一方的な闘争 その1
ユミルが姿を現した事で、姿を隠して待機していたミレイユ達も、野営地の中へと足を踏み入れた。そうしてユミルの近くに立つと、同様に姿を現し、辺りを睥睨する。
ユミルが幻術を解いた事で、倒れ伏した冒険者が姿を見せ、その全てが例外なく昏倒している事が確認できた。
ミレイユは満足して頷いたが、アヴェリンは逆に憤慨したように冒険者達を睨み付ける。
「しかし、何て有り様だ。冒険者たる者が、ここまで質を落としていたとは……! よくもまぁ、ここまで無能を揃えられたものだ!」
「個人の資質はともかく、攻撃される訳がないって、弛み切ってたのも問題じゃないかしらねぇ。実際エルフ達は森から出て来ないみたいだし、嫌がらせ程度の散発的な攻撃さえ殆ど無いらしいじゃないの」
「不意を突かれれば弱い。それは分かりますけど、こうも簡単だと……」
ルチアからも非難の様な声が上がり始める始末で、それが程度の低さを物語っていた。
ユミルが本気になった隠密は、早々見抜けるものではない。だが最初はもっと慎重だったし、実際に全員で対処していたのだが、二つ目を落とし終わったところで遊びに変わった。
見所のある者が見抜くならば良し、逆撃に走れるようなら見所ありとして、ユミル一人の手に余るようなら助太刀に入る、という作戦に変更したのだ。
だが結局、蓋を開けてみれば最後まで碌な相手は出なかった、という顛末だ。
好んで苦労したい訳ではないので、ミレイユとしては楽なまま終わって安堵した位なのだが、アヴェリンにとってはその体たらくを詰るしかないようだ。
いつまでも怒り心頭で居てもらっても困るので、程々にして意識を切り替えさせ、それからユミルに顔を向ける。
「とりあえず、これで野営地の無力化は済んだ訳だな。全部で五つ、これで最後。それで間違いないか?」
「尋問した限りじゃ、そうらしいわね。斥候に出ている者も、現在は居ないって話よ。これから軍が来るまでは、森を睨んで待機。そういう手筈になってたみたい」
「うん。しかしまぁ、冒険者の使い道が、偵察でも斥候でもなく、物資の運搬こそ本命だったとはな……」
ミレイユは一番奥にある、一際大きいテントへ視線を向けた。
これまでと同様、あそこには集積された軍事物資が置かれている筈だった。これまでの野営地にも同様に運び込まれていたもので、軍の動きを察知されない為に行われていたものらしい。
「都市の中に、戦争の気配が感じられなかった訳だ。あの中は通常どおり……平時の空気に見えた。戦争が目前に控えているなら、もっと物々しい雰囲気が散見するものだからな……」
「特に物資は値上がりがあったり、水薬の在庫が少なくなったりと、兆候はあるものですからね。商人なんかは機敏に察するものですが……、冒険者が買い付けるとなると、中々分からないものなのかもしれません」
「そうだな。そして、そうまでして隠したかったなら、今度の森攻めは本気という事なんだろう」
いつ軍事行動を起こすつもりなのか、ミレイユにはそれが分からなかった。
近々起こるという事だけは察していたが、実際にいつ、となると内部から探らないと分からない。戦争は物資が無くては行えないので、その目標を定めた瞬間から準備を始める。
その準備期間で、どれだけの量を集めているかが分かるし、その本気度合いも計れるものだ。そして戦争の気配を感じれば、それは暮らす人々にも敏感に伝わる。
それを抑えつける事は、どのような王であろうと不可能だ。
だから、戦争はまだ先の事なのだろう、と思っていたのだが、その当てが外れた。
実は直ぐにでも軍事行動を起こせるだけの物資が野営地には蓄積されており、それが運び終わった今、野営地を軍の到着まで保全するのが現在の目的だと知って、こちらの行動も早めた。
「……何ヶ月も先の事で無くて良かった、と言うべきかもしれないが」
「冒険者の排除は必要ですが、まさか何ヶ月も冒険者と陣取り合戦している訳にもいきませんものね?」
