命の使い道 その7

 その一言を聞いた瞬間、嫌な予感が胸に去来する。

 考えた事もなかったことだ。


 多くの調整がされている事は、オミカゲ様からも聞かされていた。それは主に精神面に関しての事だったが、ルヴァイルから肉体面に対しても調整されている、と聞かされて納得しかなかった。


 素体というものが神の用意した器である以上、単なる人間のコピーを造った筈がない。

 神人という新たな個を作るにあたり、精神には多くの枷を作ってあるなら、肉体にも強化だけでなく、何か枷があると考えても良い筈だった。


 大神に対して攻撃できない、というのは反逆できない意志と結び付ける事で可能そうに思えた。だが、眷属化という抜け道があるなら、それに対処する何かを用意していたとしても不思議ではない。


 精神面に何を調整しても、絶対命令の前には無意味だろうから、いっそ物理的に止めてしまう方が効率的だ。スイッチを押して電源を落とす様な、あるいはもっと直接的な――。

 ミレイユは腕組を解いて、挑む様にルヴァイルへ顔を突き出す。


「この身体に爆弾を埋め込んでいるとか、そういう話か。待ちの姿勢も、結局は起爆してしまえば終わりだという、余裕の表れなのか?」

「――なッ!?」


 アヴェリンは椅子を蹴って立ち上がり、憤怒すら表情に浮かべてルヴァイルを睨み付ける。彼女に限らず、他の二人も驚愕で顔を歪め、不快感も露わに睨んだ。

 だが、ルヴァイルはそれを平然と受け流し、首を横に振る。


「早とちりして勘違いしないで下さい。第一それだと、安全と高を括る事ができないし、何より危険を排除し切れません」

「そうか……? 十分、排除し切れると思うが」

「ある程度は、そのとおり。でも、それで満足できなかった。そういう事です」


 ルヴァイルは一度言葉を区切り、そして何度目かになる憐憫の眼差しを向けてくる。


「最悪の場合、爆弾の存在に気付いた貴女が、なりふり構わず自爆しに来る可能性が残されます。どうにもならないからと、自暴自棄になった結果、玉砕を選ぶ可能性を極力排除したかった。だからという理由もあって、より目的に沿う、別の手段を講じる事になったのです」


 とりあえず、爆弾を埋め込まれている訳ではないと知り、ホッと息を吐く。

 他の三人も同様で、アヴェリンは大きく動揺し過ぎた事を恥じる様に、椅子へ座り直した。


「しかし、という理由もあって……? また面倒な、他人を陥れる悪辣な何かを思い付いたか」

「方法としては穏当ですが……そうですね、悪辣というのは間違いないかもしれません。単に目的達成へ、最も合理的な方法を選んだ結果、そうなったというだけでしょう」

「神の理屈なんて知ったもんですか。――いいからさっさと言いなさいな、何で神ってやつは、こぅ……物事をスパッと言えないのかしらね」


 ユミルが静かな怒りを燃やして、ルヴァイルを睨め付ける。

 アヴェリンの時と違って、彼女は分かり易く激昂したりしない。だが、向ける敵意は明確だった。生半可な答えや、はぐらかすような返答する様なら、敵意ありと進言するだろう。


 ルヴァイルもそれを感じ取ったせいか、言い訳するよう、言葉少なに謝罪した。


「理解を深めるには必要と思った事でしたが……。では、手早く結論を。貴女の身体に寿命が迫っています」

「寿命……? ――まさか」


 ミレイユの脳裏に閃くものがあって、それと同時、みぞおちに痛みが走る。

 それは針で刺す様な痛みで、顔を顰めるほど強い痛みという訳でもなかった。これまでもあった痛みで、短くて数秒、長くて数分で消えていくものだから、特に気に掛けもして来なかった。


 かつて御影豊として生きていた時、胃痛を感じた事も多々ある。

 それと良く似たものだったから、深く考えていなかった。

 胸痛、頭痛についても同じ事。大変な事の連続だったし、強いストレス環境下に身を置いているという自覚もあった。


 だから、かつて一般人として生きた経験から、そういう事もあるだろう、と軽く考えていた。むしろ状況を考えれば、当然とすらも思った。

 だが実は、そうでなかったとしたら――。


「思い当たる部分がありましたか? 神々はもしもの時を考えて、安全措置を素体に組み込んだ。これは別に、貴女だけを睨んだ措置という訳ではありませんが、往々にして強い力と全能感は人格を狂わせる」

「……まぁ、そうだな。八神こそが、それを良く理解し体現している存在だろう。自らを大神と名乗り、小神を抑えつけたいと考えている奴らだ。素体の段階で何か仕込んでいても不思議じゃない」


排して ルヴァイルは曖昧な表情で明言を避けたが、とりあえず頷いて続ける。


「個人の才覚に拠りますが、昇神する前から強い力を発揮する者もいる。神になる事より、神を排して成り代わろうと考える者も、かつてはいた。しかし、それに一々対処するのも煩わしい、と考えた訳です」

「飼い犬に手を噛まれるなど、そもそもからして受け入れられない、というのが本音じゃないのか」

「指一本、噛み傷が付くだけならまだしも、腕一本持って行かれちゃ堪らないものねぇ……?」


 ミレイユが揶揄するように言うと、それに乗っかってユミルも皮肉を飛ばした。

 だが、ルヴァイルはそれこそまさに、我が意を得たりと頷いて見せる。


「昇神を果たした者と神人、その力の差は大きいものです。しかし、全くの無傷でいられる保証もない。自ら対処する煩わしさも確かだったでしょうが、貴女の言うこそ煩わしく思ったのでしょう」

