一方的な闘争 その6

「……それで、何を知りたいんだ」


 力無く言ってから、男は顔を上げて怯えた表情のまま、ミレイユと女冒険者を交互に見る。


「けど、約束してくれ。話し終えたら、解放してくれるんだろ? そうなんだよな?」

「それは、お前がどれほど従順かによる。話が早く終われば、それ次第で解放しよう」

「……分かった」


 男が青い顔で頷くのを見てから、ミレイユは改めて尋ねた。


「私が気になったのはな、お前たち冒険者が軍事行動に関与している事だ」

「いや、違う。俺は冒険者じゃない……」

「事ここに至って、そんな嘘をのたまう胆力は褒めてもいいがな」

「――違う、本当に違うんだ! 俺達はギルドに所属していない!」


 ミレイユからしても、まさか本当に嘘を吐いているとは思っていなかった。別の事情があるのだろうと察していたが、しかしこの男女の身体には刻印がある。

 刻印がある者すべてが冒険者である訳でもない、それは理解している。


 魔術という技術の敷居が低くなった現在、金さえ払えば誰でも刻印を刻む事ができるのだ。

 だから、武具を身に着けていて刻印があるなら、即ち冒険者だ、というつもりはなかった。その上で冒険者ギルドに所属していない、という発言もまた、事実な気がした。

 しかし、同時に真実を話してもいないだろう。


 冒険者に限った話ではないが、その道に通じると、自然とその界隈の貫禄や雰囲気というものが出るものだ。冒険者と接する機会の多かったミレイユからすると、この男女からは確かに冒険者の匂いを発している。


 刻印があるからとミレイユの嗅覚が鈍ったのか、それとも他に要因があるのか。詳しく訊かねばならなかった。


「ギルドに所属していない。それは事実だとして、例えば足抜けしたばかりとか、そういう話なのか?」

「……あぁ、引退した。引退したばかりだった。俺達ぁ、それなりに歳を取ったし、貯蓄もあったから、腰を落ち着かせようと……」


 なるほど、とミレイユは心中で頷く。

 それならば、ミレイユの直感とも矛盾しない。言われて気付いて見てみれば、二人の冒険者は三十の半ば程に見える。女の方はもっと若いし、男は引退を考える年というには若すぎるようにも思えた。だが、女性には出産もある。この世界の適齢期を考えれば、遅すぎるくらいだ。


 これまで冒険者として多く実績を積んで来たのだろうし、荒事から身を引いて、都市内の安全な仕事で暮らして行こうと考えたとしても、別段おかしな話ではない。

 だが、その話を信じるなら、やはり一つおかしく思える部分が出て来る。


「引退したんだろう? 荒事を止めたくて――安全に暮らしたくて、冒険者を辞めたんじゃないのか? それで何故、軍と同行する事になるんだ?」

「金払いが良かったからさ。それに危険があるなんて考えちゃいなかった。魔族相手に遅れを取るなんて思ってなかったし……それに所詮、何かあった時の予備軍だ、積極的に投入するつもりも無いと分かってた」


 これもまた、嘘という訳ではないようだった。

 実際、心の折れた男に複雑な嘘は吐けないだろう。その話には信憑性が感じられる。


「……だが、引退冒険者の利用か……。これも違約ではないだろうが、相当なグレーゾーンだろう。ギルドが知れば良い顔しないだろうし、良識ある者なら、やはり取らない行動だ。頼む方とて良識がない」

「新居に金を使い過ぎて、今後の生活に不安が出てきたんだよ。仕事だって、まだ新しいの決まってねぇし……」


 何をやってるんだ、という言葉が喉元まで出掛かり、ミレイユは咄嗟に奥へとしまい込んだ。

 それで傭兵の募集か何かに飛び付いた、という事なのだろう。軍の財布はいつだって紐が固いと思っていたが、野営地で使っていた冒険者を思えば、案外そんな事もないのかもしれない。


