衝撃的な一言 その6
「いや、聞こえてんだよ。音と付くもので、俺が聞こえないものなんて早々ねぇよ。まして、この距離だ。――だれが勤勉な無能だよ」
「そいつは失礼したな。と言うことは、アレも敢えて無視しているのか?」
ミレイユが親指で後ろを指差すと、両腕を失ったまま拘束されたスルーズが地面に転がっていた。カリューシーが姿を見せた頃から、助けを求めては喚いていたが、ミレイユ達にまでその内容は伝わっていなかった。
距離が程々に離れているのと、何を言っているのか想像が付くから、敢えて注意を向けていなかったからだが、しかしカリューシーには最初から伝わっていた筈だ。
手駒を助けるつもりはないのか、それとも単に優先する方を選んだだけか……。
享楽的な彼からすると、まず話が終わってからと考えていても不思議ではない。しかし同時に、神なれば、用済みとなった存在に甘い顔をしないだろう、とも思うのだ。
また、スルーズの眷属化と制約による命令に価値を見出しているなら、これを助けるべく動く。何より、大神の計画に必要なピースなら、見殺しには出来ない筈でもあるのだ。
これもまた一つの試金石として、カリューシーを見定める材料となる。どういう反応をするのか、ミレイユは興味深く見守った。
「まぁ、そうだなぁ……。勝手に使った手前、無碍にも出来んかもなぁ。でも結局、無意味な気がするんだよな。そっちにもゲルミルが居るんなら、王の傀儡をし続けるのも難しそうだし」
「あぁ、お前の杜撰な扱いで、それも露呈してしまった訳だが。その不始末は誰が付けるんだ?」
「知らないね。どうせ上手くやるんだろ、別に気にしちゃいねぇよ」
「随分と他人任せなんだな。私達はアレを生かしておくつもはないんだが」
「好きにしろよ。俺は満足した。また観客に戻る。そういうもんさ」
遂には視線をミレイユ達にすら向けず、遥か遠くを見ながら楽器を鳴らす。物悲しさを感じる旋律からは、情景を懐かしむような感慨が浮かんでくる。
改めてユミルと目配せして、ほぼ決定していた事を確定させる。
カリューシーは目的も責任も持たず、その場で楽しいと思うものに流れるだけの性質だ。敵として見た場合でも脅威ではないが、味方に引き込むにはリスクがあり過ぎる。
そうと決まれば、後は聞き出せる限りの情報を聞き出す方向へ、作戦を切り替えるべきだった。
ただ、これが本当に暇を持て余した神の酔狂であるか、それとも他に狙いがあるか疑問が残る。注意や警戒をして、し過ぎるという事はない。
ユミルに亡霊が何か見つけたか、それを目配せして聞くと、これには否定の合図が返って来た。
伏兵はいない、あるいは単に、未だ見つかっていない、という事らしい。いて欲しい訳ではないが、いっそ見つかった方が気持ちが楽だった。
ミレイユはカリューシーへ、疑念や警戒が表に出ないように問いかける。
「しかし観客に戻る、か……。果たして大神が、それを許してくれるか? これだけ引っ掻き回したんだ。計画にも狂いが出ただろう。黙って見てくれるとは思えないな。小神の本当の役割すら、お前は知らないんだろう」
「なに言ってんだ、俺に役割なんてねぇよ。俺が何の為に、こんな権能を選んだと思ってるんだ。楽しく音を奏で、楽しく歌う為だ。それが俺の生き甲斐ってやつだからな」
返答を聞きながら、ミレイユは心境が表に出ないよう、無表情を維持しようと耐えた。
この男が言う事が確かなら、小神へと至る時、その権能を自ら選べるものらしい。あるいは、それだけ強い思い入れのあるものが、権能へと昇華されるのかもしれない。
もしかすると、神々にとって、それこそが狙いの一つであるかもしれない、と勘繰りもする。
権能とは、強力かつ神を構成する能力だ。
強いか弱いか、便利か不便か、それも千差万別だ。そして有能、有益であるかも、また多種多様に変わっているだろう。もしも神が、その有益な権能を求めて昇神させているのなら、神を造り続けている事にも納得がいく。
そして何百年と生き続け、すぐに贄とならない神がいる事も、その権能が有益であるから存続が許されている、というのなら辻褄も合う。
その様に思いながらも、安易に結論付けるべきではない、と自分を戒めた。
辻褄が合うのなら、それが答えだ、と考えるのは危険だ。
それが引いては、ミレイユを呼び戻した理由――その権能を欲しての事だと考える事もできる。しかし権能の決定権がミレイユにある以上、決して神々の望みに沿う形にはならないだろう。
それは神々にとって、百も承知の筈……。
モヤモヤと形にならない思考に悩まされながら、更に引き出せる情報は無いかと、カリューシーに問いを投げかけた。
「しかし、楽しく歌える時間が長いとは思えない。お前が有益でないと知ったら、神々はお前を贄とするだろう」
「へぇ……、お前はそう思うのか?」
演奏を止め、余裕ある表情で見下ろしてきて、ミレイユはおや、と思う。
てっきり贄の部分に引っ掛かりを覚えるなり、反論をするなりして来ると予想していただけに、この反応には正直、戸惑いを覚えた。
