衝撃的な一言 その5

 男は青い顔をさせて腹を抑え、激痛に顔を顰めていたが、命に別状ある様には見えなかった。

 ユミルの『雷電球』や、ミレイユの『火炎旋風』よりも、明確にダメージを負っている様なので、やはり有効なのは直接攻撃だ。


 ミレイユとアヴェリンの二人で、猛攻を加えるのが有効だろう。

 この男が魔力の扱いに長けているのは、魔術を使わず直接塊として使っているところかも理解できる。ルチアとユミルのサポートで、そこを上手く捌いて貰いつつ接近するのが得策、と読んだ。


 ミレイユが目を鋭くさせて男の行動を見守っていると、苦悶の表情から一転、怒りの形相で屋根を蹴りつける。二度、三度と蹴り付けているが、破損する気配は見えない。

 破壊行為が目的ではなく、単に怒りを発散させる為の行動らしい。


 更にもう一度蹴りつけたところで気が済んだらしく、男はこちらを憎々しく睨み付けてきた。


「言っとくけど、お前ら本当に最低だからな! 何で、そこまで殺意高いんだ? 話を聞こうって姿勢はないのかよ!?」

「何故と聞きたいのは、むしろこちらの方なんだがな。友好的に接して貰えると思ったか?」

「いや、友好的である必要はねぇよ。敬えと言うつもりもない。だが、様式美ってモンがあるだろうが……!」

「言ってる意味が分からない。お前がそれを気にする理由も、私達がそれに付き合う理由もな」


 ミレイユが視線に込める力を増やすと、それを敏感に察知した他の面々も構えに力が入る。まだ露骨に魔力を制御したりしていないが、不快感につられ、意図せず表出してしまった形だった。

 男は自信あり気に、そして自明の理とでも言う様に腕を広げる。


「芸事を好み、そして守護する存在だぜ? その俺が、様式美を蔑ろにする訳にもいくまいよ」

「どうせそんな事だろうと思っていたし、そうでない事も願っていたが、やはりそんな事であったとはな……」

「どういう意味だ、そりゃ……」


 その正体については、、早い段階で当たりが付いていた。ルチアの魔術や、アヴェリンの攻撃から逃げる時、地面を滑る様に動いた時点で、神である事は確定したようなものだった。


 空を飛ぶのは神の権能だが、地面の上を滑る様に飛ぶのは咎められる事ではないし、そういった魔術もまた存在している。どうしても速度において、内向術士に敵わないので戦闘中に使う事は少ないが、しかし状況としては使っても不思議ではなかった。


 単なる魔術士として見るには頑丈過ぎたし、何より屋根より高く飛んで見せるとなれば、疑念の余地も消えていた。

 度重なる攻撃があっても、未だ仕留めきれていないのが、その証拠とも言えた。現代において刻印を持っていない事からも、ミレイユの同類か同業程度の推察も付くものだ。


 ミレイユは溜め息にも似た吐息を漏らして、男の名を呼ぶ。


「カリューシー、奏楽と創奏の神だな……」

「いかにも、そのとおり……!」


 高らかに宣言しながら、どこからともなく取り出した、リュートに似た楽器を掻き鳴らす。ジャラン、と一撫でしたに過ぎない音色だが、音楽の神を名乗るだけはある技量を感じさせた。

 音を楽しみ、音に生きる、というのなら、それを止めるつもりはない。自分が納得できる音を探求するのでも、それを聴かせるのでも好きにしていれば良い。


 だが、この小神は大神の手先として動いていた。

 小神とは即ちその様な存在かもしれないが、しかし聞き捨てならない台詞も口にしている。行動と言動が一致しているようにも見えず、それがこの神を厄介に思わせているところだった。


