衝動変革 その8

「今回ユミルにして貰った裏工作は、結果が出るまで時間が掛かる。ルヴァイルの言葉が信用できるか、その判断も下すまでにも時間が掛かるだろう」

「でもですよ、結果といっても、それだけで判断を下せる訳じゃないですよね。冒険者ギルドに価値を感じてないない可能性は高いですし、それならオズロワーナに手を出したと判断されない事も考えられるんですから」

「ま、それは分かっていたコトよ。一足飛びに答えが得られる、と思ってやったワケでもないんだしね」

「あくまで試金石であって、その結果でもって信用するって意味でもないのは理解してます。でも、時間が掛かるというなら、それこそ私達の拘束を叶うものにさせている、とは考えられませんか」

「ルチアの言い分も分かるが、ルヴァイルの目的として一番始めにあるのは、信頼関係の構築だろう。あれにも目的があって接触して来ているんだから、まず初手からギャンブルを狙わないと思うんだが」


 ミレイユの指摘に、ルチアは顎先を摘んで首を傾げた。


「つまり、前回渡して来た情報に嘘はない、と……? 今回の様に、物は試しだと手を出して、それで本当に反撃があれば、もう信頼関係は築けませんものね。でもルヴァイルは、過去のループから統計を見て、先読みの行動が出来る……。結果が分かっている事には、強気に出られるんじゃないですかね?」

「先が見えているのは確かだろうな。自分たちの損に繋がる情報は、渡していないと見るべきだ。それで足元を掬われる様な情報もな。だから……まぁ、森で大人しくしている限り手を出して来ない、という発言にも信用が置けるという話になるんだが」


 少し諧謔を感じさせる表情で見渡すと、それぞれから苦笑した返事が返って来る。


「そう言われると、確かにそんな気がしてきます。何百と繰り返して来たものか知りませんけど、その内に失敗した経験があるなら、逐一修正した行動を取るでしょう。低確率だから構わない、というよりは、ゼロではないから、という理由で敵対する選択を潰していそうな気がします」

「そうよね? むしろ低確率だろうと、一度でもあったのなら逆に出来ないものじゃない? ギャンブルしない、っていうのはそういう意味でしょう?」


 ミレイユはユミルの見解に首肯して、それからルチアを見つめる。


「ルヴァイルの言い分を信じられるかどうか、そこを疑問に感じるのは当然だ。だから、頭から信じるという意味じゃないし、試せる事は試してやるつもりだが」

「相手も、その事は十分想定の内に入れてるでしょ。でも、端から信用を失う様な真似をしないだろうし、するというなら、もっとアタシ達では判別しようのない手段で行う……と、思うワケ」

「なるほど……、それは分かりました。相手を信じ過ぎず、警戒も十分してると分かりましたし、ミレイさんがそう判断したなら賛同しますよ。ただ……」


 言い差して、ルチアは一度口籠り、逡巡する素振りを見せながら続けた。


「待つしかないって不安じゃありませんか。神々は恐らく、こうしている間にも手を進めている。不利になると分かっていて――その罠が口を開けようとしていて、ただ待つしか出来ないなんて……」

「……そうだな、お前の気持ちは分かる。私も同じ気持ちだ」


 ミレイユは溜め息を一つ吐いて、窓の外へと視線を移した。

 平和そうに見える光景も、薄氷の上に載っているものでしかなく、いつ崩れるかも分からない不安定なものだ。


 神々が用意している罠が、ミレイユを移動させない事で確実なものへと変わるというなら、即座に動き出したい衝動に駆られる。

 だがそれは、幸せそうに広場で遊ぶ子供達やその親を、見捨てて逃げる様なものだ。


「攻め込まれたとして、一日と保たないという事はないだろう。あるいは、持ち堪える事を期待して、早期決着を挑み、こちらから攻め込むのも良いかもしれない。――だが問題は、その決着を臨もうにも、敵の居場所すら分からないという事だ」

「目星は付いていても、そこへ行く手段も……」


 ルチアが苦渋を滲ませる表情を見せ、ミレイユは頷く。


「手探りで探す事になるだろう。見つけ出すまで森は保つか? 私が駆けつけないと助からない、と思わせる戦力にどれだけ耐えられる? そもそも本当に見つかるのか? 考え出せば切りがないな……」

「その懸念全てを拭って、目的を果たす事は不可能です」


 アヴェリンがハッキリと口にして断言した。


「見つけ出せる保障すらありません。森を出て行動する、というのなら、彼らを見捨てる覚悟を決めるしかありません」

「……そうだな」


 そして見捨てるというのなら、信仰という枷を捨て去る事にも繋がるのだ。

 あるいはその方が、ループから脱却する道は近付くのかもしれない。神々を討ち果たし、全ての連鎖を断ち切る事に繋がるかもしれない。


 だがそれは、森の民全ての命のみならず、現世を生きる全ての命を捨てる事にもなる。

 ミレイユにとって最も大事で、最も果たさねばならない命題こそ、ループの脱却である事は間違いない。


 それに邁進するのは正しい事であると分かるのに、オミカゲ様が見せた最後の笑みを思い出す度、何とかしてやりたい、という気持ちが湧き上がるのだ。

 だから、それは絶対に不可能だ、と分かるまで、ミレイユは諦めるつもりがない。


「しかし捨て去るつもりも、諦めるつもりもない私は、この森を旅立つ訳にはいかない、という事だな……」

「ミレイユ様……ッ!」


 ヴァレネオは感動に打ち震えながらも、ミレイユに無理を敷いていると分かって悔恨を滲ませた顔で頭を下げた。


「我らをそこまで思っていただけて……、真に……真に……!」

「感謝も、謝罪も不要だ。お前達を助けたいのは、一重に私のわがままを発端にしているようなものだからな。完全な善意という訳でもない。恐縮されると、むしろ私の肩身が狭い」

