待望 その9

 ミレイユはユミルの言葉を殊更無視して、無理な話題転換だと理解しつつ、ルヴァイルへ話を振った。


「だが、あー……、そうすると……。あれだ、小神の存在意義というのは、本当に世界を維持する為に必要な贄としてなのか。神々が保身の為に、している維持ではなく」

「それはどちらとも取れるでしょう。信仰から得られる願力だけでは足りないから、神魂を『遺物』に使う事で延命を果たしているのです」

「ちょっと待て。『遺物』は汎ゆる願いを叶えてくれるんじゃないのか? 万能性を持っている、そう言ってたろう? 悠長に延命などと言ってないで、一足飛びに解決する手段を選べば良いじゃないか」


 世界を維持する、破綻が訪れている、その回避に願力を注いで延命している、というのはとりあえず納得しておく。だが、それだけでは足りないから、贄で補うというのも良いだろう。

 だが贄は所詮、手段でしかない。


 『遺物』を動かす為に必要なエネルギーとして、神魂を求めた。

 そして『遺物』に何を願うにしろ、小神を何度も作り、磨り潰していく位なら、最初から全てを解決する願いを口にすれば良いだけだ。

 世界を救え、などという大雑把な命令では叶わなそうだが……幸いと言って良いのか、神の中には知恵者がいる。


 その神が頭を捻って考えれば、万事解決する願いを特定できそうなものだ。

 神は全てにおいて合理的に動く訳でないとはいえ、ここは合理的であって良い部分だろう。


 だが、しないというなら、単に出来ないだけなのか。

 あるいは他に理由があるのか、それによって考えが変わりそうだった。


 ミレイユの問いに、ルヴァイルは瞑目して口を閉じる。眉間に僅かな皺が寄ったところを見ると、あまり愉快な返答は期待できそうになかった。

 数秒の沈黙をした後、その口が開く。


「これもまた、一つの足の引っ張り合いを原因としています。小神を贄とし叶えられる願いは、厳密に定められています。そしてこの場合、何でも叶えられるというのが問題なのです」

「何となく読めて来たわ……。つまり、その願いで出し抜かれるのを嫌がったのね?」


 ユミルが蔑む言葉には十分な棘が含まれていたが、ルヴァイルは気にする事なく頷く。


「……そう、最初期の頃は、自身が集める信仰で補える自信もあったのでしょう。贄はあくまで保険、その程度に考えていた時期もある。八神の力を結集して、出来ない事など無いと考えていた」

「だが実際は、結集などしなかったんじゃないのか? 我が強く、一つ所に纏まる事も、協調性も見せなかった」

「えぇ……。そして八神の中には、出し抜いて何れの神より高い力を得よう、と考えた者もいました。それ故、『遺物』による強制をされているのです。神々は、世界の延命以外で神魂を使うべからず、と」

「馬鹿な事を……。じゃあ、神々の間で、仲が悪い間柄というのも……」


 誰かが保身の為に先走って、その馬鹿な願いを叶えてしまったからではないか。

 加えて本来なら叶えられた様々な願いを、封印された事から険悪な関係になった、という事であるかもしれない。


 その意図を含ませた視線を、ルヴァイルとインギェムの間へ行き来させると、二柱は眉間に皺を深く刻んで首肯した。

 嫌な予想が当たってしまって、ミレイユもまた渋い顔をして息を吐く。


 救いようがない、とはこの事か。

 そして、その見通しの甘さには反吐を吐く思いがする。そのうえ神々の間に協調性はなく、あまつさえ出し抜こうとした輩への教訓と罰が合わさり、切り札すら封印する事になった。


