衝撃的な一言 その2
「……お前は誰の指示で動いていたの? それを聞かせなさい」
「それは……、それは……」
「あらそう、まずは腕一本ね」
「――違うのです!」
言い淀んだスルーズに頓着せず、ユミルは慈悲など見せる事なく腕を向ける。即座に魔術制御が完了し、一息呼吸するより前に魔術を行使しようとした。だが、寸での所でスルーズが追い縋る。
膝を付いた状態のスルーズとユミルの間には、腕二本が転がっているような状態だから、近付こうとして近付けるものでもない。
それでも身体だけは前のめりになり、必死な形相で顔だけでも近付こうとしていた。そこから余裕は感じられず、それと悟らせず嘘を吐こうとしているようにも見えなかった。
特にこのスルーズは、そういった腹芸が出来るタイプにも見えない。彼の必死な形相は演技しているものに見えず、そして腕だけではなく、命の危険がある事も理解している筈だ。
この状況で姿を現し、それで歓迎されるとでも思っていた事からも、考えなしで行動できる事を証明しているようなものだが、上手に嘘を吐けるタイプでもないだろう。
様子見をする事は出来る、とミレイユは判断した。
スルーズは泣きそうに顔を歪めながら、唾を飛ばす勢いで言う。
「最初に話を持ち掛けてきたのは、ラウアイクス様で……! その後はカリューシー様の言葉によって動かされていたのです! 直近としてはカリューシー様であったので、どちらの名前を出したものか迷っただけで……ッ、決して口に蓋をするつもりであった訳では……!」
「水源と流動のラウアイクス……、大神ね。そしてカリューシーと言ったら、さっき聞いたばかりの……奏楽と創器だったかしら」
大神が指示を出していた事実に疑問はないが、しかしそこへ小神が加わる事には、僅かばかりの違和感が首をもたげる。ミレイユを現世より取り返し、そして捕獲しようとしていたのは、大神と思って間違いない。
神々、と一括りで呼ぶ様な形を取っていたが、結局小神とは生贄の別名でしかない。実際に権能を持ち、人ならざる力を持つ上、信仰を向けられる存在として見て間違いないが、その二つには大きな隔たりがあった。
当然、主導で動くのは大神であるのは当然として、果たして、それを小神が引き継いで動かすものだろうか。神々の間にある取り決めなど知りようもないので、そういう事もある、と言われたらそれまでだ。しかし、自分たちも生贄に過ぎない、と知られるのは大神にとっても避けたい事ではないか。
ミレイユが考え込んでいる間にも、ユミルの尋問は続く。
「そのカリューシーの権能は?」
「楽器を自由自在に創り出して、どの楽器だろうと美しく奏でられる、そういった権能なのだと聞いております。いつでも楽器と手放さない方で、その声も大層美しく……」
「別にそこまでの情報はいらなかったけど……。ふぅん、そう。最初の印象どおり、戦闘向きではなさそうね。好きに音を楽しんでいるだけなら、無害と判断しても良かったけどねぇ……」
ユミルが渋い声を出したのも当然だ。
カリューシーは明らかに、ミレイユ達を陥れる策を講じた。スルーズを用いて裏方の仕事をさせていたのだし、敵と見做して間違いない。
そしてスルーズに指示を出すだけで、後は放っておいたというのなら、稚拙と感じた部分にも納得ができる。
二つの意志を感じられる、と判断したミレイユは正しかった訳だ。
大神が主導する作戦がまず先にあって、そこをスルーズが掻き回した。結果としてスルーズは目的を達する事が出来たが、偶然を多く味方させた結果であり、むしろ破綻する可能性の方が高かった。
あるいは、それを修正する為に奔走した誰かがいるかもしれないが、そこは考えても予想の範疇から出ない。大神は盤上を見下ろす指し手に違いないが、さりとて小神はどうだろうか、と考えてしまう。
実際に地上へ降り立ち、その姿を見せる事もあるのが小神だから、何かした可能性はある。
ミレイユが思案に耽ている間にも、ユミルの尋問は続く。
「それで、何を命じられていたの? 森にアタシ達を追い込む事が目的らしいけど、どこからどこまでがアンタの仕業?」
「私めがやったのは、呪霊を作り出した事と……」
「そんなコトは分かってるわよ。下手くそな使い方をしていたコトもね……ッ!」
