衝動変革 その10

 魔力制御というものは、その扱い方に個性が出るものだ。

 自分にとって最もやりやすい形に変化していくものだし、基本通りの型が全ての人間に適しているとは限らない。だが同時に、その型が明らかに合ってない動きをしている場合もある。


 それを正してやるには本来、膨大な時間が掛かるものだ。

 良くない癖だと指摘しても、本人にもどうにならない事だってある。ミレイユはそれを強制的に矯正する事が出来るので、最短距離で見直しが出来た。


 フレンから手を離してやると、脂汗を滲ませた顔で、驚愕も顕にした表情を向けてくる。

 握り込む拳に視線を移し、更に力を込めれば制御力とその練度が、比較に出来ないほど良くなっていた。その実感を、今まさに味わっているところだろう。


 内向術士にとって、魔力総量の少なさだけで、強さや優劣は測れない。

 一定数より多くなると持て余すので、そもそも扱えないなら、少ない方が良いぐらいだ。

 フレンはそれを力で振り回すタイプだが、力付くで回す事に慣れてスムーズな回転というのを疎かにし過ぎていた。慣れてしまい、それを正す者もいないとなれば、明らかに間違った方法さえ正しい方法だと思い込む。


 ミレイユが今回やったのはそれを正しただけだが、フレンにとってはそれで十分だった。

 彼女の表情は驚愕から驚喜へと代わり、力量の上がり幅に我を見失いそうになっている。その手を再び取って、その制御を強制的に止めた。嗜める様な視線を向ければ、即座に謝罪が返って来る。


「――申し訳ありません! 突然の事に……あまりの変化に、無礼な真似を……!」

「あぁ、それが自覚できるというなら、見所があるな。口で言っても分からないだろうから、敢えて説明しなかったが……私はお前を強化したんじゃなく、本来出来る筈のものを、出来るようにしてやっただけだ」

「これが、実は最初から出来ていた……」

「それを強化と感じる者もいるかもしれないが、種を明かせば陳腐なものだ。お前の努力の先にあったもの、それが芽を出した」


 ミレイユが悪戯めいた笑みを浮かべると、フレンは惚れ惚れとする様な息を吐いて首を横に振る。


「その本来の力を引き出せる者が、一体どれ程いるでしょうか。私は自分が完成したものだと思っていました……」

「今の矯正で余力が出来た分、更に伸び代が生まれただろう。完成を見るのは、まさまだ先だな」

「まだまだ、先……!」


 フレンは喜びに震えて、ミレイユを見返した。

 武術や体術において、その若さで完成を見ると言うのは傲慢かもしれない。けれども魔力総量や制御において、これ以上の伸び代がない、という意味で完成を見る事はある。


 それもまた工夫次第で別の伸び代が生まれたりするものだが、とにかく自分で見切りを付けてしまう部分というものは、確かにあるものだった。

 まだやれると思う反面、自分はこれまで、という落胆もあった事だろう。常に高みを目指す戦士にとって、道半ばで自分に見切りを付けるのは辛い事だ。


「余り一人目で時間を掛けてもいられない。これから同じ事を施して行くから、知り合いなんかに良く言い含めておけ」

「は……、ハッ! 新たに道を敷き直して頂き、誠に感謝いたします!」


 最後に一礼し、踵を返してフレンは退室していく。

 そのキビキビとした堂々たる振る舞いには、自分に対する自信に満ち溢れていた。あれが傲慢になるというには、アヴェリンという壁があるから大丈夫だと思うが、これから施す者達も同様だとするなら、少し先行き不安にも思ってしまう。