 あるいは、軍上層部は森の攻略に、それだけの見返りが得られると思っているのだろうか。

 つまり、金程度なら好きなだけ使っても構わず、魔族や森さえどうにかなれば良い、と。

 さらに深く思考に没頭しようとして、ハッと思い留まった。


 ――ここからは、完全に憶測になってしまう。

 軍内部の――あるいは王党の考えなど、いま考えて分かるものではない。努めて頭から締め出し、ミレイユは考えを元に戻す。


 この男は冒険者ではなかったが、しかし最近までは冒険者でもあった。

 それならばギルド内部の事情についても、全くの無知という訳でもないだろう。

 昨今の、国や軍に対して親密に見える関係についても、何か知っているかもしれない。


「ところで聞きたい。国はいつからギルドを傘下に置いたんだ?」

「別に置いてねぇ……。ギルドは国から独立してるし、変に融通利かせたりしてねぇ筈だ」

「本当に? 前線基地とも言うべき五つの野営地、その防備を兼任しつつ偵察、斥候を冒険者が担っていただろう? あげく物資の輸送までしている。そして、引退したばかりの冒険者まで雇用した。本来なら、いずれもギルドは請け負わないし、許さない仕事だ」

「……そう言われたら確かにそうだが、ギルドの方針なんて俺が知るかよ。別に一級冒険者だった訳でも、ギルドの幹部だった訳でもねぇ。ギルド運営に何か方向転換があろうと知るもんか。付かず離れず……というには確かに近すぎるが、いつからこうだったかなんて、俺だって知らねぇよ……」


 男の声音と視線から、嘘は言っていないと判断できた。

 ならば、王国優位の気風は、昔からあったものなのだろうか。違和感を持ちつつも、仕事は張り出されているし、受けても咎められないから良しとしていた。そういう事かもしれない。

 スメラータは他ギルドから移ってきたから正常な認識を持っていたが、オズロワーナで長く冒険者をしていた男が頓着しないというのは、根が深い気もする。


 ここ数年という、ごく最近から起こった事らしい、というのなら、ミレイユを睨んでの運用という推測はあり得る。しかし冒険者の運用は、ミレイユを森から遠ざける要因ともなり得るし、そうであれば神々の思惑と矛盾するのだ。


 今回ミレイユがエルフを助力する決意と実利があったから、こうして助力する事になったものの、そうでなければ見捨てていたかもしれない。

 ここを逃げても別の矢が放たれるだけ、という結論に至ったとはいえ、しかし実利が考えに無ければ、危険を冒さず一の矢を逃しても良かった。


 この矛盾については、まだ少し考える必要がありそうだった。

 いっそ被害妄想と捉えても良さそうな懸念だが、神々を相手にするなら、そのぐらい慎重であった方が良い。


 だがやはり、単純に冒険者ギルドの介入は面倒事にしかならないので、付け入る隙を与えない、という方針に変更はなかい。

 ――聞きたい事は聞けた。


 ギルドの運営方針が昔ほど、独立維持を考え無くなったからには、戦争への参加も有り得ると分かった。十割の参加もないだろうが、ゼロではない。ギルドは制止せず、むしろ積極的参加を呼び掛ける公算が高い、と見るべきだ。


