待望 その8
その宣言を聞き入れて、ミレイユは思わず固まり、即座に二の句を告げないでいた。
これまでの流れから、凡その内容は想像が付いている。ミレイユの望みを理解していて、その解決を助けるつもりがあるのも理解していた。
だが、まさかと思える言葉が飛び出して、思考が固まってしまった。
ならば再び、先程は誤魔化された内容を、ここで問い詰めなければならないだろう。
目的が大神を倒す事にあるのは、互いの目的として利害は一致するし、むしろ望む所だ。しかし、その大神の認識に隔たりがあるのは間違いなかった。
「この世の不条理を正すのは良いさ。私もエルフ達に約束した。彼らが平穏と平等を主義に掲げる限り、その背を押して手助けするのは義務ですらある。そして、神々がそれを邪魔しているのだから、排除するのも道理だろう」
「えぇ、そうでしょうとも」
「だが、私達は大神というのは十二柱を指して言うのだと思っていた。だが、違うと言うんだろう? 神々の排除とは、どこからどこまでを指してるんだ?」
今こうして姿を見せている二柱――自分たちは例外で、それ以外全てを手に掛けるつもりでいるのか、それとも違う意図を持っているのか確認しなければならない。
小神は一柱、既に排除されているが、他も同様排除するというなら、口で言うほど簡単にはいかないだろう。だが、大神までの道を遮る手先として立ちはだかるなら、相手にしない訳にもいかない。
――それに、簒奪者。
神々を指して言うには、余りに強い蔑称だ。それの意味するところを知りたかった。
「そうですね……。まず大神の定義を明確にしましょう。大神とは、この世界を作った創造主。そう言い換えても構わないでしょうね。空、海、大地、生命。この四柱の神こそが、大神と呼ばれる存在です」
「あぁ……、そいつら確かにいるけど……アンタよりよっぽど影薄いわよね? 海の神は四千年以上前からずっと寝てるし……、言われてみれば今言った神、全員そうだわ……」
ユミルが腕組していた右手を持ち上げ、顎の先を摘んで首を捻った。
それはいつだったか、ミレイユも聞いた事がある。神宮でエルゲルンを問い詰めた時、そしてデイアートに戻って来て、大神に抗うと決めてからの事だった。
全員倒す必要があるのか、という話になり、寝ているばかりで無害な神だ、と教えられた神でもあった。
「そうね……。他にも同じ様に寝てばかりいる神がいたから印象に残り辛かったけど、いま言った四柱は確かに、一度たりとも活動した過去がない。ない、というより知らないだけかもしれないけど……。だから当然、影も薄い」
「そして、その四神こそが、現在の神人システムを作り、現在『遺物』と呼ばれている装置を作った。つまり、今の世界に、大神と呼べる者は活動していません」
「ちょっと待て……!」
予想外な衝撃的発言に、ミレイユは思わず手を挙げて話を遮った。
ユミルたちも目を丸くして驚いているし、内容の真意までは分からずとも、とんでもない事を聞かされたのは分かった。
ミレイユ自身も混乱は大きく、呼び止めた手を下げながら、頭の中を整理する。
本来の大神は四柱しかおらず、そして他の八柱が別の存在であり、神人システムは四神によって用意されたというのなら、それはつまり――。
「いま大神と呼ばれている神々は……いや神々も、小神でしかないって事か!?」
「そう、我らもまた神によって選ばれ、そして昇神を果たして神の末席と連なる存在。でも、それを良しとしない者達がいた。小神という扱いに不満を持ち、より強い力を、そしてより高い立場を望んだ者達が、反旗を翻して今の立場があります」
そう言って、ルヴァイルは次にユミルへと顔を向けた。
「今も眠って起きて来ない大神、と言いましたね。それは間違いではありませんが、正確でもない。封じられているからこそ、起きて来られない。永劫、眠り続けさせられているのです」
「なるほど……。だから簒奪……、という訳ね」
ユミルが吐き気を堪えるように眉根を寄せて言えば、ルヴァイルは無言で頷く。
その時に何があったのかも、そして何を思っての行動だったのかも、ミレイユには想像つかない。
だが、ルヴァイルは言っていた。全能感を一度味わえば、より強い力を求めずにはいられない、麻薬の様なものだと。
今も大神と呼ばれる者たちが、ミレイユと同様に力を身に着け、そして昇神へと至ったのなら、確かに気持ちは理解できる。同時にそれは、神へ至っても変わらない欲求として、残り続ける事になった……。
だから、なのだろうか。
そして今現在大神と呼ばれる存在が、小神と同質の存在であるというのなら、両者の力に大きな隔たりがないのも頷ける。
