命の使い道 その8

「今まで、ずっと引っ掛かってた事がある。オミカゲを強制送還した、前周ミレイユの事だ。何故あそこまでの強硬に、アヴェリンを手に掛けてまで急がなければならなかったのか……。何も知らされず、理解しないままだとしても、神々に連れ戻されるよりマシだと……それを避ける為にやったと思っていた。しかし――」

「えぇ、それも理由の半分以上を締めていたと思うけど、今となっては意味が変わるわ。……きっと、時間の浪費を極力避けたかったのね」


 ユミルも即座に理解を示し、話の内容を汲み取って持論を展開する。


「今更、知る手段もないけれど……。そのミレイユは、あと数週間でも時間的余裕があれば、解決するところまで行っていたのかも……」

「そして、だからこそ強硬策に走った訳だ。何より忌むべきは、時間の浪費だと。自分の二の舞をさせない為に、寿命をより多く残した状態で、送還したかったんだろう。……そして、あの蹂躙された世界では、いつ連れ去られるか分からない状態に陥っていた」

「それで勝手に言いたい事だけ言って、強制送還? オミカゲサマには、それ幾らも伝わってなかったじゃない。その上で時間的浪費や寿命なんて事、アンタに伝えられてないし……」

「所謂、時間の浪費問題は、行った場合でなければ遭遇しない局面なんだろう。だから、尽く失敗したオミカゲ様は寿命問題を知るより前に、逃げ帰る事になったんじゃないのか」


 ミレイユがどうなんだ、と詰問するかのような視線をルヴァイルに向けると、気不味そうに頷く。そこに関与している彼女としては、軽薄に見える態度は取れないだろう。


 あるかどうかは別として、良心の呵責の様なものを見せない訳にはいかない。

 ミレイユが挑む様な目つきを向けていると、それらを知っている筈のルヴァイルから、詳しい解説が話された。


「ご推察のとおりです。多くの問題があるとして、それを解決できなければ、逃げ帰る方へと誘導されます。そして、解決できる目処が立つ、あるいはその剣が届く場所まで進めたところで、立ちはだかるのが寿命という問題です」

「悪辣だな……。それで時間の問題を認識できたとしても、結局どこかで破綻するんだろう」


 ルヴァイルは、やはりミレイユを見ないままに頷く。


「はい、どこかで無理が祟って、情報の失伝が起きます。最短でも八周目、上手くやれても十周目で、やはりどこで破綻する」

「それが今まで延々と繰り返されてきた原因だって? 聞けば聞くほど、――怒りが治まらなくなる」


 冷静になれ、と自分に言い聞かせてようとしても、忍耐にも限界というものがある。

 魔力が漏れ出し、青白い光が身を包んでは吹き出し、炎の様にゆらゆらと揺れた。

 だがそこで、ようやくルヴァイルが顔を戻し、焦った様に手を前に出して、それを止める。


「興奮するな、とは言えませんが……! 魔力を使うのは止めた方が良いです。消費した分、貴女は自分のマナ生成でそれを補うとする肉体構造ですが、それが寿命を縮めます」

「――なに?」

「マナ生成は肉体への負担が強いのです。人ならずとも持っているものですが、それを極めて強めた結果、強化を図ると同時に寿命への調整も兼ねる結果となっている訳で……」


 そう言われてしまえば、怒りも続けられない。

 冷水をぶつけられたかの様に沈静化し、揺らめくように立ち昇っていた魔力もぴたりと止まった。

 現世へ行ってからは、自堕落に過ごしていたから使う機会は殆どなかったが、どうやら怪我の功名であったらしい。


「だがこれじゃあ……、ろくに魔術を使えないだろう」

「癖になっているから難しいでしょうが、常人と同じ様に外から吸収するようにすれば、負担は和らげられるでしょう。それに、まさか本当に戦闘せずに乗り越える訳にもいかない。抑えられる部分は抑えませんと」

「それもそうだが……。突然、口と鼻を使わず呼吸しろと言われたようなものだぞ」


 そもそも、意識してやっていた事でもなかった。

 極度に消費した際には、やはり率先してやっていた部分はあるものの、普段から使う分まで考えた事などなかった。

 そこにユミルが珍しく本気で心配そうな顔をして、ミレイユに問いかけてくる。


「……けど、大丈夫なの? 普段からマナの生成量が多くて、それで苦労してたじゃない。無駄に無駄な苦労して、いらぬことに魔術を使用したり……。誰しも命のロウソクを燃やして生きてる様なもんだけど、アンタの場合、ロウも太ければ火の勢いも強い、みたいなもんでしょ?」

「だが、魔力を消費しなければ生成量から破裂する。常に温存する訳にはいかない、不自由さを感じていたものだが……あぁ、そういう事だったか」


 常人の何十倍も生成できるだけ、と簡単に思っていたが、むしろ強制的に生成させる事で、寿命を削っていたという訳だ。そして戦闘に身を置かざるを得ない素体は、大体平均して五年程度で使い尽くしてしまう、という事なのだろう。


