命の使い道 その9
ミレイユの言葉にルヴァイルは首肯をして、それから補足のつもりか言葉を重ねる。
「昇神が叶えば、寿命からも開放される訳です。神とは不老不滅の存在ですから、そういう意味での時間制限もなくなる。頭の中で何を考えていたにしろ、それを実行可能にする幅は大きくなった事でしょう。本来なら荒唐無稽と思える計画すら、不老の寿命が可能にするかもしれません」
「そうやって、言葉巧みに誘導したという訳か。他の小神という実例を見れば、素体から昇神できれば寿命の枷が外れると、他のミレイユも予想出来たろう。そこに気付く期待もしてたろうし、しなかったとしても、お前の様な者が味方面して助言すれば、やはり過去への転移に希望を見出す」
魔力の発露を抑えようとする余り、自然と声音が固くなった。
それを不機嫌の発露と察したアヴェリンが、攻撃の許可を求める様な視線を向けてくる。ミレイユはやんわりと首を左右に振ってから、ルヴァイルの手元に視線を戻した。
魔力が湧き上がろうとするのは、純粋な怒りからだ。
憤り、不満、悔しさ、思う事は幾つもあるが、それを目の前にいるルヴァイルへぶつけた所で意味もない。
それは理解している。
そして、それに深く関わり、時に陥れる立場として動いていたのもまた、ルヴァイルなのだ。
彼女がより円満な解決、という方法を模索しなければ、地球もデイアートも滅びるだけだったろうから、何も悪意のみでやっていた事ではない。
それもまた理解している。
しかし、感情までは別だった。
彼女が諸悪の根源、という訳ではない。根源というなら八神全てという事になるだろうし、計画を考え推進していたラウアイクスこそが、正しくそれに該当するだろう。
ルヴァイル自身もミレイユを利用していた事に罪の意識を感じているし、咎めを受けるつもりでいる。
それだけの事をしてきた、という反省の色が伺えるから、ミレイユは怒りを静かに収める事が出来た。
――感情を抑制する事は、強いストレスだ。
ミレイユは今感じている頭痛が、果たしてストレス性のものか、それとも寿命を警告するものか分からなかった。
だが、固く目を瞑って痛みが過ぎ去るのを待つ。
十秒とせずに痛みは収まり、それと同じく激情も薄れていく。
思うところはあっても、それは飲み込む。同盟を結ぶと決めた時から、既に覚悟はあった筈だ。それらを飲み込んででも、やり遂げると決めたから、今があるのだ。
ミレイユが不満を露わにする様な姿を見せた事で、アヴェリンやユミルの敵愾心も高まっている。我ながら浅慮だった、と自分の行いを反省しながら、二人を宥める為に手を振って、それからルヴァイルの顔へと目線を戻した。
そして、視線だけで謝罪すると、ルヴァイルからも明らかにホッとした雰囲気が返って来る。
小さく笑みすら見せながら、彼女の方から口を開いた。
「貴女が余りに冷静だから、思い違いをしていました。全てを飲み込んで同盟を組んだとはいえ、全てを許容した訳ではない。配慮の足りない言葉でした、次からは気を付けましょう」
「そうしてくれ。確かに私としては、過去のミレイユに何があったかなど、想像するしかない。だが、オミカゲ様……一周前のミレイユを良く知る身からすると、色々考えてしまう」
特に何かとオミカゲ様を思う言動を見せていたユミルには、強い我慢を強いさせる事になってしまい、申し訳ない気持ちにもなる。
顔は向けず、視線だけで確認してみても、口出しこそしていないが憮然とした態度は崩していない。
そもそも、神嫌いのユミルだ。
同じ部屋に長時間いる事すら、苦痛であるかもしれない。
手早く話も終わらせた方がいいな、と思い直し、ルヴァイルに顔を合わせ口を開いた。
「とにかく、分かった。お前が寿命の事を知りつつ、こうして接触時機を遅らせて来たのも、残り一年というのは、色んな意味でボーダーラインだからだな。神々は、その一年で自分達の元まで辿り着けないと思っているし、私が次へ託そうと考えれば……なるほど、確かにギリギリの時間だ」
「『遺物』に辿り着くのは、それほど時間が掛からなかった筈だけど……。でも、次に託す事を考えたら、現世に戻って生活基盤を整えつつ、信者の勧誘にも勤しまなければならない……。間に合うの、これって?」
ユミルが小首を傾げて尋ねて来たが、ループが破綻していない、という事は可能だという裏返しでもある。今回のようなパターンで、寿命の件を知ったのは数あるループの中でも異例だろうが、何かしらの手段を持って、その『制限時間』を伝えられていた時もある。
伝える方法は八神の誰かであったり、ルヴァイルが誘導したりと様々だったろうが、破綻だけはしていない。ならば問題ない、という事だろう。
それに、ミレイユのうろ覚えの現代知識でも、宣教師のザビエルは一年で五千人の信者を集めたという。
本物の奇跡を魔術という形で表現できるミレイユならば、その半分以下の速度で信仰を向けられるようになっても不思議ではない。
今までのミレイユも、それと同じ様に考えたろう。
寺社勢力を筆頭に、何もかも順調といかない可能性を考慮して、やはり一年という時間は見ておきたいところだ。そう考えると、残された時間は絶妙という他なかった。
「結果として巡り巡ってしまっているんだから、何とかなってしまうんだろうさ。何もかもが順調に行く筈もない。安全マージンを確保したいと考えれば、一年という数字は、駆け引きに使うには妥当に思える」
「ふぅん……? ま、いいわ。綱渡りだろうと、これまで上手くやっていた事の確認なんて、極論どうでもいいしね。先のコトまで見えているのは結構だけど、そもそも『遺物』を使って転移しようって言うんでしょ? それにだって――、あぁ……」
