命の使い道 その10

 ユミルが呆れを含んだ視線で睨みつけたが、ルヴァイルは表情を崩す事なく首を左右に振る。


「勿論、そういう話ではありません。これは摂理の話です。崩れ去ろうとしているものを、支える柱全てを壊してしまえば元も子もない。やるというなら最後、理想を言うなら建て直した世界の後で。……そういう話をしているのです」

「ふぅん……? まぁ、神魂の数には困らなそうよね。最低でも六魂確保出来るんでしょ? で、アンタら二人からの神器の補助もある。……これでアンタが言う、世界を救うってコトが叶うワケ?」

「恐らく足りないと思いますが、別に八神が作った計画に乗る必要はありません。大神の封印が解けてくれれば、大神があるべき姿に戻してくれるでしょう」


 ルヴァイルは自信満々にそう言ったが、それこそ本当に可能かどうかは賭けになりそうだった。

 既に手遅れ、本物の大神ですら手に余る……そういう状況になっていても、ミレイユは驚かない。

 だが、それこそ『遺物』を使えば済む話だ。


 本物の神の力、そして『遺物』という禁じ手が合わされば、叶わぬものなどないだろう。その為の神魂も、ユミルが言ったとおり大量にある筈だった。

 ミレイユはそれに頷いて、更に深く追求を始めた。


「だが結局、大神の復活を目指す前提として、世界崩壊の危機は免れない、という事でもあるんだな? 今更、話し合いでの解決は不可能とあって、後は戦うしか道がない」

「そりゃそうでしょ。ちょろっと攻め込んでやって、白旗上げる奴なんかいないもの。封印解くから許して、現世にも手出ししないから許して、なんて話になると思う?」


 ユミルが揶揄する様に言ってきて、ミレイユも顔を向けて苦笑する。


「確かに、それは想像すら出来ないが……。何しろ、やった事の報いを受けてもらう。八神は決して見逃さない。ここで死んでもらう」

「そうよね」


 ユミルが満足げに頷き、ミレイユも頷く。


「だが、助命しなければならない状況、というのも確かにある」

「どういうコト――あぁ、そうね。アタシ達にとっては、八神を倒して終わりじゃないもの。むしろ、そこからが本番だわ。あちら側に帰らなければならない」

「――そうだ。円満な解決とは、オミカゲ様が築き上げた日本を救って、それで初めて意味がある。そしてその為には、ルヴァイルとインギェムの協力は不可欠だ」


 ユミルは不愉快そうに眉根を寄せ、手元を見つめて考え込む。

 それから数秒後には、そのままの表情でルヴァイルに目を向けた。


「それって、やろうと思えば足切りが出来るってコトじゃない? もう用済みって、孔を閉じそうなものだけど。先に日本の問題、解決するワケにはいかない?」

「それだとむしろ、貴女方が帰って来る保証がない。送り出す条件としては、先にこちらの問題を片付けてから。そこは譲れません」

「……まぁ、そういう返事になるよな」


 ミレイユとしては当然の返答としか思えなかったので、それに文句を言うつもりはない。


「それに別段、日本に取り残されるのは、私にとって最悪の状況じゃないからな。是非ともデイアートに帰りたい、と思っている訳でもなし。帰還を待ち望んでいたエルフ達には悪いと思うし、付き合わせるお前達にも……いや、今更か」

「はい、ミレイ様の行く所が、私のいるべき場所ですので」


 アヴェリンがゆったりと笑って同意した。

 ミレイユもそれに笑みを返して、ユミルに向き直る。


「だから別に、それ事態は構わないんだ。最後の一柱まで、八神の首を落としたいと思っているお前には、申し訳なく思うが」

「……まぁ最悪、ゲルミル一族を陥れた奴だけでも、弑せればいいけどね。……でも、アンタらの殊勝な態度が、最後の最後で自分達の安全は確保している、とかなら許せるものじゃないけど」

「邪推も大概にしろよ……。まぁ、そう言いたい気持ちも分からんでもないから、好きに言わせてやるけどな。一応、こっちの――ルヴァイルの言い分を信じるつもりでいるから、契約だって結んだんだろ。今更グチグチ言うな」