「無能な者は神々にとっても必要ないだろう。無能でなかろうと、せめて無害である必要がある。しかし、お前がした事を思えば、手元に留めておく必要に乏しい。……無難な対応だと思うがな」
「随分と酷いこと言うねぇ。そんな血も涙もない連中じゃないぜ?」
「そうは思えないがな。だいたい、贄の部分は否定しないのか? そんな事で、よく擁護できるな」
あぁ、とカリューシーは明るい声を出す。
再び明るい音色を爪弾き、歌い上げる様に答えた。
「そりゃ、最初に説明されたからな。俺はいずれ殺される、……世界の為に殺される。だからまぁ、贄って言い方は疑問に思っても、別に否定する程の事じゃないしな」
「説明……、されていたのか……」
それが何より、この神の口から出た言葉で、一番の驚きだった。
騙し討ちの様に、後ろから刺して贄にする。それが神々のやり口だと思っていた。世界の存続のため、というあやふやな理由で、小神一つの命――魂を犠牲にするのだと。
そして、いずれ死んで貰う事が確定している以上、それを馬鹿正直に伝える事もない、とも思っていたのだ。だが、それを知っているからには、どうやら贄にされる事は間違いなく理解しているらしい。
「意外かね? 悪い連中じゃないって言っただろ? くだらない理由で知人を殺す奴なんてゴマンといるだろうし……。だから、納得いく理由なら、殺されてやっても良いんじゃないかね……?」
「なんだって……?」
「だってよ、俺の生前は音楽家だぜ? 楽器を弾いて、歌って、それで生計を立ててた。歌うことは喜びだ。いつまでも歌ってたかったがよ、実際にはそんなの無理なんだよな」
「……それはそうだろう」
永遠には生きられない。そうである以上、歌う時間とて有限だ。そしてそれは、何も歌に限った事でもない。
ミレイユが胡乱げな目で首肯すると、違う違う、とカリューシーは首を振った。
「歌いたい、弦を弾きたい、そうは言っても加齢が許さないぜ? 生きても大体八十年。そして歌えるのは六十までだ。それ以上は声が出ねぇよ。全盛期のパフォーマンスと来たら、それより更に短ぇだろうな。四十か、それぐらいまでが精々だろう。だが俺は、もう二百年もこの歌声を披露できてるんだ」
そして慢気に、音階を刻んで声を奏でる。
それから悲しげに見える瞳を、ミレイユ達へと順に向けた。
「……なぁ、これまで好きに歌えたんだ。四十年なんて目じゃない長さをよ。俺は十分、満足してる。割の良い取り引きってやつさ。俺は好きにやった、好きにやるだけの時間もくれた。歌えりゃ幸せな俺からすると、まぁ感謝するぐらいの恩があるわな」
「それはまた、随分と屈折した……」
それ以上は、ミレイユも口には出さなかった。
何を幸せと感じるかは人それぞれだ。他人にとっては、どれ程くだらなく見えても、当人が満足しているなら、文句を言えるものではない。
そして、四十年を遥かに超える年月を全盛期のまま歌えたのなら、カリューシーにとって望外の喜びでしかなかったのだろう。大抵、人の欲には限りがない、というものだが、この神は分を知って満足する事が出来たらしい。
そういう意味では潔く、また好感も持てるが、神として考えた時、果たしてそれはどうだろうか。
好きな音楽だけ出来れば良い、というのが実践できていたなら、彼としては満足だろうが、しかし神としては無能に近い。
それを許されていた彼からすると、大神は確かに血も涙もない部類ではないだろう。しかし、今まで良く生かしていたなと、率直に感じてしまう。
余りに例外的な措置――カリューシーには意外な程の配慮が見える。だがそれに反して、地上で暮らす者に慈悲は無い。文字通りの傀儡政権は、ミレイユを罠へ嵌める為に用意されたものだ。エルフに対しても同様で、まさにその為に生かされていたと言って良い。
ミレイユが何か一つ思い留まれば、無駄に終わる計画だった。
神々にとっては、それで失敗しても次がある、と思える程度の犠牲だったのだろう。必須だからと利用したのではない。掛かれば儲けもの、と用意した罠の一つでしかなかった。
エルフの二百年――それより更に前から虐げられた時間を蔑ろにし、唾吐く様な行為だ。
それを知って、なお血も涙もない連中、と言えるカリューシーが理解できなかった。
「お前には……、あるいは優しい連中だったのかもな。それで満足しているついでに、今回みたいな馬鹿をしたのか。既に満足、死んだところで何の事がある、と? ……だがお前は、私を昇神させる手段を、一つ潰した事になるんだぞ。その上で優しくして貰えると思っているなら、考えが甘いんじゃないのか」
「……はぁ? 何か勘違いしてないか。昇神させる……? 逆だよ、お前を昇神させない。そういう大神の思惑で、俺は動いてたんだぜ?」
あまりに意外な一言に、ミレイユの思考が凍りつく。
それは全ての前提を覆す、衝撃的な一言だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます