衝撃的な一言 その3
それに気付いたのは、ミレイユが一番早かったものの、元より油断などしていなかった面々だ。ミレイユが魔力制御を始めた事で瞬時に反応し、それぞれが一声も上げる事なく呼応する。
ミレイユの制御から、ほんの僅か遅れて制御を開始したのがルチアが、周囲を包む結界を作り上げた。ミレイユを中心として展開された半円形の結界は、そのすぐ傍にいたヴァレネオとテオまでは範囲内だったが、少々離れていたユミルやスルーズまでは含まれていない。
アヴェリンはその範囲内に居たものの、結界が展開されるより早く外へ飛び出し、ミレイユを飛び越えて影へと突っ込む。その間にユミルもまた魔術を行使して、スルーズを拘束していた。不慮の事態とはいえ、その間に逃してしまうという愚は犯さない。
その影は、人の形をしていた。魔物ではない。
無造作に、無気配で突如として現れた何者だが、これに
敵以外に現れる筈がない、という確信がミレイユにはあった。
アヴェリンにもそれがあったかどうか分からないが、必要ならばミレイユが止めると疑っていない。そして敵として疑わしいなら、まず殴って確認するのがアヴェリンだし、静止があっても殺しさえしなければ良いと思っているので遠慮がない。
ミレイユとしてもアヴェリンに求めている役割は、速攻の先制攻撃だから、突然の事態であるにも関わらず、目配せ一つなしに動ける彼女を頼もしく思う。
そのアヴェリンに、片手で強化魔術を施しながら、もう片方の手で念動力を制御する。
「――行けッ!」
「お任せを!」
短く返事し、アヴェリンが敵へ跳躍して追いかけ、瞬時に距離を詰めて、その腕を振り下ろした。
しかし、それより前に、敵が更に背後へ逃げた。大きく距離を取ろうとしたところで、ルチアから放たれた氷結魔術が、着地地点を予想して地面を凍らせる。
その場に一度でも足底を着ければ、そこから凍り付いて拘束してしまう、という目論見だった。
だが、唐突に動きが変わり、氷面に触れる事なく、滑る様に移動しながら逃げていく。そこを貫くように雷撃が放たれ、次いで二度、三度と線のような雷撃が襲う。
「はい、はい、はいっと……!」
ユミルの放った攻勢魔術は初級の物でしかなかったが、とにかく連射が利くのが強みだ。これでどの程度ダメージが入るかで、敵の力量を計る事もできる。初手として、ユミルが好んで使う手だ。
ユミルの放った雷撃の一つは敵の腹を撃ち抜いたが、ダメージらしきものが入ったようには見えない。うめき声一つすら上げなかったので、些かの痛痒も与えられなかったらしい。
「ふん……」
ミレイユが手首を捻るような動きで、強化魔術から変性魔術に切り替えると同時、距離を離されたアヴェリンが自らの武器を投擲した。
己が振るえば木の様に軽いが、一度離れれば岩より重くなる。ダメージを与えながら、武器そのものが地面に縫い留める重石にもなるので、これもまたアヴェリンが好んで使う手だった。
空中にいては躱せないと踏んでの一撃だったかもしれないが、地面から足が離れていても滑る様な動きをしていたのだ。単に滞空時間を増やしていただけではない、とミレイユは踏んでいた。
そしてアヴェリンが武器を投げると予想していたからこそ、予め念動力を使ってもいた。
敵が再び横へと不自然な曲がり方で避けるのと同時、念動力で武器を捕まえて、その逃げた方向へとぶつける。不規則な直角に曲がる動きにまで対応できなかったらしく、その一撃にはとうとう直撃した。
「ぐっほ……!」
岩そのもので殴られた様な衝撃が、メイスの先端から伝わった筈だ。滑らかに逃げていた動きも、その一撃で僅かに鈍った。
そして、その僅かな動きを見逃すミレイユ達ではない。
ルチアが氷槍を次々と射出しては、直撃と共に氷結させて動きを阻害しようとしているし、ユミルもアヴェリンの後を追うように接近しながら、中級魔術の制御を開始している。
ミレイユは切り替えていた変性魔術の制御を終えていて、その手から『衰弱』の魔術を放つ。直接触れられる様な距離だと尚効果が高いのだが、対象の魔力に干渉し、強制的に耐性を奪う効果を持つ。
魔術の耐性が高いのは分かった。だがそれなら、その耐性を奪うまでだ。この魔術はその発動直後から効果を発揮しない。
遅効性であり、ほんの僅かに減少させていく効果の低い魔術だが、その継続時間は長く、最終的に術者の力量次第で耐性を全く取り除く事ができる。
強敵相手には効果が発揮するまで悠長に待っていられない、というデメリットがあるが、その効果を相手に実感させ辛いというメリットもある。
そして人間やエルフの様な、魔術に対して研鑽が高い者ほど効果がある術だった。魔力制御を論理的に扱う者ほど効果があり、本能だけで扱う魔獣や魔物には効果が薄い。
本人はまだ実感がないだろうが、いずれジワジワと効いてくる筈だ。
敵は腹に刺さったメイスを力任せに身動ぎして逃げ出すと、やはり宙を滑って距離を離そうとする。アヴェリンは武器の方へは一瞥もくれず、空の手のまま敵を追った。
――へぇ……。