「お前、スルーズを使って色々やらせていたんだろう? その癖、私には手を出すなと言われていたのか? ……大神に?」

「おぉっと、ようやく話をしてみる気になったかい。まぁ、そうじゃねぇとな。俺が出てきた甲斐もない」

「……出て来る必要があったかも疑問だが。神はそう簡単に姿を見せないと思っていた。……特に、私達にはな」

「そういう反応になるだろうな。まぁ、あいつらが色々企んでいるのは知ってるが……。俺は俺が楽しければ、それで良いんでね」


 そう言って、カリューシーはまたリュートの弦を引っ掻いて、短いメロディーを奏でた。

 その様子から嘘を言っている様には見えないが、しかしそれが事実だとすると、この小神は大神を裏切っている事にならないだろうか。


 いや、とミレイユは考え直す。

 裏切りなどと大層な事を考えている訳ではない。単に享楽的な性格なだけで、小難しい事は考えられない性質、というだけなのだ。


 だから、必要ないのにも関わらず、こうして姿も見せている。攻撃を受けたというのに逃げもせず、こうして対話を続けようとする。

 自分が死ぬかもしれないと危惧していたら、決してこんな事はしないだろう。殺されないと判断するだけの何かを、この神は持っているのだろうか。


 それとも、本当に考えなしなだけなのか……。

 ミレイユは判断に困って、不機嫌な顔のまま眉間を深くした。

 そんな様子に頓着せず、カリューシーは上機嫌に笑みを浮かべる。


「いや、お前らホント凄いよ。俺も本当は、隠れているだけのつもりだったんだが……! でもよ、それを見ていた観客としては、素晴らしいと思うものには、手を叩いて称賛したくなるもんだろうが? よくもまぁ、そんなに色々分かるもんだな。……いつもそんな、小難しく考えながら生きてんのか?」

「アンタらが覗き屋ってコトは知ってるわ。この地にあっては、その視界から逃れるのは至難の技よ。だから、お父様も闇で空を覆って、その視界を防ごうとした。でも、そんな馬鹿な理由で姿を見せに来た神も、また居なかったわねぇ……。何なの、アンタ?」


 不機嫌さで言えば、ユミルの方がミレイユよりも余程酷かった。

 小馬鹿にされていると感じた為だろう。実際、高みに立っては見下ろし、そして楽器を鳴らして称賛しているつもり、というのは馬鹿にされていると思われても仕方ない。


 だが、カリューシーの上機嫌さは、微かたりとも翳りを見せず、そのまま爪弾きながら続けた。


「だから言ったろ、お前も言った。俺は観客で、口を悪くすれば覗き屋だ。……まぁ、確かに不調法だったよな。観客が劇の途中で、手を叩きながら舞台に上がっちまったんだから。許せよ、終劇まで我慢できなかったんだ」

「私達の事も、よくご存知の様ですけれど……」


 ルチアが警戒を滲ませながら言うと、これにも素直に頷いて応じる。


「そりゃあ、そうさ。お前達にも自覚あるんだろ? 何したんだか、大神に狙われてるんだから」

「……貴方は知らないって事ですか?」

「知らないね。気になったから訊いてみたが、教えちゃくれなかった。それどころか、近付く事を禁止された訳だ。『どうせ俺じゃ敵わない』、他にも色々言われたが……つまり、そういう事らしいな」

「なのに姿を見せたのか」

「むしろ、そう言われたから、ちょっかいを掛けたんだよ。俺が何しようと意味もないし、看破し突破するからだ、という言い方をされたからな。じゃあどんなものか、ちょいと試してみようっていうのが動機でよ。……そして、実際そのとおりになった!」


 それは間違いなく敗北宣言だった。

 大神はミレイユを利用するつもりでいるのと同時に、目的を果たすのは容易では無いと認めてもいた。それはカリューシーの発言から理解できる。


 そして、だからこそ接近禁止命令が出ていた訳だ。

 だが、このカリューシーは、自らの欲望を抑える事なく、忠実に生きているのだろう。無理と言われたら、本当かどうか試してみたくなった、という実に神らしい子供じみた発想で、こうして姿を見せてきた。


