詭計と疑心 その5
ユミルは自分の額を二本立てた指先で叩きながら、呆れた調子の声を出しつつ言う。
「……アンタの気持ちは分からないでもないけどさぁ、それ……今ここで言う? やってやるかぁ、って気持ちが一瞬で冷めたんだけど」
「そこは石炭食べてでも再燃させてくれ。別に我儘のつもりで言ったんじゃない」
「そりゃ、アンタにとってはそうでしょうよ。でもさぁ……」
「
ミレイユがアヴェリンの方を向いたが、向けられた当人は困惑した表情を向けるだけだった。
その一言だけで伝わるものではないと思い直し、どう説明するかを考えている間に、アヴェリンの方から質問が飛ぶ。
「……しかし、それがどうしてエルフの救援に結びつくのですか? 神々に対し、策謀を巡らせたところで上手く行かないと、それを思い知らせてやる事にこそ、意味があるのではないのですか?」
「無論、それもある。奸計、詭計、謀を巡らせただけで我らは上手く転ばないと、思い知らせてやる事は重要だ。だが、それと同じくらい、エルフを助ける事には意味があるように思う」
「……思う?」
ルチアがオウム返しに聞いてきて、ミレイユは首肯して、そちらへ顔を向けた。
「御身を犠牲に、とアヴェリンの口から聞いた時、真っ先に思い浮かんだのは……オミカゲの事だった」
「それは……!」
ルチアは言葉に詰まり、そしてアヴェリンは忸怩たる思いを押さえつけるように、固く目を閉じた。
もう終わった事、取り返しの付かない事、既にバトンは託されたのだ。そして、再びのループに片足を突っ込んでいる。悔やんでもどうにもならない。だからこそ、数多のミレイユが託した想いを、ここで終わらせる事で報いるしかない。
――誰もがきっと、そう思っている。
「何より己を犠牲にし、己の存在意義を私に託す為と割り切り、全てを犠牲にして生きた。それに報いてやりたい。勿論、オミカゲに付き合ってくれた一千華にもまた、報いてやらねばならない」
「その最期が、神造兵器に蹂躙されて終わりなど、確かにあまりにも哀れです。助けてやりたいと思いますし、報いる事が出来たら、と思います。……ですが、それがどうしてエルフの救援と結び付くんです?」
ルチアが悲しげに目を伏しながら言う。
確かにそれらは、単純に結び付くものではない。何を言っているか分からなくて当然だし、その方策も最後まで線が繋がっている訳でもなかった。
しかし、全くの不可能、一縷の希望も無いと分かるまで、可能性の追求を止めるつもりはない。
「神造兵器を打倒するには、その鎧甲を突破する必要があって、最も高い可能性が、蓄積できる魔力量を飽和させてやる事だ。その時に、エルフの助力があれば非情に心強い」
「ちょちょちょ……! 現世への帰還って、アンタあの戦いの
そうだ、と短く返事すると、ユミルは頭を抱えた。
「アタシはてっきり……。いや、まぁ、それはいいわ。確かに、エルフが数千いるなら、その可能性も見えてくるわね。でも、そもそも世界を渡らせる手段は? こっちにはオミカゲサマみたいに、頼めば孔を開いてくれる神なんて居ないわよ」
「そうだな、そこは今後考える必要があるだろう。とはいえそれは、後回しで良い問題だ。だが、エルフの問題は別だな。もし、ここで手放せば、神造兵器の攻略はまず不可能になる」
「かもしれないけど……!」
そう言ったきり、ユミルは頭を抱えたまま押し黙る。
難しく眉に皺を寄せ、痛みを堪えるように目を瞑っていた。
そこへアヴェリンがミレイユに聞いてくる。
「……その事をずっと考えていたのですか? つまり、最初から?」
「いいや、切欠はお前の一言だ。つまり思い付きだな。エルフを助ける理由がまた一つ増え、そして面倒な事に、助力の見返りを求める必要性も生まれた」
