虎穴に入らずんば その6

「……ルチア、どう思う」

「信用出来るかっていう意味なら、まぁ……出来ませんよね。ここまで赤裸々に明かせば、敵意を向けられて当然ですし。それすら織り込み済みだとしたら、胸襟を開いているようにも見えますけど……。でもそれが、今回もループさせる為の詭計じゃないと、どうやって証明するんです?」

「結局、そういう話になるわよね」


 ユミルも会話に参加してきて、それぞれ意見を開陳する。


「そっちの口振りじゃあさ、それならどうすればループを脱出できるか、その道筋も見えているってコトでしょ? そして、その為にはアタシ達との共同戦線なくして成立しない、とも考えてる。でもね、互いに目的は同じと言っても、結局道具としか見てないのよ」

「前回のミレイユ――オミカゲを見捨てて、次周の私へ接触したのも、つまりそういう事だろう? ループの脱出という目的は同じだとして、求める結果は違うんじゃないのか」

「……と、申しますと?」


 アヴェリンが顔を向けてきて、ミレイユはそちらには目を向けず、ナトリアを見据え続けながら答えた。


「道具としか見ていない、というのは確かだろう。ループを終わらせる為には、最終的に私が犠牲になる必要がある、となれば、それを実行させようとするんじゃないか?」

「その様な事……!!」


 アヴェリンがいきり立って前へ踏み出そうとするのを、それより先にルチアが制する。


「待ってくださいよ。それなら胸襟を開いた説明なんて、必要ないじゃないですか。わざわざ敵意を持たれる情報なんて与えず、それらしい言葉だけ並べますよ。ミレイさんを罠に嵌めて利用したいなら、穏便な接触方法なんて幾らでもあります」

「……そうだな。穏便ですらなく、過激な方法も良しとするなら、ループを終わらせるには暗殺が最も手っ取り早い」

「ですよね。単に断ち切るだけなら、別に難しくないんですよ。それこそ、スルーズを用いて我々を眷属化させて仲違い、なんて方法もありました。あれを奪って逃げる事を目的とするより、もっと早い段階でマシな運用してますよ」


 そうだな、とアヴェリンが頷いて剣呑な眼差しを、打ち捨てられたスルーズの死体へ向けた。


「使い捨てたい駒が必要なら、それこそ事前にスルーズを用いて準備できた。それらの死亡と引き換えなら、実に割の良い取引だ。周回した記憶を持ち越せるルヴァイルなら、逃がす事も活用する事も可能そうだ」

「そうやって考えると、敵対する意志なし、と判ずる事が出来る訳だな。そしてループの終了も、単に終わらせれば良い、と考えている訳でもない、と推測できる」

「ちょっと、お待ちなさいな」


 信用に傾きかけていた推測を、止めるように声を出したのはユミルだった。


「それだけで敵意なし、と判断するのは早すぎでしょ。アタシ達がどれだけ簡単に倒せないかなんて、それこそ良く理解してそうなモンでしょ。うちの子から腕や一本奪っていくかのように、一人ずつ徐々に削る目的があるのかもしれないじゃない。最終的に仕留める為に、ループへ逃がさない為に、今は味方の振りをしているだけかもよ」

「有り得ない。目的が始末であるなら、これまでの説明の多くは必要なかった。油断させるつもりなら逆効果だし、仕留めるのが目的なら、やはり無駄な行動が多い」

「つまり、そう思考誘導するのが目的かも」


 ユミルは指を一本立てて、半円を描く様に外へと向ける。

 大神が憎いユミルには、最初から信じるつもりもないのかもしれない。だが、その単に否定したいだけの発言こそが、自分の望む答えへ誘導しているのではないか、と思った。


 ミレイユは少々不機嫌になりつつ、言葉を拾って反論する。


「そして信用を得たのち背後から刺す? 私のループを阻止するというなら、カリューシーの死はむしろ回避したいだろう。動力となる神魂を、むざむざ使わせる必要がない」

「神々の敵意を買いたくないからでしょ? 仲間面しながら、他の奴らが望むループを阻止しつつ、自分の目的を達成したい。だから、そういうポーズも必要なんでしょうよ」


 その発言は、素直に否定できないものがあった。

 ルチアも視線を斜め上へ向けながら、腕を組みつつ小首を傾げた。


「そう言われると……大体、神魂一つじゃ無理ではないかと思えますね。かつて起動した時は、ユミルさんの同胞の魂が約三十、そして竜魂だって使っているようですし」

「そうよね? 世界を焼き尽くすと言われた程の竜、その魂をよ。それらが仮に神魂一つに相当するなら、つまりそれ位ないと無理って話にもなるじゃない。むしろポーズとして見せるなら、神魂一つ程度、十分利となる損失なのよ」


 ユミルの意見にも一理あり、単純に神々憎しで言っている訳でもないと分かった。

 ただやはり、決め付けに過ぎない事は留意しなければならない。


 相手は嘘を言っていない、誠意を持って真実を語っていると見るか、その逆で罠に嵌める為にやっている事と見るのか。そして、神々が目的を達成しようと思えば、ミレイユ達に気付かせず動かす事も可能だと、今しがた判明したばかりなのだ。


 それは単に情報不足から来る認識違いに過ぎなかったが、結局重要な情報がなければ、答えには行き着かないという意味でもある。

 開示している情報が嘘か真か分からない以上、その真贋は自らが見極めなければならない。だが、ここまで良いようにやられて来た事実を前にすると、簡単に可能だと口に出来るものでもなかった。


