虎穴に入らずんば その4

「面倒な話になって来た……。ループでやり直しを計っていた、そう思っていたが……実際はお前たちも、ループに寄る恩恵を受けていたのか?」

「私は多くを知らされている訳ではありません。ルヴァイル様が必要、と感じた情報を知るだけです。その部分については、お答え出来ません」


 その返答自体には納得できるが、内容自体に納得は出来なかった。

 当たり散らしたい気持ちをグッと堪え、眉根を寄せながら耐える。だが、耐えられない者もいた。


 ユミルが前に出てきて、ズカズカと近寄ると、ナトリアと目を合わせて催眠を仕掛ける。

 正確には、仕掛けようとしたのだが、それより前に結界が邪魔になって、その働きを無効化されてしまったのだ。


「ルチア! ちょっと結界邪魔だわ! 上手いこと催眠だけ透過させて! 洗いざらい吐かせてやるから!」

「無理ですよ、そんな都合の良い結界ある訳ないじゃないですか。催眠を仕掛けたいなら、結界を解いてからじゃないと……」

「馬鹿を言うな。封じている絶対有利な状況を、自ら放棄するなど有り得ん」


 アヴェリンがユミルを睨み付けながら言った。


「この女も、自らの死も覚悟して答えを選んでいる筈。下手な脅し程度では、口を割らんだろう。女の発言からその真偽を見出し、納得するまで質疑を繰り返すしかあるまい」

「こいつの味方が、救援に来ようとしていない限りはね」

「だからミレイ様は警戒を命じていたのではないか。亡霊に感知できたものは無いのか」

「……無いわ、今のところね」

「ならば今は、目の前の女から聞き出せるだけの情報を聞き出すしかないだろう。その上でミレイ様が真贋を見極め、然るべき沙汰を執り行ってくれる筈だ」


 言い終わって、アヴェリンが伺うような視線を向けてくる。

 ミレイユはそれに無言で首肯し、ナトリアを睨み付けた。


 アヴェリンの信頼は有り難いが、聞き出した情報の真贋を、正しく見極められるか自信はない。ナトリアに答えを隠す意図は無いと思っているが、その答えをどこまで信用できるか、という問題がある。

 矛盾がなければ、信用の置ける答えとはならず、また罠に嵌めようとするなら、騙せる答えを用意しているだろう。

 神々とは、どのような悪辣な手段も使う相手と、十分に理解していればこそ、当然の警戒だった。


 自ら敵に捕まって、それらしい答えを口にする事すら、こちらの思考を誘導する狙いなのかもしれない。言葉一つをまともに信用できない相手から、情報を聞き出すのは相当に骨の折れる作業だった。


「だが、裏付けは取れたような気がしてる。ループに寄る恩恵を受けているのが、私達ではなく、むしろ神々だとしたら……? 私を取り戻すのは、ループさせる事こそ目的だったとしたら? 昇神させたくない、という理由にも納得できる」

「恩恵とは言うけどね、そこにどんな恩恵があるってのよ? アンタはあるっていう前提で理論を組み立ててるけど、そもそも、そんなものがあるとは思えないのよね」


 ユミルの懐疑的な視線も理解できる。

 これはカリューシーと対話していた時に閃いた事だった。昇神させたく無い理由とは、つまり世界に根を下ろさせたくない、という事になり、つまり再び世界を越えさせる事が目的ではないのかと。


 ――そして、ボタンの掛け間違いである。

 その掛け間違いの発生が、オミカゲになる前のミレイユから発生していたなら、まさしくループを促しているようにも見える。


 だが確かに、そのループを起こす事で受け取れる恩恵となると、皆目検討も付かないというのが、正直なところだった。

 已むに已まれずそうなった、というのなら理解できる。だが、明確な意図を持って行う事に、どれほどの意味があるのだろう。

 ミレイユは一応、全く期待せぬまま、ナトリアに目を向けて聞いてみる。


「どうせ答えを知らないと思うから聞いてみるが……神々はループを起こす事で明確な利を受け取れる、その前提でいるからカリューシーを殺したのか? 不義を働いたし、活用できる場面もないから用済みだと」

「いいえ、活用する為に弑し奉ったのです。元よりこれまで、と納得しておられました。ですから、ミレイユという話題の者が気になって、手を出してみたりしたのでしょう」

「活用する為……、あの光になって飛んで行った事か。炉として活用する為、贄となった……と見て良いのか?」


 ナトリアは困ったように一瞬眉根を寄せたが、しかし頷いて肯定する。


「そうですね。炉というものが何か、私は知りませんが、神魂とは貴重なエネルギーです。その為に生命を燃やして貰う、という役目があります」

「エネルギーね……。世界の維持に必要、その様に聞いているが……間違いないか?」

「広義の意味では、その様になります。『遺物』を動かすには莫大なエネルギーが必要ですから」

「『遺物』だと……? それを動かす為に?」

「貴女もかつて、それを使って世界を越えた……そうでしょう? そして、用途に付いては様々な思惑があるとはいえ、これからも使う予定がある。ならば、充填させるエネルギーが必要です」

「それが、カリューシーの神魂か……」


 ミレイユは苦い顔をして目を逸らした。

 カリューシーに敵対の意思がないのは、既にその死を受け入れていたからだ。そして、本人も変わり種と言っていたとおり、事前に説明すら受けていた。


 神魂さえ用意できれば良いという話でもないので、本来は昇神させるにも選定があるのだろうが、失う目処を最初から付けていたのなら、どのような神でも良かったのかもしれない。