唐突に言葉を区切り、得心した様に何度も頷く。
それからルヴァイルへと顔を向け、挑発めいた視線を送った。
「なるほど、『遺物』を使うには神魂か、それに互する魂力が必要で、願うもの次第で更に必要数は増える。……それを補佐する為に、神器もまた必要……そうよね? つまり、それについては、そちらでご用意くださるってコトで良いのかしら?」
「……貴女に必要とは思えませんが」
ルヴァイルは短く否定して睨み返し、それから釈明するようにミレイユへ説明を始める。
「大体、神器とは簡単に作成できるものではありません。作れば他の神々に知られる事となり、必然的にその説明も求められます。今後必要になる時は来るでしょうが、今ではない。妾達の裏切りが表沙汰になるまでは、安易に用意するべきではない」
「……いずれ知られると思ってるの? それとも、そういう状況に立つ予定があるって意味?」
「現状では知られていないでしょうし、疑いがある……というより、あったと思う状態でしょう。余程の事がない限り、もはや神々の勝ちは揺るがないと思っていますが、妾達の動きで揺らいだ瞬間にそれと気付く」
なるほど、とミレイユは頷く。
逆説的だが、だからこそ確信を得るのだろう。多くの想定をし、それに蓋をし道を示し、誘導して来た者からすれば、それから逸れる事があるなら即ち裏切りがあったと気付く。
というより、逸れる事があるのなら、後は裏切り以外で可能性が生まれない、とでも考えているのかもしれなかった。
妙に納得する気持ちで、ルヴァイルとインギェムを交互に見つめる。
であるならば、それと察知した瞬間から、周りと歩調を合わせている様に見せかける必要もなくなる。不審な行動、利敵行為も先して行う必要があるくらいだろう。
「――だが、まだ知られる訳にはいかないんだろう? 私達も、このまま穴熊に籠もっている訳にはいかない。どうして欲しい? このまま神の住処に殴り込めば良いのか?」
「その前に知っておいて貰いたいことが……」
「まだ他に何かあるの?」
ユミルがげんなりと息を吐いて、ミレイユもまた似たような思いで溜め息を飲み込んだ。
彼女ほどあからさまな態度は見せないが、頭の痛い話ばかり聞かされた身としては、今日はもう勘弁してくれ、と言いたい気分だった。
ルヴァイルからは気遣う素振りを感じられたが、しかし言わないでいる訳にもいかないのだろう。なにしろ、日を改めてまた詳しく話を、と言えるほど彼女たちの移動は簡単ではない。
彼女の話を信じるなら、ルヴァイルは嫌疑を掛けられている。今日この場にいる事も、それなりのリスクを負って来ている筈だ。
済ませられるなら、一度で、そして短時間で、と考えているに違いない。
それが分かるから、ミレイユも腹に力を込めて我慢した。どちらにしろ、こちらとあちらの世界、その今後を定める話し合いだ。
もう嫌だ、疲れた、などという泣きごとを言えるものではない。
それでどうした、と促してやると、ルヴァイルは神妙な顔付きで口を開いた。
「貴女達は――いえ、妾達で、神々を弑する。それは決定事項と考えて良いですね?」
「そうだな。むしろ、そのつもりの話し合いだと思っていたが」
「アンタらもその範囲にいるってコト、忘れてないでしょうね?」
ユミルが睨め付けて言うと、やはりルヴァイルは神妙に頷く。
「自分の言った事は忘れてはいません。……ですが、忘れて欲しくないのは、この世界を維持しているのは、紛れもなく八神であるという事です。一柱の消滅直後から揺らぐものでないとはいえ、数が増えれば間違いなく――」
「世界が滅ぶ、か……。なるほど、支柱の様なものと考えればいいのか? 一本欠損したところで、即座の崩壊を招くものではないが、しかし二本、三本と失われていけば崩壊を招く、というような……」
「はい、その認識で宜しいかと。現実的な問題として、一つ処に集まった神々を一網打尽にする、というのは難しいでしょう。各個撃破する必要がある」
「そうだろうな。不意打ちで一柱くらいは落としたい、とは考えていたが。当初は、暗殺に近いものを想定していたな」
全ての神が戦闘に秀でているとは言えないとはいえ、攻撃されていると分かれば結託するだろう、というのも予想の範囲だった。
仲違いする関係であっても、命の危機となれば一時休戦、協力関係を結ぶのは自然な事だろう。人数的にも戦力的にも負けているので、人数を分けて各個撃破は現実的でない。
神々からの集中攻撃を躱す方法は考えつかなかったので、せめてその中で一柱だけは、確実に仕留めたいと考えてのことだった。
それで動揺するにしろ、警戒を強くするにしろ、更に一柱を仕留められたら御の字、という行き当たりばったりの計画しか立てられない。
そしてそれも、最初は最悪十二柱全てを相手取る事を考えていたので、半分にまで減った今なら、勝ちの可能性も十分に見えてきた。
だがそれも、崩壊までのタイムリミットを考えなければ、の話だ。
相手にすべき六柱、その全てを弑する前に崩壊が始まってしまうのなら、それは自滅や共倒れと変わらない。これに抜け道がないなら、ルヴァイルはそもそも、この話を持って来ないだろう。
ミレイユがそれを確信する視線を向けると、既に察しがついている事に喜ぶ顔で頷く。
「ご明察のとおり、しばらくは持つ筈です。崩壊の兆候は見られるとしても、注いでいた力が少々の猶予を与えてくれる筈。妾達二柱の存在が、最後の防波堤としても機能する事でしょう」
「だから助命しろと、結局そういう話?」
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