「つまり、伸るか反るか……そういう問題か」

「何ですって?」

「結局のところ、最終的にナトリアの言い分を信じられるか、という問題にしかならないだろう。それを振り払うかどうかも、こちらに委ねられている。ルヴァイルもそういうつもりで、こいつを派遣してきたんじゃないのか」

「……そうね。五割の賭け、そう本人が言ってたわ」


 そこばかりは否定できない材料なので、ユミルも不承不承頷いた。

 アヴェリンも言っていたように、スルーズをまだ利用したいと思っているなら、殺害を回避させるのは難しい事ではなかった。


 そもそも周回した知識を持っているなら、その運用が雑すぎる。

 邪魔だから切り捨て、その思惑を知られないよう立ち回っていた様に思えて来る。


 より確実に罠に嵌めよう、という考えにしても同じ事で、ナトリアが姿を見せて事情をつまびらかにした上でやる必要はない。例え嘘で塗り固められていた内容であろうと、接触にはリスクが付きまとう。

 ミレイユがどう動くか、ある程度推測できるなら、それに合わせて罠を張れば良い。


「武器を突き付け協力しろ、と我々が脅されているんじゃない。こちらが武器を突き付け、事情を吐かせている側だ。無論、口にすること全て真実であるか、それを確かめる手段はない。だから、信用できければナトリアを殺す何なり好きにしろ、と言ってきている」

「それもまぁ、……そうかもね。でもこれ、選択権を握らせているように見せて、実質あちら側が握っているパターンじゃないの?」

「いいや、ルヴァイルの目的が相互協力にあるのなら、握っているのは両方と見るべきだ。互いに、どちらもが好きに破棄出来る選択権だな」


 ユミルがあからさまに顔を顰めて鼻を鳴らした。


「こちらが意図せぬ動きをすれば、最初から反旗の意志なんて持ってませんって面して、他の神々と結託し出すって? そして次のループへ追い立てる? 信用できるとか以前の問題でしょ」

「意図せぬ、というほど窮屈なものじゃないと思うがな。結局のところ、ループ脱却の為に動くなら、その道を逸れる事など無い筈だから」

「そうは言ってもねぇ……。互いにいつでもハシゴを外せると言いたいのかもしれないけど、有利なのはアッチに変わりなくない?」


 ミレイユは苦い顔をして頷く。

 こちらもまた不承不承、諸手を挙げて賛成したくて言っている訳ではない。


「だから五分の賭けと言えるほど、良いものじゃないだろうな。だが元よりこの旅は、五分の勝利が見えていたものじゃなかった筈だ。むしろ負けが見えていた戦いで、そこからどう挽回できるか、という戦いだった」

「……それもまた、そうね」


 ユミルは顔を逸して息を吐く。重い、重い溜め息だった。

 ミレイユはその横顔を見つめながら、囁くように口に出す。自らも決して、諸手を上げて提案したいものではないのだ。


「……だから、伸るか反るかだ。ナトリアの言葉に嘘は無かったし、事実のみを語っていたように見えた。後は、その協力を申し出て来たルヴァイルを、信用できるかという問題になる」

「因みに、ミレイさんはどう思っているんですか……?」


 ルチアが難しい顔をして尋ねて来て、それで彼女も決めかねているのだと分かった。

 ここが分水嶺だとルチアも理解している。だから安易に答えを出せないのだろう。


「私も迷っている。だから、聞いてみたかったんだが……」


 困った顔で笑うと、ルチアもまた似た表情で笑った。

 アヴェリンにも顔を向けてみたが、彼女からすればミレイユが決めた事に付き従う、というスタンスを崩さない。アヴェリンは元よりそういう気質なので、都合の良い時に答えを求めるものではない。


 次いでユミルに顔を向けると、未だ横顔を向けたまま肩を震わせている。

 怒りか悲しみか、それは分からない。ただ、この大神と協力するのが屈辱とさえ思っているのかもしれなかった。


「ユミル、お前は気に食わないか」

「……そうね、気に食わない。それが最も今の気持ちを表した言葉かも」

「つまり、感情で否定したいと言っているのか。……理屈ではなく」


 ユミルは常に理屈で動くタイプではないが、感情を優先するタイプでもない。損得を自分の命も含めて計算に入れて考えられるタイプの筈だった。それを単に感情で否定寄りの発言をする、というのは意外でしかなかった。


 それに、反して考えれば、理屈の上だけの話なら、乗っても良いと考えている事にもなる。あるいは、一考に値すると思っている。では、それだけ大神が気に食わない、という話になるのだろうか。


「お前自身も言っていたろう。ループから抜け出すつもりなら、保険を捨てる勇気が必要だと。……大胆な一手が必要とも言っていた。これはその大胆の内に入らないか?」

「……入るかどうかって話なら、入るかもね」

「元よりループという保険を捨てるなら、大きな賭けになるのは避けられなかった。それに、大神の中には利敵行為を働いている奴がいるかも、という話も出ていた筈だ」

「それが実際、目の前に現れたというなら動転する気持ちも分かりますよ。でも、一考するには十分な提案じゃないですか。何がそんなに、気に食わないんです?」

「――単に、気に食わないで済まないからよ!」


 ルチアが途中で間に入り、何気ないつもりで聞いた言葉には、予想以上に苛烈な答えで返って来た。

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