけないって事なのか?」

「それだけが理由じゃない……が、そうだ。元より打って出るしかなかった身だ。少々予定とは異なるが、結局は同じ事……」

「――ですが、ですが、それなら……!」


 ミレイユが、諦観を滲ませる様な言い方をしたのが悪かったのだろうか。

 ヴァレネオがその顔面に苦渋を浮かべ、堪り兼ねた様に身を乗り出す。


「それならば、私どもにも何かお手伝い出来る事はないのでしょうか……! 何もかもが我らの為となれば、その御恩をお返しせずにいるなど、到底心の内が許しません!」

「……うん、そうだな。頼みたい事はある」


 ミレイユが気軽に言うと、ヴァレネオは表情を和らげる。

 受け取るばかりで何も返せないでいる辛さ、というものは実感こそ持ってないが理解は出来る。

 ヴァレネオからすると、過去から現在まで多くの恩を受けていると思っているから、気にするなという言葉だけでは納得できない。


 そうでなくとも、ミレイユとしては詭弁でも何でもなく、協力を仰ぎたい事があったのだ。積極的になってくれるというなら、有り難いばかりだった。


「私達が仕掛けるタイミングで、デルンへ攻撃して貰いたい。現状、あそこはそれなりに使える駒だという認識でいる筈だから、少しの間だけでも視線を逸らさせる事が出来る筈だ」

「そうせよ、というのならば是非もない事でございますが……。それだけ、……でしょうか?」


 一度は喜悦の浮かんだ表情が、途端に萎んで小さくなる。

 それだけでは到底、受けた分に見合わない、と考えているのだろう。それに、元から城攻めは決定事項みたいなものだった。


 その時期を指定された程度では、恩を返せている実感が沸かないのも当然の事だろう。

 しかしミレイユとしては、今行った要望はオマケで、むしろここからが本番だった。


「一瞬でも注意が向くなら、それはそれで意味ある事なんだが……。でも、頼みたい本命はそっちじゃない。いつだったか、お前に母の話はしたと思う」

「えぇ、確かに……。長い間、身を隠していたのも、またこの時代に現れたのも、御母君の指示であったと……」


 実際の認識の差に大きな隔たりはあるが、今はそれで問題なかった。

 結局のところ、理解して欲しいのは別の部分にある。


「私が送り込まれたのは、そちらでちょっとした問題があったからだ」

「そうよね、ちょっとした問題だったわね。……ただ、世界が蹂躙される瀬戸際、っていうだけの」

「は……?」


 ユミルの茶々が入って、ヴァレネオは目を丸くした。

 ミレイユは彼女に非難の視線を送って黙らせると、困惑の色が濃いヴァレネオへ視線を戻す。

 

「聞いたとおりだ。空気を読まず冗談を言ったように聞こえたかもしれないが……、私の故郷は危機に瀕している。もう無理だ、対処できない、そう判断されて、私達だけ逃された。――しかし、それを救いたい」

「それは、それは勿論……。我らで助けになるというのであれば、如何様にも……。ですが、ミレイユ様でさえ対処できない問題ですか」

「天変地異の類か? 大地が割れ、海が枯れる様な……。誰であろうも対処できない問題、みたいな……」


 そのレベルでなければ対処できないと思われては、それこそミレイユを過大評価している、としか言えない。だが、ミレイユでさえ逃げる事しか出来なかった問題、と聞かされれば、そういう発想になってしまうのかもしれない。