その様子から、敵が只者でないと察する。敵は空中で岩より重いメイスを、あの程度の動きで脱出する事ができるのだ。
元よりミレイユ達は
だから襲撃の手があると予想していたし、そして、来るというなら実力者以外有り得ない。たった一人とは予想していなかったが、そうである以上、この四人を御せる自信があるのだろう。
周囲の樹木についても良く理解しているらしく、逃げている最中で、そして後ろが見えていない状態でも、木の中に突っ込むような真似はしていない。
ミレイユは念動力でアヴェリンのメイスを掴むと、掌を広げたその手に収めてやる。
アヴェリンが掴むのと、敵との距離を詰めたのは同時だった。
「――ハァァァッ、ダッ!!!」
アヴェリン渾身の一撃が、敵の鳩尾を捉えた。そのまま全力で振り抜くと、まるでボールの様に飛んでいく。家の屋根を飛び越える高さまで打ち上げられ、その身体にルチアとユミルの魔術が容赦なく追撃していく。
氷と雷が織り成す光が幾度も交差し、空の敵を撃ち抜いていく。一つ当たる度、身体が左右へ揺れ、まるでルチアとユミルの魔術でお手玉をしているかのようだった。
魔術の衝撃でもって上空へと打ち上げられた敵は、いずれ重力に掴まり一時の制止を見せる。一秒もせずに頭から落下を始めたところで、アヴェリンが再び構えを取った。
落下している最中でも敵に動きはないが、それで油断や慢心を見せるミレイユ達ではない。
落下最中も攻撃を加えようと変性から攻勢魔術へ切り替え、魔力を制御し始めたところで、敵の動きが不自然に停止した。
頭を下にしていたところを反転し、足を下に向けて体勢を戻すと、緩やかな動きで屋根の上に降り立つ。腹と鳩尾をそれぞれ片手で抑えながら、苦悶に満ちた表情でこちらを見てきた。
「何とまぁ、お辛そうな事だ。殴られないとでも思って出てきたのか、馬鹿め」
「でも、頑丈よ。その部分は褒めてやらなきゃ。それだけが取り柄なのかもしれないけど」
敵の姿は男性で、その服飾は豪華な物だが旅芸人の様でも詩人の様にも見え、一般人がする格好とは似ても似つかない。気障な髪型に気障な顔付き、もっと言えば自分が美形だと認識して、それを鼻にかけていそうな顔つきだった。
武器らしいものは持っていないが、敵である事には違いない。
その正体にも当たりが付いている。
手を抜く理由も、間を与える理由もなかった。そして何より、腹の底から煮え滾る怒りが、攻撃の手を緩めるな、と言っている。
今度は両手で別々の攻勢魔術を制御し、間断なく行使しては解き放つ。基本的に使う事の多い炎系に限らず、雷系統の魔術も使って、ルチアの十八番である氷結も混じえながら撃ち込む。
それを黙ってみている二人ではないので、ミレイユに続いて得意の魔術を次々と放ち、そうしてアヴェリンもメイスを投げつけたところで、ミレイユは撃ち込むのをやめた。
「撃ち込みやめろ。これ以上は駄目だな……」
「あら、そう……?」
ユミルが残念そうな声を上げたが、肩を竦めただけで素直に従う。
最初に撃ち込んで上がった爆炎や、その後に続いた氷から放電が大きくなり、それに炎が着火して大きな爆発と共に噴煙が上がった事で、視界もすっかり悪くなっている。
アヴェリンが投げつけたメイスが硬質な音を返して来たので、おそらく防壁を張られていると見て良い。ヒビが入るような音はしていなかったので、よほど強固な防壁だろう。
手数が多く撃てる中級魔術よりも、時間を作って練り上げる上級魔術でなければ、突破できないだろう。
屋根の上から落ちてきたメイスを、またも念動力でアヴェリンの手の中に返してやってから、ミレイユは新たな制御を始める。
本腰を入れて制御に取り組むと分かったルチアとユミルの二人は、そのサポートに回る事にした様だ。ルチアは結界を更に堅固な物に貼り直し、そしてユミルはミレイユの制御を助けるべく補助魔術を制御し始める。
もうもうと上がっていた煙も風に流されて切れ目が生まれ、そして男の無事な姿も確認できた。やはり防壁を持っていて、それで魔術は防がれてしまっていた。
予想通りだったので、それについて驚きはない。
それよりも、この場で身動き出来ないほど痛めつけて、拘束する方が大事だった。
上級魔術を使うとなれば、ミレイユとても即座に制御完了できない。ユミルからも呆れられる様な速度で完了できるが、全くの無詠唱とはいかないものだ。
それが今は、ひどくもどかしく感じる。
煙の多くが晴れ、男の顔から全身まで見えるようになり、そこで男がどういうポーズをしているか目に入った。
両手を前に突き出し、それを左右に振っているのだが、防壁を維持するのに、そんな意味不明な動きは必要ない。癖なのか、と思ったところで、男が言葉を投げ掛けてきた。
「待て待て、まず話を聞け!」
今まで一度として聞いた事のない、たいそう美しい声だった。
情けないポーズと情けない台詞でなければ、きっと感動しただろうな、とミレイユは場違いな感想を浮かべつつ、いう事には耳を貸さず制御を継続した。
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