「それ故の寿命……、そして通常なら考えられない程の短命を、神の素体に課した……。何をしようと、何を企てようと、勝手に死んでしまえば面倒の対処に煩わされる事もないと……」


 ミレイユが憎々しげに言い放つと、ルヴァイルは申し訳なさそうに頷く。


「素体には数々の才能が与えられ、それを内在させてますが、それを引き出し会得にするには、やはりそれなりの修練が必要です。その上で神魂を形成するに至る成長も促進してやらねばならない。掛かる時間は早くて二年、平均的には三年の月日が必要です」

「あぁ、私の三年は平均的か……。十分に悠長な旅だと思っていたが……」

「貴女を他の平均と同じには計れませんよ」


 だがともあれ、悠長にしていようと、それは神々によって誘導された旅路に過ぎなかった。

 ミレイユという素体が予想以上に上手く成長したからこそ、始末屋の様に利用されたのだろう、と思っていたが、実際は最初から計算して行われた成長促進に過ぎなかった訳だ。


 多くを一挙両得として利用した側面も多いだろうが、前提として、素体の時点で小神に並び得る力を持たせる事が計画だったので、正に狙い通りといったところだったろう。

 では、寿命というのは最低でも三年は有り得ない。不測の事態が起きた時、目的達成の目前で命が尽きてしまう事になるので、更に一年や二年は多く持たせるだろう。


 ミレイユという素体は試験作の意味合いは強かったろうが、成功するならそれで良い、という程度にも考えていた筈。最初から破綻する数字を設定しない、と思われた。

 ――しかし。


「あぁ、待ちの姿勢……。そしてお前が待たせた理由……、そういう事か」


 神々が時間稼ぎをしたい、ミレイユに時間を浪費させたい、という理由も、ここまで来れば理解できてしまう。

 ミレイユの寿命は、既にカウントダウンに入っているのだ。


「はい、神々は既に勝ちを確信しています。そして、その勝ちは揺るがないと思っている。だから色々と緩むところも出てきて、妾もこうして出向ける様になりました。最後の締めが残っているから油断し切る訳にもいかない、と考えているものの、まず覆らないとも思っているのです」

「フン……。それは覆してやるからどうでも良いが……、それで私の寿命は、後どのくらい残ってるんだ?」

で過ごした正確な時間を知りませんから、何とも言えませんが……。素体の寿命は五年に設定されています。仮に三年で完成を見たとして、その倍は生きられない。そう決められました」

「五年か……」


 思わず額に手を当てて、ミレイユは重い溜め息を吐いた。

 頭痛も胃痛も湧き上がって来たが、果たしてこれが単なるストレスの影響なのか判断つかない。

 気が重い話には付き物だという気がするから、深く考えたくはないものの、そこへ止めを刺す様な台詞が、ルヴァイルから飛び出した。


「素体は胃が荒れたりなどしないので、胃痛を感じたら始まりの兆候です。頭痛や胸痛を感じ始めれば、間違いなく残り一年は切った、といったところで……」

「聞きたくない台詞だったな、それは……」

「では、ミレイ様は……」


 ミレイユは返事をしない代わりに首肯すると、アヴェリンが息を呑んで身体を震わせる。

 ルチアとユミルからも信じられないものを見るような視線が送られて来たが、そちらに目は向けなかった。


 代わりに思考へ没頭する。

 ミレイユは確かに三年、デイアートで過ごしていたが、正確に丸々三年という訳では無かった。それより多いか少ないかも、自分自身では覚えていないが、現世で約半年、そして帰って来てから約三ヶ月である事を考えれば、まずまず誤差の範囲と言えるだろう。


 そして残り一年――。

 いつだか聞いた話に、思わず自嘲の笑みが漏れる。

 長くとも残り一年保たない、という局面にはよくよく縁があるらしい。


 残り一年で何が出来る、と自棄にも似た思いで吐き出す。

 今はルヴァイルの助けがある。だから一年という数字は、何もかも手が届かない、と思えるほど絶望的な数字ではない。


 だが、ここから神の所在地、そして討伐なりを考えたなら、楽観視できないどころか絶望的な数字だ。

 デイアートへの帰還当初、ミレイユは神々に対して、まず説得を試みるつもりだった。現世への手出しを止めて欲しいと。

 話し合いなり、互いの合意できる点を模索できれば……そして、それで解決できるものなら、それが一番良いと思った。


 だが、神々の願いとミレイユの願いは、決して擦り合わせて合意できるものではない。

 現世への派兵は止められるかもしれないが、それだけだ。贄として命を落とすか、鍵としての使命を果たして寿命で死ぬか、そのどちらかでしかなかった。


 そしてそれは、仮に上手く神々の前へ辿り着けたら、という前提でもある。

 神々全てを殺し尽くして解決する問題でもなく、それが正当な報復であろうと先がなかった。

 多くの懸念が予想され、それら全てを解決しようと思ったら、まず時間という枷がミレイユを縛り付けるのだ。


 あるいはもっと時間があれば、解決まで持っていけたり、妙案を採用できたりしたのかもしれないが――。

 そこまで考え、唐突に思いつくものがある。

 その時間の重要性を何より知っていたからこそ、は強硬手段に走ったのではないか。


 だが同時に、多くの事実を知らなかったから故に、そうせざるを得なかったのだとしたら……その行動も、意味も理解できてしまう。

 ミレイユは額に手を置いたまま、くたびれた溜め息をしつつユミルへ顔を向けた。

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