ユミルは不機嫌に舌打ちを鳴らし、その顎先を蹴りつける。条件反射的にスルーズは腕を伸ばして身体を支えようとしたが、その腕が今はないのだと、気付くのに一瞬遅れた。
そのまま再び背中を打ち、うめき声の中に涙声を混ぜながら身を起こそうとする。
「その所為で疑われたこっちは、いい迷惑よ。そうさせる狙いでもあった? アタシ一人、パーティから追い出されるコトでも期待してたとか?」
「いえ、決してその様な……! 私めはただ必死だったのです! 呪霊を使うぐらいでなければ、とても満足に渡り合えないと思ったものの、すぐに支配から逃げ出され、どうする事も出来なくなってしまい……」
「逃げ出したのは、案の定としか言えないわね。未熟者には百年早いなんて言い方あるけど、アンタなんかには一生無理よ。……じゃあ、呪霊の動きは偶然任せだったってコト? そんなコト、あり得るの?」
独白しているような小さな呟きで、ユミルはミレイユへ視線をを向けて来た。
野営地に現れた呪霊は、偶然と言うには、恣意的に標的を選び過ぎているように思う。現れた方向から考えても、襲える人間は多くいたろう。それに追撃を掛ける為、野営地から離れた獣人もいた。
目についた生者を襲うというなら、そちらを優先的に襲うだろう。偶然任せに呪霊を使っていたとは思えない。カリューシーという音の神が指示を出していた、というのなら、あるいはこの神が支配を横取りして使った可能性はある。
時として、笛の音などは悪霊祓いに使われる、と聞いた事がある。単なる予想にしかならないが、もし神が笛の音にそういう効果を本当に乗せられるなら、目的の場所へ誘導する位はできるかもしれない。
あるいはもっと単純に、神という存在をもっと大きく見るなら、誘導程度、苦ともしないかもしれない。とはいえ、神が積極的に動くところは想像できないので、ここで考えられるのは予想の範疇を越えない。
ミレイユが小さく首を左右に振ると、ユミルからも小さな首肯が返って来る。
両手を使えないせいで、酷く苦労しながら身体を起こしたスルーズに、ユミルは目を鋭くさせながら、次の問いを放った。
「それで、アンタの関わりはどこまで? 呪霊以外にやったコトは? 眷属に置いた奴なんて、それこそ大勢いるんでしょ?」
「大勢と言う程では……。まず歴代のデルン王、それと最近では冒険者ギルドの長くらいで……」
「十分多いじゃないのよ。……歴代の王? まさかその名のとおり、傀儡政権やらせてたっての?」
驚愕とも呆れともつかない空気が漂い、一時の沈黙が場を支配する。
元よりオズロワーナを支配し、王として君臨するのは、神にとって都合の良い駒だった。それでも人間には人間の欲があり、神が望む結果や利益外の事をやったりしたろう。
そして国体の維持や運営に限らず、人間であるからには、大きな間違いを犯す事もあるものだろう。だが眷属にすれば、そういったリスクは最小限に抑える事が出来る。
デイアートという世界は神の箱庭、そう考えていた事もあった。それは事実だが、策謀を巡らせ人間を利用する事はあっても、ここまで直接的な支配をしているとは思ってもいなかった。
「……それもこれも、都合の良い駒を手に入れた故か……」
我知らず、ミレイユは声を漏らしていた。小さな声だった筈だが、沈黙の中、それは容易く誰の耳にも届く。吐き気を催すような悪辣さだが、それで納得いく事も多い。
「二百年もの間、何故エルフの森を攻め込んでいたのか、疑問に思っていたが……。いや、疑問なのは攻め切れなかった事だ。今回についても二万の兵、勝つ気でいるならもっと多い、他になにかあるのか、と思ったものだが……まさしく勝つ気が無かっただけなのか」
「あの軍には、まともな将すら居なかったのよね。少し小突けば逃げ出す始末で、軍隊の運用法を知らないとしか思えなかった。本気であるなら、そんな人選はしない」
確かにそうだった、とミレイユ自身もその時の事を思い出す。
後列へ攻撃を仕掛けたら、即座に逃げの一手を決めた。思い切りが良いとも思ったし、犠牲を早々に見切って戦列を立て直すのかと思ったものだ。しかし、後の事まで考えると、単に臆病風に吹かれただけに過ぎなかった。
そして、そんな人物を将に選んだと言うなら――。
