詭計と疑心 その7

 ひとしきり笑った後、話題は冒険者たちの対処に戻る。

 アヴェリンは憮然とした面持ちだったが、ミレイユが大笑した事を詫び、微笑みかけて腕を叩いてやれば、すぐに機嫌も良くなった。


「時として、単純化させた方が上手く運ぶ場合もあります」

「そうだな。考えすぎた結果、自ら編んだ糸で雁字搦めにされてしまう事もある。大前提としてエルフの救助があって、それを秘密裏に行えれば尚良いと考えよう」

「で、その秘密裏に軍を攻撃した結果、付近にいる冒険者の積極的な介入を招く可能性がある、となるワケね?」


 ユミルが愉快げな表情のまま聞いてきて、ミレイユは頷く。


「襲っているのが人間だ、と看破されるまでは良いとして、それで姿格好から魔王呼ばわりされると面倒な事になる」

「いっそ装備を改めれば?」

「駄目だ、適した防具が見つからない。あそこの主人も言っていたろう。私達の様な『古いタイプ』の魔術士に相応しい、素材や加工済の一品を見つけるには苦労する。一から作るとなれば、場所と時間、そのどちらもない」

「まぁ、そうね……。いつ神の横槍が入るか分からない状況で、敢えて貧弱な防具を身に付ける理由がないものねぇ……」


 業腹だが、と呟きながら、ミレイユは頷く。

 ミレイユだけではなく、アヴェリンは鍛冶技術を、ルチアは細工と付与術、そしてユミルは錬金術とやはり付与術を扱える。


 ユミルは錬金術については達人と言って良いが、付与術についてはルチアに二歩も三歩も譲るレベルだ。ミレイユはそれらから技術を学んでいるのに加え、平均を大幅に上回るレベルで扱えるので、装備を整えようと思えば自力で用意できる。


 しかし、素材だけは自ら狩るか、購入するかしなくてはならない。

 そして、手に入れてた素材は錬金術によって変化が加えられ、ミレイユや仲間達が扱うに相応しい一品へ加工してくれるだろう。魔術的属性を多分に含んだ布を作るならルチアに任せれば良いし、今も装備しているようなガントレットやグリーブを作りたいなら、アヴェリン頼りになる。


 だが、それらも鍛冶場や錬金器具など、設備あってこそ出来る事だ。

 そして当然、作成には相応の時間を要する。仮に素材を全て露店や商店から買い揃える事が出来たとして、今後の戦いを睨んだ性能を付与した防具となれば、ひと月あっても完成しない。


 今は無い物ねだりと割り切って、諦めるしかなかった。

 ユミルも本気での提案ではなかったと見え、素直に意見を引っ込めて、次の話題へと移す。


「じゃあまずは、介入を許すコトになる前に、各個撃破していく必要があるわね」

「そうだな。当初、想定していたものとは違うが、やはり冒険者には沈黙を与えてやらねばならない。軍から要請があっても不可能、何が起こっていても身動き取れない、そういう段階まで痛めつけてやる必要がある」

「――いっそ殺しますか?」


 アヴェリンが無慈悲と思われる宣言をしたが、ミレイユは首を横に振る。

 実際、それが楽で簡単なのは事実だ。場合によってはミレイユに牙を向く、というのなら、それだけでアヴェリンからすれば、果断になれるだけの根拠となる。


「それは最終手段だな。恨みも無いし、本来なら邪魔にもならない奴らなんだ。殺してまで排除する必要はない。だが……」

「魔術をアクセサリーの様に身に着けている彼らは、そう簡単には沈まないと思いますよ」

「あら、誰かさんを思い出させるかのような台詞じゃないの」

「いえいえ、そういう意図で言ったんじゃないですよ。本当です」


 ルチアがおっとりと笑ってミレイユを見る。

 ミレイユもそれを理解っているので、特別何も言わない。ただ頷いて、話の続きを促した。


「魔術が身近なものって言いたかったんです。昔の冒険者なら、誰もが治癒術を持っているものではありませんでした。適正の問題もあり、身に付けるのにも苦労がある。誰しもパーティに欲しがるものでしたが、実際には居ないのが当然、という実情がありました」