 男から踵を返して離れようとしたところで、ミレイユは最後の質問を放つ。


「……軍は本気で、森を攻撃するつもりだと思うか?」

「末端の傭兵が、軍の作戦なんか知るもんか。だが、俺は本気だと聞かされていた」

「それは、誰から?」

「誰からっていうか、兵士達の噂話さ。今回ばかりは本気らしい、っていう……。単なる噂話が聞こえてきたっていうだけで……」


 本人が言うとおり、末端の傭兵が知れる情報など、その程度だろう。

 ミレイユもそれはよく知っているから、明確な返答を期待して質問した訳ではなかった。だが、少なくとも兵たちの間では、本気だと噂される程度には本腰を入れてある。


 ふぅん、と味気ない返事をして、ミレイユは最後の問いを放った。


「もし『魔王ミレイユ』が現れたら、お前は戦おうと思うか?」

「……馬鹿にしてるのか? ありゃ二百年も前の話だろ?」

「だが、中には二百年の時を経て再び現れる、という話を信じてる奴もいた。お前個人の見解が聞きたい」


 男は青い顔に訝しげな表情を付け加え、数秒考え込んでから答えを返した。


「……いや、俺は信じてないし、例え現れたとしても、出て行こうとは思わねぇ。命が幾つあっても足りねえよ……」

「……そうかもな。他の者も同じ意見だと思うか?」

「大抵はそうだろうが……、中には飛び出す命知らずはいるだろうな。特に一級冒険者なんかは、そっちの類いで、頭のネジ外れてる奴が多いし……」

「なるほど、確かに……そういうものかもしれないな」


 返答に満足して、ミレイユは男へ背を向けた。

 それを合図として拘束を解き、男女共に解放してやる。襲ってくるとは考えていなかった。傭兵に忠誠心など存在しない。このまま見逃せば、ミレイユが軍に仇なすと分かっていても、それで武器を抜くより自身の安全を計るのが傭兵というものだ。


 ついでに折った両腕を治してやれば、文句など言うまい。

 弱肉強食は冒険者の不文律だ。弱い方が悪いし、敗ける方が悪いのだ。


 アヴェリンと合流しようと思い、今はもう事後処理くらいしか残っていない襲撃はどうなっているか、と首を巡らせたところで、向こうの方からやって来た。


「――ご無事ですか」

「あぁ、何事もなかった」

「……アイツらは?」


 男が気絶したままの女に寄り添い、その身体で覆うように庇ったのを見て、アヴェリンは剣呑な視線を向けた。

 ミレイユの命令があったから作戦の方を優先させたが、本来なら傍に立っていたかったに違いない。ミレイユを襲う輩なら、何人たりとも許さないアヴェリンだから、今すぐにでも頭をかち割りたい気分だろう。


 しかし、質問の内容に下手な嘘を交えるでも、時間稼ぎをしようともしなかった男には、約束した安全を与えてやらねばならなかった。


「いい、気にするな。情報も幾らか聞けた。有用な情報もあったから、生かして帰す」

「……然様ですか」


 アヴェリンの声音は納得しているようには見えなかったが、ミレイユの意に反してまで抵抗するつもりはないらしい。


「部隊の方は壊滅しました。今はフラットロが見張りとして残っていますが、炎に囲まれ戦意喪失しているものが多数おり、向かって来ていた者は全て沈黙させてあります」

「ご苦労、よくやった」

「勿体ないお言葉です」

「こちらの目標は達成できたと言えるだろう。後はユミル達が上手くやってくれれば、後が相当楽になる。そちらは任せて、私達は手筈通りの位置で待機だ」


 アヴェリンが実直に礼をして、ミレイユは頷いてから歩き出す。

 そうして手振りの一つで火円を消すと、それに気付いたフラットロも戻って来る。ミレイユの頭上を何度か周回し、ミレイユが魔術で火の防御を整えると、その腕に収まってきた。


 そのまま場を離れようとしたところで、後ろの男女へ向かって顔を向ける。


「拾った命を大事にしたいなら、これから軍と協力するのは止める事だ。違約金の発生があろうと、すぐにこの件から手を引け」

「な、なん……、何をするつもりなんだ……?」

「それはまだ未定だ。だが、関わり続けるつもりなら、今回のような幸運には恵まれない。拾った命は大事にしろ」


 それだけ言って、改めて身を翻す。

 男から身震いするかのような雰囲気が伝わってきて、それ以上何も言葉を発しなかった。ミレイユもそれきり興味を失くし、予め決めてあった所定の位置へと移動するべく、地を蹴った。

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