気高き決意 その1

 自信満々に言い切ったルヴァイルの表情には、気負いも無ければ自然体なもので、単に事実を口にしているだけに見えた。

 そんな都合の良い方法などあるものか、とついつい疑いの目を向けてしまう。


 だが、この場面でわざわざ反感を買う嘘をつく理由もない。

 だからミレイユは挑むような顔付きで、身体を軽く前に出しながら問う。


「神の監視を潜り抜けて、不意打ちも可能で、そして他の神々の相手も出来る妙手か……? 実に有り難い方法だが……本当にあるのか、そんな方法が」

「現時点で、この流れは妾に取っても未知の事。確実に成功するとも、可能とも言えません。けれども、行動を起こすとは本来、そういうものでしょう?」

「……そうだな。困難に立ち向かうとは、つまり負けをある程度、見込んで挑むという事でもあるだろう。だから、それについては良い。具体的な方法を聞かせてくれ」


 それで良いか、という意味を込めて左右へ視線を向けると、それぞれから了承が返って来た。

 ルヴァイルはそれらの姿を、満足気に見つめてから口を開く。


「――ドラゴンを味方に付けるのです。彼らの願いを聞き届け、その代わりに手助けして貰う。それが最も、この困難を打破できる公算が高い、と考えています」

「……冗談でしょ?」


 思わず、といった風に声を出したのはユミルだった。

 その気持ちは分かる。ミレイユとて、ユミルが言わなければ自ら口に出していた。それほど、ドラゴンを味方に付ける、というのは荒唐無稽に思える。


 ルチアも眉根を顰めて唸りを上げているし、アヴェリンもまた腕組をして難しい顔で瞑目していた。誰一人、それを妙案と思っていないのは明白だ。

 ルヴァイルが自信を持って、口にする事こそが理解出来なかった。

 それが全員の総意だ。


「味方にする、なんて簡単に言うけどね……。そもそも言葉が通じる相手なんて居ないでしょ? 知能の高い獣として見るべき奴らで、その願いとやらも何かを知らない……!」

「大体、そのドラゴンどもからしても、我々は敵じゃないのか? 割りと散々、野良ドラゴンなんぞを狩ってきたが……」


 アヴェリンが懸念を含ませ首を傾げ、それに同意してルチアも口を出す。


「野良よりむしろ、あっちの方が問題でしょう。世界を焼こうとした巨竜……あれも、神々へ反逆しようとしたドラゴンの一体なんでしょう? それを討伐した相手がミレイさんだと知られているなら、絶対仇敵だと思われてます」

「はい、ドヴェルンですね。彼らは最古の五竜、その一体でした。姿を歪められ、知能を奪われたドラゴンですが、雌伏の時だと今も耐え続けています。……つまり、その我慢の限界を迎えて暴走したのが、そのドヴェルンなのですが……」

「歪めた張本人が良く言うわ……」


 ユミルが蔑む視線を向けたが、ルヴァイルは困った顔で否定した。


「私は反対した側……いえ、無様な言い訳は止しましょう。大神を詐称し世に降臨しておいて、下手な弁解は反感しか買いませんね。とにかく、最古の五竜は元より賢いので、知能を奪ったとはいえ、獣まで落ちていません」

「あぁ……、他のドラゴンより余程、理知的に会話が出来るのかもな。だが、敵対されているのは変わらないだろう。そいつらの目の前に出て行って、説得が可能とは思えない」

「最古の五竜は……今や四竜ですが、その全てが、ドヴェルンを仕留めた貴女に畏怖し、怒りを向けている訳ではありません。そして、彼らの願いを叶える事は、味方へ引き入れられる十分な動機になります」


 ユミルは視線を背けて息を吐く。首を傾け、こめかみを指先で掻きながら、嘯く様に言った。


「……何を言いたいか分かって来たわ。つまり、歪めた姿を取り戻す……それがドラゴンの願いというワケね。そして、その餌をぶら下げて、今まで利用するなり黙らせて来たってコト? 本当なら、もっと大っぴらに敵対してそうなものだし」

「そうですね。一方的に姿を歪めた神々が、言う事を聞くなら元の姿に戻してやる、と要求を突きつけ恭順を求めたのが発端です。しかし、従わなかったので今があります」


 ハッ、とユミルは鼻で笑い、至極馬鹿にした様な目付きで、背けた顔を元に戻した。


「それはご愁傷さま。つまり反目されて、反抗する姿勢を崩さないものだから、アンタらも意固地になって放置するに至ったってコトでしょ? じゃあ、そのドヴェルンが暴れ出したのも、神々への怒りが爆発した所為ってコト? 自らの死を理解しつつも、一矢報いるつもりでいたとか?」

「そうだと思われます。実際、道半ばで倒れようとも人口を半分まで減らされたら、願力が不足し、世界の維持が叶わなくなります。ドラゴンも命はありませんが、神々に手が届かない以上、間接的に被害を与える有効な手段でした。その上で、ドラゴンの悲願を叶える要求を突き付けてもいて、神々にも苦渋の決断を迫られていたのです」

