衝動変革 その2

 二人の降参を合図として、勝敗は決した。

 カタパルト役を買って出た鬼族や、吹き飛ばされた獣人族など、戦おうとすれば戦える者は残っている。だが同時に、これ以上続けて意味があるか、という雰囲気も出来上がっていた。

 二人が打つ手なし、と判断したなら他も従う。そういう取り決めも、あったのかもしれない。


 ミレイユも戦闘態勢を解除して、魔力の制御も止める。

 力の奔流は鳴りを潜め、浮き上がっていた身体も地面に落ちた。軽く息を吐くと胸の奥に痛みを感じて、思わず眉を顰めて、探るように深呼吸した。


 しかしそれで痛みが走るは事なく、むしろすぅっと波が引くように痛みも消えていく。

 ちょっとした気晴らし程度に魔力を制御してみると、まるで粘性を帯びたかのように動きが鈍い。何だと思った瞬間、周囲から歓声が沸く。


 ルチアの結界が解除したのを切っ掛けに、観衆から一際大きく声が湧いて広場を満たした。

 そこには戦士達の奮闘を称える声や、とにかく興奮して声にならない声なども上がっているが、その中にあって戦士たちをなじる声も、また強く上がる。


「だから言ったろうが! ミレイユ様は数を頼みに挑んで、勝てる御方じゃないんだって!」

「今より強大だったオズロワーナに、実質一人で喧嘩売った様なお人だぞ!」

「魔力の扱い方も、総量も、常識で図れるものじゃないんだって!」


 顔を向けてみれば、気炎を上げるように野次を飛ばしていたのは、古参のエルフ達だった。戦士たちを思うさま罵った後で、倒れ伏した同族達に荒んだ視線を向ける。


「それでお前らは、あの体たらくかい。二十人で挑んで、まったく歯牙にも掛けらないなんて、全く良い恥晒しだよ!」

「言っただろう? 上級魔術を使えるようになっただけのヒヨッコじゃ、一蹴されてお終いだって!」

「もっと上手く運用できなかったのかねぇ。自分が得意なだけの魔術を撃ち込んで倒せるのは、人間の軍隊だけだってのさ。味方の強化にまわせる戦力が残ってれば、最後だって分からなかったのに……」


 それならそれで、ミレイユもまた自己強化の魔術を使うだけなので、やはり意味は無かったろうが、それは言わぬが華だった。

 完膚無きまでに負けた以上、彼らに発言権などないらしい。言われるままに言葉をぶつけられて肩を落としていたが、しかし中には黙っていられない者もいる。


「――いや、だって! 信じられる訳ないじゃないか! 剣技も体技も一流で、そのうえ魔術は超一流。敵なし、負けなし、比類なし。そうやって謳ってたけど、絶対そんなの誇張されてるって思うだろ!」

「都合の良い様に、『ミレイユ様像』を作り上げてるだけだと思ってたのに……」

「精々魔術だけは言う事あるってレベルかと思ってたら……! あそこまで酷いなんて聞いてないから!」


 若者達の発言は、 既に負けの言い訳というより、ミレイユが持つ実力への非難へ変わりつつある。ミレイユが思わず苦笑していると、年嵩のエルフが鼻で笑って切り捨てた。


「口酸っぱくして言ってたろ、馬鹿者が。魔力制御が雑なんだよ、どいつもこいつも。何度も見せられて実感しただろうが。激流に見えて清流、清流の中の激流……それが出来るから後出しで使われる上に、単純な威力で負けるんだよ」