「しかし、この時代では望めば手に入る訳だ。適正ある者が使えば、より効果が引き立つのは同じだろうが、一つのパーティに誰かしら刻んでいる可能性は高い」

「下手な手心で戦闘を長引かせれば、近くに冒険者がいるなら呼び寄せてしまうでしょう。魔王討伐と色めき立とうものなら、軍との戦闘より前に暴れ出すかもしれません」


 必要な事は言うだけ言った、と視線で語り、それでルチアは口を閉じた。

 ミレイユもそれには首肯を返し、それでユミルに顔を向ける。


「つまり、こちらでもまた隠密か、それに近い事をする必要があるな」

「隠密や隠蔽は得意だけどさぁ……。どれだけいるかも分からないのに、その全てを狩って回るワケ?」


 ユミルはげんなりと息を吐いたが、アヴェリンは逆に、肩をぐるりと回して挑戦的な笑みを浮かべた。


「隠れて襲うだけが隠密ではないだろう。正面から一瞬で接近し、全員を一撃で昏倒させれば済む話だ。後はお前が鼻薬でも嗅がせて、身体の自由を奪えばいい」

「それホントに大丈夫? 骨の二本や三本は折れてるんじゃないの? 殺すなとは言われた手前、生かしてやるつもりだけど、だからって死なないギリギリまで痛めつけるのも、別にセーフってワケじゃないわよね?」

「その時は死なない程度に回復させてやればいいだろうが。大体、死にかねない傷を負ったぐらいで泣き言を垂れる様な輩は、冒険者などと呼べん」

「……ま、確かに。それはそうね」


 ユミルはあっさりと引いて肩を竦める。

 二人のやり取りを聞きながら、ギルド前で随分と気軽な調子で外へ向かう冒険者たちを思い出していた。


「単に楽して金が稼がせる、その程度の気持ちで依頼を受けているように見えた。過激な反撃を想定していないのだろう。……それならそれで、こちらも楽が出来る」

「まぁね、楽にコトが運ぶというなら文句はないわ」

「最悪、軍へ攻撃した時に近くに居なければ良い。積極的に参加を強制されても、まだ渋る段階でもある筈だ。ギルドからの通達であれ、拒否する者とているだろう」

「はい。最も頼りになる高位冒険者こそ、その参加を拒否するでしょう」


 アヴェリンからも首肯と共に意見を貰い、自身の発言に確信を持てた。

 実際、高位冒険者は既に多くの財産を所持しているし、端金は勿論、大金を積まれても応じる事は無い。己の腕一本でのし上がって来たという矜持があればこそ、国の尖兵となる事を嫌がる。


 自分の武器の振るいどころは自分で決める、と考える者が多く、それは国が相手でなくても、高額報酬を用意された依頼であっても同じ事だ。

 金を持ち、力も得ている冒険者が、次に求めるのは名誉だ。


 その名誉に傷付くような真似をしないのが、高位冒険者というものだった。

 だがそこへ、魔王襲撃の一報が入ったなら、彼らは動く可能性は高かった。だから、ここにミレイユがいる、と知られる訳にはいかない。


 単に魔王装束を身に着けた者に襲われたからと、それで単純に認定するものではないだろうが、装束を纏って絶大な力を振るう何者か、となれば話は変わる。

 その隙へ付き入れさせる訳にも、させるつもりもいかなかった。


「だがまずは、冒険者たちの居場所を探らないといけないか。森を包囲するようにして、広く配置されているだろうから……。一つでもパーティが見つけられれば、後は芋づる式だろう」

「そんな都合よく見つかる?」

「そこは、お前の尋問次第だろうな」

「あぁ、はいはい……」


 連携を密に取っているかどうかは別にして、どの辺りに他のパーティがいるかは知っている筈だ。競争率が激しい、という話も聞いているので、冒険者の配置場所についても知っている者は多いだろう。