 ただ最低基準を満たした神で、それを神魂として利用できるなら、どれほど義務を放棄する神でも問題はなかった……。


「『遺物』の起動と運用には、最低でも神魂か、それと同等の魂が必要です。例えば世界を滅ぼせる程の巨竜であったり、前世界から生き残った、四千年熟成された数多の魂であったり、とした具合に」

「――お前ッ!!」


 ユミルが堪えきれずに武器を取り出し、左手には紫電が掌を纏う。

 雷撃を撃ち出すと同時に刺突で顔面を狙ったが、ルチアの結界がどちらの攻撃も防いでしまった。ユミルはそれでも攻撃を止めなかったが、幾度も繰り返される攻撃でも、全く効果がないと分かると、息を乱して武器を仕舞う。


 その間も、ナトリアの表情に変化はない。

 悲しみを共有する訳でも、怒りに身を竦ませるのでもなく、ただ無視するように、ミレイユと視線を合わせていた。


 ミレイユはその視線を切ってユミルの肩を抱き、そっと優しく撫でる。

 ユミルもその手に自らの手を重ねながらも、ナトリアを睨み付ける事まではやめない。


「お前の気持ちは分かるが、あれに当たっても仕方がない。仕向けたのは全て神だ。そしてアイツは小間使いでしかない。その怒りは、神々にぶつけるまで取っておけ」

「……そうね、そうするわ」


 ユミルは最後にナトリアを一瞥して、それで元の位置に帰って行く。

 アヴェリンもルチアも声を掛けなかったが、労るような視線だけは向けていた。ユミルはその二人に目は合わさず、ナトリアだけを見つめて腕を組む。

 改めて尋問を再開する為、ミレイユも元の位置に戻って口を開いた。


「……しかし、『遺物』の起動に運用、ね……。最初から私達は履き違えていたのか。神々の利する事に関与していた、とは思っていたが、まさか自らガソリンを給油するような真似をさせられていたとは思わなかった……」

「貴女に『遺物』を使わせるに当たって、膨大な量を補充する必要があったようなので、精々活用する事にしたようです。『遺物』の起動と運用をする為だけには、大きすぎるエネルギーという気がしますが、それも色々な思惑の一つに当たるようですね」

「神魂一つで賄えない量、か……。堕ちた小神などと言って討伐させたのも、その為だったか。だが同時に、私を昇神させられるほど磨き上げる必要もあった訳で、だから一挙両得のつもりでやらせたのか……?」

「私はそこまで知らされておりませんが、大枠だけ理解している私でも、その様に思えます」


 お前の同意などいるか、と吐き捨てたい気持ちを堪え、鼻に皺を寄せるだけに留める。

 一手に複数の意味を持たせるのは、神々が良くやる事だ。それについて今更なにを言うつもりはない。


 そしてかつてと今とでは、状況が大きく違う、という点も考慮に入れなければならない。

 思惑についても、やはりかつてと今では狙いが違うだろう。ミレイユの昇神は、果たして最初から狙われていた事なのかどうか、それも確証が持てない。


 だが今は、逆に昇神を阻止し、そして送り帰す事を目的としている。そこに大きな矛盾を感じずにはいられないが、状況を鑑みればそうと考えるしかない。

 狙いの転換が必要な何かが、神々の側にもあったのだろうか。そして遠ざける事を目的としているなら、世界を飛び越えた先で昇神するのは、むしろ望むところだ。


 世界を越えて、そこで神として根差してしまえば、もはや戻りたいと思っても戻れない。報復は決して出来なくなる。遠ざける事を目的とするなら、むしろミレイユには、世界を越えた先で昇神して貰わねばならない。


 そしてそれを誘導する場面となるのが、勝利を前に舌舐めずり、とオミカゲ様が言っていた、あの状況になるのではないか。

 ミレイユの思考を誘導し、起死回生の妙手、やり直す機会を持てる、と思わせる。だが実際は全くの逆で、自ら罠に入り込んだと気付いてすらいないのだ。


 なるべくして過去の日本に飛び、そして信仰を得て神となり、別世界に封じられる神となる。だがそれは、同時にループする世界を作り出す事にもなるのだ。

 ――そういう事ではないのか。


 矛盾はある。

 連れ戻しておきながら、送り帰す事を目的としているのは意味不明だ。それなら最初から放っておけば良い、と思えるのだが……。

 神々が馬鹿でない事は、十分以上に理解している事だ。


 それならば、これにもきっと意味があるのだろう。

 渦中にいながら実情を全く知らないミレイユでは、及びもつかない計画がきっとあるのだ。


 それ故に、今の段階では全く意味不明の行動に見える。

 こればかりは、神々から直接話を聞くでもなければ、知りようのない事だろう。そして、それはミレイユに知られると拙いとも考えている筈。


 全貌が見えない様に、その点も考慮して行動を起こしている、と考えるべきだった。

 ミレイユは歯噛みする思いで天井を睨み付け、腹の底で燃えるような怒りを鎮める為、細く息を吐く。


 ――そうして。

 今の考えをユミルたちへ伝えると、ミレイユと同じような顔をして表情を歪めた。

 憤懣やる方ないといったルチアは大人しい方で、アヴェリンとルチアは聞いた途端、その怒りを爆発させていた。


 ナトリアに怒りをぶつけても仕方ない、と諭されたばかりなので、暴力を振るってどうこう、という事はしない。しかし、ぶつけようのない怒りを持て余し、平静でいられなくなっている。

 今となっては、ナトリアを結界で封じていた事が逆に功を奏する形となった。


 もしも縄で縛り上げているだけなら、アヴェリンは元よりユミルも、既に原型が留めないままに殴りつけ、斬り刻んでいたに違いなかった。

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