大神と小神との間で行われる闘争が、何故暗殺めいた方法で決着がつくのか、そこから分かろうというものだ。本当に強大な存在なら、正面から叩き潰せて良い筈だった。
しかし本質として同種でしかないから、個人の力量差で簡単に覆されてしまう。
「だが、その本質が小神であるというのなら、本来はそいつらも贄として用意された存在、という事にならないか?」
「無論、そうです。それを認められないから、大神に取って代わって、代わりの小神を用意している。自分達の肩代わりをさせる存在として、別の贄を求めたのです」
言いたい事、吐き捨ててやりたい言葉は幾つもあったが、結局口から出る事なく、唸り声と共に息を吐き出した。
ユミルは盛大に顔を歪ませ、侮蔑する様な表情を向けている。
「それはつまり、アンタたちもその簒奪に加担したってワケよね?」
「えぇ、非常に後悔しています。命があれば、それが惜しい。そう思わずにはいられなかった」
「だから、奪う側に回れば安心って? ご立派な主張ね」
「……ユミル」
ミレイユは小さな声音で窘める。
攻撃的な発言になってしまうのは当然だが、事を荒立てて会話を止める様な事はするな、と言ったばかりだ。ユミルもそのつもりは無かったろうが、元より染み付いた敵愾心は、容易に収まってはくれない。
ユミルは難しそうな顔で眉根を顰め、暫く思考に没頭していたかと思うと、即座に頭を上げてルヴァイルへ指を向ける。
「――ちょっと待ってよ。もしかして、四千年前世界をひっくり返して作り替えたのって、その反旗が原因とか言うんじゃないでしょうね!?」
「手を加えた部分はあれど、作り替えたというのは語弊があります。……むしろ、納める? 収納する……?」
ルヴァイルは小首を傾げて適切な単語を探そうとしていたが、結局思い付かなかったのか、話を飛ばして再開した。
「――とにかく、それが原因であるのは間違いありません。大神を封じた事で起きた、副次的災害とでも言うべきでしょう」
「ふざけんじゃないわよ……」
ユミル額に手を当てて俯き、力なく吐き捨てる。
その結果、ゲルミルの一族は追いやられ、日陰の存在として生きる様になった。そして長い時を世界の片隅で過ごす事にもなった。
ユミルはいつだか、人間になれたら、と零した事があると言っていた。
今の神々に手出し出来ない存在であり、神に絶対命令権を書き込めるという時点で異例な能力だと思えたが、真の大神が創造した生命というなら、その破格の能力にも納得できる。
大神が今も正しく世界に降臨していたら、もしかしたらユミルの立場も大きく変わっていたかもしれない。
それを思えば、ミレイユとしても唾棄してやりたい気持ちはあるが、今それをここで
それに大神への反逆と簒奪は、既に済んだ話だ。憤りは尤もだが、それを自分の溜飲を下げる為に攻撃しても意味はないだろう。
そして、かつて小神として求められた神々が、いま大神を名乗って世界を支配しているというのなら、先程聞いた願力の使い道についても、理解が追い付いてくる。
現在の大神は、簒奪した事によって、本来なら必要ない工程を踏まざるを得なくなったのだ。
「しかし、大神に取って代わった事が、どれ程の問題になるんだ? 下剋上は気持ちの良いものじゃないが、人の世でもまま見られるものだ」
「それが本当に、単なる下剋上に過ぎないならば、その通り。ですが、所詮小神は大神と同じ事は出来ません。そもそも大神と比べ、明確な劣化存在であるのは間違いないのですから、同じことが出来る筈もないのです」
「その理屈も分からなくはない。だが、具体的に――」
言い差して、ミレイユは閃くものを感じて口元を手で覆った。
ルヴァイルは世界の維持が破綻する、と言った。つまりそれは、現在の大神達が敷く体制では、遠からず世界が破滅するという意味だ。
本来の大神と小神の力関係など推測するしかないが、八柱が注力しても不可能というなら、その隔たりは大きいものだと予想できる。
そして何より、封じられた神々が持つ、その神格が問題だ。
空と海と大地、そして生命を司る神が封じられて、健全な世界が維持されるものだろうか。
ある種の確信を持って視線を向けたら、ルヴァイルからは満足げな笑みが返って来た。
「我が身可愛さで反逆したまでは良いものの、その後の結果まで深く考えていなかったのでしょうね。……いえ、正直に言いましょう。神の権能を持ってすれば、取って代わるのも容易いと踏んでいました。話を持ち掛けてきたラウアイクスはそう信じていましたし、それぞれの力を持ち寄れば、不可能ではないと思われた」
インギェムが持つ、繋ぐ力などが、その最たる例だろう。
「だが、見通しが甘かったと……」