「そんなこと言ったって……爺様だって出来ない癖に……」

「うるっさいわい!」


 もはや反省を促すよりも、煽り合いに発展しそうな気配だった。

 好きにさせよう、と視線を周囲へ向けてみれば、ミレイユを中心にも輪が出来ていたものの、誰も一定以上近づこうとしない。


 獣人族や鬼族まで称える視線を向けているものの、畏敬の念や恐縮する気持ちが強くて近寄れない様だった。その人波を掻き分け、アヴェリンが近付いて来て一礼する。


「お疲れ様でした、ミレイ様。見事、武威を示されましたね」

「スマートに済ませる方法は幾らでもあったろうが……、油断もあったな。少し侮っていた」

「侮った結果がアレでは、彼らの立つ瀬もないでしょうが……」


 アヴェリンが困ったような笑みを向けた向こうには、フレンが苦い笑みを浮かべて視線を逸している。嘲る意図など無かったが、結果的にはそうなってしまったかもしれない。

 ミレイユは取り成す様に、顎を上下させるだけの小さな礼を見せた。


「いや、すまなかったな。最後の連携と攻撃には、随分驚かされた」

「あぁ、いや、うん……。それも結局、ただ驚かせただけで終わったみたいだけど……」


 フレンが気不味そうに笑って、頬を指で掻いた。

 またも皮肉のように映ってしまったかもしれないが、ミレイユとしては純粋に賛辞を向けたつもりだった。恐らくは、相当頭を捻った作戦だろうし、その連携も実に巧みであったのも事実だ。


 しかし最後に見せたミレイユの底力を見せられれば、最初から全く本気でなかった事も実感した事だろう。だから、あれを見てしまった以上、何を言っても変な受け取られ方しかしないかも、と思い直した。


「そう卑下するな。お前達の実力は見せて貰った。そして、実際大したものだと思ったんだ。直前に見たのが、デルンの兵達だった事もあるかもしれないが……」

「あれと比較されてもね……」


 最もだと思ったので、またもミレイユは閉口する破目になった。

 完全な不意打ちでなければ、軍隊はあそこまで脆いものでもないだろうし、そうでなくても軍として連携を取った場合なら、もっと手強い相手だったろう。


 比較するなら、むしろ冒険者の方であるべきだった。そちらとフレン達を考えてみても、やはり遜色ある実力とは思えなかった。ミレイユが見た中では、ここまで互いの特性を噛み合わせた作戦立案できる者も滅多におらず、それを踏まえれば実際上等な部類なのだ。


「でも、実力を知らしめて欲しいって要望は、見事叶ったようで嬉しいよ。――あぁ、いや、嬉しいです」


 アヴェリンからの睨みもあった様だが、口調が元に戻っている事に気付いて、フレンは慌てて背筋を正した。ミレイユとしては砕けた口調の方が助かるので、積極的に歓迎したいくらいなのだが、頼めば何とかならないだろうか、と思い直す。

 この里で堅苦しい話し方をするのは、既にヴァレネオだけで十分間に合っているのだ。


「そう畏まった話し方は必要ない。普段どおりにしていろ、私もそっちの方が落ち着くしな」

「あー、いや、でも……」


 言い淀むフレンの視線は、アヴェリンの方を向いている。そしてアヴェリンはというと、不機嫌さを隠しもせず、そんな無礼は許さない、と言外に告げていた。

 アヴェリンとしては、格付けも済み、そしてミレイユの実力も知って尚、不遜な言葉遣いなど許したくない、といった所だろう。

 そして、ミレイユは里を治める長、という立場でもある。


 だが、ミレイユはやはり、誰からも敬語で話し掛けられる、というのは息が詰まるのだ。それが自分には合わないと、神宮の暮らしで嫌というほど味わってしまっている。

 オミカゲ様みたいな、それが当然という境地には、今のところ至れそうにない。

 ミレイユはアヴェリンに見て見ぬ振りしろ、と申し付けて、改めてフレンに向き直った。


「……それで、どうやらこのお披露目で、お前の希望も叶った、という事でいいんだな?」

「あ、あぁ、うん……。私の希望っていうか、ミレイユ……様が、ここで真の里長として認められたら嬉しいって話なんだけど。ただでさえ数において劣勢なのに、一枚岩ですらないとか悪夢だし」