 だが、違う。あれに対処できなかったのは、一重に安全策を取ったからでもある。


 もしもあの場に残り対抗しようとしたら、あの場にいた隊士や御由緒家全て、命は無かった。

 ミレイユとオミカゲ様、それにルチアとユミルの魔術士四人だけで、あの鎧甲を突破するには不可能に思えた。仮に可能であったとしても、時間が掛かり過ぎる。


 短時間での決着は勿論、負ける見込みの方が大きかった。

 そして勝てたとしても、終わった時には満身創痍だ。そして、その状況ですら神々は全ての手札を切ったか不明だった。

 最低でも、動けなくなったミレイユを、連れ去る手駒ぐらいは送り込めただろう。


 そして、それが最も恐ろしく、危惧する事態だった。

 その最悪の事態を回避する為、早々に勝ちを諦め、ミレイユを逃がす事になった。


 だが、オミカゲ様も自暴自棄になった訳ではない。最後の最後、一縷の希望は残していた。そうでなければ、ミレイユに『箱庭』について、言及した筈がないのだ。


 最後の最後、恐らく叶わぬと理解しながらも、それでも完全に諦める事だけはしなかった。

 ミレイユもまた、簡単に諦めてしまうつもりはない。

 だからこそ、今ここでヴァレネオに願うのだ。


「敵は神造兵器の『地均し』だ。魔力を吸収するエルクセスの箆角を装甲に用いている。それを突破するには、魔術の使い手が圧倒的に足りなかった」

「神造兵器……。それに、エルクセスの箆角ですと……?」

「『地均し』か……。名前だけは知ってるな。本当に実在してたのか、それ……」


 二人からは、呆然とした台詞が零れた。

 まるで現実味のない、おとぎ話のように聞こえただろう。だがミレイユは、酔狂でこんな話をでっち上げたりしない。

 決然とした表情で、二人を視線で射抜くように見つめて言った。


「勝てないと悟ったのは、単純に魔術士の数が足りなかったからだ。私の故郷では、それが余りに少ない。箆角は物理的に砕く事が不可能だから、吸収できる魔力を飽和させて、内部から破壊するしかないと考えていた」

「それは……えぇ、確かに箆角の飽和は、理論上可能とされていたと思いますが……」

「机上の空論だろ?」


 だからミレイユの口から出た作戦もまた、机上の空論に過ぎない、と言いたいのだろう。しかし、ミレイユは実際に成し遂げている。

 実戦で、ミレイユとオミカゲ様の二人掛かり、という状況だったが、確かにエルクセスの吸収可能領域を飽和させる事が出来たのだ。


「言いたい気持ちは分かるが、可能だ。私は実際に経験しているからな」

「なんと……。まさか」

「だが、箆角より遥かに巨大な神造兵器に対し、飽和するだけの魔力を吸収させようとしても無理だと悟った。吸収した魔力を使用される前に飽和させるには、単純に魔術士の頭数が必要だ。そして魔術を放つ際に、それを護ってやる仲間や、敵を撹乱させる戦士も必要になるだろう。――どうか、その兵を貸して欲しい」


 ミレイユが頭を下げると、ヴァレネオは悲鳴の様な声を上げて、取り直してくる。


「そのような……! ミレイユ様、頭をお上げ下さい!」


 ヴァレネオが慌てて手を突き出し、無理にでも頭を上げさせようとするも、直接触れるのを躊躇って手を引く。そんな事を何度か繰り返している内、ミレイユが頭を上げたのを見て、ヴァレネオはホッと息を吐いた。


「元より、我らエルフは一つ命じて下されば、如何様にでも動きます。他の森の民とて、戦える者ならやはり、その多くが動いてくれるでしょう。皆にも周知させておきます」

「城攻めをした当日、疲れを取る前から動いて貰う事になるかもしれない。大変な一日になるだろうが、……頼むぞ」

「ハッ、お任せを。出発の日取りなどは、もうお決まりで?」


 ミレイユは少し考える素振りを見せて、アヴェリン達三人に目配せする。

 詳しい日取りなどは決めていなかったが、動くと言うなら早い方が良い。

 神々がいつ、ミレイユに発破をかけてくるか分からないし、その際に森へ余計な攻撃をしないとも限らないからだ。


 願力の回収という、目的から除外されている森の民だから、この際一掃してしまおう、と考える可能性すらあった。

 ミレイユが居れば防げるかもしれないが、神々としてはミレイユに無力感を植え付けたいのだ。それには、むしろ周りを襲う方が効果的と考えるかもしれない。


 だが、遠く離れてしまえば、ミレイユがそれを知る機会も無い。

 いち早く離れる事が、彼らへの被害を防ぐ手段となる。


「そうだな、すぐにでも発とうと思っている。――アヴェリン、今から準備を進めろ」

「畏まりました」


 アヴェリンは起立すると、ヴァレネオにもまた一礼して席から離れて行った。

 この場所へ落ち着く予定は最初からなかったので、急な移動が必要となっても大丈夫な様に、旅支度の多くは用意できている。


 森の自給率では、ミレイユの旅を支えるだけの食料は用意できないので、それだけは街の方で買い揃える必要があるだろう。

 一言の相談も無かったとはいえ、ルチアとユミルからも反対の意見は出て来ない。

 ヴァレネオは焦りと申し訳なさを綯い交ぜにした表情で声を上げた。


「本日から、もう出発ですか? 長い旅になる様でしたら、せめて里の者からも一言……」

「気持ちはありがたいがな……」

「そうよ。大体そんな事したら、また長蛇の列が出来るじゃない。今度は何日掛かりで終わらせろって言うのよ」


 ミレイユだけでなく、ユミルからも呆れた声で断りを言われては、ヴァレネオとしても強く言えなかった。

 切ない顔は浮かべたが、最後には頷いて了承を示した。

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