気高き決意 その6
「……アタシの?」
「どういう事でしょうか……? もう少し、具体的に仰って頂けると……」
「そうだな、今のは言葉が足りなかった」
アヴェリンが腕組を解いて膝の上に置き、前のめりになる様な姿勢で話の続きを待っている。
改めて情報共有するところだと思うので、同じく首を傾げているユミルたち二人に解説する為にも、ミレイユは話を続けた。
「四柱が信用ならないっていう、アレだ」
ミレイユがそう言うと、ユミルは理解を示し、ルチアとアヴェリンは、やはり首を傾げる。
「しかしミレイ様、ルヴァイルは大神の四柱を信用できると考えているのでは?」
「復活さえさせれば、どうにかなると考えている節がありましたけど、それも実はブラフだったという話なんでしょうか?」
「いや、そうでなく……。最悪の事態には、私に『遺物』を使わせる事を前提とした作戦だろうと思うからだ。ドラゴンを味方に付けさせたいのは、その一環だろうな」
「移動手段を確保する、ドラゴンも共に戦わせる……それだけが理由ではないと?」
「それが前提ではある。私は今、一つ願いを叶える権利を持っている訳だが、蓄えてあるのは一つの神魂だけ。それと一つの神器、これで一体どれ程の願いを叶えてくれると思う?」
「……推測するしかありませんけど、神を直接消すのは不可能、でしょうね」
「だが、封印の解除だけなら、可能そうに思える」
ミレイユがちらりとユミルへ視線を向けると、同意するような眼差しが返って来る。
確信にまた一つ信じられる根拠が加わったが、喜ぶ事は出来ない。
ミレイユは額に当てていた手をどけて、髪を掻き上げ、そのまま頭皮を揉み込む様に動かす。どうやら、ようやく自分の脳も働くようになって来たらしい。
「では何故、封印の解除だけで良しとしないのか。それを考えると……幾つか思いつくものとして、即座に再封印されるから、というものがあるな」
「封印されている状況も分からないしね。例えば、玉座の間みたいな分かり易い場所にあったら……。あるいは、封印担当の神処の、やっぱりすぐ目に付く場所にあったら……。解かれたら、即座に封印やり直しでしょ。一度の解除は、それ以降の封印も不可能にさせる事を意味しないし」
「大神は一度敗北している、という事実を忘れてはいけない。そこも考えると、仮に封印そのものを防げても、やはり結果は変わらない気がする。起き上がった大神が、即座に戦闘可能か、という問題もあるしな」
ミレイユがそう言うと、ユミルには意外な点だったのか、虚を突かれた様な顔をしたが、しかし即座に納得して首肯する。
これもまた封印の状況を知らないから何とも言えないが、不老不変の存在だろうと衰弱くらいはしているだろう。万全の状態へ戻るには、長い休息が必要だと言われても、妥当だとしか言いようがない。
アヴェリンも納得を示して、皺を刻んだ眉間を揉んだ。
「……なるほど。だから下手な暴発で終わるくらいなら、より確実性の高い方を選ぶのだ、と……」
「それに、大神が封印されているなど、私達が知っている筈のない情報だ。『遺物』を使って解除されたとなれば、内通者の存在を報せる様なものだ。封印の解けた大神が、全てを解決してくれるのであれば有効な手だが、そうとは思えないから、こうした胡乱に思える手段を提案したんだろう」
「でも、それだけじゃないんですよね? 四柱が信用ならない、っていうのは、つまり……」
ルチアからの指摘があって、ミレイユはそちらに顔を向けた。
実際、ここまで言ったのは予想の一つ、曖昧な憶測に過ぎないが、これから言う推論には自信がある。
「ルヴァイルは信用できると思っているか、あるいはそう思いたいんだろう。だが、まだ現実的に考えられる冷静さも持っている。だから、もしもの時の番狂わせ――あるいはテーブルを引っくり返す手段の為、多くの神魂を用意しようとしているんだろう。これを期に大量の神魂を『遺物』に注げれば、もしもの時の備えになる」
「同意するわ。元より神々を排除したいアタシ達からすると、別にそれ自体は歓迎するところよ。オミカゲ様くらい民を想ってくれる神じゃなければ、むしろ願い下げだもの。そして、神魂を注ぐ事が、単なる保険程度と考えているなら、それで良いんだけどね……」