 下手に暴走してオズロワーナに殴り込む、なんてしないと思うが、その力を振るう機会を探し求めて、森の外縁を徘徊しそうだ。

 新たな懸念を生んでしまった事に一抹の後悔はあるものの、今はとにかく未だ膨大に残る民たちへ、意識を割く事の方が優先だった。


 ミレイユが一つ頷くと、それで順番を待っていた次の者がやって来る。

 なるべく早く終わらせよう、流れ作業だ、と心に言い聞かせながら、跪く獣人の手を取った。


 ――


 幾らも数をこなしていくと、そこに違和感の様なものに気付く。

 というより、気付かざるを得ないのだ。フレンやその後に何度か続いた戦士ならば、まだ理解出来た。明らかに戦闘に赴く様な装備品を身に着けているのは、ある種、戦場へ赴くような気持ちでいたからだろう。


 あるいは尊敬する人物を前に、不埒な格好で行く訳にはいかない、という気持ちが働いたのかもしれない。だが当然、街で持て囃される衣服など無いので、一張羅のつもりで身を飾っていた。


 少しでも見栄え良く、格好良い自分を見て貰いたい、と思うのは自然な感情なのかもしれないが、それが羨望の眼差しと共に立たれると、どうして良いか分からなくなる。


 今しがた帰って行った者などは、明らかに戦闘員ではないと分かる魔力しかなかった。そのうえ、随分と着飾って手を差し出して来たのだ。

 握られた手を嬉しそうに見つめていたのも、不思議と目に留まった。


 未だ人の列は途切れる気配を見せないが、敢えてそれを止めて貰い、肘掛けに体重を預けながら額に手を当てる。


「……なぁ、これ何か勘違いされてないか? あきらかに魔力の水準が、一定に達していない者までいるんだが……」

「アタシ、あれに良く似た光景を、あっちの世界で見たコトあるわよ」


 ユミルが面白そうに笑みを作って、意味ありげな視線を向けてきた。

 聞かない方が良いと分かっていても、止められなかった。ぶっきらぼうな声で尋ねる。


「……何だ」

「アイドルとやらの握手会」


 ミレイユは思わず唸りながら額を揉んで、これまでの光景を思い出す。

 そうしてみれば、記憶の中の彼ら彼女らは、戦士としての力量上昇を望む者と、興味本位というには熱が入り過ぎている者たちとで、別れていたように思う。


 テントの外では、額に手を当てだしたミレイユを心配する声も上がり始めた。

 心配ないと顔を上げ手を振って、体調の無事をアピールする。実際、体調の問題ではない。ただ、住人達の心情を思って、立ち眩みに似た思いを感じただけだ。


 ミレイユはテオへ顔は向けず視線だけ向けて、外には聞こえない様に声を掛けた。


「お前、まさか変な真似してないよな?」

「してる訳なかろうよ。何で俺が下手すれば拷問される様な真似、進んですると思うんだ」

「……あぁ、お前の私に対する認識に思うところはあるが、実に説得力のある返答だった」


 仮に思考誘導の果てがミレイユのアイドル扱いだったとして、それが裏切り行為かと言えば微妙なところだが、殴り付ける程の事ではない。

 ただ腹いせに、念動力で天井と床へ、交互にキスさせてやりたい気持ちは湧き上がる。


 ミレイユの不穏な視線に何かを感じ取ったのか、テオはぶるりと身体を震わせて、必死にこちらを見ない様、顔を正面に向けた。

 ミレイユもいつまでも現実逃避している訳にもいかないので、次を招くよう指示する。


 次にやって来たのは赤子を連れた獣人族の母親で、対面できた喜びを表して顔を綻ばせる。そして腕に抱いた赤子を、恭しく差し出して来た。


「どうか抱いてやって下さい。強い子に育ちますように」

「あ、あぁ……、うん。だが、赤子というのは抱いた事がないな。……首は据わってるのか?」


 言われるままに抱き止めて、壊れてしまわないよう、慎重な手付きで胸に抱く。

 赤子の体温は高く、どこを触れても柔らかい。丸くつぶらな瞳で、ミレイユが何かも理解せず見つめてくる様は、実に愛らしい。


 その頭をひと撫でして、頬を親指の腹で優しく撫でる。

 すぐにぐずり出してしまったので、赤子を母親に返すと、彼女は深々とお礼をして立ち去っていく。腕の中の重みと暖かさを物寂しく思いながら見送り、そこでハタ、と思い立つ。