「面倒の一言で片付けないで下さいよ……」
ユミルに引き続き、ルチアも眉に皺を寄せ、そして口元を引き攣らせながら言う。
「ミレイさんが助力を求めるなら、別に難しい事なんてありません。ただ信仰を向けさせず、というのが如何にも難しい。救援に行きつつ、正体を悟らせず助け、その上で願い事……? タイミング的に無関係と言い張るのは無理がありますよ」
「その上、神の策略や罠を食い破ってやろうって言うんでしょ? 神であっても不可能でしょ、そんなの」
いつの間にか頭から手を離していたユミルが、げんなりとした顔で言った。
ミレイユはそれにも素直に頷いて見せる。
「そうだな、不可能かもしれない。だが、かもしれないが、絶対無理だと分かるまで捨てるつもりもない。……つまり、努力目標だな。何より優先すべきはループからの脱却であって、それはオミカゲも望んでる。その上で助ける事が出来るなら、なお喜ばしい」
「そして、それを今、捨てるつもりはないワケね……」
「そう言ったろう」
ミレイユのきっぱりとした一言で、ユミルはまたも溜め息を吐き、握り拳で自分の額を小突くように叩き続ける。
「慎重論や安全策ありきで方針を決めるな、とは言ったけどさぁ……。何でこういう方向には思い切りがいいのよ……!」
しばらく叩き続けたあと、叩く手を止め、それと同時にユミルは顔を上げた。
「……まぁ、いいわ。努力目標って事だしね。可能性の芽を摘みたくないって気持ちは、分からないでもないし。神々の思惑を全て蹴って、鼻を明かしてやりながら、こっちの望みを全て叶える。――言ってしまえばこれだけよ。何てことないわ、楽勝よ。……でしょ?」
「……まぁ、そうだが。全てを望んで、全てを失う結果にならなければ良いよな」
「アンタが言うんじゃないわよ!」
無理無謀、そんな事は分かり切って言ったユミルは、遂に堪り兼ね、ミレイユに向かって掴み掛かった。
――
単純な格闘技術や体術で、ユミルは到底ミレイユに敵わない。
だから掴み掛かるとはいえ、じゃれ合いの域を出ず、適当にあしらって終わった。ユミルも実力差は理解しているから、望むまま暴れて息を整える。
最後に大きく息を吐き、両手を腰に当てて空を仰いだ。
被っていたフードがずり落ちそうになり、それを手直ししながら流れる雲を見つめる。そうする時間がしばらく続いたが、周囲から向けられる無言の圧力に耐え切れなくなって、ようやく顔を向けた。
「……なんで黙ってるのよ、早く話を進めなさいな」
「話す事なら、もう終わったろう。後は、実際に動く詳細を詰めるだけだ」
「それを話してろ、って言ってるんだけど」
「お前抜きで? 私が積極的に誰かを仲間外れにするなんて有り得ない。お前にも是非話に加わって貰おうと、こうして待っていたというのに」
ハッ、と愉快な冗談を聞いた時のような反応で、ユミルは笑い飛ばす。
悪意が見えるものではなく、堪り兼ねて笑いだしてしまったような様子だった。
「まぁ、いいわよ。……でもねぇ、考えろと言われても、そんな何もかも上手く行く方法なんて、簡単に思いつくワケないじゃないの」
「それも分かってる。とりあえず、歩く道々考えよう」
ミレイユは石の上から腰を上げ、尻を叩いて砂を落とす。
街道に沿って歩き始め、気楽な調子で足を進める。一度は森から辿って通った道だ。同じ道を戻るだけで、そこにあるであろう危険も予想できていている。未知の道なら常の警戒が必要になるが、知った道なら苦労は少ない。
普段でも森へ続く道というのは、それほど交通量は多くないのだろうが、今日は特に
道は広く両端にも草原が広がるというのに、誰も農地として活用してなければ、民家の一つも無いのは不思議だ。もしかすると、戦火に巻き込まれるのを嫌がるせいで、買い手が付かない所為かもしれない。