「例え、例えそうだとしても……!」


 ヴァレネオが見せる表情は、感動ばかりではない。それは懺悔する罪人の様でもあった。

 ミレイユを助け、また邪魔をしたくないと考えているヴァレネオにとって、現在の状況はどう受け取って良いか困るところだろう。


「あぁ、分かった……。何を言っても慰めにはならないだろうな。今は受け取っておく」


 ミレイユが困ったような笑みで頷いて見せると、ヴァレネオは補佐官ともども深く頭を下げた。

 それをユミルが皮肉げに見つめ、視線そのままミレイユへ顔を向ける。


「……ね? アンタの言葉の重みってやつ、少しは理解できて来たんじゃない?」

「あぁ、分かりかけて来たよ……」


 茶化すところではないので、ミレイユは素直に頷く。

 今まで顧みて来なかったもの、蓋して見ていたものが彼らの姿だ。そして謝意というものは、この場合、受け取らなければ、拒絶した方が無礼に当たる。


 ミレイユにとっても、彼らは別に路傍の石という訳ではない。相変わらず自分への評価はそう変えられそうもないが、だからこそ彼らを大事にしようと思えば、ジレンマが生まれてしまうのだ。

 神々が罠を組み立て、ミレイユに必勝の策を投げつけて来ようとしているのに、その完成を待つしかないというのは、苦渋の決断だった。


 ルヴァイルを信じられるものか、と考えると同時に、これを利用しなければ勝ちの目はない、と冷徹に思考する自分がいる。

 ルヴァイルは他の神々と違い、積極的な敵ではないから協力できる部分があるというだけで、その本質は化かし合いだ。


 或いは、裏切りの見極め合い、と言い換えても良い。

 根本的な部分で、ミレイユとルヴァイルは互いを信用していない。


 ルヴァイルにも己の目的があって、それは神々と合致しない、という部分は信じても良い。

 だが同時に、ミレイユがその目的と合致しない行動を取ったり、明らかに風向きを変えた時点で切り捨てて来るだろう。


 そして、それはミレイユにとっても同様だ。

 ルヴァイルが提供する情報、あるいは手段、それに価値あるようなら利用する。足元を掬うつもり、あるいは兆候が見えた時点で離反する。


 神々の居場所や、そこへの到達手段を探るのなら、どこにあるかも分からないものを充てなく探すより、ルヴァイルの口から聞いた方が早いし確実だ。

 ミレイユはアヴェリンを始めとして三人の顔を見渡して、挑発的な笑みを向けた。


「どこまで信じられるか、という点については、ユミルを始めとして意見を頼りにさせて貰う必要があるな。私一人で見抜けない事でも、この四人でなら見抜ける。四人で立ち向かう事を思えば、罠の口を開かせる事くらい、丁度良いハンデだ」

「――ンハっ! ハンデとは大きく出たわね」


 ユミルは吹き出すように息を吐き、愉快そうに表情を緩める。酒瓶を再び手に取ると、マグへ注いで盛大に煽る。


「でも、ま! そのぐらいの気概でいるのは好ましいわね。最近は、どうにも暗くって、らしくなかったもの」

「口に出すこと憚られながらも、私も同じ気持ちです。我らは常に挑戦者であったかもしれません。ですが同時に勝利者であり、覇者でもあったのです。それに裏打ちされた自信と自尊心こそ、ミレイ様には相応しい」

「そこまで立派にも、傲慢にもなれる気はしないが、私に相応しいというのなら、お前に相応しい私となる為やってみよう」


 ニヤリと笑って見せると、アヴェリンは感動して歪みそうになる表情を引き締めて胸を叩く。


「有象無象は必ずや、私が一掃してご覧に入れます! 思うがままにその雄姿を見せて下されば、それで宜しいのです!」

「そうだな」

「神々ですら有象無象ですか。恐れるものを知らないというのも、ここまで来ると恐ろしいですね」


 ルチアが引き攣った笑いを浮かべていたが、その彼女にも気負いのようなものは浮かんでいない。どうせなるようにしかならない、という達観に似たものすら感じる。


「とはいえ、本当に大人しくしている限りにおいて、何の手出しもして来ないかは疑問だ。森へ縛り付ける為に、何らかの手出しはあるかもしれない。森の民を強化する事は、その点においても安心材料になる」

「それは一理あるわね。明日すぐ始められる事でもないでしょうから、手筈や一連の流れを込みで考えておいて、里の皆には告知だけしておけば良いかも」

「……ヴァレネオ。そういう訳だから、よろしく整えてくれ」

「ハッ! 畏まりました、最優先で取り計らいます! ――おい!」


 まだ目の端に熱いものを浮かべていたヴァレネオは、その一言で我に返り、傍の補佐官に何かを言いつけてはテキパキと指示を下していく。

 ミレイユも書類を手早く片付けて、当時やっていた作業の流れを思い出し、草案を纏め上げようと、インク壺を引き寄せた。


 森の民が強化されるのは優先されるべき事だが、何もそれ一つが目的という訳でもない。

 ミレイユの中では、一つの懸念を解消する案が浮かんでいた。

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