虎穴に入らずんば その10

 予想外に考えさせられる題目が浮き上がって、つい議論にも熱が入った。

 結局、情報が少なすぎて結論に至れなかったが、その部分についてはルヴァイルとの対面を待てば聞ける内容だろう。


 素直に教えてくれる、という前提であるものの、協力関係を築くというなら、不利に陥る情報は隠さない筈だ。そしてナトリア曰く、今回のミレイユはの部類だ。ルヴァイルの目的を遂行できそうなミレイユであり、だからこそ足の引っ張り合いや不和は望まないと考える事ができる。


 与えられる情報全てを鵜呑みにするのは危険だから、同時進行で推察しておく必要はあるだろうが、それはいま考えて出る答えでもない。


 ミレイユは思考に一区切り付けると、息を吐いて眉間を揉む。頭痛が中々、消えてくれなくて不快だった。

 この後はどうする、と声を出そうとして、それより前にユミルが声を上げた。

 片目を瞑った瞼に指先を当てて、遠見をしながら教えてくる。あれは亡霊と視覚を繋げて見る、死霊術の技術だった。


「こっちに誰か来るわ。……いや、誰かって言うか、ヴァレネオとお付きっぽい兵士が三名。あちらが一段落ついて、動きを見せないアタシ達に痺れを切らしたんじゃないかしら」

「今どこにいる?」

「離れから出てきたばかりの所。急いではいないわね、周囲への警戒も強い。あいつらからすると、燃える死体が見えてるワケだから、それを気にしない訳にはいかないだろうし」

「うん。ナトリア、お前はどうする」


 尋ねてみれば、返答よりも先に立ち上がって一礼した。


「ここでお暇させて頂きます。時間も十分に経ちました、私の姿が見られるより前に、立ち去った方が良いでしょう」

「そうか。ルヴァイルには、いつ会える?」

「想定外の状況故、ルヴァイル様にも考える時間が必要かと思われます。今日明日の話で無い事だけは確かかと……。こちらから追って連絡致します」

「……私は森に留まる方が良いのか? 離れる事をトリガーに派兵して来る、というのなら、結局ルヴァイルに会いに行く時、デルンは邪魔だ。軍とは決着を付けておいた方が、良い気もするが……」


 ミレイユがアヴェリンやユミルに目配せすると、そのとおりだ、という風に首肯が返って来た。

 森を保護するつもりでいる限り、常にデルンが邪魔になる。それなら攻め立て落とした方が話は早いだろう。


「宣戦布告さえすれば、戦士一人で攻め落としても良い、という悪しき前例を奴らは作った。私が同じ事をしてやれば良い」

「周辺国から非難は出ても、文句までは付けないでしょうが……、当の神々がどう出るものか……」


 アヴェリンが唸るように喉奥から声を出して、腕を組んだ。

 デルン王国は神々の駒として利用される存在でしかないが、駒を奪われても座して待たない事は二百年前に証明済みだ。

 だが、それならば、今度はミレイユを中心とした泥沼の戦争に陥りそうではあった。


「縫い留める事が目的なのだとすれば、デルンが滅んでもそれで終わり、という事にはしないだろうな。徹底抗戦、あるいは聖戦の名の元に……? そうだな、もしも私が神なら、大義名分を与えて周辺各国に突かせるかな」

「あぁ……、時間まで拘束が叶えば、それがどういう手段であれ神々には関係ないんだものね。謂わば詰めろ、の状況なワケ……。あれが駄目ならコレ、それも駄目ならアレ、ってな具合に拘束する手段を講じるでしょ」

「――あぁ、それを狙っていたんでしょうかね。森に住む魔族、そして魔王ミレイユという流布が、ここで効いてくる訳ですか。なるほど、人類対魔王の構図の出来上がり。下手に手を出すと、これ……まんまと時間稼ぎに使われますね」


 ルチアの指摘に、ユミルは鼻で笑って悪意に満ちた笑みを浮かべる。


「ハッ、四百年前の焼き直しってワケ。テオの奴が偲ばれるってモンよねぇ……。案外、奴らも引き出しの数が少ないのかしら」

「成功体験は、そう簡単に捨てられませんよ。前に成功したのなら、今回もとりあえず同じ手で、と使ってみたくなるものじゃないですか?」


 二人の悪し様な言い分にミレイユは思わず笑って、二人に感謝するような頷きを見せた。

 個人の思考だけでは見逃す部分を、埋めるように、補助するように口に出してくれる忠言は、いつでもミレイユを助けてくれる。


「……なるほど、前例に釣られて攻めるは悪手か」


 小賢しい奴らめ、と口の中で毒付きながら続ける。


「しかし、私が森を離れると派兵して来る、というのなら、常に見張られてもいる訳だろう? ルヴァイルは裏切りを知られたくない、そういう話だったよな? それでどうやって対面する?」