「……だが、それを私達が阻止した」


 ミレイユは、居た堪れない気持ちで息を吐いた。

 姿を歪められたドラゴンからすると、恭順の強制は納得いく筈もない。話し合いや交渉より前に、まず殴り付けて言う事を聞かせようとした、神々の側に問題がある。


 それで素直に従うと思ったからこそ、浅はかな行動を取ったのだろうが、何より悲惨なのはドラゴンの方だ。

 元より生来の気質として、暴れて手が付けられない、というなら、ある意味で理解できなくはない。首輪を嵌めて、被害の拡大を防ぎたい、という事なら。


 だが、知性ある存在として生きていたなら、獣の様に暴れる事もなかった様に思える。

 なぜ神々は、恭順を示すよう迫る必要があったのだろうか。姿を歪めた上で、脅迫してまで迫る必要が、何故あったのだろう。


 放置して距離を置く事も出来た筈だ。

 そこに矛盾を感じざるを得ない。

 しばし黙考していると、そこにまさか、と閃くものがあった。


「小神と互角の魂を持つ事と言い、姿を歪めて恭順を迫った事と言い、色々と歪だ。話し合いをせず、まず姿を歪めて知性を奪った、という部分が何より強引過ぎる。特別な理由があったとしか思えない」

「……またも、ご明察です」


 ルヴァイルは目を伏せて首肯する。

 その顔には苦慮する表情が浮かんでいて、何もかも察知してしまう洞察力を疎ましく思うものが浮かんでいた。


「最初から反目して当然……最古の五体は、大神によって創造された生物です。それだけではなく、ある理由から、特に目を掛けられた生物でした。だから、その大神に反逆した小神こそを許せないのです。従う理由はなく、むしろ倒して大神を救い出したいと思っているでしょう」

「つまり、そういう事か……? 空を奪って鳥だけが飛ぶ事を許した、というのも、本当はドラゴン対策として用いたものだと……?」

「そうですね……、それがまず一つ。その理由が最初にあり、そして神々へ近付く要素を、極力排除したかった」

「なるほど……、それじゃあ『孔』を通って現れたドラゴンというのも……」

「取引の一つ、ってワケ……。どんなに美味い飴をブラ下げられたんだって思ってたけど、つまりそういうコトだったと……」


 ユミルの見解に、妙に納得した気分でミレイユは頷く。

 孔の向こう側にいる神の素体を取り戻して来られたら、元の姿に戻してやるとでも言って唆したのだろう。そして、神々の目的としては『孔』の大きさを押し広げる事にあったので、通ってさえくれれば役目を果たしている。


 本当に取り戻せるかはどうでも良く、利用するだけ利用して捨てるつもりだったのだろう。だから、どの様な飴でもぶら下げる事が出来た。

 神々に対して、ドラゴンは更に恨みを募らせただろうが、どのみち手が届かない所にいる。


 かつて持っていた翼は奪われ、忸怩たる思いはあっても、いつか喉笛を噛み千切ってやるつもりで、今も堪えているのだろう。


 ミレイユ達は確かに数多の野良ドラゴンを殺したし、恐らく彼らにとって大切な存在――ドヴェルンをも殺した。

 神々の尖兵として動いた様に見えるミレイユにも怒りはあるだろうが、その矛先は前提として神々に向いている。


 ミレイユ達もまた、神々に弓引く者だ。その様に伝えれば、協力関係を結べる可能性はあった。

 その得心した表情を見たルヴァイルは、更に解説を付け加える。


「それに、ドラゴンは単に戦力として期待できるだけでなく、貴女がたの移動を助ける手段となります。神域は基本的に、空を飛べない者には向かない場所です。辿り着くまで、そして辿り着いてからも、移動となる翼は必要となるでしょう」

「まだ具体的な場所について明言されてないぞ。それはつまり、大瀑布の向こう側って事で合ってるのか?」


 ルヴァイルは指摘されて、ようやく自分の失念に気付いた様だった。

 小さく謝罪して、焦ったように付け加える。


「あぁ、すみません。どのパターンでも、最後には正解に辿り着いていたので、すっかり知っているものと勘違いしていました。――そうです、神々は大瀑布の向こう側で暮らしています。それぞれ一柱に一つの島、一つの神処。水の流れが複雑なので、何らかの手段で瀑布越えが成せたところで、島の行き来は常識的な手段では不可能です」

「なるほど、それで足代わりとしてドラゴンが有効だと。……だが、大瀑布を越えるとなれば、注意を向けられないか? 全くの無警戒とも思えないし、神々への対策として多数引き連れていくなら、目立たず侵入は不可能に思える」


 ミレイユの指摘に、ルヴァイルは当然だ、と頷く。

 やはり、その程度の懸念は想定済みらしい。予め用意していたと思われる答えを口にした。


「だから、見つかり難いルートを教えておきます。その上で二手で攻め込み、貴女方は特に分かり辛い別ルートで奇襲するのです。対処に動こうとする神々の、その背を刺すことは難しくないでしょう。一柱はそれで落とせれば良し……」

「他にもう一柱くらい、それで落とせれば尚良し、と……。悪くない」


 ミレイユは頷いたが、ユミルには不満も、不安も多い作戦だったらしい。

 素直に採用して良いと思ったミレイユとは反対に、ユミルは顔を顰めながら口にした。


「それって少し単調過ぎない? 陽動っていうのは確かに有効だし、完全な奇襲となれば尚有効だと思うけど、そんなに馬鹿な奴らばかりじゃないでしょ」

「勿論です。ですが、そんな事態起こる筈がない、と思っている神々に対しては、単純な方が上手く行くと思います。ですが勿論、作戦は攻め込む貴女がたが納得する形にするのが一番です。妾が言った事は、あくまで提案と取って下さい」

「それを聞いて安心したわ。それじゃ、発見され難いルートなんかは、後で教えて貰うとして……」


 とうとう話が大詰めとなって来て、より本格的に作戦の内容を詰めていく。

 八神の残り六柱にはどういう権能を持っているか、ドラゴンを説得するにはどうするか、それら細かいところを話し合う。


 それぞれの意見が白熱する事も多々あり、想像以上に話し合いは長引く。そしてその全てが終わり、息も絶え絶えになった頃……。

 既にその時には、夜が明けていた。

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