「甘かったのは、神としての力量や権能の方ではありません。むしろ、神々の精神性こそが問題です。世界の維持に四神の力は必要不可欠。けれど封じてしまっては、その信仰とて十分には集まりません。願力とそれを利用する権能の行使、これを八神で肩代わりする必要があったのです」
「あぁ、それは……。自分達の信仰を集めながら、その取り分を上納する必要に迫られたのか」
ルヴァイルは小さく頷く。
果たして八神の心情は如何なるものだろう。神へ反逆し、その地位へ取って代わったのに、結局は四神が作った世界を維持するのに消費しなくてはならない。
それを不遇とは思わないが、当の神々がどう思うかは想像に難くない。すり減っていく願力を惜しいとすら思ったかもしれない。そして、より多くの願力を欲する異に繋がった。
常に余計と思える消費が圧迫となるならば、より多くの信仰を欲するのも道理で――。
「――だからこそ、神々は紛争を望まずにいられないのか。虐げる者が王座に座れば、それで救いを求める声が増える。単なる横暴、嗜虐趣味じゃないとは思っていたし、その推測も立てていたが、これで確信が持てた」
「仰るとおり。――そう、常に大量の願力が無ければ世界を維持できない。だから神々は、常に信仰を求めずにはいられないし、信仰に翳りがあるなら畏怖させるのに、力を振るう事に躊躇いがない」
「何てコトしてくれてんのよ……」
ユミルが眉間に深い皺を刻み、頭痛を堪えるように額に手を当てた。
ミレイユにしても全くの同感だが、神は神なりに世界を維持しようとした結果、この不条理な世界を形成する事に至ったらしい。
そもそもが身から出た錆という気もするし、そのしわ寄せを受け続けているのは、今もこの世で生きている民だ。
憐れと言うだけでは到底足りないが、そうだと言うなら、一つ疑問に思える事がある。
「……なぁ、願力の多くを世界の維持に費やしているというのなら、それこそ信徒同士の対立や戦争は不毛だ。貴重な収入源を捨て去る行為に等しい。人心を支配し続けるのは容易じゃないと分かるが……、それにしては諌めていた話など聞いた事もない」
「アタシも知らないわね。むしろ焚き付けているんだと思ってたわ。実際のところ、どうなの?」
「神々の精神性こそが問題……。先程、そう言いましたね? むしろ、それがあればこそ見限るしかないという結論を下しました。本当に維持する為に、自業自得と割り切って奉仕しているなら、話はもっと簡単だったのです」
ルヴァイルの表情には怒りだけでなく、多くの失望が見て取れた。
彼女が言うように、やった事を後悔して、それこそ歯車の様に世界を維持する役割に徹しているなら、多くの悲劇は避けられただろう。
もっと実直に、信仰を集める手段とてあった筈だ。
オミカゲ様は実際に、恐怖と圧力で信仰を集める事などしなかったし、ならばこの世界でも穏便な方法で多大な信仰を得る事も出来ただろう。
「信徒同士の争いは、足の引っ張り合いの様にしか見えないでしょう。――事実そのとおり。あれは足の引っ張り合いでしかありません。比喩表現でも皮肉でもなく、言葉のまま相手を蹴落とそうとしています」
「何故……? 不毛な争いと分からない筈ないだろうに」
「それは結局……彼ら自身、反旗を翻して今の地位を得たと知っているからですね。新たに自らの役割を肩代わりさせる小神を用意したとて、彼らが同じ様に反旗を翻して来るかも、という疑念は拭えなかったのです」
馬鹿な事を、と口に出して吐き捨ててやりたかったが、それこそ不毛でしかないので、溜め息を盛大に吐く事で代わりとした。
――では、きっと……。
ミレイユは信徒同士の争いが、どういう神々の間で行われたのか知らないが、大神を敬う信徒同士での争いは、起きていないに違いない。
自らの信徒がその戦争で減る事を理解していても、勢力を増し始める小神の信徒を、座して待つ事など出来なかったのだろう。
神器を複数用意しないのも同じ事。願力を消費して作るというのなら、多く用意するのは嫌だ、という理屈に違いない。
ミレイユはもう一度大きく息を吐き、疲れた表情でルヴァイルを見返した。
「……まったく下らない……。足の引っ張り合いで身の破滅なら好きにすれば良いだろうが、それで来るのが世界の破滅か……。馬鹿な神が上にいると苦労するな……」
「本当よねぇ……? ねぇ、ほぉんと、そう思うわよねぇ……?」
ユミルが意味深な視線を向けてくるが、ミレイユは手を払って遠ざける。
例の神になれ、などとという世迷い言は、こんな時だからこそ聞きたくなかった。
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