これだけの土地が手付かずなのは、それが原因という気がした。
都合の良い場所に農地があれば、軍はそれを徴収しようとする。
本来ならそうしなくて済むよう軍備を整えるものだし、遊ばせるくらいなら何かを植えるものだろう。だが、敢えて何も無いというなら、何か理由があるものだ。
しばらく進めば、草や土に埋もれた民家や、崩れたサイロが見えてくる。
やはりかつては農地として機能していたと思わせ、そして瓦礫跡には破壊痕がある事に気が付いた。
思い衝撃が加わった痕と、そして焼け焦げた痕。それを見るに、あるいは襲撃が原因なのかもしれない、と思い直した。
敵からしても、絶好の場所にある略奪地だった訳だ。
あるいは、警備が厳しく略奪が難しいのだとしても、燃やすだけでも意味はある。
それが繰り返された結果、誰も農地として活用できなくなったのかもしれない。
遣る瀬ない思いを感じ、息を吐きながら道を進む。
そうしていると、同じ様に周囲を見ていたアヴェリンが声を掛けてきた。
「雑草ばかりでその背も低く、身を隠すには不便な場所かもしれませんが、それが逆に好機となるやもしれません」
「というと? ……あぁ、つまり、伏兵は端から警戒していないと。全くの無警戒でもないだろうが、膝丈より少し上、という程度では難しいものな」
「少数の伏兵は可能でしょう。実際匍匐の状態でなら隠れられます。しかし、完全に隠伏しようと思えば距離が必要になるだけでなく、この丈では接近するより前に気付けるでしょう」
アヴェリンの言わんとしている事は分かる。
だから、もし襲撃を掛けるなら、この場所は利用できるかもしれない、と言っているのだ。
「そうだな……。幻術に対する警戒を加味しなければならないが、一度くらいは有効に使えるかもしれない」
「エルフには我らの助力があったと伝えさせぬ事が肝要と、ミレイ様は仰いました。ならば必要なのは、誰に攻撃されたか察知させない方法です。我らが狩人、敵は獲物」
「なるほど……?」
ミレイユは顎の下を擦りながら、左右の草原を見渡す。
隠伏し、どこから受けた攻撃か分からぬままに仕留める。それが可能なら有効な手段だろう。一度受けた攻撃は、次からは目を皿にしたように警戒するものだから、二度目は使えない。
エルフに気付かれず助力をするというのなら、森へ近付く前に仕留めれば良い、というのがアヴェリンの案だった。
ユミルの幻術で姿を隠す事は出来るだろうし、見つかってからも混乱の只中で仕留める事が出来たなら、それがミレイユ達の攻撃とは分からないだろう。
デルンの兵士たちには、有効そうな戦術ではあった。
群として動く必要性がある為、ミレイユ達が知る時代の兵士も、身に付ける術は画一的で多様性がない。多数で圧殺する事が目的なので、兵士が身に付ける魔術も、自然と面制圧できるものに限られてくる。
幻術を見抜くような魔術は、持っていない可能性は高かった。
今は刻印という手軽な入手手段があるので、かつてと同じ様に考えるのは危険だが、しかし全員が警戒に秀でる刻印を身に着けているとは思えない。
「憲兵と軍兵を同じ実力と考えるのも危険だろうが、有効そうな方法ではある。お前の献策に感謝しよう」
「ハッ……、勿体ないお言葉です」
アヴェリンが恭しく礼をすると、そこへユミルが口を挟んでくる。
ケチを付けたいという訳ではなく、懸念を含んだ表情が、その顔に浮かんでいた。
何を言ってくるつもりか、身構える気持ちで見返し、ユミルから続く言葉を待った。
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