衝撃的な一言 その7
「何……? 昇神させない為? ……お前が? お前だけが、その為に動いていたのか?」
「あぁ……? 何だよ、何でもお見通しかと思ってたら、肝心なところでズレてんな。何で俺だけなのよ。そんなの、今更言わなくても分かってると思うけどな」
カリューシーの嘲る様な、小馬鹿な言葉すら今は気にもならない。
彼が単独で行っていた事ではなく、そしてならば……神々の計画がミレイユの昇神を阻む事ならば、多くの間違いがあった事になる。
――ボタンの掛け間違い。
上段の一つを間違えたことで、そこから下全てが違ってしまう。
ならばどこから……、どの状態から掛け間違えが発生していたというのか。
ミレイユはかリューシーを睨み付ける。
単に戯言や虚言で、こちらを混乱させているようには見えない。彼は確かに神々の言いつけを破ってミレイユに手を出して来たが、しかし神々の計画を台無しにしようとしていた訳ではないだろう。
彼には神々に対する恩がある。
今ならもう、いつ死んでも構わない、という満足感を得ている。その恩があるからこそ、考えなしであっても根底から計画を壊す様な事は行わないだろう、と考える事が出来た。
――ならば。
ミレイユはユミルに目配せする。彼女もまた混乱の最中にあった。瞳が忙しなく動き、余裕のない様が伺える。そしてカリューシーを無視して地面に視線を向けること数秒、しっかりとした意志ある目付きで、ミレイユを見返してきた。
「これが本当なら――昇神させないという前提の元に考えるなら、軍の行動は……。むしろ本気で殺しに来ていた? あんな戦力で? そもそも、どうして胡乱な方法を? 昇神阻止、というなら早い段階でエルフを壊滅させる事だって出来たでしょうに」
「壊滅させては駄目だろう、撒き餌の効果だって失いたくないだろうから。そして、撒き餌を維持するには、睨みあいを維持しておく必要もあった」
「そんなリスク背負う必要ある?」
ユミルの疑問は最もだが、現状を見るとそうと判断するしかなかった。
納得というには苦しい気がするのは、ミレイユも同意するところだ。しかし、戦争継続させる理由が、撒き餌である森とエルフを存続させる事について、カリューシーも認めていた。
そして、本気で森を攻略するつもりでいたというなら、外に住んでいたエルフを襲い、森へ追い立てていた理由も分かって来る。
戦えない人員ばかりが膨れ上がれば、食料の消費も増えていく。いざ戦争となった時、備蓄の量は重要だ。外から食料輸入を頼れない森の民からすると、非戦闘員だけ増加するのは、相当苦しい筈だろう。
それを見越しての事だったのなら、あの一種理不尽な行動も理解できるのだ。
ミレイユが唸りつつ考え込んでいると、横からルチアが口を挟んできた。
「殺すのはエルフ優先でいいんですよ。信仰を持ってるのはエルフなんですから。森から飛び出した獣人と、エルフとの比率を見てみれば分かるでしょう?」
「八割の数が獣人、だったわね。そして当然、二百年前の感謝やら、信仰やらは持ってない連中……」
「えぇ、だから彼らは信仰を生まない。頭数が多いから勘違いしてしまいましたけど、森に暮らすエルフの数は、きっとずっと少ない。信仰から昇神できない程度には、既に調節されてるんじゃないでしょうか……」
ルチアがその様に結論すると、楽器から手を離したカリューシーが手を叩いて褒める。
「いや、凄いね。そんな一瞬で考えを方向転換して、しかも正解できるのか。怖いねぇ……、だから俺は近付くなって言われたのか……。てっきり知ってると思ったから言っちゃったけど、これ失敗だったよなぁ。今更ながら納得しちゃうなぁ」
「ならば、我々の勘違いすら、神々は利用していたという事か……」
「いや、知らないよ。これも本当。そこまで詳しく、俺に説明してると思う?」
知らない、と言った時点で睨み付けたが、その後の理由を言われて納得した。