 神々へ取って代わりたいとか、何かしら報復を考えるようなら、必然的に戦闘へ身を投じていく機会も出てくるだろうし、そうなると更に寿命を短くしてしまう。

 これは、そういう狙いがあっての事なのだ。


「労せずして勝手に自滅してくれる、という訳だな。本来は叛意を抱けない様になってる筈だが、何らかの手段で解決し、その上で狙ってくるなら戦闘に身を置く生活を送る事になる」

「普段から戦闘に身を置く生活だったとしても……、素直に昇神するなら、別に問題ない時間設計でもあるんでしょうね。神は不老不変の存在だから、そうなれば寿命という枷は消失する」

「だが、逆襲しようと思えば、より強い力を求めざるを得ない。より多くの戦闘と共に、寿命が擦り切れていくんだな」

「忌々しいコト……!」


 ユミルが鼻を鳴らすと、アヴェリンは焦った様子でミレイユの身体を上下に見渡す。手を差し出そうとしているが、壊れ物に触れるかのように、手をあわあわと動かすに留まっていた。


「では、これからミレイ様は戦闘を極力避け、静養しているのが一番という事に……!?」

「安全を考えるなら、そういう事になるんだろうが……。しかし、これから戦う事になる相手に、傍観し続ける事は不可能だろう。生成は抑えられるものではないし、使わなければ魔力が身体に溜まり続けて破裂――身の破滅だ。そうならない範囲内で上手くやれる様、立ち回りは考えなくてはならないな」

「では、つまり……」

「普段からしていた事だ。非戦闘中でも、無駄に念動力を使ったりな。戦闘中だと、大規模魔術や上級魔術は控えなければいけないが……。それだって、使った分の補充に時間が掛かるというだけ。今までの様に、後先考えず好き放題使えないだけだ」


 ミレイユは安心できるよう、無理にでもにこやかに笑って見せる。そして、その肩を優しく叩いてやれば、それでようやくアヴェリンも肩の力を抜いた。

 だがそこに、インギェムが空気を読まずに言ってのけた。


「だが、神を相手にするなら、そんな事も言ってられないだろ。お前は事実として強いが、手加減して勝てる相手でもないだろ?」

「そうだな。その時は割り切るしかない。苦戦するだろう相手が、神々だけとも限らないしな。魔術を使う度、命を削ってると思うとゾッとしないが……。割り切らなければ、乗り越えられない」

「……なるほど、立派なもんだ。正直、これを聞いた時、お前が自暴自棄になるんじゃないかと心配してたが……、どうやら杞憂だったらしい」


 ミレイユはそれには返事せず、ただ肩を竦めただけだった。

 実際のところ、これは強靭な精神を持ち合わせているから、それで乗り越えられたという話ではない。ユミルによる絶対命令『抗え、大神を挫け』という強い意志が、ミレイユを簡単に諦めさせなかった、というだけだ。


 それに何より、仲間への信頼がある。

 それらが揃っていれば、必ず成し遂げられると思っているからこそ、ミレイユは動じていない様に見せられる。それを信じて付いて行きたいと思う者達に、その背を見せる事が義務とすら思っていた。


 ミレイユはそれと察せられないよう、腕を組んでは余裕のある笑みを浮かべた。些事に過ぎないと見える様、そして実際些事に過ぎないと自分に言い聞かせる。

 切るべき時に、切れない切り札に価値は無い。


 そして実際、命を削るしかないのだとしても、最悪を回避するには必要な経費だ。今は全てを円満に解決できる状況にある、というルヴァイルの言葉を信じて進むべきだった。

 ミレイユの表情に満足したのは、便りになる仲間――アヴェリン達だけではなかった。ルヴァイルもまた同じ様に満足そうな笑みを浮かべ、それから会話を再開させる。

 

「神々は――というよりラウアイクスは、付け入る隙があるなら、必ず付け入って来ると想定していました。だから短すぎる寿命を課し、危険が遠ざけられる安全措置としました。であると同時に、寿命という枷が、問題を別方向へ誘引する手段として用いたのです」

「あぁ、つまり……」


 ミレイユにはそれが何を意味するのか、ようやく理解した。

 やはり悪辣だ。悪辣と言う他ない。

 顔を顰めて、腹の中から生まれそうな呪詛を、霧散させようと息を吐いた。


「残り時間を考えた時、玉砕覚悟……玉砕確定で突っ込むよりも、より可能性を秘めた方を選ぶだろう、と考えた訳か。そして、そうなる様に仕向けてもいる。少しでも損得計算が出来るなら、それは確かに……次へ託す事を選ぶだろうな」


 命ある者として、ミレイユもやはり命は惜しい。

 どう足掻いても死ぬのなら玉砕覚悟も悪くないが、他に光照らされた道が見えたら、やはりそちらに希望を見出したくなる。


 それが狙いだと知らない時のミレイユにとって、まさに起死回生の手段としか目に映らなかったのではないだろうか。

 そう考えると、その悪辣な計画が、改めて念入りに考えられた悪魔的計画だと分かり、理解が進むにつれ唾吐きたい衝動に駆られる。

 湧き上がり、練り込まれようとする魔力を抑えるのに、ミレイユは相当な努力を強いられる事になった。

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