「……いや、おかしいだろ。ここはそういう場所じゃないんだよ。アイドル扱いの次は、何扱いだ? 私は一体、何を求められているんだ」

「あらまぁ……、受け取り拒否する仕草すら見せなかったのに、今更その反応? 気付くのが遅過ぎるんじゃなくって?」


 ユミルが呆れともからかいとも付かない笑みを浮かべて、テントの外へ指を向ける。

 そこには戦士や魔術士と思われる若者も見えたが、明らかにそれとは異色な存在も目に入った。中には病気に罹っていそうな者、折れた腕を紐で吊っている者までいて、趣旨を理解せずやって来たのは明白だ。


「ほら、まだまだ残ってるわよ。色んな何かを求めてやって来たヤツラが。何を求めて来たかといえば……、救いとかじゃない?」

「う……」


 辛い時、誰かに寄り掛かりたいと思うのは自然な事だ。

 信仰を持たせないようテオに洗脳させていたというのに、彼らはそれでも、ミレイユにそれを求めた。信仰とは別の、しかし寄り掛かれる何か、彼らにとって有り難い存在に置き換えて、そうしてミレイユとの対面を求めている。


 そしてミレイユは、それを受け止められるだけの人だと、里の皆から認められたのだろう。

 里を預かる者として、これを蔑ろには出来ない、と思った。

 ミレイユはテオにこそ縋る様な視線を向けて、本当に頼むぞ、と念を押す。


 この際アイドルでも何でも良いが、信奉さえ向けられないならそれで良い。

 次の者が入ってくると、そこには見知った顔がいて、おやと眉を上げる。いつ出会っても可笑しくなかったろうが、振り返ってみれば、終ぞ今日まで出会う機会がなかった。


 小さな子どもを従えて、おずおずと目の前までやって来たのは、かつてミレイユが助け、森まで案内したエルフの親子だった。

 名前もその時聞いた筈で、確か――。


「リネィア、だったか……。すまないな、すっかり忘れてしまっていた」

「いえ、とんでもない! こちらこそ、ご挨拶に伺うべきでしたところを、失礼しました。里の屋敷にはみだりに近付けませんので、これも良い機会と思いまして……。場にそぐわないと思いつつ、一言お礼をと……」

「あぁ、そうだったか。礼などいい、と言いたいところだが……。そうだな、お前の感謝の気持ちを受け取ろう」


 リネィアは嬉しそうに頷き、そして膝の辺りを抱きしめて離そうとしない娘を前に出そうとする。しかし、背後に隠れて頑なに顔を出そうとしないので、リネィアはほとほと参ってしまっていた。


「どうやらあの時、相当怯えさせてしまったようだな。……無理もないが」

「いえ、そんな! ほんとにもぅ、この子ったら……」

「無理して顔を出させるのも忍びない。名前は、何だったか……」

「リレーネと申します、ミレイユ様」

「あぁ、リレーネ。お前達が無事で良かった。……またな」


 ミレイユが小さく手を振ると、それで足の後ろから顔を半分だけ出して見つめて来た。小さな手をズボンから離して、ぎこちなく横に振る。


「……ばいばい」

「そんな言い方がありますか。ほんとうにもう……!」

「いいんだ。幼子なんて、そんなものだろう」


 ミレイユが微笑ましいものを見る様に言うと、リネィアは恐縮し切って頭を下げた。それからしつこいくらい頭を下げつつ、リレーネを伴って去っていく。


 その二人の背中を見つめ、思いがけない嬉しい再会を思いながら息を吐く。

 まだまだ長蛇の列は終わりそうに見えない。だがとにかく、今は目の前の人の列を捌く事にだけ集中しよう、と心に決めた。

 今まで縋るものを持てなかった彼らに、本来は受け取るべき感情を受け流しているのだ。それを疚しいと思うなら、せめて別のそれを受け取るしかなかった。

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