衝動変革 その1
獣人の行動は勇猛だったが、有効だったとは言えない。
ミレイユに考える隙も、行動させる隙も与えてはならない、と考えたのは良いとして、対抗策を用いなければ同じ事の繰り返しだ。
接近する戦士たちとは別に、控えているメンバーは肩を寄せ合い集まっているので、そこに何かがあるのかとアタリを付ける。フレンを中心とした彼らは、こちらを睨み付ける様にしつつも、彼女が放つ一言一句を聞き逃さない様にしている。
――なるほど。
迫る戦士は捨て石になると分かっていて、突っ込んで来ている。
事前の取り決めがあったのか、肌で感じてそうせねばならないと踏み出したのか、そこまでは分からないが、待ち構えているだけなら蹂躙されるだけだと理解したのだ。
戦士達の手には、それぞれ武器が握られている。
ミレイユは敢えてその策に乗ってやるつもりで、剣を召喚し、袖の中からダガーを取り出した。戦士が吠え、武器を構えて肉薄しようとするのを、悠然と待ち構える。
大上段からの打ち下ろし、それを受け止められるのは予想の範疇だったろう。
その攻撃の衝撃を逃す為に剣を斜めにして受け止めていたので、そのまま外へと身体が流れて行く。その一瞬の硬直を狙って別方向から戦士が三人殺到し、それをダガーで捌き、あるいは躱す。
「ぐ……っ!?」
「はンっ!!」
ここまでは既定路線だ。
どうせ攻撃は通らないと理解していた筈。一縷の希望を、と攻撃を加えたつもりなら、単なる時間稼ぎだろうと付き合うつもりはない。
ミレイユが見定め、そして切り捨てようと判断した瞬間、大上段から受け止めていた剣の圧力が消える。面白そうに目を細めると同時、戦士は武器を手放していた。
自らも囮、そして攻撃すら囮、本命は肉薄して、その行動を物理的に封じる事にあったようだ。
戦士は手放した動作そのままに、今度は腕を取って関節を極めようとしてくる。
一瞬の硬直の後、それすら適わないと悟ると、とにかく身動きだけでも封じようと、必死にしがみついて来た。一人がそうすれば、他の者もそれに続く。
両手両足、とにかく何か一つの動作だけでも防ごうという、強い意志を感じる。
――その時だった。
後方に控えていた筈の一団、その鬼族がクラウチングスタートに良く似たポーズを取っているのが視界に映った。その足部分には、カタパルト役を買って出たと思われる、別の鬼族が複数見える。
特に大柄の巨体をしている鬼族が、肉体砲弾のつもりで突っ込んで来る気のようだ。
その巨漢の両肩には、獣人族が一人ずつ顔を出していて、身を隠す様に背中に載っているらしかった。何をするつもりか分からないが、単に突っ込むだけでもないだろう。
背中に載ってる獣人はともかくとして、拘束している味方はどうするつもりだ。離れるタイミングを間違えば、ミレイユ諸共轢かれる事になる。タイミングが早すぎればミレイユも逃げ出せてしまうし、そもそも振り解かれないと思っているなら、前提の見込みが甘すぎる。
ミレイユが右腕に力を込め、組み敷こうとしている獣人を体ごと持ち上げようとした時、その男が前方に向かって声を張り上げた。
「俺たちごとやれぇぇぇ!!!」
面白い事を聞いたと、眉を持ち上げ鬼族を見れば、その言葉を聞くより早く、既に地面を蹴っている。カタパルト役を買って出た鬼族は吹き飛ばされ、それこそ大砲を撃ったかの様な衝撃音と共に、その巨体が吹き飛んでいく。
――なるほど、ここまで考えての囮か。
あの巨体に巻き込まれれば、死ぬことも有り得る。それを飲み込んだ上で、一矢報いる為にそこまでやろうと決意した。
プライドを賭けた戦い――。
それだけでは無いだろう。何をやってもミレイユは打ち崩せない、それを周囲に知らしめる為だというなら、その気概には付き合ってやらねばならない。
