待望 その6
それで、とミレイユは会話を再開しながら、中断した話を再開させる。
「先程聞いた話の限りでは、神の数は一定に保たれている必要があるように聞こえた。そこの所はどうなんだ?」
「その必要性があるか、という意味なら、必ずしもないと答えます。妾個人としては、大神の数が多すぎると思っていました。貴女方がシェアの奪い合い、と言っていた件についても同じく。だから神の間で諍いも起きる。……全く無意味で、無益な行為。神の数はもっと少なくて良い、というのが妾なりの見解でもあります」
あっさりと肯定するだけでなく、物騒な発言にミレイユは少々戸惑う。
これは単に肯定する意見ではなく、真相の一端なのではないか、と思った。
何故ルヴァイルが神々への利敵行為を行うか、そして仲の良い者同士とはいえ、インギェムもその陰謀に加担しようとするか、その答えだという気が。
だが――。
「最初の一度目、ことの始まりの段階では、そう思っていなかったのか? 最初のミレイユがやった事は、お前の願望を形にしてやった事に思えるが」
「その最初の一回、それを見過ごすしか出来なかったのが、妾の失態……そう言ってよいでしょう。多くの事実を知るには、妾は若かった」
単純に生きた年月を指して若かった、と言いたい訳ではないのだろう。
神という立場でありながら、ユミルでさえ何をしているか知らない、と言われるルヴァイルなのだ。この神は俗世に関わらず、そして関わる努力さえ怠った。
若いという事は、得てして大局に無関心なものだ。
大事なポジションは老獪な誰かに占められている所為もあるかもしれないが、いずれにしろ、その中にルヴァイルは含まれていなかったに違いない。
「妾は……自分とごく身近の安全さえ確保できれば、それで良かった。多くに排他的で、自分とその周囲こそが全てだった……。それが間違いであると知ったのは、ループ案をそのまま採用し、それに手を貸してからの事です」
「熱心に信仰を集めようものなら、他の神とぶつかりそうだしねぇ……。アンタみたいな神は珍しい気がするけど、それなら影の薄さも納得いくわ」
「外に興味を持てず殻に閉じこもった結果、そうなってしまったのです。そして時の繰り返しが行われるようになってから、この世の不条理をより深く知る事にもなった……」
「今更でしょ……」
ユミルが呆れた声音を隠そうともせず言うと、瞼をきつく閉じて頷く。
「妾は多くの事に無関心が過ぎた。そして神の世界にあってさえ、不条理があると知った。神々は保身で動いている。世界の存続……それは間違いないけれども、存続の為に神が邪魔になっている。それを正したいと思ったのが、妾の動機でもある」
「それだけでは、具体的な内容が何一つ分からないが……」
ルヴァイルが真実を話そうとしている事だけは伝わった。
その悔恨もまた、彼女なりに深いものだ。人の世の不条理を神が作っているのだが、神の世にあっても、何者かが不条理を生んでいる。
それを正すには、ミレイユの神殺しの実績が必要というなら、それに乗るのも吝かではない。
その不条理を生んだ神こそが諸悪の根源というのなら、ミレイユが憎み、ルヴァイルが退場願いたい相手は一緒だろう。
その部分については、間違いなく協力し合えるだろう。
だが、そう単純な話でない事も理解できた。
万端に、円満に、全てを終わらせたいと願うからこそ、このループは終わっていないのだ。
本当に目的とする神を退場させるだけなら、何度と無く繰り返させて、最適なミレイユを選定する必要などなかった。
ミレイユは一つ頷き、続きを促す。
「その不条理ってやつは、どういうものなんだ?」
「神が世界を存続させようとしているのは事実です。身を粉にするほど精力的でないのも事実ですが、神々の努力によって保たれている。けれども、願力で得られるエネルギー全てを、世界の為に使っている訳ではありません。己の存続……は勿論ですが、蹴落とされない為に力を蓄えている必要があり、その為に願力全てを世界の存続に使う訳にはいかないのです」
「……いがみ合いがある所為か? 互いに足を引っ張るから、対抗する為に力を蓄える必要がある。その為に、全てを維持に費やす訳にはいかない、……と?」
ミレイユは呆れ果てて口にすると、ルヴァイルは慚愧に堪えないといった表情で同意した。
「世俗から思われている程、神々の仲は悪くないのですが……概ね、そのとおり。その座から降ろされたくないから、降ろされるかもしれない弱みを見せたくないから、そういう理由になるでしょう。合理的な判断が出来るなら、そんな事に意味はないと分かるのですが」
「神の座を得ていれば、失う事が怖いか……」
「下らない……!」
ユミルは吐き捨てて顔を外へ逸したが、それを咎める者はいない。
意外な事にインギェムもこれには同意しているようで、ユミルの発言にも噛み付こうとしなかった。同じ意見であるとしても、神としては同意できない部分である気がしたが、彼女もまたカリューシーと同じタイプであるのかもしれない。