 流石に腹に据え兼ねたらしく、インギェムの口調も荒くなる。

 それが図星を刺されたのではなく、本気で不快と思っていると分かるから、ミレイユの方から謝罪をした。ユミルの代わりに小さく頭を下げると、インギェムは鼻を鳴らして顔を背ける。


 彼女らが実は裏でその様に計画していたのだとしても、ミレイユが困らないというのは本音だ。

 世界を隔てたとなっては、ミレイユの糾弾など何の意味も為さないだろうが、デイアートに帰れない事を嘆いたりしない。


「確かに、信じる為に交わした契約だ。無粋な事は言わないでおこう。神を倒す段取りとしては、時間を掛けず一気呵成が望ましい。――それは分かる。だが、現実問題として、パーティを小分けにするのは難しいだろう。どうしても手が足りない」

「一柱落とした時点で、アタシ達の存在も、アンタらの裏切りも、全て勘付かれると考えるべきよね。その部分についてはどうなの? 一緒に戦うコトになるのかしらね」

「そうして欲しい、というなら拒みませんが、戦力にはなりません。所謂、戦闘に向かない神というのが妾達ですから。それに、命を落とせば貴女を送り出す事が難しくなる。あまり賢明ではないですね」


 ユミルも本気で言っていた訳ではなかったのだろう、軽く肩を竦めて沈黙してしまった。

 戦闘に向かないとはいえ、鍛えられた冒険者や兵士より頼りになるのいは間違いない。だが、それで前線に出て来る位なら、後方での撹乱など、身の危険が少ないところで動いて貰った方が良い。


「そうなると……やはり、ここでも時間との勝負という話になるのか? 恐らく、一人の首を取って降伏を勧告する様なやり方が、通用する相手じゃないしな」

「今後の世界を統治するのに、今の奴らは絶対邪魔になるじゃない。残せば禍根となるのも間違いない。これを期に一掃するのが正解よ」

「そこについては……、大神に期待するしかないところだが……」


 ミレイユは少し考えて首を傾げた。

 大神が復活するというなら、世界の支配構造は様変わりする。一度裏切られた大神は、今の八神を許したりしないだろう。その沙汰を任せる、という手もあると思うのだが、如何なものだろう。


 あくまで、ルヴァイルが求めているのは大神の復活だ。そして世界を在るべき姿に戻し、そして世界を崩壊から救って欲しいと思っている。

 彼女らは自らが頂点に立つ事を望んでいないし、ミレイユの手に掛かって死ぬ事も受け入れているのだ。


 八神を弑するにしても、あくまでその過程で必要な事なのであって、虐殺が目的でもない筈だった。ルヴァイル達と生き残った神々の間では、禍根も遺恨も残るのは確かだろうから、迂闊に残すのは悪手だと分かる。


 だが、それらの沙汰も、本来の支配者である大神の役目だ。

 何も全てを、ミレイユ達が代行してやる必要はない。


 一度は足元を掬われた大神だから、あまり大きな期待は寄せたくないのだが、好き勝手弑した結果、取り返しが付かない状況になる事も考えられた。

 簡単に後戻り出来ないからこそ、ここは慎重になる必要がある。


「そこのところはどうなんだ? 大神が復活すれば、全てが綺麗に元通りになるものか? 起き上がった大神は、正しく世界を統治してくれるか?」

「一度は裏切り、叛逆した大神を復活させたいって言うくらいだもの。そこにも期待が持てるんじゃないの? 大神の為人なんて知らないけど、凶悪な奴らなら、そも復活させようとはしないでしょ」


 ユミルの言は的を射ていたらしく、ルヴァイルは大いに頷く。


「童は大神と直接対面した経験が一度しかありません。でも、期待を持てると思っていなければ、円満という言葉を使いません。どちらにしても、裏切り者である妾達の命は無いでしょうから、復活と同時かその前後で、貴女方を送り出す必要はあるでしょう」

「……あぁ、己の命を差し出す事に、躊躇いが見えなかったのは結構な事だがな。さしもの大神も、自分を封印するような者相手に、大らかではいられない、と……」


 妙に納得した気持ちで言葉を零すように言うと、ルヴァイル達観した表情で厳かに言う。


「神への反逆を謀ったのです。当然の措置でしょう。有無を言わさずか、あるいは叱責を受けてからの事になるかは分かりませんが、お咎めなしだけは有り得ない。例え、再び救い出した功労者だとしても、そもそも加担していた訳ですから」

