命の使い道 その2

 ユミルはルヴァイルに向けた顔を逸らさぬまま、無言で睨みつけている。

 だが、これを失言とは取っていないようだった。これまでの低姿勢だった態度から一転し、攻撃的な視線を見せている。


 不思議にも不自然にも思うが、睨み合いを終わるまで待っていたら夜が明けてしまう。

 ミレイユは二人の間の視線を、区切るように手を振った。


「ユミル、お前も暴露された事が気に食わないのは当然だが、あれに隠し立て出来るものじゃないと分かっていた筈だろう。その内容までは言われていないんだから、今は飲み込め」

「……フン。確かにそうね。馬鹿みたいに同じ失敗を繰り返して来たんだもの、色々知らなくて良いコトまで知ってるんでしょうし。……そうね、隠したままでいられる、と思っていたのが間違いだったわ」


 口では殊勝な事を言いつつ、その視線は未だ敵意を消せていない。

 ルヴァイルにしても強硬な姿勢を崩さない当たり、腹に一物抱えているらしい。もしかすると、彼女もまた煮え湯を何度と無く飲まされて来たからこそ、そういう態度を取るのかもしれなかった。

 そして、失敗の多くをユミルから与えられていたのだとしたら、態度の意味も理解できてしまう。


「ルヴァイル、お前が知っている事だろうと、それをみだりに口にするな。ユミルは必要だと判断して、それを私にも隠していた。私はその判断を信頼したい。だから、私にも――他の誰にも教えるな」

「ですが、これは……!」

「多くを見てきたお前だからこそ、言える事もあるんだろう。だが、私が信じるのはお前じゃない。いつだって、重きを置くのは仲間の言葉だ。協力関係を求めるなら、まずそこを履き違えるな」

「……えぇ、分かりました。自制できず口を滑らせた事、申し訳なく思います」


 そう言って、ルヴァイルはまずミレイユに頭を下げ、それからユミルにも目礼した。

 それでユミルも少々態度を軟化させたが、睨み付ける視線までは変わらない。


「ユミル、お前が必要と判断するまで何も聞かない。アヴェリンも、ルチアも、そういう事だから何も聞くな」

「は……」


 アヴェリンは少々納得いかない顔付きであったものの、二人から首肯が返って来て、ミレイユはユミルに向き直る。


「そういう訳だが……知ってしまった手前、一つだけ言わせてくれ」

「何よ……?」

「流石だ、抜け目ないな」

「当然でしょ」


 掛け値のない賞賛を向けられ、ユミルは誇らしげに胸を張り、やはり自慢気な笑みを見せる。

 ミレイユも笑みを返し、二人で拳をコツンとぶつけ合った時、横合いからアヴェリンが口を挟んで来た。


「しかしユミル、信用できない者に知られているのに、ミレイ様にも隠し立てする意味はあるのか? 我々にも教えろとまで言わんが、相手が知っている事をミレイ様がご存知でないというのは、それはそれで問題ではないか」

「そうね、だから折を見て話すわ」

「今ではなく?」

「アタシが何かを隠しているのは知られているとして、その内容まで知らない可能性はあるからね。ブラフに引っ掛かる真似なんかしたくないし、だったら後でこっそり教えた方が良いもの」


 淀みない返答に納得して、アヴェリンは何度か頷いてから顔を正面に戻す。

 ミレイユとしても、それに異論などない。何もかも知っている様に見せているし、話を信じるならその様に思えるが、ユミルの懸念も尤もなのだ。


 そこへ、挑戦的な笑みを浮かべたルヴァイルが、更に笑みを深くして問うた。


「では、本当に知っているかどうか、答え合わせをしましょうか?」

「――結構よ。アンタが本当に知ってるんなら、尚のこと簡単に言って欲しくないのよね。アヴェリンやルチアが漏らすなんて考えてないけど、手段を問わなければ聞き出す方法はある。知らせないでいる方が安心なのよ」


 それもまた、納得のいく反論だった。テオの持つ洗脳を始め、ある程度意思を奪う方法というものが、この世界には存在している。

 意志の力で跳ね除ける事も出来るものだから、アヴェリンの様な揺るぎない忠誠心を持つ者には通用し辛いものだが、神々が持つ手管が分からない以上、慢心も出来ない。


 そこまで言われてしまっては、ルヴァイルも閉口するしかない。その上で強行して言うようであれば、それは即ち利敵行為となる。

 だからアヴェリンたちも、無理に聞き出そうとしない。


 ルヴァイルもそれを良く理解しているのだろう。

 自らの行いを恥じる様に目を伏せ、それから小さく頭を下げてから、ミレイユへと向き直った。


 またも話は一度脇へ逸れてしまったが、ともかくもルヴァイルは協力的であり、協調性も見せようとしている。失言を悟り、神としてあって異例なほど頭を下げているので、こちらを尊重する姿勢も伺えた。