 考えなしな上、実際ろくな事をしない。

 命じた側としても頭が痛いだろう。


 ミレイユとしても頭が痛くなるような行動だが、敵の実情を知る事の出来る貴重な機会でもある。裏取りが不可能という部分があるものの、今後の行動の指針にはなるだろう。

 どこまで話すつもりがあるにしろ、訊いてみる分には無料タダだ。


「それで、手を叩いて現れるつもりだったお前としては、見事に目論見を看破されたと見て良いのか?」

「そう言ったろ? 良くもまぁ、あれこれと考え付くもんだ。俺も結構上手くやってたつもりなんだがなぁ……」

「どこがだ。杜撰の上に稚拙、違和感を持てと言っている様なものだ。お前の所為で、神々の操り人形となっていたデルンは、今日を持って消滅するぞ」

「……え、なんで?」


 本当に理解できてない様で、疑問を顔に貼り付かせて聞いてくる。

 これで演技なら大したものだが、と思いながら、その様子を観察しつつ、反応を引き出すつもりで応えてやる。


「逆に何故、放置してくれると思ってるんだ? そこで疑問しか思い付かないから、大神は近付くなと言ったんじゃないのか……」

「今のデルンは、俺が作ったようなもんだ。じゃあもう、神の私物みたいなもんじゃねぇか。別に直接的な支配なんてしなくても、言う事きかせる手段はある。穏便か過激かの違いで、だったら別にどっちでも同じだろ」

「信奉者からすると、目を剥くような台詞を平然と吐くのねぇ……?」


 元よりカリューシーを存分に見下していたユミルは、更に評価を一段下げて、侮蔑の眼差しを向けた。こんな奴に嵌められそうになった、と思えば、その心情も分かろうというものだ。


「それで? 結局アンタがしたかったコトって、大神が遊んでる所で、楽しそうだかと横入りしたとか、そういうレベルのコト?」

「おぉ……、そう言われたら身も蓋もねぇな! でも……そうだな、そういう事だ。アイツらが買ってる人間だ、気にならんと言ったら嘘になるわな」

「協力関係には無いワケ……?」

「何をもって協力と言うかに寄るよなぁ……。好き勝手できるって聞いてたから、こうして小神なんてやってるんだし」


 視線を上向きにしながら、奏でるメロディーも楽しげなものへと変わり、思案顔を見せた。

 ミレイユはユミルと目配せする。


 このカリューシーは、少なくとも大神を敬ってもおらず、そして大事な存在とは思っていない。今聞いた口振りから言っても、ある種の取引を経て、小神に至ったという事も伺える。

 好き勝手できるのは、贄になる事の引き換え、前払いの報酬みたいなものだ。それを知らなければ、実に魅力的な提案に思えたろうが、真実を知れば瓦解する。


 小神を味方に加える事も視野に入れていたものだが、しかし、コレを味方にするのは不安が募る。

 ミレイユが欲するのは頼りになる味方なのであって、足を引っ張る無能ではない。不安材料にしかならないのなら、切り捨てる事も当然、考慮しなければならなかった。


 そして、この小神は、目の前に魅力的な餌があれば、躊躇なく飛びつくだろう。

 大神もそこのところは理解しているだろうから、カリューシーは何を企んでいるか知らない、などと言っているのだ。


 こんな口が軽そうな男に、秘密を話すのは馬鹿のする事だ。

 ミレイユはユミルへ疑念を含ませた視線を向けたまま、呟くように伝える。


「勤勉な無能ほど役に立たないものはない。だというのに放置するなら、私達に協力してしまう事すら、計算の内なのかもな……」

「そうして、別の大きな餌を用意して釣り返すって? 十分、有り得そうね」

「じゃあ、やはり……」

「えぇ、ないわね」


 互いに納得のいく結論を得られて、小さく頷き合う。

 改めてカリューシーに視線を戻すと、掻き鳴らす音が表情と連動するかのように不機嫌なものへと変わっていた。

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