「まやかしの戦争こそが目的か。適度に刺激を与えつつ、睨み合いを続けたかったんだ。だが、そんな事を続けていれば、国家財政も火の車だ。手を引くなり、大軍を用いて攻め滅ぼすなり、早い段階で決着を付けるよう進言もあったろう。……が、王は常に握られている」
「でも、森の方だって限界が近かったんでしょ? 遠くへ逃げ出す話も出ていたんじゃなかった?」
「だからこそのスルーズと、冒険者だろう。周囲を警戒して威嚇させたり、実際目立つ様に巡回もさせていた。逃げ出すのは容易じゃないと見せていたし、内部では意見が分裂するよう仕向けたりすれば……まぁ、留めて置けるだろう」
ミレイユがヴァレネオへ顔を向けると、青い顔でスルーズを睨み付けながら頷く。
「確かに、いつも意見の対立は避けられませんでした。誰もが真剣だからこそ、意見の対立もあるし、譲れないのだと思っておりました。種族間の価値観の違い、というものもありますし……」
「スルーズが言っている事に嘘が無ければ、その違いがあるからこそ、それとなく吹き込むだけで、その対立を煽れたのかもしれない。古株の言う事は無碍に出来ないだろうし、煽れなくなった時には眷属にするとか、方法は他にもあったろう」
「だけど、変容すると眼の色が変わるでしょ? 分かっちゃうんじゃない?」
ユミルの指摘には頷けるものがある。幾ら迂闊とはいえ、スルーズもそれは悪手と知っていたのだろう。
「古くから生きるエルフには、その知識を持つ者もいる。だからこそ、今まで眷属の手札は切って来なかった。だが、人間は別だ。途中から眼の色が変わろうと、代々の王がそうなっていたなら、そういうものだと思い込む。そちらで運用する分に、支障は無かったのだろう」
「まぁ、納得いく話よねぇ。馬鹿みたいに戦争を続ける理由も、それを続けて来れた理由もね」
「しかし、しかし……そんな、何故?」
ヴァレネオは青い顔で信じられないものを見る様に、ミレイユの顔を見つめて来た。森の民を預かってきた者からすれば、当然の疑問だろう。
森に住む者達にとって、常に脅かされてきた戦争という圧力が、まさか睨み合いを続けさせるだけに必要とされていたなど、悪夢の様な話だ。
「私は……森の中にある、ミレイユ様の武具を求めるから、攻めて来ているとばかり思っておりました。しかし神は……神はそこまで我らを憎く思っているのですか。一息で滅ぼさず、苦しみ生きろと……」
「いいや、単に分散せず一つの森で留まっていて欲しかった、というのが本来の狙いだろう。お前の言う狙いは、人間を焚き付ける方便として使われたかもしれないが、実質的には利益を一切求めていない」
「しかし、それならば神託を下せば良かったのでは……。神を失った我らは、新たな神を欲していた。救いを与えると共に、森から出ないよう伝えれば……」
ヴァレネオは縋る様に言ってきたが、ミレイユは首を左右に振る。
「お前達は信じられたか? またも窮地に陥って、その場に留まり今は耐えろ、と言われて。かつての焼き増し、耐えていれば何れ救われると、本気で信じ続けられたか? またも神から捨てられるのではないか、その疑念を持たずにいられたか?」
「それは……」
「現状を鑑みれば、神はお前達が疑念を持つと判断したようだな。だから、より確実な方法を取った。留まる神託を下すより、物理的に留まらせるよう手を打った」
ヴァレネオは頭痛を堪えるかのように頭へ手を当て、震える身体でミレイユを見返す。
「一体、何の為に……」
「――私に対する、罠として利用する為だ」
「そんな、そんな事の為に、我らは……?」
「あぁ、たかがそんな事の為に。私はそう考えている。そして、スルーズの言葉のとおりなら、見事してやられたようだな」
唾を吐きたい気持ちで言い終わると、ヴァレネオの顔も憎々しげに歪んだ。
スルーズを睨み付ける顔にも、殺意と似た感情の発露が見える。スルーズを殺す事は誰も止めないだろうが、その役目は既にユミルと決まっている。
落ち着くよう、手を肩に載せようとした、その時だった。
視界の端にチラと映った影に反応し、ミレイユは咄嗟に魔力の制御を開始した。
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