神としての立場に満足し、長い時を生きる事に満足し、そして十分な見返りを得たと思う稀有な一柱。むしろ、そうでなければ、現在の神々の体制を壊そうとしているルヴァイルには付き合えまい。
「だが、お前は他の神々から言われるままに協力し、そして時の繰り返しを生んだ。その繰り返しの中で、神々の不条理さなり醜悪な部分なりを見る機会が増えたというのも分かったが……。だから義憤に駆られた、と言いたいのか?」
「大神が小神を食い物にしてるってだけでも、十分不条理だったと思うケド。割りと今更すぎない?」
「……そうですね。私はいずれ自分の番だと思っていましたし、誰もがそう思っていると思っていました。神も人と同様、いずれ果てる。ただ、その長さが決定的に違うだけなのだと。そして果てる時には、世界の礎になるのだと、その様に考えていたのです」
ミレイユは思わず眉を顰める。
それはあまりに物を知らなすぎる、としか思えなかった。神々が何故、闘争めいた争いをするのか、そして大神が常に勝ちを拾うのか、それを知らなかった筈がない。
不条理と言えば、これもまた一つの不条理に違いないだろうが、ルヴァイルが指しているのは、これと別件な気がする。
小神が贄となるように、自らもいずれ順番が来ると思っていた様な口振りだ。見たところ戦闘が得意なタイプにも見えないから、それを理由とした覚悟だろう。
神々の争いがどういう形で成立するのか分からないが、仮に果たし状の様なものが手渡されたら、素直に従うような類いではあるまい。そして、勝てない相手だからと、そのまま敗北を受け入れるとも思えない。
大神という身にあれば、その様な潔い結果にはならないと分かっていて良い筈だ。
「この世界は危機に瀕しています。それを
「それがつまり、世界を救う事にも繋がるしな」
最後にインギェムが補足して、二柱の言葉が止まった。
言うべき事は言った、とルヴァイルは澄ました顔で目を閉じたが、ミレイユからすれば、全く話は終わっていない。
むしろ、一つ話を聞く度に、一つ気になる所が出て来る始末だ。
これは協力を要請する為、同盟関係を築く為、その説明をする場ではないのか。
ミレイユは頭を抱えたくなる様な思いで、額に指先を数本当てた。手で抑えておかないと、頭ががっくりと落ちていきそうに思える程、暗澹たる気持ちにさせられている。
「世界の維持……。それは知ってたが……、つまり何だ? それは維持しなければ、即座に滅ぶ様な、危険な状態なのか?」
「そうですね。いつからか、と言われたら、きっとその時決断した直後から、という事になるのでしょう。そして今まで、必死に繋ぎ止めていた。けれども悪化の一途を辿り、手を離せば崩れ落ちる、その様な状態まで陥ってしまった」
「はぁ……? 何でそんなコトになってんのよ。自らの首に縄を賭けながら、それでも必死に綱渡りしているとでも言うワケ?」
ユミルの皮肉めいた言い分が、インギェムには相当お気にめしたらしく、快活に笑って手を叩いた。
「ハッ、そりゃいいな! ほんと、そのとおりの状況だよ。で、その繋ぎ止めてる役割の中心に据えられてるのが、己って訳だ。今更ってほど最近じゃないがよ、それでも、この己が尻拭いさせられてんだ。自分の首にも知らずに縄かけられてて、それで働かされてるってんだぜ? まぁ、納得いかんわな」
「それを私に言われても困るが……。つまり、それが利敵行為の動機って事か? 仲間意識の薄い連中だとは思うから、不満が溜まればそんなものかもしれないが……」
維持というからには、やめれば破綻する、という事でもある。
だから止める訳にもいかず、他の誰かの尻拭いにも甘んじて来たのかもしれないが、いつだって、その不条理には不満に思っていただろう。
繋ぐ事が出来る権能を持つからこその、白羽の矢だったかもしれないが、知らずに首へ縄を括り付けられていたのだとしたら、確かに納得できるものではない。
それに先程の会話で、明らかに不自然と感じられた部分があった。それを言おうとしたのだが、ミレイユより先にユミルが指摘する。
「まぁ、気に食わないコト聞かされたものだけど、それより気になるのは神々の言い方よ。さっきの言い方じゃ、大神とも小神とも別の神がいるように聞こえたんだけど。大神が維持しようとして、それを他の神々が掠め取り、それを補う為に小神を……。そんなコト言ってたでしょ」
「それだと
「いや、その認識がそもそも間違いだな。大神は最初から四神しかいない。他は全員詐称だ、己らも含めて、本当は大神じゃないんだよ」
あまりにも簡単に、呆気なくインギェムは口にしたが、それは公言して良い秘密なのだろうか。
元より感じていた頭痛が、ここで更に強まった気がする。
言葉の意味を理解できず、事の真意を教えろと、敵意にも似た視線をルヴァイルへ送った。
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