ミレイユはダガーを仕舞って、制御を始める。
一瞬の間に完了させて、指先を握り込む動作で防壁を発動させた。瞬きの間に眼前へと迫っていた巨体は、その壁に阻まれて動きを止める。
だが硬直は一瞬で、罅が入ると同時に砕かた。
「――ははっ!」
ミレイユは愉快げに口を綻ばせ、四人を身体に纏わり付かせながら背後へ飛ぶ。そうしながらも、空中で身体を捻り、独楽のように高速回転して、拘束していた獣人達を弾き飛ばした。
尚も変わらず突進中だった鬼族が眼前まで迫り、受ける衝撃を上手く受け流しながら、その頭を蹴って更に後方へ逃げる。
力押しで勝てる程、ミレイユは甘くない。
単に突進するだけなら、どれだけ威力が高かろうと、回避方法は幾らでもある。
だが、それで終わりだとも思っていなかった。
何故なら背面には二人の獣人がいる。その一人がフレンである以上、何もせずに隠れているだけなどと思わない。
そう判断したと同時、一人の獣人が飛び出してミレイユへと、自らも弾丸の様に飛び出して来た。
攻撃を一撃与える意図、というより――。
攻撃を空中で躱すというのは、簡単な事ではない。いなすにしても、その意図が攻撃でないなら、それも難しい。この獣人が試みたのは、空中にいたミレイユへ抱き着き、下に落とす事だった。
その目論見が見事成功し、背面上空方面へ飛んでいたミレイユは、そのまま角度を急変更して斜めに落ちた。そして落下予想地点には、大きく方向転換しつつも、勢いを止めず突進している鬼族がいる。
自らもその突進に巻き込まれるつもりでの一撃だと悟ったが、咄嗟にミレイユから離れ、上手いこと足の間を潜ってすり抜けてしまった。
やるものだ、と妙な感心を向けたと同時、鬼族の突進がミレイユの身体に突き刺さった。
咄嗟に出した左手、そして衝撃の緩和と同時に魔術の使用、念動力で強制的に鬼族の方向を変え、自らも衝撃を利用しながら逆側へと逃げる。
「――だらっしゃぁぁ!!」
一際大きな声が聞こえ、音の出処に顔を向けると、上空へフレンが跳躍していた。
恐らく、鬼族の突進が突き刺さった時には、既に飛び出していたのだろう。そして、その手には身の丈を優に超えた、鬼族の腕よりも太い大剣を高々と掲げている。
――なるほど。鬼の背にくっ付いていたのは、この武器を隠す為でもあったのか。
彼女が振るうには大き過ぎる気もするが、そんな事は問題ではなかった。重力を利用し、勢いと重さを乗せて、着地より前に空中で一撃を加えよう、という狙いは良く出来ている。
何もかも、最後にこの一撃を与える為の布石だ。
今まで誰も犠牲になっていないのは、ただの運でしかない。ミレイユが突進から遠ざけてやったのも、その突進する足の間を潜れたのも、何一つ保障あってやった事ではないだろう。
だが、そこまで捨て身でやったから、ここまでミレイユを追い詰める事が出来た。
これは彼女たちの全員の想いを乗せた、意地の一撃だ。
躱すことも不可能ではないが、その意地に敬意を表し、付き合ってやりたい。
右手に持った召喚剣を、消さないままにしておいた良かった、と心の隅で思った。
「おらぁぁぁ!!!」
フレンから雄々しい掛け声と共に振り下ろされた一撃が、ミレイユへと突き刺さる。その剣の巨大さは、前方の視界が埋まってしまう程のものだった。
もはや迫っているのが剣なのか、それとも壁なのか分からない有様で、ミレイユも一瞬対処に迷う。
だが結局やる事はシンプルで、左手を自分の剣先に添え、剣の腹を使ってそれを受け止めた。
耳をつんざく衝撃音は、もはや金属同士がぶつかった音ではなかった。それは火薬を使った爆発音の様にも聞こえ、そして腕にかかる負担も驚嘆の一言だ。
衝撃そのままに地面へ打ち下ろされ、まるで杭を打ち付けるかの様だった。