 当初は持ち堪えられていた世界の維持も、それで一気に難しくなったのではないだろうか。

 そして求めた時には、その万能の『遺物』は神々では万全に使えなくなっていた。


 ――延命は、あくまでも延命だ。

 解決するまでの猶予としては有効だが、解決そのものを与えてくれない。


 だが、例えそうだとしても、神以外に使わせれば済む話ではないか。

 ルヴァイルにナトリアという神使がいるように、信頼を預けられる信徒は、どの神でも持っているものだろう。

 その者に任せ、叶えさせれば良い。


 ミレイユの思い付きは、その場の凌ぎの閃きの様なものだったが、悪くないように思える。だが、ミレイユが思い付く程度の事は、神々にも思い付くだろう。

 そして実現していないというのなら、それが答え、という事だとは思う。


「一応、聞いておきたい。神々には不可能だろうと、他の者ならどうだった? それはつまり、それ以外には可能という意味でもあるんだろう?」

「勿論です。ですが、叶えられる力というのは、願う者の力と不可分。より強い願いには、より強い力を持っていなければならない。それを補う為の神器なのですが、それも五つまでしか装填できない仕組みです。万能であれ、願う個人によって限界はある」

「そんな制約があったのか……」


 そしてだからこそ、今まで誰も叶える事が出来なかったのだろう。

 神に仕える事を許される程だから、神使の力量は当然高い。ナトリアにしても、間違いなくこの世界においては有数の実力者だった。


 だが、そんな彼女であれ、あるいは他の神に仕える何者であれ、神が望む願いを叶えられなかったから今がある。

 しかし、同時に違和感も覚えた。


 『遺物』はドワーフによって造られたものだが、それが神の範疇を越える万能性を持たせられるものだろうか。世界の仕組みすら書き換えられる存在が、神でもない一種族が造り上げたとは考え難い。


 もし、本当に一種族が造ったに過ぎないというのなら、ルヴァイル達にだって造るか、あるいは手を加える事くらい出来そうなものだった。

 そして、本当にドワーフのみで造ったというのなら、それはもう神と呼んでも差し支えないように思える。


「だが、『遺物』は何故そこまでの万能性を有しているんだ? いま聞いた話では、神が用意した神器は、あくまで外付けブースターの様な物だろう? そして神魂は、動力源の様な役目を果たす訳だ。ドワーフという一種族が作ったというには、……余りにも過分に思える」

「そうでしょうね、そもそも『遺物』とは大神が創造せしめた物なのです。それを保全、修復する為に用意されたのがドワーフで、だから神器を外付けさせる事も出来ていたのですが……。彼らは大神の喪失と、自らの種族の重要性を理解していました。そして、その悪用がどのような悲劇を生むのかも知っていたのです」

「そうか……、伝聞の上でしかドワーフが存在しないのは、そういう理由か。つまり、自らを体よく利用される事を恐れて逃げたから、なのか……?」


 ルヴァイルは憐憫の眼差しを、遠く外へ向けて頷く。


「……そうです。彼らは『遺物』を使い、姿を変え、知識を捨て、認知できない存在へと変貌した。神々にも見つけられず、物理的、魔術的手段でも捜索できない、そういう存在へ作り替えた。霞のように実体を持たないのか、あるいは単に視えないだけなのか、それさえも分かりませんが……とにかくドワーフは、それ故この世から忽然と姿を消す事となりました」

「なるほど……、言うこと聞くと見せかけて、それを強かに利用したという事か」


 それについては、素直に褒めてやりたい気持ちだった。

 元より神を相手にして、正攻法で勝てるとは考えなかった訳だ。裏を掻かねば対処できない。

 そして『遺物』の修復や保全を任されていた故に、その構造についても理解していたドワーフは、機構に介入して自らの願いを優先的に叶えた、という事なのだろう。


 そして神々は、八方塞がりとなってしまった。

 信頼関係が築けていれば、と思ってしまうが、そもそも大神への反逆を企て実行した者達だ。言うことを素直に聞いていただけで、助命が叶うと思わなかったとしても不思議ではない。


 妙に納得する気分で頷いていると、ルヴァイルはひたりと視線を合わせてくる。

 その視線に妙な圧力を感じて、身構える気持ちで何を言うつもりか待った。


「――そして、だからこそ貴女だったのです。神人計画は、それに転用するには、実に有用なものだった。これまで幾度となく造ってきた素体、それに手を加え調整するのは、決して難しい事ではなかった」