「より正確に言えば、裏切りを早い段階で知られるワケにはいかない、ってコトなんでしょうけど。つまり自分の計画を潰されないよう、立ち回りたいから知られちゃ拙いって考えてるんでしょ? でも見張られてるなら、結局接触は簡単じゃない、ってコトになるわよね?」

「いやぁ……、だから貴女がここにいるのでは? ミレイさんもやってた手ですよ」


 ルチアが皮肉げな笑みをナトリアに向け、それで一瞬考え理解した。

 かつて、ミレイユが神宮で暮らしている時、その一室とアキラの部屋を繋げていた。ミレイユがやった事は転移の為のマーキングで、そしてそれは、上級魔術を駆使できる術者なら難しい事ではない。


「あぁ……、つまり対面はこの場で行う、と……? 確かに罠の警戒をしなくて良いし、むしろこちらが罠を仕掛けておける状況だな。同盟を組みたい、という話を持ち出すなら、そちらからも誠意を見せるつもりだった、と考えて良いのか?」

「いやはや、なんとも……。説明の必要がないのは助かります。同時に恐ろしくもありますが……。ここまで勝手に話がトントン拍子で進んだ事など、今まで無かったのではないでしょうか。その分だと、勝手に神々の狙いまで突き止めてしまいそうですね……」


 そこまでは無理だ、と思ったが、口にはしなかった。

 精々、不敵に見えるように口角を曲げ、甘く見ると怪我をすると印象付けた。


 お前が仕えるルヴァイルの狙いさえ見抜いてみせる、と思わせたなら、今後の対面も有利に持っていける。粗雑な扱いをされずに済み、対等な同盟関係を築けるならば、それに越した事はない。


 ミレイユについて多くを知る神かもしれないが、同時に今回のミレイユは未知も多く油断ならない相手、と映る筈だ。それを上手く利用するのが鍵だろう。

 ミレイユがナトリアと見つめ合っている間に、ユミルが呆れたような声を出す。


「急いだ方が良いんじゃない? 転移する陣を敷くにしろ、マーキングするにしろ、とにかくヴァレネオが近付いているんだから」

「まだ、余裕はありそうか?」

「そうね……。今は結界内の燃える死体を見て、怪訝そうにしているわ。でも、危険は無いと判断するのは早いでしょう。あまり余裕はないかもね」


 ユミルが片目を抑えながら教えてくれて、ミレイユが立ち上がるとアヴェリンも立った。

 目配せしてミレイユとナトリアの間に立たせると、ミレイユが先頭に立って歩き出す。そうしながら、転移の手段について訊いた。


「どうやって、ルヴァイルをやって来させる?」

「はい、相転移の陣を置かせていただけたらと。予め線を引かせて頂ければ、あちらから転移する際にも目立たないので……」

「お前の魔力で維持できる陣なら、そう長く保たないんじゃないのか?」


 ナトリアの魔力は低くないが、ミレイユは元よりルチアにも及ばない。

 陣は最初に込めた魔力で維持する時間が決まるから、例え全力で打ち込もうと二日と維持されないものだ。長い時間維持しようと思うと、都度魔力を補充してやる必要がある。


「いえ、直接線を引かせて戴き、あちらで起動した時、初めて陣が発動するように、と考えておりまして……」

「確かにそれなら時間的余裕は随分できるだろうが……、直接か」


 床が汚れるのが嫌だと言うつもりはないが、それだと相当長い間、陣を保持する必要が出てくる。ひと月ふた月と待たされる可能性も生まれ、いつまで待たせるつもりか不安な気持ちが浮かんで来た。

 とはいえ、ここは飲み込むしか選択肢がない。


「……分かった、ならば地下にしろ。展示室の床は広い。問題なく描けるだろう。……時間は掛かるか?」

「えぇ、そこはやはり、それなりに……」


 ナトリアが済まなそうに頭を下げると、ルチアを残してヴァレネオの対応を指示した。


「ルチア、上手いこと言い包めて時間を稼いでくれ。私もあまり長時間、姿を見せねば怪しまれるから、陣の方を手伝ってやる。アヴェリンとユミルは見張ってろ」

「畏まりました」

「……まぁ、いいわよ。下手なコト描き込んでないか、分かる奴が見張る必要もあるものね」


 やろうと思えば、陣の一部を上書きし、別の効果を生み出す事も出来る。ユミルはそういった手段が得意で、陣を張って意気軒高とした相手を手玉に取る事も多い。

 かつて現世において、御由緒家と対峙した時、そうやって妨害したと聞いた事があった。


 それから僅かな時間で陣を完成させると、ナトリアは陣を使わず、自身の転移魔術で帰って行った。ここで使用してくれれば、その先がどこに繋がっているのか探る事も出来たのだが、流石にその様な初歩的なミスはしないらしい。


 ミレイユは二人を引き連れ一階に上がると、ヴァレネオと互いの情報や認識の擦り合わせるべく、再び食堂へ招くのだった。

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