「――ン、ぎっ!?」
衝撃を逃がす余裕もなく、くるぶしまで地面に埋まる。
一瞬の硬直の後、更にヒビが入って膝まで埋まり、ミレイユが突っ張っていた腕も徐々に押されていく。だが、打ち下ろされた一撃に、二の撃は無い。
そこから体重を掛けるにしろ、腕の力で押し込むにしろ、フレンの身体は武器に対して小さすぎた。
受け止め切ったなら、次は反撃の番だ。
徐々に押されつつあった大剣を、ぎりぎりの均衡から打ち勝とうとした瞬間、大剣から爆発が起こる。その衝撃を眼前にぶつけられて、ミレイユの顔が横に跳ねた。
――魔術秘具か……ッ。
まるで爆発音の様な、と感じていたのは、比喩では無かった訳だ。
この体勢で耐え続ける限り、この武器をギリギリで受け止めている限り、今のような追撃を受けてしまう、という事だろう。
中々に嫌らしい攻撃方法だし、良くもここまで練ったものだ、と感心した。
ここまで上手く嵌る確率は、そう高くない。だが、それを成功させる綱渡りを、気概と共にやり切った。
ミレイユが見せた強者の余裕も、それを成功させた一因だろう。
実力が伯仲する相手なら、逃げの一手をもっと早くに打つだろうし、そうでないから成功した手と言える。
――ジャイアント・キリングをする為の作戦。
そうと言い換える事も出来る。
複数の要因が上手く噛み合ったとはいえ、素直に見事だと賞賛したい気分だった。
そして、そこまでしてくれたのだから、彼女が求める『ミレイユの実力』を、知らしめてやらねばならないと強く思った。
「――ハァァァッ!!」
ミレイユは腹に力を込め、全力でマナを取り込み制御する。
身体から青白い光が立ち上り、可視化出来るほどの魔力が奔流として立ち昇る。その制御一つで、身体が持ち上がる程、濃密で膨大な力が身体から溢れていた。
地面が震え、空気が震える。
樹々の枝で休んでいた鳥たちが、一斉に飛び出し逃げ出した。
本来は抑えておく事すら難しい筈の大剣が、空から糸を引かれているように持ち上がっていく。
これだけの制御を見せれば、何をやっても勝てないと悟った事だろう。仮に拳を打ち付けようと、元から攻撃が通らなかったミレイユだ。逆に怪我を負うと、容易に想像が付く。
それに、ミレイユがその気になれば、マナを放出して昏倒させる事も出来た。
エルフの古参が総出で上級魔術を打ち込まない限り、この状況から逆転の目は無い。動けないままでいるフレンの手から大剣を弾き飛ばし、召喚剣を首元に突きつけた。
乾いた笑みを浮かべながら両手を挙げようとしたが、その決着を阻止するかの様に、一人の鬼族が突進してくる。
先程、横へ逸していた鬼族が、再び突進して戻って来ようとしているのだ。初速の様なスピードは出ていないが、それでもその速度は決して遅いものではない。直撃は避けなければ、フレンともども吹き飛ばされる。
ミレイユは左手を向けると、そのまま念動力を駆使して衝撃を逃がしつつ、その動きをやんわりと受け止めた。
空中に持ち上げて無力化し、それで鬼族が足の動きを止めると、ゆっくりと下ろしてやった。
常識として、念動力とはそこまで便利な魔術ではない。術者の力量に左右されるとはいえ、大質量を持ち上げる事など不可能だし、突進の勢いを繊細に無力化させる事など、正に夢物語の世界だ。
ここまでされれば、流石にもう攻撃しようなどと思わず、戦士としても恥の上塗りになってしまう。鬼族も引き攣った笑みで両手を挙げ、降参を宣言すると、改めてフレンも負けを認めた。
「……参った。まったく、ここまで何もかも通じないとは思わなかったさ。じいさま達が言ってた事は本当だった。……改めて、無礼をお詫び致します」
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