「なに……、私が……?」


 何故、と口にしようとして瞬時に悟る。

 ユミルとも目が合って、それで納得の色が浮かんでいた。


 ミレイユは強い。余りに強すぎる。単に才能の差、個体の差と思っていたが、神に至るでもなく小神を下してしまうというのは異常だ。

 そして八神もまた小神に過ぎないのだとすれば、神に至らずとも彼らを下した、というについても納得できてしまう。

 そして何故、そこまで強力な素体を造ったかといえば、先程の話を思い返せば明らかだ。


「私に『遺物』を使わせる……その為にか。神々と同レベル、あるいはそれ以上でなければ叶えられない願いを、代わりに叶えさせる為……」

「そう、本来なら神を下せる様な実力を、身に付けさせる訳がないでしょう? 自身を傷つけ得る牙など、最初から抜いておくに限ります。けれど必要だったので、精神の方に多くの枷を付けた」

「あぁ、大神に……より正確に言うなら八神に叛意を抱けないよう、そして挑む気力を失くすよう調整していたんだな」

「えぇ、他にも多くの事を」


 なるほど、カリューシーが例外に感じられた筈だ。

 そもそもとして、求められた用途が違う。神人計画というベースがあったから混同するしかなかったが、ミレイユに求められたのは贄というより、むしろ鍵だ。


 カリューシーは説明を聞いた上で、昇神を受け入れたと言っていた。八神としても、そういう神の方が扱い易いだろう。考えてみれば、その信徒すら削いで過度な願力を与えまいとする彼らが、最初から反旗を翻すかもしれない者を選定する筈がないのだ。


 最初から誰でも良いという、適正を見ずに決めていた訳でもないだろうが、より従順で終わりを受け入れている者の方が、贄として相応しいには違いない。


 そしてだからこそ、ミレイユの特異性がより顕著に分かる。例外すぎる実力は勿論、現代日本で育った温厚な性格は、命じてやれば素直に応じるとでも思えたのだろうか。


 精神調整して大神へ反骨精神を持たせないようにすれば、それで安全と思ったのだ。

 その上、より困難に立ち向かう意志を植え付けてやれば、途中で日和ったり逃げたりしないと思ったのかもしれない。より強い力を身に着けさせたのも、その保険あればこそだろう。


 だが、同時に不思議に思う。

 ミレイユに鍵を望むのなら、最後の最後で逃すような無様を晒すものだろうか。ミレイユには世界を救うという意志は薄かったし、実際に三度も世界を救ったが、それで世界を大事に思う心が育まれたか、と言われたら否と答える。


 むしろ、ゲームで学んだ流れを汲んで、神になる事を選んでいた可能性は考えられないか。

 実際、順調にいっていた様に見えただろう。彼らの想定通りに動いたなら、最後に神になる事を選んでいたかもしれない。

 そこで現世へ帰還したのは、神々からすれば完全な予想外で、これで本当に計画通りいっていたのかどうか、甚だ疑問だった。


「……なぁ、これは本当に私を狙い撃ちにした計画だったのか? これには明らかに欠陥があって、下手をすると神になる事を選んでいたぞ。これは本当に、想定通りにやれていたのか?」

「……そうですね、誤算も誤解も幾つかあります。……ただ、神が一枚岩でないのは、もうお分かりだと思いますが」

「……そうだな。事実こうして、裏切りの算段をつけようとしている神もいるくらいだ」


 ミレイユが皮肉げな笑みを二柱に向けると、苦笑としか言いようのない笑みが返って来た。


「……えぇ、まさしく。そして、足の引っ張りはどこであろうと起きていた。そういう事でもあります」

「だが、私については、一種の虎の子となる計画なんじゃないのか? ……それでも?」

「それでも、ですね。推進したい神、邪魔したい神、そしてその二つすら裏から潰そうとする妾たち。邪魔したい神、というのも少し意味合いが違いますね。それだけ強い神魂から得られるものは、どれ程なのか見極めようとしていた、といいますか……。それでより効率的な延命ができるなら、今の体制を維持すれば良いと、そういう考えを持っていた」


 どこにでも、保守派というものはいるようだ。

 むしろ、長く生きればこそ、変化を嫌うというものなのかもしれない。

 そして思惑はどちらにせよ、ミレイユが第三の選択肢を選んだから、また話が拗れてしまったという事か。

 それが始まり、という事になるのかもしれない。

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