ミレイユの邸宅 その7

 そうして一息ついた時、ミレイユは改めてヴァレネオへ向き直る。

 この森――引いてはミレイユの邸宅にやって来た理由として、神が下賜してきた武具の安否を確認する為だった。

 その様に説明すると、ヴァレネオの顔が途端、渋いものに変わる。


「……大変、申し上げ難いのですが……。それは、この邸宅にはもう御座いません」

「畏まる必要はない。実を言うと、その可能性は既に考えていた」

「左様でございましたか……」


 ヴァレネオは明らかに安堵した息を吐いたが、続く言葉で再び動きを止めた。


「誰かに下げ渡したりしたのか? 戦争が続けば、その功労者に渡すなり、使い方は様々あったろう。二百年も姿を見せていなかったのだから、その事にケチを付けるつもりはないんだ」

「ハ……、いえ、そういう事ではないのです。確かに、森が攻められる折には、腕に身の覚えのある者に武器を貸し与えた事は御座います。しかしそれは、ミレイユ様の所持品……私物でございますので。それに勝手をするのは、姿を隠しておれていた事とは、別問題で御座いますから……」


 ヴァレネオは気不味い調子を隠そうともせず、その様に弁明した。

 そこまでミレイユ自身に、そして容れ物に過ぎないこの邸宅に対し、敬意を向けてくれた事には感謝したいと思う。だが、どうしてそこまで気まずそうなのか、と首を傾げてしまう。


 ついルチアへ顔を向けてしまったが、当然彼女にも分かる筈がない。

 意見を求められたのかと思った彼女は、考える仕草を見せたものの、やはりそのままヴァレネオへ問い掛ける事にしたようだ。


「それでは……、つまりどういう事なのでしょう? この邸宅に無いのは仕方ないとして、この里の中にも無いと、そういう……?」

「うむ、そう。そうなのだ……。ミレイユ様、見て貰った方が早かろうと思いますが、一つだけ誤解がないよう申しておきます」


 ヴァレネオが改まって背筋を伸ばしたので、ミレイユもそちらへ顔を向けた。


「この邸宅を発見したのは、我らが都市から追いやられてからです。そして、その時既に望みの品は無かったろうと存じます。空き巣……というには不可解な、しかし、一部の品に窃盗があったのは間違いありません」

「なるほど……。何かが失くなっているにしろ、まず確認してみるのが先決か。行ってみるとしよう」


 アヴェリンに目配せすると、即座に立ち上がって先導するように歩き出した。ミレイユが邸内を迷う事などないのだが、完全に安全を確保できているとも言い切れない状態だ。

 邸宅で休むと言った時に、その居住区画の確認は済んでいるとはいえ、地下までは見ていない。


 テオという例もあるので、侵入について全くの無防備で地下へ降りる訳にはいかなかった。

 そのテオは武具について興味を示さず、この場で待つとカップを持ちながら言った。


「……どうせ、この身に合う武具なんて無いだろうし、誰も戦力としては求めてないのだから、別にいいだろ」

「あぁ、そういう事なら、好きにすればいい」


 ミレイユからも許しがあるとなれば、誰も文句など言わない。

 ここはエルフにとって聖地のような場所かもしれないが、盗む価値のあるものなど皆無だ。そもそも少しでも知恵が回るなら、何か高価そうな物を懐に入れようなど考えない。


 ミレイユは一瞥だけして、アヴェリンの先導に任せ、地下へと降りる。

 その背に他のメンバーも付いてきて、形ばかりの警戒だけして奥へ進んだ。ルチアが魔術を行使して感知しているし、アヴェリンとユミルの二人が気配を探っているのだから、もしも侵入者が隠れているなら既に発見されている。


 油断というより、居ないという確信から来る楽観だった。

 そして案の定、何事もなく武具を仕舞ってあったディスプレイルームに辿り着いた。普通の一軒家と比べれば、その地下空間は広いものだが、隠れられる場所など幾らもない。


 特にこの部屋は、壁面を使って武具を飾り立てる為に用意されたものだから、視線を遮る物さえ置いていなかった。

 ぐるりと見渡してみれば、確かにヴァレネオが言っていたとおり、武具の類は元あったままだ。埃塗れでも不思議ではないのに、些細な汚れすら床にないというのなら、定期的に掃除をしてくれているらしい。


 そして部屋の入口正面には、ぽっかりと空いたように何も飾られていない空間が露わになっていた。

 かつてそこには、鎧と盾、そして剣があった。そのデザインが好みに合わない、という理由で使わなかった武具が、そこに鎮座していた筈だった。


 神から下賜されただけに、付与された効果は他に類を見ないものだったが、それを使わねば倒せない敵がいなかったのも、使用を躊躇わせた理由だ。

 武器にしろ防具にしろ、ミレイユならばその効果を模倣して再現できた、というのも大きい。劣化版に過ぎなかったり、工程が複雑であったりと、明らかに神具と釣り合う出来ではないものの、だからと手を伸ばしたりしない程度には、上手く再現出来ていた。


 デザインというのはミレイユにとって重要で、ゲーマー気質の中にはままある、性能よりもデザイン性重視の悪癖が出た形だ。

 だが同時に、それがあったから救われたと、今更ながらに感じる部分もある。


 ミレイユはその何も置かれていないディスプレイの前に立ち、それからヴァレネオに向かって振り返った。彼の表情は曇り、難しそうに眉根を顰めているが、ここに無い叱責を彼にするつもりはない。