「そうだな。今いる冒険者は追い払える。そいつらは今後、同じ依頼を受けるかは分からない。しかし、他にも受けたい冒険者はゴマンといる。それらといつまで争うのか、という問題までは考えていなかったからな……」
早々に諦める者とそうでない者、仲間の敵討ちに燃える者と、その内容は様々だろう。だが、野営地に行けば依頼を果たせず返り討ちに遭う、という状況が続けば、ギルドも対策を打たねばならなくなる。
そうした時、多勢で冒険者が現れたなら、流石にミレイユ達も逃げる必要に迫られるだろう。結局野営地は取り返され、より堅固な防御陣地へと変えられていたかもしれない。
エルフへの助力にしても、前提条件が様々あるミレイユ達にとって、早くに行われる軍事行動には、むしろ助けられた気持ちだった。
「それでは、今までと同じように物資は全て回収だ。全員、まだ余裕はあるか?」
「これまでと同じ量なら、ギリギリ行けるんじゃない? 後はやっぱり同じ様に冒険者を放り出して、野営地の取り潰して……で、終了かしらね」
「燃やせれば、アヴェリンも楽できるでしょうに……」
ルチアが憐憫に似た表情を、アヴェリンへ向ける。
軍に使わせないよう、野営地の無力化をしようと考えたのは良かったが、これらを燃やすのには待ったを掛けた。
もしも、その五つが同時に燃えていたら、作戦が中止になるだろう事は必然に思えた。
敵方が確認した後の話だが、中止命令が出ると思われるし、そうであれば次はいつだ、という話にもなる。一時は諦めても、いつか再び攻撃を仕掛けて来るのは間違いなく、そしてミレイユの目的は戦争を遅らせる事が目的ではない。
神の指示のもと動いているのなら、予定の先送りをするだけで、諦める事だけは決してしないだろう。
止めさせようと思えば、軍隊力の損失が必要となる。
デルン王国からの攻撃を止めさせようと思えば、動員兵数を削り取るのが、最も有効だという結論に至った。
それで野営地の無力化には人力で取り壊す事にしたのだが、出来る事といえば、力任せに全てを壊す事だった。燃やせない、となれば出来る事は限られていて、下手なやり方だと再利用されてしまう。
そこでアヴェリンが怒涛の攻撃を加えて完膚無きまでに壊す、という聞く人が聞けば耳を疑う内容なのだが、魔力も火も駄目となると他に手もなかった。ミレイユも参加しようとしたのだが、これには丁重に断られ、それなら自分一人でする、と強弁されてしまった。
ルチアも一応参加するのだが、氷結使いとしては余り有用な術も無く、せめて氷刃で切り裂いたりしていた。しかし、やはりというか、アヴェリンの効率とは天と地の差だった。
アヴェリンが力任せに殴れば、見張りの櫓も一撃で倒れるので、土埃を巻き上げないようフォローはするが、ミレイユがやる事と言えばそれぐらいだ。
後は解体するまで待ち続け、それも十分程の時間で、粉々に砕かれた木片が周囲に散乱する状態になっていた。
「……慣れのせいもあるかもしれないが、五回目だと言うのに、疲れも見せず見事なものだ。いや、これは褒め言葉として贈って良いのか迷ってしまうが」
「どうかお気になさらず。適材適所と申します」
「そうよね。木材を力任せに砕くなら、昔からアンタに頼むのが一番って決まってるもの」
「お前の骨を砕くのも、きっと私に頼むのが一番だろうな。誰か頼む奴はいないか?」
「……ちょっと、こっち見ないで下さいよ。それ頷かなくても、了承取られるパターンじゃないですか」
アヴェリンが熱望するかのような視線を向けて、ルチアは片手で顔を隠しながら背ける。
周囲は惨憺たる有り様だというのに、ミレイユ達の周囲だけ切り取られたように雰囲気が違う。
外に転がしておいた冒険者たちにも被害は無いようだし、次の行動の為に移動しよう、と思ったところで土を踏む音に気が付いた。
まだ距離はあるが、明らかに何者かが近付いて来る音がする。
三人に目配せすると、それだけで何を言いたいか悟った。
