命の使い道 その3
「それじゃあ……、手を組む事は、もう決定事項と思って良いんですか?」
「あぁ、互いにナイフを隠し持っているのだとしても、そういうものだと割り切って協力するしかないだろうな」
「でもやっぱり、ある種の契約を強制しようというのなら、相手の持ち物よりこちらの物を使う方が、安心できるじゃないですか? 神として、それだけは飲めないと言いたい気持ちも分かりますけど……」
かつて下剋上して大神の地位を奪ったにしろ、実は小神と同じ存在であったにしろ、神は神に違いない。あらゆる人種や命の上に立つ存在だから、それに隷属する形は受け入れられない、という意見には納得できる。
だが、事の本質はそこではないだろう、とミレイユは見ていた。
下手に出て誠意を見せる姿は、決して見せかけではない。ルヴァイルにはそれだけの覚悟を持って臨んでいる。そしてユミルが持つ能力の事を良く知っている彼女が、それを指定しないと言うなら、考えられる要因は絞られる。
「眼の色が変わってしまうのが問題なんだろう。そして、何故変わったのかの説明を迫られた場合、相当厄介な事になる」
「あぁ……。でも、困りますかね? 知られて困る相手なんているんですか?」
ルチアは一瞬納得しそうな素振りで頷いたが、すぐに動きを止めて首を傾げた。
それに苦笑を返して、ルヴァイルが答える。
「無論、他の神々に知られると困ります。隷属したなんて事が判明した暁には、即座に拘束されるでしょう。何を教えたか、どういう情報を流したか、汎ゆる手段で聞き出そうとする」
「あぁ、……やはりか」
「でも、神々ってそれほど密接なやりとりをしているんですか? 個人主義的な部分が目立ちますし、先程の話からも、互いに足を引っ張るような間柄なんでしょう?」
ルチアから素朴な疑問が飛んだが、親密でも綿密でもなかろうと、出会う機会はあるのだろう。何よりミレイユを罠の中へ誘き出し、そして罠の口を閉じようという段階なのだ。
有事の際にあって顔を合わせるというなら、今がまさにその有事の際中だ。
特に神の動きなど人には伺えないのだから、実は会社勤めの様に出入りしている建物があったとしても、ミレイユは驚かない。
ルヴァイルはルチアに頷き、ミレイユの予想を補足するような内容を話し出した。
「神々に取り、重要な場面というのは正にこれからなのです。ミレイユをこのまま送り返せるか、その際にどの神も犠牲にならずに済むか、昇神させずに済むか、その瀬戸際に立たされています。遠からず、その確認を含めた会議が開かれます。そこに眼を変色させて行く訳にはいきません」
「私達が出会う時期をずらすのは?」
「不可能です。互いに監視する様な間柄とも言ったでしょう? 今後、こうして二柱揃って出向く機会は得られません。そして何より、私には注目されるだけの理由がありますから。……あるいは、それを嫌疑と言い換えても良いかも知れませんが……」
穏やかでない言い方に、ミレイユが眉を顰めていると、ルヴァイルは達観したかの様に笑う。
「インギェムの様な考えなしの神がいるのと同様、考え過ぎる神というのもいるのです。貴女が奸計・詭計と呼ぶものを考えたのは、その一柱です。なので当然、私の離反についても疑っています。僅かな隙から察した事も、見せずに察せられた事もある神です。今回の私の動きも、果たしてどこまで理解しているやら……」
「あぁ、これまで散々こき使ってくれて、そして振り回してくれた輩か。是非とも礼の一言も言ってやりたい。そいつの名前はなんという?」
「ラウアイクスです。水源と流動の」
「そいつ、ね……」
ユミルが顔を顰めて嘯くが、詳しいことを聞くより、話の内容の方が気になった。
インギェムも眉間に皺を寄せて尋ねている。
「己達の密会にも、既に知られていると考えた方が良いのか?」
「知られてはいないけれど、嫌疑は深まったと考えた方が良いと思います。そして、知られた前提で行動した方が良い。知らぬ存ぜぬを貫き通すのは当然として、うまい言い訳を考えておく必要があります。それについては、また後で話しましょう」
「あぁ、分かった」
それだけ言うと、インギェムは憤懣を閉じ込めるように大きく息を吸い、顰めっ面のまま腕を組んで、それきり黙った。
ルヴァイルはちらりと苦笑してから、ミレイユへと向き直る。
「そういう訳ですので、眼の色が変わる隷属も、そして会議の後へ時期をずらすのも難しい。手助けを惜しむつもりはありませんが、状況はひどく限られるでしょう」
「あぁ、それについては良いさ。お前たちという札は、隠しておけるならその方が良いだろうしな。……なるほど、そういう事なら、繋属の権能で契約を結んで貰うのも納得しよう」
心から歓迎する訳ではないが、代案を他に提示できないというなら、それを受け入れるしかないだろう。
「――すぐに始めるか?」
「えぇ、手早く済ませてしまいましょう。まだ多く、話さねばならない内容は残っています。それで、契約の内容に見直しは?」
ミレイユがユミルへ顔を向けて、次いでルチアにも視線を送った。
二人は顎先を摘むように考え込んでから、互い顔を見合わせて、片眉を上げて笑む。互いに何かを思い付いた様で、不敵な笑みが浮かんでいた。
「まぁ、全面的に考え直しですよね」
「というより、裏切りなんて文言いらないでしょ。何を持って裏切りって定義されるのよ? 自身の倫理観において、というなら、アタシ達の害になろうと裏切りと認識されないものは、通用してしまう理屈じゃないのよ」
「そこのところ、どうなんですか?」
ルチアが問うと、ルヴァイルは虚を突かれた様な表情を見せる。
それからインギェムを見て、息を呑んでから頷いた。