そもそも最初から彼は、ろくに説明されていない、という様な事を言っていた。この様な迂闊さを見せるカリューシーなら、勿論大事な話は何一つ教えていたりしないだろう。
だが神々は、ミレイユ達が勘違いする事を見越して計画を練っていた、という考え自体は間違ったものではないと思う。
それにはルチアも、ユミルも同意するところだった。
「勘違いさせたい、昇神させたくない。それを前提にするなら、ミレイさんの価値は何処にあるんでしょう?」
「昇神させないというなら、炉としての価値すら求めていない、という事になるのよね。でも神の素体に、それ意外の価値なんてある?」
「……ある、のだろうな。あるいは、昇神ついでに得る権能にこそ、その価値があるのか、とも思ったりしたのだが……」
むしろ、それこそが目的ではないか、と思った程だった。
ミレイユが何を望むにしろ、自分と全く無関係で、関連付かない権能を選べるとは思えない。自身の根幹を成すもの――カリューシーなら音楽に関係するものを選んだ様に、一種こだわりを持つものだから権能とする事が出来るのだろう。
ならば自分は、と考えてみても即座に思い付かないが、結局それが狙いでないのだとすれば、いま考える必要もない。
ミレイユは楽しげに見つめてくる、カリューシーを睨み返す。嘘を言っている様には見えなかったが、果たしてどこまで信用して良いものか迷った。
自分たちの考える前提が崩れてしまった事を認めたくない、というの事ではない。
しかし、その前提を無くしてしまえば、そもそも神々の動機が不明になってしまう。ミレイユに固執する理由――世界を越えても尚、追いかけ続ける理由が分からない。
「いやはや、あれこれと考えて忙しない奴らだね。そういう生き方って、疲れたりしねぇの? もっと気楽に生きられないもんかねぇ……」
「そうさせないのは、神々の方だろう」
楽器を掻き鳴らすカリューシーからは、確かに義務や使命などといった、お硬い雰囲気は感じられない。これまで勝手気ままに生きてきた、その気楽な気質から出た言葉だろうが、ミレイユとてそれが出来るならとうにしている。
「……ま、そうだな。面白そうだ、と手を出した俺も同罪だったか。けど俺としちゃ、演奏技芸の大会に、飛び入り参加した位な気持ちだったんだぜ?」
「あぁ、そうか。実に迷惑な飛び入り痛み入る。お前を殺す理由が、また一つ増えたな」
「おいおい、嘘だろ。俺を殺すつもりだったのかよ。しかも、理由が他にもあんの?」
「一々言わないと分からないか? 少しは自分で考えろ」
「考える事が出来る奴の発言だねぇ……。俺は自分が異端だと理解してるが、そういう意味じゃ、お前は神側の人間だよな。神人とは良く言ったもんだ」
ミレイユの眉が、ぴくりと動く。
カリューシーとしては皮肉のつもりで言ったのかもしれないが、聞き捨てならない台詞だった。
神の力を持つ人、神の肉体に入れられた人、神と人の間となる存在……。その意味は様々考えられるが、今のカリューシーからは神と同レベルの人、というニュアンスに聞こえた。
――勝利を前にした舌舐めずり……。
オミカゲ様はそう表現していて、そしてだからこそ逃げ出せた、とも言っていた。
だが、ミレイユならば同じ無様は晒さない。完全に拘束した後か、あるいは絶対に逃げられない状況にならないと、そんな真似は絶対にしないだろう。
だが、昇神させるのが目的だと思わせる
そして、そこからがボタンの掛け間違いが始まっていたとしたら、オミカゲ様が未だデイアートに居た時期から詭計が始まっていた、という事になってしまう。
「……これは拙い」
「それはとっくに知ってるコトでしょ。小神なんてのが目の前に出て来た位なんだから。まさか森へ誘い込まれた結果が、たったこれだけとは思えないから、他にも何か隠し種があるんでしょ」
