詭計と疑心 その6

「奇襲について、何か文句言うつもりはないんだけどさぁ……」

「では、何が問題だ?」


 挑むような目付きでアヴェリンが言って、ユミルはフードの端を弄りながら答える。


「軍の全容、かしらね。所謂、潜伏遊撃戦術を取りたい、って言うんでしょ? いいと思うわよ、少数の戦い方として理に適っているし、姿を見せたくない私達にも合うやり方よ。でも、規模によっては嫌がらせ程度にしかならない」

「それもまた然りだな……」


 認めるのは癪だと顔に書いていたが、アヴェリンは素直に頷く。


「行軍中の軍を攻撃するにしろ、どこから攻撃するか、という問題もある。規模が大きければ、中列なら前後から挟み込まれるだろうし、後列なら他が作戦遂行を優先すべく逃げるかもしれない」

「これまで、数で劣るエルフ達が、遊撃戦術を取らなかったとも思えないのよ。そういった奇襲された場合の対策も、相手側には当然……あるわよね」


 ユミルからの指摘で、アヴェリンの眉間に皺が寄っていく。口をへの字に曲げて遠く見える森を見据え、重い唸り声を上げた。

 そこにミレイユも一つ思い付いた懸念を上げる。


「更に問題があるんだが、そもそもとして私達が、潜伏や隠密に向いてないという事だな。隔絶された力量差は、それだけで目立つ。力を抑えようにも、数において勝る相手を下すなら、それなり以上に発揮しなくては無理だ」

「それじゃあもう、端から無理ってコトじゃないのよ。あちらが立てば、こちらが立たず。何かを諦めないと何も出来なくなるわよ」


 そうだな、と顎の下を擦る手を止め、帽子のつばに手を掛ける。少し持ち上げ森へ目を向けたところで、ルチアから声が上がった。


「まだ他にも一つ、忘れてますよ。冒険者はどうするんです? 斥候や見張り、森へ集おうとするエルフへの攻撃など、色々手広くやっているようじゃないですか。軍の一部として機能している以上、下手をすると作戦に組み込まれる可能性だってありますよ」

「流石にそれは無いと思うんだが……。実際の戦闘の矢面に立たされれば、ギルドだって黙っていられないだろう」


 ミレイユが反論すると、ルチアはかぶりを振った。


「矢面に立たせるつもりがなくとも、使いようなら幾らでもありますよ。軍事行動が拙いというなら、既に偵察や斥候の時点で加担してるんですから。だから……例えば撤退する時に、何か一つ刻印を使って貰うとか」

「魔術の効果は、私が知る時代より多彩になっていた。それが攻撃を企図するものでないのなら、単なる支援だと強弁させる事も出来るかもしれない、が……」

「んー……、見るに耐えかねて、撤退を手助けするに留めた、とでも言い張るコトも可能そう。……まぁねぇ、現状そのものが本来のギルド運営からは程遠い代物だからねぇ……。だから何をやっても、何を言い出しても不思議じゃないわ」


 誰からも不穏な予想が飛び出して、捨て置くという選択肢だけは取れなくなった。

 当初の予定とは少し違うが、冒険者の排除は決定的と考えて良いだろう。

 それに、とアヴェリンが疑念を表情に浮かばせながら言う。


「単に軍の味方をするから、というだけでなく、正体不明の相手に襲われていると分かれば、魔物が襲っていると推測するかもしれない。冒険者が持つ使命として、魔物の襲撃があれば積極的に救助へ向かう。襲われているのが軍隊だろうが、兵士だろうが、民間人だろうが、その部分だけは変わらない」

「……それがあったわ。となると、私達が姿を上手く隠して襲っていれば、冒険者はむしろ積極的に介入しなければならない、大義名分を持ってるワケね。下手すりゃ姿を隠さないでも、一方的に襲っていたら介入してくるかもしれないけど」

「襲っているのが人間と分かれば、冒険者は介入しないのでは?」

「……例の『魔王ミレイユ』があるでしょ」


 ルチアが困った顔で反論らしきものを口にしたが、ユミルは愉快げに顔を歪ませて続けた。


「あからさまな格好をした奴が、あからさまに攻撃してんのよ? むしろ魔王討伐とか言って、躍起になって襲って来そうなモンじゃないの」

「あり得るな……」


 ミレイユは帽子の下で思案に暮れた。

 魔王討伐の英雄譚など、冒険者からは垂涎の的だ。ドラゴン殺しと双璧を成す、誰もが望む勲だった。それが突然目の前にぶら下がって、果たして静観したままでいられるだろうか。


 こうなっては、冒険者を積極的に介入させない為にも、秘密裏に動くしかなくなった。言っても仕方ない事だが、過去の行為がこうして身に跳ね返ってくると、どうにも居た堪れない気持ちになる。