「それはそうだな。誰からも一目置かれ、その発言には整然と従う、というのは素直に有り難い。とはいえ、それを望む機会はそう多くなさそうだが……」

「――それですよ」


 ミレイユの言葉に食い付いて、フレンが一歩近付く。

 遠巻きに見ているばかりだった観衆や、何やら仲違いを始めそうだったエルフ達など、今では二人の会話を食い入るように見つめている。


「あたし達が気になってるのは、まさにそこだ。貴女はあれだけの力を示した。里の力自慢、技自慢、魔力自慢の奴らが束になっても叶わなかった。そして多分、本当の全力だって出してない。あたし達が相当無理して出した全力さえ、結局届かず遊ばれただけだ」


 フレンは今しがた起きた内容を、分かり易く噛み砕くように観衆へ聴かせるよう発言し、それから語気を強めて続ける。


「そのミレイユ様があたし達の味方だ。この一ヶ月で、食料だけじゃなく色んな支援や気配りも受けた。里の未来は明るい、と誰もがそう言う。けど、デルンとの戦争についちゃ、何一つ解決してない。絶大な力があって、何故終結してくれないんだ、って言う声もあった。本当は嘘だからって疑う声も同じだけ……」


 フレンはここで一度言葉を区切り、周囲の顔を見渡す。

 彼らの総意を代弁するだけ、と言い聞かせるかのような素振りをし、改めてミレイユと視線を合わせた。


「でも、あれを見せられて、疑う奴なんてもういない。貴女は伝説どおりの人だった。オズロワーナに攻め入るのも、デルンを蹴落とすのも自由自在だろう。森に引きこもる必要なんてない筈だ」

「……勝手な事を言う」


 アヴェリンが堪り兼ねた様に、フレンを睨み付けながら口を挟む。


「ミレイ様が味方をしたからと、雛鳥の様に餌を与えてくれると思うな。口を開けて待つばかりで、全てを用意してくれるとでも? 甘ったれるな」

「そんなこと考えちゃいないよ! でも、デルンにだって相当な被害が出た筈だ。軍を立て直す時間なんて与えずに、攻め込んじまえば良かったんだ。やってくれと言いたいんじゃない、あたしらだけでもヤル気だった! それを止めた理由を知りたいんだ!」


 周囲からもフレンに賛同する声が、幾つか上がった。

 多くは既にミレイユを認めていて、そのミレイユが沈黙を保つなら言う時まで待つ、と構えている者もいる。しかし、そこまで出来た態度を取れるのはエルフ達だけで、他は分かり易い回答をこそ求めていた。


 その理屈は分かる。

 フレンが言うとおり、軍を潰走させたからにはチャンスだった。二万の損失は軽くなく、それでも常備軍の何割かを削っただけに過ぎないだろうが、攻め込もうというには、それ以上の好機など早々生まれないだろう。


 デルンも正念場だと身構えていた可能性は高いが、二百年も森へ押し込まれていた雪辱を果たすには、あの状況以外あり得なかった。

 それを止められた事が不満なのだろう。


 数において劣る森の民が、敵の本拠地に乗り込んで無事に済む訳がない。

 とりあえず殴り込んで勝てる程、都市の防備も甘くないし、それを説明しても良いが、それだけで納得させられるものではないだろう。


 事実を積み重ねる説得でも納得しそうだが、今は思い留める値するインパクトの方が必要だった。言う必要は無いと思っていたし、伏せていた方が良いと思っていたが、ここに至ってはむしろ公表した方が、説得は容易そうだ。


 ミレイユは観衆の中にヴァレネオの姿を認めて、目を鋭くさせる。

 わざわざ人波を掻き分けて前に出てきたからには、話の内容も理解しているだろう。言うべきかどうか、と問う視線に首肯が返って来て、それならば、と伝える覚悟を決めた。


「……では、教えよう。オズロワーナには、神々が味方している。だから、止めた」

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