 インギェムの権能があってもやらないのは、それを覆されてしまうと知っての事かもしれないが、ともかく誠意ある対応を崩すつもりは無いらしい。

 となれば、その誠意の見せ方として繋属を提示したのも、単なるポーズではあるまい。

 その話を真剣に進めようと、ミレイユは二柱の顔を交互に見比べた。


「……それで、繋属という話だったが。詳しい話を聞いて良いか?」

「えぇ、勿論……ですが、改めて謝罪を。行き過ぎた発言、軽率な発言だったと反省しています。この様な大事な場で、私心を露わにするなど、あってはならない事でした」


 そう言ってミレイユに目礼する。

 悔しげな表情は自責の念によるものだろうが、そうすると先程ミレイユの頭に浮かんだ想像も、決して間違いという訳でもないらしい。


 神の思惑――洗脳や強制的な隷属を覆す手段を持っているというなら、それは中々に頼もしい。そして恐らく、何度手を変え品を変えても、ユミルはそれを突破し最終的に失敗するよう動いてくれるようだ。

 改めて労う様な視線をユミルへ向けてから、ルヴァイルが口を開くのを待った。


「それで、繋属についてですが……。互いに裏切らず、協力関係を維持し、双方の目的完遂に全力を尽くす。それを、契約として結びたいと思っているのです」

「それを聞くだけなら問題ない様に思えるな。抜け道は無いのか?」

「あると感じる様なら、文言を追加しても構いません。ただ、やはり余り冗長なものは推奨されません。一つ一つの契約に拘束力が分散されるので、シンプルな方がより強く繋属する事になります」

「――最初に聞いた時から思ってたんですけど」


 一声上げて、ルチアは手首を返すだけの小さな挙手をして会話を止めた。

 それまでは特に口を挟むつもりはなかったから、聞き役に徹していたようだが、思い付いた事を言わずに済めなくなったらしい。


「今の話を聞くだに、どうもユミルさんの眷属化と似たような強制力があるようじゃないですか。じゃあ、敢えてそちらが用意した手段でなくとも、ユミルさんを使っても良くないですか?」

「その効力を、身を持って体験した私からすると、それは実際魅力的に感じるが……無理だろうな」


 むしろミレイユはその案を採用したいぐらいだが、彼女らは決して認めまい。

 ルチアは小首を傾げて続ける。


「それはやはり、神が眷属なんて笑い話にもならないから、でしょうか? 生殺与奪の権利を奪われるのだとしても、己の生命すら担保にするような発言もあったじゃないですか。抜け道を用意してるか判断できない手段を、敢えて利用する意味ありますか?」

「ここぞと言う場面で裏切る為にか? そこまで行くと、何もかも信用できないなら手を組むな、という話になる。不毛でしかないから、それは止めておこう」


 ですね、と少々不満な顔を見せたが、これは単に意見を却下されて不満を顔に出したのではない。

 ルチアもまた不安なのだ。信用できないのに、信用するしかないジレンマに苦しんでいる。

 互いに利用する関係と理解していて、そう割り切るつもりでも、最後に梯子を外されるのを恐れているのだ。


 それはミレイユも同じだが、そうするつもりはないと、ルヴァイルも誠意を見せている段階だろう。基本的に信用を置ける間柄にはならないと理解しているから、その折衷案とも言えるものを見せているのだ。


 それさえ信用できないのなら、今ミレイユが言ったとおり、独力で目的を果たすしかない。

 だが同時に、それが酷く困難なものだと理解もしている。神々の所在も、そこへ行く付く方法も、何一つ確かなものを持たない。


 いずれ見つけられる、時間さえ掛ければ、必ず追い詰めてみせる――。

 そう思うのだが、それを許さないのが神というものだ。ミレイユを森に閉じ込める事を目的として何かを画策している、という話もある。


 時間を掛ける事がミレイユの害となるなら、悠長に探す旅は出来ないだろう。

 そして、それだけ問題を認識しているなら、一足飛びに超えられる手段を持つルヴァイルからの提案を、そう簡単に蹴られないのだ。


 ルヴァイルはそれらを挙げ連ねて、協力しなければ身の破滅だ、と脅す事も出来た。

 だが、如何なる方法でも上手く行かないから、こうして素直に頭を下げる事が有効だと判断したのだろう。誠意を向けて対応する限りにおいて、ミレイユもまたその誠意を返すと理解している。


 そして、話を聞く限り、ルヴァイルからしても後がない。

 このままだとデイアート世界の破滅、そして現世の破滅、という共倒れの未来しかない。

 始めたのは神々の方だから、どうなろうと自業自得だと蔑みたい気持ちもあるが、ミレイユが協力する気になっているのは、オミカゲ様の時と同じ理屈だ。


 滅びるのが自分だけなら諦めも付くが、それが世界をも巻き込むものなら、仕方ないでは済まされない。

 何の関係もない、無辜の民を犠牲になろうと構わない、とそこまで利己的にも自己中心的にもなれない、という理屈だ。

 ルヴァイルもまた同じ様に、己が身を犠牲にしても世界を救い、そして正そうとしている。

 だから、ミレイユは乗ってやっても良いかもしれない、という前向きな気持ちになっているだけだった。

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