ユミルが皮肉げに笑うところを見ると、そうではないと思っているらしい。
アヴェリンも同じ事を感じたようで、凄む様に顔を突き出した。
「では、ミレイ様に何かをさせようとしている……お前は、そう言いたいのか。つまり最終的に、向こうは裏切るつもりでいると」
「うーん……、そこのところが疑問でねぇ。願いを直接叶えられる『鍵』は、こちらの手にあるワケじゃない。そして、洗脳して言うコトを聞かせる手段も取れない」
「そうだな、お前の絶対命令は抜けない。仮に抜け道があろうと、『抗え』という先行命令がある以上、言う事を聞かせる事は困難だ」
ユミルの発言を補足する形で他の二人に説明すると、それぞれから頷きが返って来た。
しかし、それならそれで疑問に首を傾げる事になってしまったらしい。互いに顔を見合わせて、困惑する表情を向けてくる。
「……そんな顔をされても、私にだって正解まで引き当ててないわよ」
「……叶えたい何かがあるにしろ、叶える為の鍵はこちらにあるんだ。脅された程度で素直に言う事を聞く、なんて思っていないだろうし……だから、私は最悪を想定しての保険だと思ってるんだがな……」
「その、最悪というのは……?」
ミレイユは数秒、考えるような仕草を見せて、それから口を開く。
「例えば、大神に世界を救う気がなかった時。あるいは、衰弱していて不可能な時……もしくは、可能であっても時間が掛かり過ぎる所為で、達成が困難な場合、などかな」
「私利私欲の為に用意しているものではない、と……」
「昨日の何もかも、最後に全てをかっさらうつもりでやった演技なら大したものだが……。勝手に推察して正解まで導くと思っているなら、私達が疑念を抱く事だって想定済みだろう。だから最終的な選択権すら、こちらに渡して託そうとしている」
「でもまぁ、そう考えても……やっぱり面白くはないわよね」
ユミルは鼻を鳴らして表情を歪ませ、嘯くように呟く。
「最終的な決定権を、こっちに寄越すなってのよ。神なら神で、自分の世界に責任持てって話でしょ。……まぁ、出来ないから、こういうコトになってるんでしょうけど」
「全くだな。一から十まで、自分達でやってくれと言いたくなる……。曲りなりにも、神なんだから。だが、鍵と選択権がこちらにある事すら、アイツらにとっては保険のつもりなのかもしれない」
「と、言いますと……?」
アヴェリンがまたも疑問符を顔に張り付け、問うてくる。
絶対な自信を持って言う訳ではないが、ミレイユなりの見解を口にした。
「『遺物』を使われる状況が、アイツらにとっても不鮮明だ。場合によっては、この段階での使用はあり得ない、と考える神が出るかもしれない。つまり、次に探すのは裏切り者や離反者の存在だ。その時、あの二柱は無事で済むのか?」
「身動き出来ない状況も有り得ると……」
ルヴァイル達は、最初から自分の命を担保に出来たのも、それが理由だろう。
裏切りがどの段階で判明するか、ミレイユには分からない事だが、奸計を得意とする神をどこまで騙せるか、という問題でもある。
時に謀が得意な者は、仕掛ける事は得意でも、仕掛けられる事に慣れてない故に、対処が遅れる場合もある。それに期待したいところだが、初動が遅れるだけで、放免される事だけはない筈だ。
その遅れをどれだけ稼げるかによっても変わって来るが……最悪の状況では、命すら無い。
「一応は同盟相手でもあるしな。最終的には意を汲んで動いてくれる、という期待も込めているんだろうさ。……ユミルが言うとおり、迷惑な話ではあるが」
「ま、いずれにしても、保険は保険でしかないんでしょ。アンタが悪さや私利私欲で使うとは思ってないもの。その信頼の証と取れるかもね」
ユミルが皮肉げな視線を向けてきて、ミレイユは肩を竦めるだけに留めた。
言い返してやりたい気持ちもあったが、神の真意など分からない。とにかく不利にはならない手札を用意されていると思えば、そのカードの切り方も慎重になる。
まず何より、切らずに済むのが一番だ。
そして、全てが順調に進めば良いと思うが、きっとそうはならないだろうと予感がしていた。
何れにしても、とミレイユはルチアに顔を向けて腹を擦る。
「まずは飯にしよう。流石に腹が減ってしまった」