身構える、という程ではないが、意識を戦闘状態へ移行する。近付く足取りは一人分で、その歩速も速く、小走りになっているようだ。
向かってくる方向は丁度、木材の瓦礫が積み重なっている場所で、その姿を確認できない。
目視する前に姿を隠すか、それとも他と同様打ち倒すか。迷う間にアヴェリンと視線を交わし、彼女がやる気になっているので好きにさせた。
斥候はいない、という話だったが、聞いた本人が知らなかっただけの可能性もある。
あるいはギルドから、遅れて派遣された誰かかもしれない。
ミレイユはアヴェリンがやり易いよう場所を譲って、移動したついでに瓦礫の端から近付く何者かの姿を探す。
そして視界に入った者が誰だか分かると、盛大に顔を顰め、溜め息と共に帽子のツバを下げた。
「あいつめ……、来させるなと言った筈なんだがな……」
「どうしたのよ。誰か見えたの?」
ミレイユの反応に興味が刺激され、ユミルもまた瓦礫の端から覗き込む。
そうして意味が深そうな笑みを浮かべ、ミレイユの肩に手を置いた。
「まぁ……あー、言ったところで止まる相手じゃなさそうじゃない? 責めるばかりじゃ、ちょっと可愛そうよね」
「……それもそうだな。むしろ止められる理由を聞けば、真っ先に走り出すタイプか……」
これを事故と言うなら、避けられない事故とでも言うべきなのだろう。
そうして瓦礫の端から姿を見せたのは、アキラとも一騎打ちをしたイルヴィだった。その顔には挑戦的な笑みが浮かんでいて、ミレイユ達の姿を目視するなり速度が増す。
既に木柵も何も無い、打ち捨てられた木材ばかりが広がる平地と、投げ捨てられた冒険者たちが外に並ぶ。その中心に立つ四人を見て、イルヴィが何を思うかなど、想像するまでもなかった。
互いの武器が届かない位置で彼女は止まると、盾を構えて槍を取り出し、その石突きで地面を叩く。
「……さぁて、やってくれたもんだね」
イルヴィは周囲の砕かれた木材と、倒れ伏し、乱雑に転がっている冒険者たちへとわざとらしい視線を送る。それからアヴェリンへと獰猛な笑みを向けた。
「三つの野営地を回って、やっと見つけたよ。野営地の破壊、身内への攻撃、どちらを取っても、ギルドとしちゃ放置することの出来ない問題だ。誰に聞こうと目を覚まさないし、かといって死んでもいない。……あれは魔術で眠ってんのかい?」
「私は詳しく知らん。だが、薬によるものだ」
「それを聞いて安心したよ。なら解毒剤だって、きっと持ってるんだろうね。よこせと言っても従わなさそうだ。――じゃあ、力付くで奪うしかない、って寸法さね!」
本気ではありそうだが、本音ではなさそうな台詞と共に、石突きを地面から離して身構える。
その姿を、アヴェリンは冷めた視線で見つめたまま尋ねた。
「一応聞いてやるが、ここに近付くのは危険だと、アキラから言われなかったか?」
「言われたし、止められたよ。だが諸手を振って、アンタと槍をぶつけ合える! こんな絶好の機会、逃がすわけないだろうさ!」
「まぁ、そういう答えだろうとは思った」
それに、とイルヴィは挑戦的な笑みを浮かべながら続ける。
「あんたの名前はまだ聞いてない。ここは戦場で、戦士の名乗りを上げるとなれば、まさか嘘をつくとは言わないだろう……っ!」
「残念ながら、名乗りを上げろと告げられようと、名乗る名前に変わりはない」
アヴェリンが鼻を鳴らし、個人空間から盾とメイスを取り出す。
二つを構え、その威風堂々たる有り様を見て、イルヴィはぶるりと震えた。恐怖からではない、歓喜から来る震えだ。アヴェリンと同郷の、そして同じ戦士として育った相手だ。
強敵だと知っているからと、今更臆する姿を見せる筈もなかった。
この場にいたら邪魔になるか、とミレイユは二人を連れて、倒れた冒険者達の傍へ移動した。
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