「これが下手にギルドへ伝わると、高位冒険者が次々と押し掛けてくるかもよ? エルフと軍隊と冒険者とアタシ達、とんでもない紛争に膨れ上がりそうよね」

「ミレイ様、事ここに至っては、下手に手を出すのは危険ではないでしょうか。事態が複雑になり過ぎます」


 真剣な眼差しを向けてくるアヴェリンに、ミレイユは無言で頷く。

 確かに最初の懸念から考えれば、事態の複雑化を招きかねない、危険な状況だった。


 当初は単にミレイユの屋敷に残した神具を捨て置け無い、という理由から動いたに過ぎなかった。だがそれこそ、神々の罠に繋がると分かったのだが、結果として罠の食い破りを見せる為にも挑むと決めた。

 そればかりではなく、エルフの救援する事は、いずれ神造兵器を倒す手段として役に立つ、という実利的な面も持っている。


 罠の一つ、撒き餌の一つとして用意されていたエルフだが、ミレイユ達が介入する事で引き起こす面倒を考えると、それが二の足を踏ませるセーフティーになっている気がしてならない。

 神々はミレイユをエルフ救援に行かせたいものと考えていた。だが現状を鑑みると、むしろ遠ざける事を意図しているように思えてしまう。


「……これは偶然か? 神々とて、何もかもを支配し、思い通りに動かせるものでないと理解してるが。ほんの偶然、小さな狂いが全てを台無しにする計画など良くある事だ。……これもそうだと?」

「何かが上手くいかなくても、最終的に目的を達する。それが神の得意とするコトでしょ? 小さな狂いだって計算の内……とまでいかなくても、修正案なんて幾らでもあるでしょう。じゃあこれは、と言われたら……さて、どうなのかしらね?」


 ミレイユと一緒にユミルまで首を傾げ、呻きを上げつつ歩みだけは止めない。

 魔王と言い始めたのはデルン王国だろうし、それは二百年前に起こしたミレイユの行いからだろう。エルフを助け、かつての王国へ多大な被害を出した。


 だからこその魔王呼びだろうが、その悪名を巧妙に今回の作戦へ結び付けられるものだろうか。

 だが、冒険者ギルドを懐柔して、軍事行動に参加させているのもデルン王国なのだ。どちらも王国から始まった事ではあるものの、魔王呼びは最近始まった事でもない。


 ミレイユにとって不利に働くからと、その二つを安直に結びつけるのは危険な気がした。

 そうであるなら、偶然が重なり面倒事になった、というだけの話なのだが……。


「エルフを撒き餌とした罠かと思えば、魔王の悪名と冒険者ギルドが介入の枷となっている。私の所在を炙り出したいだけでなく、昇神させる事が目的だとするなら、この状況は逆効果でしかない。介入よりも隠伏する事が求められるし、それは神々が求める結果ではない筈だ」

「……昇神さえ成せれば、所在なんてどうでも良いのでは? そういう意味なら、エルフを救援させれば良いだけですが」


 アヴェリンが言い、ミレイユは首を横へ振る。


「だとすれば、尚のこと冒険者が邪魔だ。私が手を引く理由を、積極的に配置する理由がない。……矛盾だな。明らかな矛盾が見えている」

「今とてそうですが、ミレイ様には一応魔王装束と呼ばれる格好が、ユミルによって隠されています。そういう伝聞が浸透していて、いつまでも同じ格好をしていないと考えた、というのは……。つまり、格好が違えば魔王などと認識されない訳で……」

「重箱の隅を突くように粗を探せば、幾らでも理由は捻出できそうなものだが……。その程度の安易な考えだったとは思いたくないな。というより、私が格好をどうするか、などという不透明な部分に期待するなら、最初からギルドへの介入は必要ない」


 アヴェリンの恐る恐るという様な不安げな指摘に、やはりミレイユは首を振る。

 ミレイユが格好を気にして変更するか、それとも我を通すかなど、下手なギャンブル要素を加える必要などないのだ。


 神々は盤上に遊びを求めるかもしれないが、不特定要素を積極的に採用するタチではない。思うように転ばせたいのであって、こちらの胸先三寸で転がされるのは好まないだろう。


「まぁ……、アンタの言う矛盾って言う部分には、アタシも賛成できるのよね。つまり、この件には二つの意志が介在してる。だからアタシ達には矛盾しているように見えるけど、当人達は至極全うなつもりでいるのかも……」

「それも有り得る。……あるいは、難しく考えすぎてるだけか?」


 ミレイユが片眉を上げて、悪戯っぽくユミルを見ると、同意するように笑みを浮かべた。


「それもまた、賛成できるわね。何もかも難しく考えすぎているだけ、見えているものを何でも結びつけたがっているだけなのかも。……それじゃ、アンタはどうするのって話になるんだけど」

「まぁ、そうだな。難しく考えないなら、つまりエルフを助力しようって話になる訳だが」

「ならば、そうしましょう」


 アヴェリンが短く応えてルチアが笑う。思わず吹き出した、としか形容できない笑いだった。

 それにつられてミレイユも笑い、ユミルも高らかに声を出して笑う。

 そう簡単に考えられれば苦労はないのだが、今はその愉快な気持ちに身を任せたかった。ミレイユにしては珍しく、空に向かって大きな笑い声を飛ばした。

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