「つい長話しちゃいましたけど、そうですよね。すぐに用意します」
ルチアが笑みを浮かべて立ち上がり、同じ様にお腹を擦って厨房へ向かった。
アヴェリンとも顔を見合わせ、ぐぅと鳴る音が互いから出れば、思わず顔を背けて笑ってしまう。腹が鳴るのは生きてる証拠だ、と自分に言い聞かせながら、準備が終わるのを待ち遠しく思いながら雑談に花を咲かせた。
――
腹が満たされれば、やる事は済ませてしまわねばならない。
特にヴァレネオに対しては詳しい説明が必要で、釈明めいたものも用意せねばならなかった。
食後のお茶を楽しんでいるところに、呼びに行かせたアヴェリンが二人を伴ってやって来た。呼びつけたのはヴァレネオだけだった筈だが、その後ろにはテオも付いて来ている。
おや、と思ったが、テオもまた協力者の一人だ。
話を聞かせるに問題はないので、そのままにさせて席まで案内させる。二人が着席し、ルチアからお茶が配られると、早速本題に入った。
「まず、一日連絡が取れずにいてすまなかった」
「いえ、謝罪など……! ただ、非常にお疲れなのだと聞かされ、少し激務を押し付け過ぎたかと猛省していたところです。これからは負担が少なくなる様、内容を吟味し、必要な裁決だけを担当して頂けるよう、業務を簡略化できないかと考えておりました」
「あれもあれで大変だったが……、しかし執務が原因で寝込んでいた訳じゃない。そして――」
ミレイユは一度言葉を切り、テオを一度ちらりと見てから視線を戻し、会話を再開する。
「これから私達は、森を出なければならない。何処へ行くかは教えられないが、……もう戻れない可能性もある」
「それは……それは、一体どのような!?」
ヴァレネオの動揺は大きく、椅子から立ち上がりそうな具合だった。
テオもまた驚く様子を見せていたが、慌てる仕草は見せない。その変わり、非常に不本意そうな、不機嫌な顔を向けてきた。
「それは、お前がこの前言っていた、神との戦いに関係あるのか?」
「つまり、それで……!? これからそれを成そうと……!? ミレイユ様、それは本当ですか?」
「そうだ。神々は私に対して色々と思うところがあるらしい。私が森の中で大人しくしていたのも、その一貫だな」
「はい……、それとなく話は伺っております。全貌まで話す事は出来ないからと、娘から掻い摘んだ内容を……」
ヴァレネオが向けた視線の先では、ルチアから頷きが返している。
当然、何を話して何を話してはいけないか、その線引を良く理解しているだろうから、独断で話していた部分は問題ない。
むしろ説明を省いてくれて助かったくらいなので、ミレイユも首肯して感謝の意を伝え、改めてヴァレネオへ向き直った。
「互いに確認や準備期間が終わった、今はそういう状況だ。連中は、私を詰みの状態まで持って行ったと思っているらしいが……、これからその傲慢な考えに一撃加えてやらねばならない」
「それは勿論……、はい。それが出来れば何よりでしょうが……。では、帰って来られない、というのも……?」
「十割の成功を約束するものじゃないからな。私が敗れる可能性も、十分残されている」
「なに言ってるんだ。……むしろ、分が悪いと言うべきじゃないのか」
テオが複雑な顔をして言って来たが、ミレイユは不敵な笑みでそれに応えた。
「さて、どうかな。それなりに勝ち筋はあると思っているが、やってみなければ分からない事だ。後が無いなら進むしかない、と言い換えてもいいが」
「結局そういう話か……。挑まず逃げる真似はしたくない、というのなら好きにしろとしか言えん……。だから、お別れを先に言っておこうって? 森の民はどうなる? 平穏と平等を掲げた我らの主張を、見届ける事なく後はご勝手に、というのか?」
ミレイユは妙に納得した気持ちで、テオの顔を見返した。
その瞳には苛烈な決意が宿っている。己の大義を掲げるに相応しいだけの熱量が渦巻いており、途中で梯子を外された様に見える彼には、不機嫌な態度を見せるだけの理由があったのだ。
ミレイユは不敵な笑みのまま、テオに言い聞かせるように口を開いた。
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