命の使い道 その6

「ここに至って、我々は認めなければならない。神々は相当な覚悟を持って挑んでいる。望むとおりに転がす為なら、どの様な手段でも取ってくる」

「そして、こちらの行動を見透かした上で、一つの手に複数の意味と効果を重ねて来るワケね。――結構よ、実に挑みがいがあるってもんだわ。……まさか、ここで腑抜けるなんて言わないわよね?」


 ユミルから鋭い視線が向けられて、ミレイユは当然首を縦に振る。

 胸の下で腕を組み、首を小さく傾げて尊大に鼻を鳴らした。


「いいや、認めると言っただけだ。頭では理解していても、どこか侮る部分があった。それを完全に払拭したというだけだ」

「無論です。ミレイ様の行くところ、栄光しかないのだと、そろそろ奴らも理解するべきでしょう。自らが造ったからなどという理由で、それを止められると思っているなら、勘違いも甚だしい……!」


 アヴェリンが強い語気でルヴァイルを見据えて言い、それにに興じる様にルチアも不敵に笑う。


「自分達が何を生み出したのか、理解させてあげれば良いでしょう。何重の壁を用意しようと、その全てを打ち砕いて進むのが私達ですからね。その喉元に刃が突き付けられた時、どんな顔をするのか楽しみですよ」

「……実に頼もしい」


 ルヴァイルが口にした神妙な言葉には、言葉通り頼もしさを感じられている様には思えなかった。ミレイユを見つめた目――正確には、そのみぞおちを見つめた目には、緊迫したものが浮かんでいる。


「そこで、逸れてしまった話を戻しましょう。そういう貴女方だと知っているから、神々は待ちの姿勢と……貴女の時間を浪費させる策を選んだのです」

「あぁ、それだ……。話を聞いていると、まるで過ぎ去る嵐を待っているだけに思える。必死に隠れて、固く扉を閉めて入れば、安全が保障されるとでも? 私が勝手に諦め、目の前を過ぎ去るとでも? 新たな鍵が育つまで、そんな悠長が許されていると良いな?」

「そうですね、貴女の指摘は当然です。素体の育成には時間が必要ですから」


 ミレイユは我ながら悠長に旅をしていたと思うので、三年の月日が経っていた。

 カリューシーは二年で昇神したという。ならば、上手くやるならそれ未満、という事も可能そうだった。


 試作品ミレイユより出来の良い素体というなら、一年でも可能かもしれない。

 だが、どちらにしろ最低一年は、殻に閉じ籠る必要がある。今と大して変わらない生活だろうが、それを果たしてミレイユが許すと、本気で思っているのだろうか。


 それを指摘しようとすると、ルヴァイルは心得た表情で頷いて否定して来た。


「しかし、良く考えて下さい。素体に対して幾つもの調整を施した神々ですよ。強大な力を得る前提、ともすれば神々と並び立ち、越えるかもしれない存在として、貴女を調整しました」

「それはもう聞いた。鍵としての役割を求めたから、強力な個体を望んだんだろう? その力を自分達に振るわれる事になるのは、皮肉と言う他ないが」


 ミレイユが心底軽蔑するかのように口から出せば、やはり神妙な表情を崩さないルヴァイルが頷く。


「ですから、多くの調整を施した、と言いました。望む筋書きどおりに動くよう、多くの困難に挑む姿勢を持つ様にしたのも、その一環です。そして、その調整はもっと多岐に渡ります」

「それもまた理解できるが、どうにも片手落ちという気がする。あれこれ考え、謀を巡らせるのが得意なのは良く分かってる。しかし、素体に関しては不手際が多い様に思える。精神についてもそうだ。調整や誘導なんて言わず、あやつり人形にしておけば良かったろうに」


 それを実際にされたら困るのはミレイユだが、実際疑問には思うのだ。

 そもそもの前提として、ミレイユは『遺物』の前まで辿り着いていた。大き過ぎる力を得ていたし、『遺物』を起動する動力やエネルギーとする神魂や竜魂、それを補佐する神器も入手していた。


 神々としては、遂に訪れた、待ちに待った瞬間だろう。

 ミレイユの使用方法について意見が割れていたというから、昇神するか、あるいは破滅の救済を口にするかはミレイユに任せよう、という考えであったかもしれない。


 しかし結局、ミレイユは神になるつもりも、世界を救うなどという考えも口にしなかった。

 全く頭に浮かばなかった訳ではないが、迷いに迷った末の決断、という程でもなく、初めから切って捨てる程度に浮かんだだけだ。

 この点について、神々は明らかに想定抜けをしているとしか思えず、不手際というなら余りにお粗末な結末だった。


 ルヴァイルは一度視線を外に向け、自虐的な笑みを浮かべてから顔を戻した。


「……そうですね、貴女からすれば当然の疑問でしょう。単なる調整ミスと言うには、余りに粗末だという意見には賛成します。試作段階に過ぎないとはいえ、完璧にも程遠い。何故それを神々が許容したかと言われたら、手探り状態だったから、としか答えられません」

「まぁ、確かに神々は完璧でも全能でもないのは良く分かっているが……。実は小神である事を踏まえれば、不手際が多い事も分からないではない」

「強い肉体を作るのは難しくありません。多大な魔力総量や、その扱いに関する調整も、やはり難しくはない。しかし、記憶や思考は魂頼りで、それを大きく改変する事は、非常に難しい」