 そして捜索の手助けとして、もう一つミレイユは用意するつもりでいた。

 右手に魔力を制御すると、それが紫色の燐光を放つ。光が掌へ収縮し始め、握りしめるように掲げて放つと、次の瞬間には見慣れた精霊が姿を現した。


 白い毛皮を持つ、犬によく似た火の精霊、フラットロだった。

 それがミレイユの顔を見て、次いで周囲に視線を巡らせると、すぐに顔の向きを戻す。


「……ん? あれ、ここ……こっちに帰って来てたのか?」

「不本意ながらな。お前は……、調子はどうだ」

「調子なんて分かんないよ。いつもとおんなじ。大暴れしてたら、いつの間にやら精霊界に戻ってて、それからずーっと火の中でゴロゴロしてた」


 そうか、と精霊らしい返事に笑みを向ける。

 精霊には生も死も無いように、体調の良し悪しなんてものも存在しない。我ながら馬鹿なことを聞いた、と思うのだが、それも一重に今まで放ったらかしにしていたが故だ。


 精霊は気紛れで、多くは人間の価値観など理解してくれない。

 へそを曲げられれば、召喚したは良いものの、何一つ言うことを聞かず帰還してしまう事も有り得た。特にフラットロは奥宮で召喚し、その戦闘に参加させたものの、ミレイユがその場から消えて召喚終了、という幕切れで終わってしまった。


 フラットロからすれば、突然紐を切られて強制送還されたようなものだろうし、決して面白い目に遭ったと思わない筈なのだ。


 そのフラットロが、今にも飛び掛かろうとムズムズしている。

 受け入れなければ臍を曲げるだろうから、その為に火から身を守る防御術を制御した。

 左手を使って魔術を行使し、即座に『炎のカーテン』を展開すると、待てを解除された犬さながらに、胸の中へと飛び込んで来る。


「寂しがらせて悪かった」

「……別に寂しがってない! ただ、何か嫌だっただけだ! よく分かんないけど、何か変だった!」


 口ではそう言いつつも、鼻先をぐりぐりと押し付けてくる仕草は止めようとしない。しばらく好きなようにさせつつ、その背を撫でた。

 防御術があるとはいえ、精霊だけあって高温で、あまり長く腕に抱いていると、熱さで音を上げそうになる。しかし悪いのはミレイユの方なので、歩を進めながら必死にご機嫌取りを続けた。


 途中ルチアからも支援を貰えなければ、本気で音を上げ、腕から落としていたかもしれない。

 ひと通り撫で回してやり、またフラットロからも首筋や肩口へ、思う存分鼻面を押し付けると、それでようやく満足したらしい。

 顔を上げて、遂に本題を尋ねてきた。


「それで、なんで呼ばれたんだ? また鉄叩くのか?」

「いいや、そっちじゃない。少し、捜索の手助けをして欲しい」

「誰か捜したいってことか?」

「そうだ。上空から捜して、何者かいたら、それが何であれ教えてくれ」

「うん、……見つけたら襲えばいいのか?」

「いいや、教えるだけだ。襲う必要はない。その都度、思念を送ってくれるだけで助かる」

「なんだ、それだけか」


 つまらなそうに顔を背けたが、反故にしたいと思う程ではないらしかった。

 素直に腕の中から浮き上がり、ミレイユの意思を汲み取って、炎の玉へと姿を変えては飛び去っていく。火の精霊は街道など勝手気ままに出没するものではないが、同時に積極的な害を加える存在でもない。


 目撃したところで珍しいものを見た、と思う範囲に留まるだろう。

 実際に襲わせるかどうかは、その規模にも依るだろうが、基本的には偵察に徹して貰うつもりだった。


 飛び去る火の玉と、その背後には遠かった森が近付いて来るのを確認しながら、戦闘の準備だけは整えるよう、三人へ伝えた。

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