「それもだが、それだけじゃない。……これは、嵌められたな」
「どっちの話?」
ユミルが胡乱げに視線を向けては、直ぐにカリューシーへと戻した。
勿論、ミレイユのこの一言で察せる訳がないだろう。自分自身、半信半疑の段階だった。
ルチアが言うところの、敵を巨大に見据えている余り過大評価してしまっている、という現象に陥っているだけかもしれない。
しかし直感と、これまで見てきた情報の断片を繋ぎ合わせると、不都合な真実が見えてくる。
「繰り返されるループ、伝言ゲーム、情報の断絶。……これはいつから始まった? いつから狙いどおりだった?」
「ちょっと、アンタ……?」
ユミルの困惑も、今は耳に入らない。
置いていかれているのはユミルや他の二人のみならず、カリューシーにおいても同様だった。同じく困惑した視線を向けてくるが、それさえミレイユは無視した。
ミレイユ――ひいてはオミカゲ様は、神々から逃げ出したと思っていた。その計画が何であれ、ミレイユという素体を利用するのが目的で、その為に世界を越えて追って来ているのだと。
神々から逃げおおせ、そして再起を図るつもりで過去の日本へ移動し、そして次に来るミレイユへ希望を託すべく行動していた。
だが、逃げおおせたのではなく、追い立てられたのだとすれば――。
逃げ切れたのではなく、逃されたのだとすれば……逃がす事すら神々の計画の一つ、という事になる。そして、ループする事が推測できるのなら、それをさせる事こそ目的、という事になるのだろう。
ミレイユは頭を掻き毟りたくなる衝動を堪え、代わりに下唇を噛む。
妄想だ、全ては思い違いだ、と考えられたらどんなに良いだろう。だが、可能性の一つとして浮かび上がって来た以上、これを無視する訳にはいかない。
ミレイユはカリューシーを睨み付けていたまま、震えようとする唇を必死に抑えて言葉を出す。
「どこまでが計画の内だったか……。だが、ループするのは私達の苦肉の策じゃない。そうするよう仕向けられていた、と考えるべきだ。ループされるのは神々にとって、むしろ望むところだ」
「話がいきなり飛躍し過ぎて、ワケ分かんないけど……。昇神が目的じゃないからって、そういう話になる意味が分からないわ。……けど、説明は後で良いわね」
「可能性の一つとして、と今は考えても良い。だが……、私達は神をどこか過小評価していなかったか。迂闊にもオミカゲを取り逃した、その前提があって成り立った話だったが、本当にそれは迂闊が理由だったのか?」
「あぁ、なるほど……。そこが引っ掛かるワケね。それでアンタは、迂闊で片付く話じゃないと思ったと……」
ミレイユは返事をせずに、ただ頷く。
何か反応が返って来ないかと、敢えてカリューシーが聞こえる様に話していたが、まるで理解できていないようだ。
大事な事は何も聞かされていない、と言いながら、ミレイユの昇神を目的としていないと暴露した彼だから、何かあるかと期待したのだが……。
カリューシーの表情は理解不能を示す歪んだもので、返す言葉すら思い付かないようだった。
「お前らが何言ってるか、俺には全く分からん……が、話し過ぎたのは確かみたいだな。俺の言葉尻から、一体何を感じ取ったんだかねぇ。あぁ、だから……」
カリューシーの言葉が唐突に途切れる。視線はミレイユから離れ、別の方向を向いていた。
諦観の笑みを浮かべたが、それは決して絶望めいたものではない。むしろ、来たるべき時を受け入れる、成就した時を迎えるような笑みだった。
拙い、と思った時にはもう襲い。
何事か行動を起こす前に、その喉元を一筋の光が射し貫く。血を吐きながら後ろに倒れ込むカリューシーを見ながら、光が発射された方へと目を向けると、そこには一人の女が樹上に佇んでいた。
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