 ルヴァイルは他人事の様に言ったが、事実彼女の管轄ではないからだろう。繰り返した記憶の事を踏まえても、理解している事は多いだろうが、理論や構造についてまで詳しくなさそうだ。


「予め多くの思考誘導や禁忌が設定されているものですが、あまりに多くを縛ると素体に馴染まない。それこそ、ゴーレムの様な単一的な思考しか出来なくなる。それでは到底、望む存在まで昇華されないのです」

「実際のところを知らないアタシ達からすると、そういうものなのか、としか思えないけど……。まぁ、理解できる話ではあるわね」


 ユミルがつまらなそうに鼻を鳴らし、顎の下を擦りながら口にした。

 どういう事だ、と問い質す様な視線がアヴェリンから向けられ、ユミルは肩を竦めて声に出す。


「それが例え胡乱に見えたとしても、無駄な事だけはしないのが神ってもんでしょ? それは今までのコトからも良く分かるじゃない。だから、今回の件に関しては、それこそ単なる調整不足って奴なんじゃないかと思っただけ」

「しかし、繰り返しているなら、そこを上手く改良していけば良いだろう」

「何でループを防ぎたいルヴァイルが、積極的に素体の改良をしたいのよ」


 アヴェリンの素朴な疑問を、ユミルは呆れた表情で切って捨てた。

 言われたアヴェリンも、我ながら馬鹿な質問をしたと理解して、気不味そうに顔を逸らす。

 助け舟を出された格好になるルヴァイルは、柔らかい笑みを浮かべ、それから同意するように首肯してから話を継いだ。


「そもそも素体の開発者でもありませんので、自分の都合良い改良をさせる訳にもいきません。意図を隠しつつ、それをさせるのは困難を極めます。……いえ、もっと有り体に、無理と言うべきでしょう」

「……それについてはまぁ、別に良いけどね」

「えぇ、それに余りに強い暗示や調整は、魂の汚染に繋がります。神魂へ昇華させるには不純物としかならないので、やはり推奨されない。だから可能な限り、問題ないレベルで調整するに留められたのです」


 ミレイユは、フン、と鼻から盛大に息を飛ばして、顔を顰めた。

 実際、その誘導や調整を直に感じた身としては、不愉快で堪らない。何も知らず、聞かされずにいた当初、神々に対して思う事はあっても嫌悪までは抱いていなかった。


 神とはそういうものだ、という世界の常識に沿う様に、ミレイユもまたそういうものと認識していた。神器や神具を下賜されていたという、一種の目掛をされる立場だと思っていたのも大きい。

 世に暴力を振るう存在でも、ミレイユにとっては例外――助力してくる存在に見えていたからだ。


「誘導というなら、確かにそれは、他で代替できるものでもあるものな。実際に三度も世界を救わせたのも、その一環か? この世に憂いを持たせるだけじゃ、十分とは言えないと思うが」


 例えば根本の原因となった『神人創造ゴッドバース』のエンディングには、神になる、という選択肢を選ぶ事が求められている。

 ゲームをクリアしようと思っている人間には、それが誘導と同時に罠として作用した筈だ。

 素体に直接調整せず、外から影響を与える手法としては、それなりの効果が望めたと思うが、ミレイユへ望むのはもっと直接的な方法だった。


「確かにそれは、素直に下手な部分だったでしょう。もっとやりようはあったろうし、神器の下賜と共に誘導しているつもりだったでしょうが、それよりも貴女の欲が勝った」

「下手な遊び心など入れるからだ、と貶してやりたいが、そうでなくては私が困った事になっていたろうし……何て言って良いか迷うな」

「別に遊び心でもありませんけどね。神々の中で意見が一致しなかった結果、そうなったというだけですから。複数の意見が出て、それらを引っ込める気がない以上、それら全てを採用し、実現的な形に落とし込んだ結果でしかないので……」


 ユミルが小馬鹿にした様に笑い、それから額に手を当てて笑い続ける。

 その笑みには明らかに自嘲の笑みも混ざっていた。


「あぁ、そう……。矛盾する様な、あるいはどちらに転んでも良い様に見えていたのは、結局そういう理由? 足並み揃えなかった結果でしかないって?」

「誰もが我の強い神々ですからね。出した意見を引っ込める事は稀です。だから、それらを採用する案を作れば、どうしても賭けをする様になってしまう。そして、それらに柔軟な対応が出来るよう、いつでも修正や訂正が出来るように用意しておく、と……」

「はっ……! 何とも苦労が偲ばれる話だコト……!」


 ユミルが顔に浮かべた表情は、愉快な様でもあり、嘲るようでもあった。

 腹いせのつもりがあるのも、間違いないだろう。


 ミレイユも似たような気持ちだったが、何を言うでもなく笑みを見せるだけに留めておく。

 ルヴァイル自身、何とも言えない顔をして、それを直す様に頬を撫でてからミレイユへ向き直る。やけに真摯な、労る様な視線だった。


「そして……その調整は、単なる思考誘導や肉体補強だけではありません。神々が調整した事ですよ。万が一を考え、反逆する意志を持てない様にしていましたが、……本当に、それだけで満足すると思いますか?」

 

 それを聞いたミレイユの心臓が、ドキリと跳ねた。

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