「……確かに無いな。ここにあったのは、どれも神具だ。そして……」


 ミレイユは改めて、ぐるりと周囲を見渡す。

 そこにもやはり壁面いっぱいに武具が飾られている。剣立て鎧立てが壁際に整然と並んでいるし、色とりどり、デザイン多種多様の武具もあるが、そこに欠けた物は見つからない。


 武器と鎧ばかりでなく、盾も欠る事なく並んでいるし、ミレイユの記憶にあるとおり、全てが魔術付与された一品だと分かる。紛失した事、売り払った事を誤魔化す為に、よく似た模造品を用意した訳ではない。

 そこに込められた魔力量を考えれば、偽物を代わりとして用意しておくには、その武具たちは高価過ぎた。


「……他の武具には興味無しか。確かに物取りの犯行としては、余りに不自然だな」

「いずれも、ミレイ様のお眼鏡に叶うものでは無かったとはいえ、しかし一級品に名を連ねていた武具です。だからこうして飾られてもいた。盗む事が目的ならば、敢えて見逃す理由もないでしょう」


 アヴェリンからの注釈も入り、納得いく説明に誰もが頷いた。

 では当然、この犯人は単に盗む事が目的ではなかった、と推測する事ができる。


「一目散に神具のみか。それは良いが……、何故ここにあると分かったか、だが……。つまり、それが答えか」

「偶然ここを見つけた何者か、という線は、周りを見れば分かるとおり、無いと断言できます。であれば、神々の意志を受け取った誰か、と考えるのが妥当ですかね?」


 ルチアがその様に解釈して、ミレイユも同意する。

 むしろ、そうとしか考えられないだろう。問題は、それが一体いつ行われたか、という事だった。ミレイユが旅していた間のいつか、と考えるより、ミレイユが世界から姿を消してから、と考える方が自然に思える。


 いつか使うかもしれない、と思えば、それまではどう扱おうが勝手に思うだろうが、完全に宙に浮いた状態は歓迎できない。そういう事だろう、という気がした。


「……そうだろう。使い道もなく、死蔵していられるのを良しとしなかったんじゃないか。だから回収させるのに何者かを遣わしたというなら、他には目もくれなかった事にも納得がいく」

「因みに、お伺いしますが……」


 それぞれの推論に納得いくように頷いたところで、横からヴァレネオが声を掛けてきた。

 その顔色は相変わらず芳しくなかったが、しかし瞳には力が感じられる。余裕の無さには違和感を持ったが、とりあえず聞きたい事そのままに言わせた。


「その武具の見た目など、覚えておられるのでしたら、お聞かせ願いないかと……」

「うん? 別に良いが、興味あるのか?」

「はい。あるいは、と思うところが御座います」


 その声音と迫力からは、武具そのものについて興味あるようには思えなかった。ヴァレネオ本人も武器を手に取って戦うより、エルフらしく魔術を用いて戦う事を好む。

 その言い回しも気になったが、隠す事でもない。ミレイユは乞われるままに、当時を思い出しながら口に出した。


「まず武器は、水晶の様に見える剣だな。半透明で角度によっては実際、透明に見える。ただ透明であるだけでなく、物体を透過させる事も出来る剣だ」


 ミレイユが召喚術を用いた武器も、これを参考にして作成した。

 単に持ち歩くなら、こちらの方が遥かに利便性は高いのだが、ミレイユはその術へ魔術を封入する、という手段も思い付いている。


 神の武具には外からの魔術干渉を許さないので、同じ事は出来ないという理由で、手持ちへ加えられずに終わった。これは単にデザイン性だけで却下された訳ではない、稀有な例だ。


「鎧は緑色で……、重武装に見える全身鎧だな。肩周りや首周りに牙やら爪やら生えていて、威圧効果は高いんだが……。見てくれは最悪だった」

「鎧自体は羽の様に軽いだけでなく、牙や爪は武器にもなります。もぎ取っても使用しようとも、次が生えてくるまで時間が掛かりません」

「……そうだった。性能だけで見れば文句を付ける程の物ではないんだが、私には余りに不釣り合いだろう?」

「まさしく、仰るとおりかと」


 そもそも魔術士として、その力を振るう事の多かったミレイユだ。

 ゴテゴテの重装備に見える鎧など、使おうとする選択肢にすら登らなかった。手に入れたと同時に、一瞥と共に倉庫行きが決定した程だ。


 最後の盾を口にしようとしたところで、それより先にヴァレネオが吐き出すように言葉を落とした。


「そして盾とはもしや、乳白色をした菱形の物ではありませんでしたか。盾としては不格好な形ながら、構える事で光に包まれ形を変える……」

「そのとおりだ、その盾は魔術に対して有効な壁を前面に張る。実際の見た目より、その有効範囲は意外にも広いのも特徴だ」

「存じております……」

「……というのは?」


 ミレイユは怪訝に思いながら、ヴァレネオの顔を窺う。

 先程まであった失意にも似た表情は、その陰りが深くなっていた。地下へ降りるより前から見えていた雰囲気は、これを知る故だったのだ、と今更ながらに理解する。

 次いで、その口から衝撃的な一言が放たれた。


「その武具を一式持った戦士が、我らの前に現れました。我らのたった二年の支配時代を終わらせたのは、まさしくその武具を纏った戦士だったのです……」

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