「……うん、それも納得できる話だ。既に死を覚悟しているというなら、何も言わない。最期の時まで協力するつもり、という言葉も信用しよう」


 感謝に変えて、ルヴァイルが小さく頷く様に頭を下げた。

 いま言った事は、紛れもなくミレイユの本音だったが、大神の意向次第では、どう転ぶか分からない。罪を許され、大神の手足となって働く沙汰が下りても文句を言わないが、ユミルが煩く言ってきそうではあった。


 それならば、大神の復活より前に、日本へ飛ばして貰った方が色々と面倒が少なそうで良い。

 大神がミレイユという素体相手に、何も思わない保証もないのだから、下手な横やりが入る前に移動を済ませてしまうのが吉だった。


 だが、そんな先のことを考えるより、まずは八神について確認する方が先だ。


「実際のところ、封印を解くのに全員を倒す必要はないんだろう? 一柱落とした時点で大神の誰か一柱が復活するとか、そういう話はないか?」

「えぇ、それも話さねばならない、と思っていた事です。確かに全員弑する必要はありません。それだと、妾達まで倒さねば話が進まなくなってしまう」

「そうだな。じゃあ、封印担当している者がいる、と考えて良いんだな? 優先すべきは、そいつであると。他は最悪、無視しても良い」


 ルヴァイルは小首を傾げる様に動かしてから、小さく頷く。


「担当しているのは、不動と持続のオスポリック。その権能を持って封印をしています。それと、調和と衝突のブルーリアも助力をしています。メインとなるのがオスポリックで、ブルーリアが補助なので、優先すべきはオスポリックになります」

「詳しい能力の説明は後でして貰うとして……」

「ブルーリア、ね……」ユミルが鼻に皴を寄せながら言う。「色々と謀が好きな相手じゃなかった? 戦闘一つとっても面倒くさそうな相手よね。一筋縄ではいかない、というのは、こういう奴を相手にする時に言うんでしょうよ」


 かもしれません、とルヴァイルは困ったように笑う。

 それからミレイユから向けられる視線の意味を汲み取って、慌てて否定した。


「いえ、決して隠したい訳では……。ただ、長く生きているとはいえ、荒事とは無縁で生きてますから。実力を維持しようと普段から鍛練に勤しむ、という事もしていません。神として強いのだとしても、対人戦闘において、果たしてどこまで、というのは妾にも分からない事なのです」

「なるほど、いつだか聞いた話だな。だが、懸念は尽きない。というより、幾らでも噴出して来て気が重いが。他の神々を無視するところについても、……そうだ。挟み込まれでもしたら、むしろこちらが一網打尽だ」


 とりあえず頭の中にパッと浮かんだ一つを言ってみると、誰より早くアヴェリンが同意した。


「仰るとおりかと。あれだけ色々と策を弄する相手です。自らが攻め込まれた時に際して、何の用意もしていないと思えません。むしろ、していないという方に不安があります」

「神々が敵だと言うなら、小神にも声が掛かるだろう。八神の声を無視できないなど、そういう調整がされているなら、彼らも無関心を貫けない。小神は実質的に敵と見るべきで、立ち塞がるなら相手をしなくてはならないだろう」


 ミレイユが指摘すると共に指を向けると、ルチアも同意して更なる懸念を口に出す。


「神々の住処だって聞いてませんよ。仮に大瀑布の向こう側だとして、どうやって行くんですか? インギェムの権能で移動する、という事で良いんですか? それとも地下の転移陣で?」

「外のどこで使おうと察知されるものではありませんが、流石に神域で使うとなれば、意識を向けられる筈です。ここに来るのに使った転移陣で神域に飛ぶ事は可能ですが、そこから他の神がいる場所へ移動するのは苦労するでしょう」


 既に答えを用意していたらしいルヴァイルは、ルチアの問いにも淀みなく答えた。

 しかしそれでは、移動手段があっても意味はない、という事になってしまう。それとも、多大な苦労をして移動しろ、というつもりで言ったのだろうか。


 今更苦労程度どうという事はないが、それを事前に知っているルヴァイルなら、何か考えがあるのではないか、と思った。

 期待を視線に込めて向けると、ルヴァイルは当然の用意と言わんばかりに笑みを浮かべる。


「ですから、それらを一挙に解決する手段があります」

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