「そうですね、神の倫理において、という話になりますか。貴女の言う理屈が全くの見当違いではない、と認めなければならないようです」
「じゃあ、駄目ね。文面は最初から考え直しにするわ」
「えぇ、構いません」
ルヴァイルの顔に、強がりの様なものは浮かんでいなかった。
ただ、失意の様なものは感じられる。
繰り返す時の中で、この状況まで持ってこれた事実があるなら、この様な不手際は見せないだろう。最初からそつのないものを提示するか、あるいはルチアとユミルの思考の死角をついた内容を用意していたに違いない。
その部分だけ見ても、彼女の言の裏取りが出来たようなものだ。
良くやった、と褒める視線を向けながら、二人が考える文面を待った。
ルチアが首を傾げなら口を開く。
「それじゃ、こちらが裏切りと糾弾する限りにおいて、と置き換えましょうか」
「受け入れられません。それならば、糾弾そのものを制限する、別の契約がなければ成立し得ないでしょう。好きに糾弾されてしまえば、全くの無法となります」
「だからそれはミレイさんの特権として、また糾弾権利を別に付随してください。それこそ、ミレイさんの倫理において、という形に置いても良いではないですか? ミレイさんの精神性について、貴女も認められる部分はあるんじゃないですか?」
ルヴァイルはしばし考える仕草を見せたものの、即座に頷いた。
「良いでしょう。それについては別途契約の枠を作るとして、それで……?」
「話を進める前に、まずその契約を済ませて頂戴な。それに不満がないと言うなら、別に構わないでしょ?」
「誠意を見せるというなら、ここは見せ所だと思いますけどね」
ルチアが冷淡な視線で言って、二人の神の間を行き来させる。
インギェムはお好きにどうぞ、という様に肩を竦め、ルヴァイルが考え込むように視線を下げた。どうにも一々反応が遅い。慣れない状況、先行きが視えない状況は、彼女をとかく尻込みさせてしまうものらしい。
視えていた目を、突然奪われたようなものだろう。頼っていた実感はあっても、それを自覚する機会に恵まれなかった。目を閉じて歩く事に強く意識してしまった結果、躊躇が生まれているのかもしれない。
しばしの熟考の後、ルヴァイルはインギェムへ顔を向け、首肯を見せる。
そうすると、ぞんざいな手付きで片手を上げ、指一本でミレイユとルヴァイルの間に線を引く。
「ルヴァイルを糾弾できる権利を、ミレイユに委ねる。その倫理に従い、無駄な糾弾はしないと誓うか?」
「誓う」
「ルヴァイルは、それを認めるか?」
「認めます」
ミレイユとルヴァイルの間に、可視化された一本の線が生まれ、その両端が二人に結び付く。接触と同時に脈動するように発光し、そして瞬きする間に消えていった。
「これで一人と一柱は、契約によって結ばれ繋ぎ止められた。お前は自分の倫理に嘘をつけないし、倫理に従ってのみ糾弾を許される。悪意を持った糾弾、あるいは理屈を伴わない糾弾は、お前の口から決して出ない」
「あぁ、それで問題ない。デメリットという程のものじゃないしな」
ミレイユが頷くと、ルヴァイルもまた同意するように頷いた。
ある種の首輪として、ミレイユにも遵守させるのは良いとして、ならば今度はルヴァイルが裏切った場合の契約が必要だ。
そう考えるのと同時、ルチアが先に口を出す。確認というより、念押しに近い言い方だった。
「裏切った場合の代償として、その時は貴女の命より大事なものを、自分で奪って頂きます」
「妾の命よりも、ですか。……それを、我が手で奪えと」
神の命より高く値が付くものは多くない。
それこそ大事にしていると思えるのは、隣に座る友の命となりそうだ。それを自らの手で奪えというなら、裏切りの代償としては効果的に思える。
ミレイユとしては妥当に思えたが、そこへユミルが待ったを賭けた。
「それじゃ物足りないわ。友の命はね、時として目的の為なら捨て去る覚悟の出来るものよ」
「それもそうですね。神の倫理を考えれば、それも有り得る話でした」
自己犠牲とは無縁に見える神だし、かつてはそれが許容できなくて反旗を翻し二柱だ。今となっては後悔していると言っているし、互いの命の使い所すら、既に決めている可能性すらある。
その生命を奪う命令は、あまり意味のないものかもしれない。
だから、とユミルはにったりとした、嫌らしい笑みを浮かべる。
「今も封印されてるとかいう、大神の命を奪いなさい」
「――そんな!」
ルヴァイルは動揺した声を上げて、顔面蒼白に否定する。
だがユミルは、そんな顔をまさに待ちかねていたかのように、笑みを深くした。
「……ご不満? これは楔なの。裏切りを思い留まらせる為に、有効な一手でなくてはならない。大神の死は世界の死、再興の目が潰れる原因かもしれないけど、裏切るつもりがないなら問題ないでしょ?」
「それは、そうですが……。しかし、何も大神の命でなくとも……」
「躊躇うというなら、尚の事アタシ達にとっては有益な担保だわ。ウチの子は、アンタの裏切りを見るか、あるいは察するかすれば、その口から糾弾の声を出せる。アンタは、それを聞いたら大神を滅するべく動かねばならない」
既に分かっている事を、殊更言い聞かせる様に口に出すのは、それが脅しとして有効だと知っているからこそだ。今や完全に、ルヴァイルの首根っこを捕まえた様な状況だった。
「ほら、段取りは済んでるわ。あとはアンタの覚悟を見せるだけ」
「その様ですね……」
ルヴァイルは恨みがましい視線をユミルに向け、躊躇う心が揺れるように、その瞳も同じく揺れた。
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